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これは私の夢の散歩

 僕が運転するホンダ・フィットは国道四十三号線を神戸方面へと向かっていた。十二月初めの寒空だったが、太陽はまぶしいぐらいだった。

「どないや天王寺さん。この車乗ると君の家の車が普通やないことが解るやろ?」

「よう解った。狭いしうるさい」助手席に乗る天王寺さんは言った。

「言うようになったね天王寺さん。まあ君のとこの車が良すぎるねん」


 助手席に乗る天王寺さんの膝の上には、立派な成犬になったミッシェルが座っていた。後部座席にはリードでつながれたルーシーが座っている。二頭の犬は慣れない車の移動に、時折大きな鳴き声を上げた。

「ルーちゃん静かに。車の中は響くねん」

「今日はほんまに楽しみや」


 ビションのオフ会に行こうと言い出したのは天王寺さんからだった。神戸開催で行くことができると書き込んだら、インスタの犬の人に誘われたらしい。もちろん僕も参加を快諾すると、天王寺さんが参加手続きをしてくれた。

「そういう事は普通、大人がするもんやねんけどね?」

「でも先生ガラケーやん。インスタもしてへんし。まかしとき」

 本当に僕は情けないダメな大人だと思った。


「先生の奥さんも行きたかったやろうね?」妻は仕事で不参加だった。

「めっちゃ行きたいって言ってたわ。なんかな『あんたがそうやって楽しくしてられんのも、今のうちやで! あんたはもうすぐ働かないかんねんで!』って言ってたで」

「先生にもとうとう年貢の納め時がきたんやで」

「ほんまに天王寺さんも、僕の奥さんに似てきたな。やめといた方がええでその真似」

「女やから解るねん」

「はいはい。女は無敵やね」僕は適当に返事をした。

「楽しみやわあ……」そう言った天王寺さんは、いつかのように「へっへっへ……」とにやついて笑っていた。

「ほんまやな。今日はどのぐらいのビションが集まるんやろうね」


 ハーバーランド・モザイクの駐車場に車を停めた僕らは、オフ会会場のメリケンパークへと向かった。続々とビションが集まりつつあるようで、既に何頭かのビションフリーゼとすれ違った。

「雰囲気出てきたね」

「晴れて良かったわあ。ミーちゃんの白色が輝いとる」

 そう言った天王寺さんは白い綺麗なダウンコートを着て、白いカシミヤのマフラーを巻いていた。

「前から思ってたけど、天王寺さんは白い服が好きやね?」

「私に似合うカラーやねん。でも青も好きやし、赤も好きやで」

 ほんの少し前まで服の個性で悩んでいた少女が、一人前な事を言うようになったと思った。


 メリケンパークには四十頭ほどのビションフリーゼが集まっていた。主催者の受付にて参加費を払うと、犬の名札の入ったパスケースとスターバックスのチケットとなぜか緑か赤の布のどちらかが配られた。

「この布は何やろな?」ルーシーと記されたパスケースを首にかけながら僕は言った。

「そんなんクリスマスに決まってるやん……」天王寺さんは呆れた様子で言った。

 そう言われて周りののビションを眺めると、次々とクリスマスカラーの服を着せられていた。


「でもまだ十二月初めやで。早すぎへんかな?」

「今はそんなもん。今は十二月に入ったらクリスマス。先生の奥さんに言われるで『あんたは仕事してへんから、世間知らずやねん』って」

「ほんまにその真似はよして。でも天王寺さんもミッシェルに服着せないよね。なんでなん? お母さん買ってきたり貰ったりするやろ」

「そんなん服着せたら、ミーちゃんの白色が減るやん?」

「それは解る気がするな。でも今日ぐらいはこの布使おうか」

 そう言って僕はルーシーの首元に緑の布を巻き、天王寺さんはミッシェルの首元に赤の布を巻いた。


 オープニングのイベントは、メリケンパークにある「BE KOBE」のモニュメント前での全体撮影だった。プロのカメラマンが撮影を代行してくれるらしいので、天王寺さんは自分のスマホを渡し、僕はキャノンのコンパクト・デジカメを提出した。

