第47話 夜明け
空に満点と浮かんでいた星々が、その煌きに翳りを見せ始めた頃。
フェイトは上空でただ1人、集落の末期を見届けていた。
視界の遥か下、小高くなった丘の上には、彼が手心を与えた、白いオークの亡骸が落ちている。
『ちっ、糞が………』
苛立ちを隠すことも無く、表情を歪ませるフェイトからは、知性に欠けた矮小な人格が滲み出している。
『白毛………か。
最期の最期までつまらん奴だったな。
知恵をつけたオークで色違いとくれば、なかなかのレアキャラかと思ったんだが………。
オークの集落を一つ潰しただけで満足するとは、とんだ期待外れだ』
フェイトは知的種族の前に姿を現す時、尊大な態度を取るように努めていたが、周囲に誰もいないここではその必要も無い。
『どうやら、あいつは唯のコモンだったみたいだな。
くそ、唯でさえ力が落ちているってのに、無駄なことをしてしまった………』
口汚く罵りながら、フェイトは白毛の亡骸へ向かって手を伸ばす。
次の瞬間、彼の手には雪の結晶のような物が握られていた。
『まあ、手持ちの魔人が減って困っていたところだ。
手駒が一つ増えたということで、納得しておくことにするか………』
フェイトは肩を竦めると、上空から流星のような勢いで森の外れへと飛んでいく。
目標は森の外れにある、小さな洞穴。
その奥に、1人の少女が寝かされている。
少女は年の頃13歳程度の様相で、鮮やかな薄紅色の髪を地面に散らばせ、まるで人形のように仰向けに寝かされていた。
(少し離れすぎていたからな………駄目になってなければいいが………)
フェイトは己の姿を霧のように変化させると、少女の鼻腔からその中へと入っていく。
霧状となった彼が完全に入りきると、少女は息を吹き返したように微かに胸を上下させはじめた。
少しして、少女がゆっくりと桜色の瞳を開く。
「うお、寒っ! そういや雪が降ってるんだったな。
危ない、危ない、もう少しで本体が凍死していたところだ………」
少女は自分の体を確かめるように体を動かす………どうやら、問題は無いようだ。
少女はのっそりと洞穴を出ると、空は白み始めた雪空へ向かって、意気消沈したようにガクリと肩を落とす。
「全く………やっぱり魔王のようなスーパーレアは、なかなかいないみたいだな………」
◇
オークの集落に放たれた炎が、その勢いを弱めた頃。
東の空が微かに白み、冬の微かな陽射しが夜明けの到来を告げている。
ブラウンは陽射しをその目に移し、焼け跡となった集落の中心で朝の清風にその身を晒す。
「団長、工兵部隊による森の探索が終了した。
生存しているオークはいない。
どうやら、オークたちを殲滅することに成功したようだ」
「そうか、ご苦労だった」
いつの間にか背後に現れたロッセの報告を聞き、ブラウンは一日中張り詰めていた緊張をようやく微かに緩める。
一昼夜を通して行われたオークたちの殲滅作戦。それはオークたちの鏖殺という形で幕を下ろしていた。
「損害は?」
「まだ未確定ではあるが………相当数の死傷者は出ているようだ。
負傷者については、傷の深い者から魔術師たちの治癒を受けている」
「いかにヴェール殿方が優秀な魔術師といえ、8人では回らんな」
「そうなんですよ!」
ブラウンとロッセの会話に割ってはいるように、ヴェールがふらふらと姿を現した。
ローブから覗く萌葱色の瞳は疲労が浮かび、歩くのも億劫といった様子である。
「だ、大丈夫か? ヴェール殿」
「もうー! これだけの負傷者、8人で回せるわけが無いです!
王都に帰ったら、医院に文句を言ってやります!」
ふらつきながらも、壮健な様子でヴェールは文句を言っている。
「いや、貴殿が無事で何よりだ。
あなた方にもしもの事があれば、この騎士団は解体という事態にもなりかねない」
「どういうことです?」
取り成すようなブラウンの言葉に、ヴェールは不思議そうな表情を浮かべる。
「いや、こちらの話さ。あなたが気にすることではない」
ブラウンはそう嘯き、はははと乾いた笑みを浮かべるが、この後のことを考えると気が重いことは確かだ。
今回のオーク討伐、多少とはいえない被害を騎士団は出してしまっている。
特攻部隊の偵察作戦により、死者5名。
騎士団本隊と工兵部隊による強襲作戦により、死者79名。
そして、今回の襲撃作戦でも、まだ算出こそされていないものの、10数名は死者を出ているだろう。
ブラウンはこの地に住んでいたオークたちを強敵であったと考えているが、王都の人間たちはそうもいかない。
『比類なき勇気の騎士団』は『オーク如き』に失態をえんじ甚大な被害を出した―――そう人々は判断するだろう。
まして、ブラウンは騎士団と犬猿の仲とも言える魔術師たちへの応援要請まで出しているのだ。騎士団連合と魔術師結盟、その両方に喧嘩を売ったようなものなのである。
場合によっては、団長であるブラウンの罷免も免れないかもしれない。
そんな思惑をおくびにも出さず、ブラウンは不思議そうなヴェールに笑顔を浮かべて見せる。
「おーい! お前ら、生きてるか!?」
そんな彼らの下に、一つの粗野な声が届く。
目を向けると、ブルーが部下の特攻部隊員たちに体を支えられ、左手で手を振っていた。
その体は傷だらけで、利き腕があらぬ方向に折れ曲がっている。
「くっそ、あのギザギザの野朗。もう少しで仕留められたんだけどな!
