プロローグ3 貴族と妖精と男魔術師の話
「ソレ」は黒色の塊だった。
真っ黒な塊が人型を模って、陽炎のようにゆらゆらと揺れている。
その頭部と思わしき場所には、血のように赤い二つの目が並び、まるで剣のような鋭さで少女を見つめていた。
黒い塊は口元を震わせると、少女に向かって困ったように問いかける。
『やれやれ、まさか君が私を呼び出したのかい?』
地底から響くように低く、それでいてよく通る声が部屋の中に響き渡る。
黒い塊の前には、1人の少女が立っていた。
少女は右に青紫色、左に赤紫色の瞳を持っており、その色合いの異なる目を緊張で細めながらも、何とか笑顔を浮かべてみせる。
「ええ、あなたを呼び出したのは私。
悪魔さん。あなたのお名前は?」
『ふむ………これでも、それなり年月は存在を続けていたつもりであったのだが、相手から「呼び出された」のはこれが初めてかもしれないな。
まあいい、私の名はフェイト。
運命の代弁者にして、必然によって現れる者。
君との出会いもまた、必然であることを期待しよう』
黒い陽炎―――フェイトと名乗った「ソレ」は穏やかに言葉を紡ぎながらも、禍々しい雰囲気を宿している。
前に立つだけでも飲み込まれそうなその姿は、圧倒的な冒涜と悪意に満ちていた。
少女はそんなフェイトを前にしながらなお、口に笑みを浮かべていた。
その青紫の瞳は、まるで願いを叶える天使を見るようにフェイトを捉え、作り物の赤紫の瞳はただ虚空を見据えている。
「それについては心配ないわ。
私とあなたがここにいるのは、きっと必然。
運命がそう望んだからこそ、あなたは私の前にいるの」
「ほう………」
そんな少女の様子に、フェイトは興味深そうな視線を送る。
『君は若いのに、澱みきったなかなかいい目をしている。
私好みの、素敵な瞳だ』
フェイトは剣のような赤い目を更に細め、恭しく礼をしつつ、言葉を放った。
『それで、君の望みは何かな? お嬢さん』
◇
「―――神が人を作った時、頑丈で固い檜から男を、柔軟で軽い杉から女性を作りました。
檜で作られた男は体が強く、多少の衝撃にはビクともしない屈強な体をしていました。
杉で作られた女性は体が柔らかく、男にはない知恵を持っていました」
カツカツと講師が黒板へ文字を走らせていく。
講義室には多数の生徒たちが机に掛け、真面目な者は真剣な目で、不真面目なものは気だるい目で講師の描く文字の羅列に視線を向けていた。
少年は比較的、真面目側に属する人間で、それなりに真剣な視線を持って黒板に目を向けている。
「―――男はいつしか剣や槍を持ち、戦うことを覚えました。
檜から作られた彼らは、好戦的な性格で血を好み、力に劣る女性をその暴力によって屈服させていったのです。
男に比べて力の劣る女性は、ただされるがままに蹂躙されることしか出来ませんでした」
本日から受講が始まった『魔術史』の授業である。
まさか、神話から始まるとは予想外であったが、ただ講師の話した内容を暗記すればいいのであれば、楽なものだ。
(それにしても、神話の内容が随分と女性寄りになっているな。
この講師、ひょっとして女性優位主義者という奴か?)