「先生もスマホにしたら?」

「デジカメで十分。僕が小六の頃はフィルムカメラやってんで」

「ふーん。その時々出てくる小六の先生にも、一回会ってみたかったな」

「それはやめとき。多分小六の僕は、君に出会ったら一瞬で恋に落ちる」


「それやったらな、付き合ったってもええで……」にやりと笑った天王寺さんがそこにいた。

「そんなええこと一回もなかったわ。僕が小六の頃はラッキーちゃんの散歩って嘘ついて、公園でエロ本探してたで?」にやりと笑い僕は言い返した。

「何その嘘の散歩、めっちゃきもいやん! やっぱ付き合うのやめとこ。ていうかなんで公園にエロ本があるん?」

「昔はなぜか落ちてたんよ。僕が子供の頃は原始時代やってん」

 僕らはカメラマンの合図に合わせ、自分たちの愛犬を持ち上げた。天王寺さんも重そうにしながら、両手でミッシェルを持ち上げてた。



 メリケンパークのスターバックスでチケットを渡すと、ドリンクが一杯無料で貰えるらしく、店舗入り口にオフ会用に待機した店員から、皆続々とドリンクを受け取っていた。ドリンクを受け取った人たちは、後ろに立つ赤いポートタワーや白い神戸海洋博物館を背景に、犬達とドリンクを重ね合わせて撮影していた。


「先生ドリンク何貰ったん?」

「アイスラテ」

「もっと高いやつにしたらええのに。なんたらフラペチーノとか。もったいないやん?」

「天王寺さんはええとこの子やのに、関西人やねえ……」

「そんなん当たり前やん」

「でも君もジュースやで。なんたらアフォガードにしたら良かったんちゃう?」

「私はコーヒー飲めないの。まだ小学生やで」


 撮影が一通り終わると、参加者たちの交流会が始まった。参加者の人たちは犬の名刺を交換し合ったり、オーガニックの犬のお菓子などを交換し合ってた。

「この子はミーちゃんで、この子はルーちゃんって言います」天王寺さんが声をかけてきた女性に言った。

「ミーちゃんとルーちゃん、かわいいねえ。若いミーちゃんママさんね。こちらルーちゃんパパさんかな?」


「お父さんじゃないです。数学の先生です」天王寺さんが答えた。

「あらそしたら、ミーちゃんママさんの家庭教師さんかしら。ルーちゃんパパさんは生徒さんと参加できて良かったですね」

「はあ。とても優秀な生徒です……」僕は吹き出しそうになるのを抑えながら言った。

「数学によると、犬は人間の四倍楽しいんです」天王寺さんが言った。

「そうなの。なにかそういう計算があるのかな? 四倍楽しい犬は幸せね。今日は本当に楽しいね」

「私も楽しいです。でも犬は人間の四倍楽しんでます」天王寺さんが応えていた。


 最後のイベントはメリケンパークの対岸にあるモザイクへと移動した。かもめりあの桟橋前を通る間も、ビションの隊列は数々の観光客の歓声を浴びていた。

 モザイクの二階に集まった僕らは北側入り口前の通路に集合した。これからモザイクのショッピングモールの中をパレードするらしい。


「ここは犬連れててもええんや?」スタートを待ちながら、天王寺さんが言った。

「普段からそうみたいやで。今日は主催者がパレードの許可も貰っているらしい」

「嘘の散歩やな……」天王寺さんが言った。

「ほんまや。天王寺さんの嘘の散歩やな。嘘が本当になった」

「またかっこつけとるで先生」天王寺さんが笑って言った。天王寺さんはとても美しい笑顔だった。それは誰もが一瞬で恋に落ちそうな笑顔だった。


 ビション・パレードが始まった。僕らは他の買い物客達の邪魔にならないように、二頭一組を守って歩いて行った。パレードが始まると、買い物客達からの歓声が響いた。

「何あのモコモコの犬達。凄いやん!」

「ヤバいこれ。ありえへん!」


 歓声と嬌声の中を、僕らは歩いて行った。出会わした中国人観光客の団体は、ビションの団体を見て大笑いをしていた。ミッシェルがその一人のおじさんに飛びつくと、中国人観光客はミッシェルの頭をなでながら、何かを中国語で言っていた。


