第一話 玉木家の三姉弟
「ママ、きゅうり切っておいたよ。あと、今日ね、学校の弓道場で小さな鳥が迷い込んできてね……」
夕方六時半。我が家のダイニングでは、高校一年の長女・真衣が、腰まで届く綺麗な超ロングヘアをふわりと揺らしながら、今日あった出来事を嬉しそうに話している。
凛とした立ち姿で冷静沈着に見える真衣だが、家では本当によく喋る。幼い頃は場面緘黙症で、家の外では言葉が出ない時期もあったけれど、今では私の最大の理解者であり、弟妹の面倒もよく見てくれる頼もしい長女だ。
「そう、鳥がねぇ。……って、ちょっと待って、お肉焼くから待ちなさい!」
フライパンで豚の生姜焼きを豪快にひっくり返す。
その横で、中二の次女・結が「お腹空いたー!」と叫びながらどんぶりご飯を盛り付けていた。柔道部女子はお腹がペコペコらしい。そんな次女の結は頑なに黒髪のロングヘアを守り通す、生徒会役員も務める熱血派。
「ママ、今日の夕飯のあと、ちょっと歌の練習していい? 文化祭の準備でさ」
「いいけど、近所迷惑にならない程度にね。結は本当に歌うの好きだよね」
実は密かに歌手を夢見ている結の歌声は、親バカ抜きにしてもハッとするほど魅力的だ。
「ママ……あのね、今日の宿題、終わったら一緒にゲームしよ?」
私の隣にピッタリ寄ってくるのは小学五年生の末っ子長男・蓮。
いつまでも甘えん坊で完全なママっ子なのだが、この無邪気さが我が家の癒やしでもある。
「はいはい、宿題がちゃんと終わったらね! ほら、ママ今お肉焦げちゃうから!」
ドタバタと騒がしい我が家。
――モラハラ気質だった元夫が現場作業中の事故で急死して半年の月日が流れた。
離婚協議中の突然の訃報。悲しみよりも「助かった……」という安堵とワンオペへの覚悟が勝ったあの日から、我が家には穏やかで自由な風が吹いている。
「あ、ママ! 今日の『B:DASH』のTV出演、七時半からだよ!」
「あ!録画予約しわすれた!誰か録画してーーー!チャンネル変えてーーーーー!」
私の唯一の心の栄養、ダンス&ボーカルグループ『B:DASH』。
推しのレンくんが画面で踊る姿を「しっかり食べて元気に踊りなさいよ…」と完全なオカン目線で見守るのが、私の至福の時間だった。ちなみに、息子の「蓮」と推しの「レン」の名前が同じなのは、単なる運命のいたずらだ。
夜、専業小説家である私がPCに向かう。
『――主人公の少年は、公園でうずくまる見知らぬ青年と出会う。青年は変装していたが、酷くお腹を空かせていた。少年は母特製の“あるもの”を差し出す――』
密かに「予言書」と噂される私の小説。
この時はまだ、自分が書いたこの数行が、翌日そのまま現実になるなんて思ってもみなかったのだ。