オーク族でもあるまいし、いくら神話の時代とはいえ、男の全てが血に飢えた獣のようであった訳でも無いだろう。
少年はそんなことを思いながらも、講師の板書した内容を機械のようにノートへ書き写していく。
少年は特に主義主張を持った類の人間では無かったし、そもそもこの『魔術史』に興味があるわけでもない。
危なげなく授業を受け、危なげなく単位さえ取れれば、他のことは割りとどうでも良いいのだ。
そんな少年の考えとは関係なく、講師は言葉に熱を込めて講義を進めていく。
「その様子を見た神は、酷く心を痛めました。「あの醜い男たちから、哀れな女性たちを救わなければいけない」そう思った神は女性たちへ一つの能力を与えることにしたのです。
それが―――」
講師はそこまで話すと、黒板に向けていた視線を生徒たちへと戻す。
そして、手のひらを胸元に上げると、そこへ小さな炎を創造して見せた。
「それが、『魔術』です。
今のはあくまで神話であり、実際にどのようにして私たちが魔術というモノを得たのかはわかりません。
しかし、この能力は神が女性のみに許したものであり、男には魔術を顕現させることは出来ないのです」
講師はやや誇らしげに右手の炎を掲げてみせる。
発火魔術は初歩の初歩と言っていい基本の魔術であるが、この小ささで長時間維持するというのはなかなかの技術を要するものだ。
伊達にこの学校の講師をしている訳では無いということなのだろう。
『聡明な賢者の学舎』
そう呼称されるこの学校は、王都でも最高峰の魔術学校と言われている。
入学を許されるのは、王都に所在する貴族の子女や、高名な騎士の一族、多大な資産を所有する商人の娘など、やんごとなき身分の者ばかりであった。
200年前の『破滅の時代』が終わり、世界が平和になってから魔術という学問は女性の教養の一つとして数えられるようになった。
そして、その魔術の最高学府である『聡明な賢者の学舎』を卒業することは、貴族の令嬢に取って一つのステータスとなるらしい。
いつしかこの学舎は「魔術を学ぶ」というよりも「卒業することで権威を得る」場所へと変わりつつあった。
そんな学舎を最高峰の魔術学校として維持しつづけられているのは『特別入学生』の存在に寄るものだろう。
魔術という物は、この世界の女性全てに備わった能力であるが、その才には個人差がある。
生まれながらに強大な魔力を持った者。
魔力を操作することに長けた者。
そういった者たちは、その身分に関係なく『特別入学生』として学舎へと招かれ、学舎の援助のもと、その才能を生かすことが出来るのだ。
この魔術史の講師も、恐らくそういった類の人間だったのだろう。
豊富な資金のもと、多大な入学資金と共に才女の名を得るためやってくる『裕福な子女』
魔術の才能を持ち、学舎の名誉を維持するため日々研究に励む『特別入学生』
学舎の学生たちは、大体この2種類に分類される。
しかし、その中にもう一つ、3種類目。例外的な立場の学生がいるのだ。
それは―――
「皆さんも知ってのとおり、魔術とは女性にのみ許された特別な能力です。
今話した神話の例ではありませんが、これは私たち女性が男たちと戦うために神から与えられた能力といっても過言では無いでしょう。
………しかし、どんな物にも例外という物が存在します」
魔術史の講師はそこまで話すと、教鞭を1人の学生へと向ける。
「シルバー初等生。起立を」
「…………はい」
教鞭を向けられた学生―――少年は渋々といった様子で椅子から腰を離す。
まあ、今日の魔術史の予習をしていた時から、自分が立たされるのは予想していたのだ。
少年は周囲の注目から身を守るように、背中を丸めひょこりとその場に立った。
「その例外とは彼です。
彼はこの大陸において、唯一かつ史上初めての魔力を持った男性なのです。
彼のような存在を、我々は『特異魔術師』と呼びます。
もっともシルバー初等生は、まだ学生という身分ですが………彼が一人前の魔術師となれば、この魔術史においても新たな1ページが加えられることでしょう!」
熱を持った口調で教鞭を振り回す講師を尻目に、少年は俯き自分の机に視線を送る。
(何もこのタイミングで立たせることは無いだろうに………)
そんなことを思いながら、少年は周囲の学生たちと目が合わないように注意しつつ、愛想笑いを浮かべてみせた。
少年の名はクロ・シルバー。
特異的な才能から学舎への入学を許された『特異魔術師』。
上記の3種類目の立場にある学生で、この世界でたった一人の男魔術師である。
というわけで、第2章の冒頭部分でした。
第2章は舞台を王都に移し、魔術師や貴族や妖精の話を書いていく予定です。
基本的に『オークとエルフと女騎士の話』と直接の繋がりはありませんが、一部で同一のキャラクターが出る予定です。
すでに1話「シルバー村の少年」
http://ncode.syosetu.com/n3222cz/1/ を投稿しています。
また3日毎に投稿していけたら、と思っています(書き溜めが尽きなければ、ですが………)