「オーマイガー!」途中で遭遇した、欧米の人らしきブロンドの髪の女性はずっとそう叫んでいた。僕らは手を振って、スマホで撮影するその女性を見送った。

「先生、外国の人ってほんまにオーマイゴッドって言うんやね」

「僕も映画やないの、初めて聞いたわ」


 ビション・パレードは続いた。ジブリショップからは買い物客の女の子が「かわいいー!」と叫んで抜け出してきた。その手にはトトロのぬいぐるみが入った袋があった。

 途中のアパレルショップの衣装を着た店員たちも、仕事そっちのけといった感じで皆店頭に集まっていた。「きゃー可愛いわ!」そう言って店員たちは、ロングスカートの衣装に飛びつくビション達の前足に握手をし続けていた。


 韓国人観光客と思われる若い女性が僕の元に駆け寄ってきて、スマホを僕に差し出した。スマホの画面には自動翻訳ソフトの「犬を見学していいですか?」という日本語が表示されていた。

「イッツオーケー」僕が適当な英語で答えると、その女性はルーシーを包み込むように抱き、ルーシーもその女性の胸に何度も飛びついていた。

「なに先生若い女の人といちゃついてるの!」

「いちゃついとったんはルーシーやろ?」


 モザイク二階の南端にあるアンパンマンミュージアム前まで辿り着くと、小さな子供たちがアンパンマンやバイキンマンの風船を持って集まってきた。小学校低学年ほどの男の子が、恐る恐るといった様子でルーシーに近づいてきた。突然その子に飛びついたルーシーは、その子の肩に足をかけお互いの顔を見合わせた。驚いた男の子は「ひゃっ!」と叫びルーシーから離れた。

「ごめんね。驚かせたね」

 その子は何も言わなかったが、ずっとルーシーの様子を眺めていた。


「アンパンマンも行きたいけど、ミーちゃんおるから今日はあかんね」天王寺さんは言った。

「うそっ。天王寺さんもアンパンマン好きなん? 意外やわ」

「先生。何度も言いますけど私はまだ小学生です。アンパンマンも好きやし、ららぽーと甲子園のキッザニアにも行くの」

「君は美人やから勘違いするときがあるねん」

「ほんま男の人はかっこつけやわ……」そう言いながらも天王寺さんは微笑んでいた。


 パレードの最後はモザイクの一階へ降り、コンチェルトの埠頭の前で再び全体撮影をした。僕らの後ろには赤いポートタワーと三宮のビル群が広がり、その後ろには広大な六甲山系の紅葉が太陽の光に輝いていた。

「夢の散歩やな……」天王寺さんは言った。

「嘘の散歩やないんや?」僕は聞いた。

「これは嘘の散歩やない。私の夢の散歩や」

 君もかっこつけやなと言いたかったが、僕は黙って微笑んでいた。目の前の海には白い波が現れては消え、青い空には白い雲がいくつも浮かんでいた。



「今日はさすがに疲れたね……」

「疲れた。ミーちゃんも疲れて寝とる」

 薄暗くなった国道四十三号線を芦屋方面へと向かうホンダ・フィットの後部座席には、白い二頭の犬達が丸太の様になって仲良く眠っていた。


「今日は楽しかったね。また行きたいね」前を走る車のテールランプの赤色を眺めながら僕は言った。

「今度は芦屋でやればいいねん。ちょっとは疲れへん」

「君のお母さんに頼んだらできるかもね? ドッグ・ヨガのイベント企画で開催したらええ。南芦屋浜のマリーナとか最適やで」

「今日の写真見せて言うてみる」

 恐らく近いうちに開催されるだろうと思った。ルーシーとミッシェルのモデル犬撮影は天王寺舞さんと会った後の九月下旬に早速行われ、完成した写真には二人の若い女性が片膝を曲げ足を後ろに伸ばしたヨガポーズをとり、二頭の白い犬を両手で頭の上に持ち上げていた。「ばりうけるわこれ、ルーちゃんモデルデビューや」とその写真を見た妻は笑っていた。