体当たりをモロに受けて、このザマだぜ!」
「あのオークの体当たりを………?
ブルー隊長、よくぞ生きておられた」
「頑丈だけが取り得ってなぁ!」
気丈な様子でブルーが嘯くが、その身はボロボロで、彼が過酷な戦闘を行っていたことが見て取れる。
「ああー! また利き腕を折りましたね!?
あんまり骨を折ると、元のとおりにくっつかなくなりますよ!?」
「殺しあってんだから、仕方ねぇだろ!? 無茶言うな!」
ブルーの骨折を目ざとく見つけたヴェールが咎めるような声を上げるが、ブルーも負けじと怒鳴り返す。
「勘弁してやってくれ、ヴェール殿。
ブルーは骨折するのが趣味なんだ」
「妙なこと吹き込んでんじゃねえ、おっさん!」
ブラウンのからかうような言葉を、ブルーが部下たちに背負われたまま抗議する。
「いま、治癒しますから、そこに座ってください!」
「いや………俺よりも、もっと重傷者を治癒した方がいいんじゃないか?
俺は別に後で………」
「どう見ても、ブルー隊長が一番重傷だ」
騎士団の幹部たちが、ぎゃーぎゃーと騒ぎ続けるのを、ブラウンはホッとため息をつきながら見守る。
(疲れたな………今回ばかりは、本当に疲れた)
ブラウンはゆっくりと辺りを見回す。
焼けこげたオークたちの集落は、まだあちらこちらで煙が上り、火の手も微かに上がっている。
ここに火を放つように指示したのはブラウン自身である。
4部隊に分けて行った、今回の襲撃作戦。
ブルーたち、特攻部隊には森の中で防衛に躍り出たオークたちとの戦闘。
ロッセたち、工兵部隊には集落の早期発見と、進軍する団員たちの援護。
ヴァイスたち、遊撃部隊には、散りじりとなったオークたちの掃討を依頼した。
そして、ブラウンたち騎士団本隊は、自ら集落に突撃し、この地を蹂躙したのであるが、そこで彼はこの集落に保管されていた『保存食』を見つけてしまったのである。
それは、内臓を抜き取られ、木に吊るして乾燥させられていたかっての仲間たち。
ブラウンが見捨てた工兵部隊員たちの変わり果てた姿であった。
それだけではない。
この集落で使われている、一見すると布や革に見えていた道具類。
それらは皮膚で出来たものであった。
その色から、恐らくこの地に居住し、壊滅させられたエルフたちの皮膚であったと思われる。
他にも髪や歯、爪といった人体からの搾取物を使用したと思われる道具が大量に見つかったことから、ブラウンはこの集落を灰燼に帰すという判断を下したのだった。
(殺した者たちは皮膚の一片、髪の一房まで確実に利用するってか?
生き物としては正しい姿なのかもしれんが、やはり俺たちはお前たちと分かり合えないようだ。
オーク族、お前たちの在り方はあまりにも冒涜的すぎる)
それは人間族の考えた方なのだろうと、ブラウンは理解している。
だが、自分たちは人間族だからこそ、似て非なる哲学を持つオーク族とわかり合うことなど出来ないのだ。
しかし―――
『この群れに残っているのは、最早戦闘力が皆無なガキ共だけだ。
あんたは、そいつらも殺すのかい?』
あの、顎が割れた巨漢のオーク。
圧倒的な多勢を前にしても、一歩も引かずその場で闘い続けたオークの姿を見たとき、ブラウンは少し思ったことがある。
それは「おたくも大変だな」という、同じ立場の者に持つ共感に近い感情であった。
ブラウンは思う。
きっと、あのオークは自分の失態を埋めるために必死だったのだろう―――と。
彼と同じく、失態を犯し多くの仲間を犠牲にしてしまったブラウンには、あの時の彼の気持ちが何となくわかる気がするのだ。
「どうかしたのか、団長?」
ヴェールの治癒魔術を受けながら、ブルーが不思議そうな顔でブラウンに尋ねると、ブラウンは乾いた笑みを浮かべてみせる。
「なに、歳を食ってからわかることもあるんだな、と思っただけさ」
「はあ?」
ブルーはますます不思議そうな表情となるが、それに答えてやるつもりはない。
オーク族の討伐が終わったからといって、まだまだやることが沢山残っている。
いや、団長である自分には、終わってからのほうがやることが山積みなのだ。
王都に帰ってからのことを考えると、ブラウンはどうしても胃がキリキリと痛んでしまうのだった。
「団長………」
そんなブラウンへ、静かな声が掛けられる。
ブラウンが声に目を向けると、そこには彼が頼みとしている、若い女騎士が佇んでいた。
「よう、ヴァイス。掃討任務、ご苦労だった。
無事でなによりだ………ん?」
ブラウンはまじまじとヴァイスを見つめる。
彼女が手に持っている物があまりにも意味不明であったからだ。
ヴァイスが手に持つのは白い花が植えられた鉢植え。
彼女はそれを大事そうに両手で抱え、何かを言いたそうにブラウンへ目を向けていた。
「その………一つ、お尋ねしたいことがあります」
「俺としては、お前が何で花なんて持っているのかを聞きたいところだが………。
まあいい、言ってみろ」
ヴァイスはブラウンの前に、その花をずいっと差し出し、真剣な眼差しで問いかける。
「この花の名前を、教えて頂けますか?」




