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好きになった年上の人は、もういない  作者: 三ノ宮 みさき


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待ち合わせ場所に来なかった人

  自分のせいだと美夜は思った。

 映画の試写会のチケットが当たった時、先生を誘おうと思った。

 普通に声をかけても断られるのは分かっていた。

 先生は医者で自分は患者、真面目な性格だ。

 だが、この映画は医療、病院が舞台となっている、恋愛などの要素はない。

 シリアスな内容で決して明るいとはいえない。

 友人を気軽には誘えない。

「時間も遅いです。病院が終わった後でも間に合います」

 もしかしたら断られるかもしれないと思った。

 緊張しているのが、自分でもわかった。

 だが、通院はもう少しで終わる。

 そうなったら、先生に会うこともない。

 だから、思いきって声をかけた。

「そうですね、週末なら、大丈夫です」

 静かな声、少し照れたような顔。

 顔の左半分の痣のように肌の色が変色しているのは母班という生まれつきの痣だという。


 今でこそ美夜は気にすることはない。

 だが、最初に見たときは驚いた、多分、本人も気にしているのだろう。

 僅かに顔をそらし、驚かせてしまいましたねと済まなそうに呟く。

 自分の方が罪悪感を感じ、通院しているうちに顔の痣が気にしている自分の方が恥ずかしくなった。

 待合室の患者は皆、いい先生だと話している。

 以前、大きな病院から引き抜きのような話を持ちかけられたこともあるらしい。

 医者としてだけではない、患者からも信頼されているんだと思った。

 患者たちの会話から独り身だと知ったときは驚いた。

 50を過ぎている、結婚していてもおかしくはいない。

 一度思い切って聞いた事があった。


『自分は若い頃から女性とは縁がありませんでした』

『気にする人もいますから』

 痣を気にしているのだ。

 

 あの夜、待っている間は緊張していた。

 先生はどんな服装で来るだろう。

 多分、スーツ、暑いから白シャツかもしれない。

 約束の時間より、早めに来ていたので、先生が来たときのときのことを想像していた。

 自分の姿を見たら、遅れた、慌てたと思うかもしれない。

 困った顔で足早に近づいてきて。


『遅れてすみません』

『待ちましたか』


 そんなシーンを想像していた、だが、時間になっても現れない。

 十分、二十分、病院は終わったはずだ。

 何か用があったのか、それなら連絡があるはずだと思った、番号を交換したのだ。

 スマホを取り出して確認する。

 だが、通知もメールの着信もない、おかしいと思った。

 不安というより、嫌な予感がした。


 理由を知ったのは翌日のことだ。

 夜の大通り、飲酒運転の車に巻き込まれ、病院に運ばれたときはすでに。

 来なかったのではない、来れなかったのだ。

 映画に誘ったりしなければよかった、後悔しても遅い、涙も出なかった。

 先生が亡くなったという事実に美夜は後悔だけではない、気力もなくなった。


 旅行に行こうと考えた。

 少しでもいい、家を、病院を離れて、通院していたことを忘れようと思ったのだ。

 どうせなら近場ではない遠いところがいいと思った。

 海外でも良いかもしれない。

 一週間、休みたいというと驚かれた、駄目なら仕事を辞めることも視野に入れているというつもりだった。

 だが、あっさりと承諾してくれたことに美夜は驚いた。


 海外といっても近くではない、遠いところがいい。

 芝居や日本で公開されていない映画を見るのはどうだろう。


 飛行機の中では殆ど眠っていた、そして夢を見た。

 映画館の前で自分が待っている夢だ。

 時刻を何度も確認しながら緊張していたときだ。

「お待たせして、すみません」

 突然、声をかけられて驚いた。、

 スマホの時刻を確認していたので気づかなかった。

 どこか、恥ずかしそうに照れたような年上の男の笑顔に美夜は自分の方が恥ずかしくなった。

「行きましょう」

「はい」

 頷きながら隣を見る、こんなに近い距離を並んで歩くなんて初めてのことだ。

 緊張しながら、美夜は隣を見た。

 薄暗いシアターの中に入り席に座る。

「珈琲を買ってきます」

「あっ、私が」

 席を立とうとした美夜に待っていてくださいと声をかけられる。

 だが、開演のベルが鳴っても、隣の席は空いたままだ。


 先生は亡くなったんだ。


 飛行機の中で目を覚ました美夜は自分が夢を見ていたことに気づいた。



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