 天王寺舞さんの始めたドッグ・ヨガは一時話題になり、関西ローカルの情報番組に紹介された。僕は妻とルーシーと一緒に、その番組を視聴した。

「ルーシー、お前テレビに映るねんで。なんぼ出世するねんお前?」

「ほんまやね。あなたよりもルーシーの方がよっぽど稼いできてくれとるわ」

 テレビが始まるとまずはドッグ・ヨガのオーナーとして、天王寺舞さんが紹介されていた。


「舞さんほんまテレビでも綺麗に映るね。羨ましいわ……」妻はその後何度もホット・ヨガに通っていた。

「次やで、ルーシーとミッシェルが映るの」

 ドッグ・ヨガの紹介と言う事で、テレビで見たことのある女性タレントが体験してみる場面になった。テレビの画面にルーシーとミッシェルが登場し、ビションフリーゼの犬種が解説されていた。

「ルーシー見てみ。お前テレビに出とるねんで」そう言ってソファに座るルーシーを揺さぶったが、ルーシーはあくびをしてテレビを見ようとしなかった。

「そんなん解るわけないやん。ねえルーシー」妻はルーシーを撫でた。


 女性タレントはブリッジの姿勢をしてお腹の上にミッシェルを乗せていた。

「おもろいなこれ、犬がおもりの代わりになってるんやな?」

「ヨガはええよ。めっちゃ汗かく」

 次に女性タレントと司会の芸人の二人が、ルーシーとミッシェルを持ち上げて、写真で見たヨガのポーズをとっていた。カメラは二人の掲げる犬達のアップになっていった。

「ルーシーとミッシェル、テレビでどアップやで。テレビ画面真っ白やん。めっちゃおもろいわ!」

「ほんまに最高やね……」

 テレビの画面には二つの白いアフロヘアーに、目と鼻の六つの黒い点が浮かんでいた。


 僕らを乗せたホンダ・フィットは芦屋川を越えて行った。市内に入ると家路はもう目の前だった。

「今日はおもろかったけどな、ちょっとちゃうなって思った事もあるねん……」

「久しぶりの悩める十代やね。どないしたん?」

「なんなんその悩める十代って? 別にええけど」

「先生の奥さんが好きやねん、そういう言葉。そんでどうしたん?」

「ミーちゃんママさんってちゃうなって思っただけ。私、ミーちゃんのお母さんちゃうやん?」

「君の年やったらそうなるわな。僕はルーちゃんパパさんに違和感を感じなかったよ」

「先生はそれでええねん。お父さんになるんやから」

「せやな。ルーシーのお父さんや」

「まあそれでも別にええけど……」そう言った天王寺さんは窓の外を眺めていた。


「でも今日、先生の言ってたこと一つ解ったで」思い返したように天王寺さんは言った。

「ほう、何ですかそれは?」

「前言ってたやん。人間は自分の見たいものしか見てないし、聞きたいことしか聞いてないって」

「そんな偉そうなこと言った時もあったな。それで何が見えたん?」

「あんな、あんだけたくさんビションおってもな、ミーちゃんが一番可愛かった」

「それは基本やな。大人の階段登ってるで」

「なんなんそれ?」

「昔の歌にあるねん」


「別にええけど。ほな先生は何か見えた?」

「見えた。ビション飼ってる人達って、ちゃんとした大人ばっかりやった。みんな犬の名刺交換したり、犬のお菓子交換したり、めっちゃ社交的やった。僕はそんなん用意してへんかったやん? 普段ちゃんと仕事してる人は違うなって感じやった」

「先生ももうすぐ仕事するんやで」

「ほんまやな。ダメな大人や。犬みたいに働かないかんな」

「だからなんなんそれ?」

「昔の歌にあるねん」

「変な歌。犬は働かへんやん」

「ほんまやな。でもこいつらドッグ・ヨガで働いとるで?」

「ほな先生は犬よりダメな大人やな」

「犬よりダメな大人か。最高にダメな大人や」

「でももうすぐ夢の散歩が始まるで!」

 後部座席に座る二頭の犬達は、きっと四倍楽しい夢を見ていると僕は思った。


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