第四九話「話し合い」
「お前の母ちゃん、裏切り者じゃない?」
「ぶっふ」
その第一声に、アルが出された紅茶を噴き出したのは言うまでもない。
通された部屋はダニエルの執務室、エルクリディア近郊をまとめる領主としての仕事をするための部屋だった。ほぼ中央に置かれた机には山のような書類が重ねられ、満足に眠る時間も取れていないのがわかる。もっとも、そのおかげで侵入者の発見につながったのだから善し悪しだ。
「……唐突だな、だが言ってもいいことと悪いことがあると思うぞ、ラウル」
「ああいや、何の根拠も言ってるわけじゃない、よな?」
ここで話を振られたアルは冷や汗をかきながら言葉を並べる。
「もちろん、ですが、ここですべてをお話しするわけには……」
「アルフリード、それにレヴィ。今の僕はただのラウルの友人としてこの場にいる。それを前提に、包み隠さず話してくれるかい?」
ダニエルの瞳はまっすぐにレヴィとアルを見つめており、そこに嘘偽りのないことは二人にも読み取れた。ただのラウルの友人。それがダニエルにとってどれだけ勇気のいる発言なのか、わからない二人ではない。
「わかりました、お話ししましょう。ただその前にレヴィ。フリーダは今確か……」
「ああ、皇妃と戦闘中だよ」
「戦闘⁉ ……ああいや、すまない。続けてくれ」
突如飛び出た物騒な単語にダニエルが腰を浮かせるが、何とか平静を取り繕う。
「皇子様にとっちゃあ寝耳に水だろうが、おれ達はついさっき襲撃を受けたばっかだ。その黒幕はおそらく皇妃だろう。そこで以前から問題になってた裏切り者の話になる」
聖都アイエルツィアに魔族の転送用魔法陣を敷き、人族の拠点制圧を目論んだ裏切り者。
「それが母だと」
「ああ」
正直な話、ダニエルもアンナの動向に疑問を持っている時期はあった。戦時下だというのに突如アイエルツィアからエルクリディアに移動してきたことや、勇者たちへの風当たりの強さもそう。
「しかしまさか……、襲撃犯や裏切り者が母である証拠はあるのか?」
「それを探そうとして今ここにいるっつーのが正解だな」
「つまり証拠はない、と」
「だが確信はある」
いつの間にか剣呑とした空気が張り詰める部屋内。ラウルは空気を読んでいるのか口を挟まないが、ダニエルとレヴィの間で視線をさまよわせている。
「先ほどアルフリードは根拠があると言ったな。それを聞かせてもらおう」
実の母が裏切り者だと疑われているにもかかわらず、ダニエルは平静を失わずあくまで理性的に話し合いをしようと務めている。もしも立場が逆なら自分はこれほど冷静でいられるだろうかと考えながら、アルフリードは答える。
「ええ、その一つは、皇妃アンナの移動手段。おそらくは魔族しか使用できない転移魔法によるものかと。旅の道中、皇妃がほかの街を訪れた形跡はありませんでした」
アルの示す根拠の一つにダニエルがうなる。それはダニエル自身気になっていたことだったからだ。
「それに今回の襲撃、これが一番大きい。なにせ拉致されたラウルが皇妃の隠し部屋で見つかったのだから」
魔族との内通は別として、先ほど起きた襲撃はこれで間違いなく皇妃によるものだと分かる。
「このエルクリディアで自由に活動ができ、我々の存在が邪魔でありながら、勇者にだけは生きていてもらわなければ困る。そんな相手は、フリーダに時期皇位継承権を奪われているあなたの関係者でしかありえない」
アルの言葉に、ダニエルは黙り込む。
並べられた根拠を自分の中で反芻しているのだろう。そして勇者たち三人の言葉が正しいものかどうかを判断している。なるべく、可能な限り己の主観を排して。希望的観測を亡き者にして。
「そう――だな」
ダニエルは頷いた。状況証拠はすべて、裏切り者は自分の母だと言っている。
「では今推測できる母の目的はおそらく……」
魔族と協力しフリーダを排除したのち、勇者の力を利用し魔族との戦争を停戦。そして停戦を指揮したアンナ、およびダニエルの皇位継承権の復活。それが皇妃アンナの目的
「母とフリーダは戦闘中だと言ったな」
「あ、ああ」
急に話を振られたレヴィ。戦闘中の二人を思い出したのか、げんなりとした様子で「ありゃあしばらく決着はつかねえぞ」とぼやく。
「早々に決着されては困る。あの二人が止まるならそれは、どちらかが死んだ時だ」
ダニエルの言葉に一も二もなく同意した三人は、ほとんど同時に執務室の椅子から立ち上がると、ドアを目指して早足で歩きだした。
「あとはもう、母に直接聞くのみだ」




