#6 再会そして始まり
「ティナちゃん〜もう、準備は出来たかな?そろそろパーティーの準備が出来るわよ〜」
私は、眠っていたのか、ドレッサーの前で蹲っていた。それは、もう、外が夜といった時間帯であった。
「あれ……私、寝ていたの?」
ドレスもそのまま、うつ伏してその場からむくっと顔を起こす。
鏡を見て驚いた。涙でほんのり化粧していたマスカラが、頬に黒く滲んでいる。
「私……何故泣いてるのよ……悲しかったのかな? 変なの〜」
そう一人ごちると、まだパーティーの仕度が出来ていない事に慌てて、取り掛かる。
「ドレス……やっぱ純白が良いかな? うん。これでよし! 後は、もう一度化粧直しをしなきゃ!」
なんて、ゆっくり考える。
でも、何だか忘れている事があるような?
だけどそれが何だか判らない。
「忘れるという事は、気に留めることも無いってことかな?」
っ単純にそう考えた。
そして、身支度は終わった。
「お誕生日おめでとう!ティナ〜!」
そう言ったのは、昔から仲の良い、ローゼだった。
「ありがとう。ローゼ。あ、狭いけど入って入って! 今日は、一緒に楽しもうね!」
私が主役のパーティー。ここは盛り上げなきゃね。
「あとは、キャサリンと、マリナね?」
集まるであろう、女友達の名前を並べてみる。
「あの二人はもう少し待ってあげて? バイト後に実は大変なプレゼントを用意して行くからって張り切っているのよ〜」
ローゼは、フフフ〜って含み笑い。全く何を考えているのやら?
「じゃあ、先に席に着いて待ってよう〜あ、お母さん。ケーキ出来てる? 私運ぶよ!」
私は、バタバタとキッチンへと向かう。
「はいはい。もう出来てますよ。蝋燭もちゃんと用意してますからね〜」
お母さんも嬉しそう。そうよね。自分の娘の誕生日なんですから!
私は、腰に手をやりクスクスと笑った。
「ティナちゃんは何もしなくて良いから、お友達とお話でもしてなさい。貴女が主役なんだから!」
それもそうね? そう納得すると、ローゼと残りの二人が来るまでお喋りをしていた。
私とローゼは時計も気にせずハイスクールの話題をしている、そんなパーティーが始まるそろそろな予定時刻。玄関のベルがキンコーンと鳴った。
「キャサリンとマリアかな?」
私は、いそいそとドレスの裾を気にしながら玄関へと駆けていく。扉を開くと、玄関前でニタ〜って笑っている二人が雁首揃えていたり。
「何よ〜その笑いは……私の顔に何か付いてる?」
思わず、私は自らの顔を手で触ってみた。でも、特別何か付いてそうにも無い。
「うふふ〜今日は、ティナに大切なご友人を紹介しちゃおうかな〜なんて思って!」
そう、キャサリンは、ミニスカートを躍らせながら唇に指を乗せて私を意味ありげに下から覗き上げ軽くウィンクした。
「はあ?」
私に大切な友人? そんなの、此処に来てる三人だけじゃない。と思ったが、そのキャサリンの言葉を受け継ぐように、マリアが、
「ジャジャ〜ン!この方です〜」
なんていうノリの良さ。マリアは、背の高さを利用して、私の前に右人差し指を突き出した。そして、二人はカーテンでも開くかのように左右に寄った。
その背後から、一人の男性が、スッと現れたのである。銀髪のふさふさした髪の毛に、切れ長の目尻、ラベンダー色の綺麗な瞳。それが私を見つめていた。
「え?」
私は、目を丸くするしかなかった。だって男の子じゃないですか。でも、何だろう。この感じは……
何処かで逢った事があるような気がする。それは見た目じゃない。そう雰囲気。かもし出すそのオーラみたいな物がそう私を懐かしさに誘った。気づかない内に、ポロッと涙が零れ出すほどに、今の私は何故か胸がドクドク音を立てている。
「あの、憶えてますか?僕の事……」
その男の子は、焦った感じで、問いかけてきた。
「五歳の時までちょっとだけ森の向こうに住んでいた、トールです。その……学校も違うし、ティナちゃんと逢うこと無かったから、覚えてないかもって、この二人には言ったんだけど……」
そのトールという男の子は、そんな事を言いながら、ちゃんと正装して来ている訳で。私のハイスクールは、女の子しか通わせてくれない女子高だから勿論、学校で会うわけは無い。
「あ〜ら。逢わせて欲しいって、言ってきたのは何処のどなたかしら?」
キャサリンが隣から茶々を入れた。
「そうそう、ティナちゃんの誕生日。僕も祝いたいな〜なんて呟いて、私達に付き纏ったのは何処のどなたかしら?」
マリアは、本音をばらすし。
「あ、その……これっ! では!」
そう言うと、そのトールって男の子は、紅茶色のバラの花束を私に差し出して踵を返そうとした。
「あ、ちょっと待って!……その……トール君?」
私は、思わず呼び止めていた。いえ、呼び止めなくちゃいけないんだと勝手に口がそう言葉を発していた。
「えっと、トール君。憶えているよ。確かに、森の向こうに住んでいたよね?」
ただ一人、そう、たった一度だけ外で遊んだことのある男の子。幼稚園も違ったし、直ぐに引っ越してしまったから、懐かしいと感じるはずも無いのに、今私は、あの時のことをハッキリと鮮明に想い出す事が出来た。
「数人の女の子達と一緒にかくれんぼをして遊んだよね? で、トール君が鬼になって」
そう、かくれんぼをしたんだった。
「あ、はい! そうです」
トール君は、嬉しそうに相槌を打った。
「それであの時、この一帯、草原と森が広がっていて隠れる所一杯あって、私、見つけ出されるのに凄く時間が掛かったのよね。それで、夕方になっても見つけ出されなくて、それでも私、隠れていなきゃいけないんだと思って隠れていたら夜になっちゃって……」
そうそう、そんな事があったあった。
暗い森の中は怖くて心細くて、思わず泣き出しちゃったんだっけ。
「で、流石にお腹も減って、もしかしたら忘れられてるんじゃないかって帰ろうとしたら迷子になって、森の中をうろうろしてたら……そう、トール君がちゃんと探しに来てくれたんだったよね!」
私は、その時のことを頭に描きながら物語の一遍を語るように喋ってしまった。
「はい。その時のトールです。あの時の約束は憶えていますか?」
約束?何だろう……でも、確かに何かあの時約束をした気がする。
「何? 何?」
「どんなお約束をしたのかな〜?」
キャサリンとマリアは興味深げに私を見ていた。
それは、とても重要な事だったはず。ちょっと小首を傾げている私に、
「道を忘れたら……」
トール君は、ぼそっと呟いた。あっ!
「想い出しました!」
そう、『道を忘れたら、僕が必ずティナちゃんを、見つけ出しますから』だ。そう言って指切りをし、私をちゃんと家まで手を繋いで送り届けてくれたんだったよね。
「何よ〜ティナ。教えなさいよ〜!」
「そうそう。減るもんじゃ無いでしょう?」
茶々を入れる二人に、私は、
「想い出は、心の中に秘めておく物よ? 教えたら、素敵な魔法が解けてしまっちゃうわ? そうよね。トール君!」
私は、すっかり想い出して、心の中が温かくなった。それは、二人だけの秘密。
「では、僕は帰りますね。お祝いの花束も渡せましたし」
トール君は、そう言ってそそくさと帰ろうとしてけれど、私は呼び止めた。
「キャサリンと、マリアが連れてきてくれた、素敵なお友達ですもの、一緒に私の誕生日を祝ってくださりませんか?」
私は、今幸せな気分。ちゃんとあんな約束を憶えてくれた人が居た。そして、それは、幼少時というより、もっと強い繋がりを感じさせられている。そうもっと過去の……
「良いのですか?僕が居ても……」
「はい。祝って下る方は多い方が私も嬉しいですから。皆さんお入りくださいね」
そう言って、私は笑って家の奥、パーティーをするリビングへと向かった。
その後をトール君の背中を押しながらキャサリンとマリアが続く。そして、
「そうよ〜さて、これから面白くなりそうね。マリア?」
「楽しくなりそう〜な予感よね、キャサリン?」
こうして、私の十八歳の誕生日のお祝いは幕を上げた。それは、これからどうなるか判らない明るい未来への一歩。また一つ年を取り、色んな友人を作り、そして、恋人も……世界は広がる。この私の中で。
時々、黄昏時、何か私にしか感じていなかった事が有った様に感じて、部屋に入ることがある。でも、それは今では何だったのか想い出せない。だけど、私は明るい明日が来る事を待ちわびながら日々過ごしている。
過去があり、現在があり、未来がある。
そんな世界の秩序の中で、また一つ物語りは始まる。
それは、希望という言葉を、皆さんんの心に残るようにと、神々の紡いだ糸なのかもしれませんね?
貴女の身近で、もしかしたら、その糸はもう紡がれているかもしれませんよ?
書きたいところが書けて楽しかった作品でした。
神話に出てくるトール神は、スクルドとは何の関係もありません。
でも何だかあたしの中で盛り上がってしまったという・・・
一年前の夏に書いた作品でしたが、心の中は春だなとか・・・
ラグナロクは、もっとすさまじいところもありますが、神々のこういった闘いを封じ込め、そして、様々な生をこの世に受けなおしていれば良いなと想いました。
あちらの方に転生とか輪廻とかそういう概念はありえないけれど。
東洋のしそうですし・・・
何かしら心に残ってくだされば本望です。