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第45話 蛮族の末路

 オークの集落の外れにある、小高い丘。

 白毛はギザ耳と別れた後も、その場に残っていた。

 絶え間なく降りしきる純白の雪に、その身を晒しながら白毛は無言で佇む。

 その耳には、びゅうびゅうと吹き続ける風と共に怒号とも悲鳴ともつかない声の波が微かに届いていた。


 騎士団とオークたちの戦いが始まったらしい。

 白毛は吹雪からかばうように、白い花の鉢植えを胸に抱きしめる。


 どうやら、顎割は騎士団と戦う。という選択を選んだようだ。

 これが片目であれば、集落を捨てて逃げるという道を選んだであろうが、顎割にそこまで合理的な判断を求めるのは酷というものだ。

 誰だって、生まれ育った集落を放棄するなどと即座に決断できる者はいないだろう。


 白毛がこの丘に留まったのには理由がある。

 この丘からは、オークたちの集落を一望することが出来るのだ。


 白毛の目に、集落の中を行き来するオークたちの姿が映る。

 丘の上から見えるその姿は、豆粒のように小さく、詳細は判別することは出来ないが、彼らは慌てた様子で防御態勢を整えているようだ。


(許してくれ、とは言わない。俺はみんなを裏切った―――いや、今も裏切り続けているんだ。

 だけど、どうかみんなの姿をこの目に焼きつかせて欲しい。

 だって、みんなは俺の誇りだから………)


『魔人くん。おめでとう、どうやら君の望みどおりに事が進んでいるようだね』


「フェイト………」


 白毛が背後に目を向けると、黒い影が吹雪を割るようにして立っていた。


『さあ、君の仇敵ともいえるオークたちもこれで破滅を迎えるだろう。

 次に君は何を望むかな?』


「……………」


『オークたちの次は、彼ら騎士団を滅ぼすかい?

 君を汚物のように蔑み、嫌悪し続けた人間族に復讐してみるのはどうだろう?

 君に与えた異能を用いれば、彼ら全てを滅ぼすことだって夢では―――』


「フェイト」


 楽しげな様子で語り続けるフェイトに対し、白毛は静かな口調で言葉を遮る。


「俺の次の―――最後の望みは己の破滅だ。

 そして、それはお前に叶えてもらう必要もない。俺の最後は騎士団に託す」


『………ふうん。何で?』


 白毛の言葉に対し、フェイトがつまらなそうな調子で問いかける。


「結局、魔人に成り下がっても、憎しみにその心を任せても………俺は俺でしかなかった。

 俺は俺以上にも、俺以下にもなることが出来なかったんだ。

 俺の名は白毛。ただの虚弱な、一匹のオークに過ぎない」


『………………』


「俺は仲間たちを裏切り、その未来を破滅へと導いた。

 彼らを裏切ったのは自分の意思だ。そのことに後悔はない。

 だけどさ、苦しいんだよ。

 俺は頬傷を死に誘導し、片目をその手で殺し、仲間たちの集落を騎士団へと売り渡した。

 自分のしたことを考えると、恐くて、悲しくて、苦しくなってしまう」


 白毛は少し自嘲するかのように笑顔を浮かべる。


「俺は、伝説の魔王のようにはなれないよ。

 俺はちっぽけな小人物で、世界を破滅させてやろうなんて大望は抱けない。

 フェイトが何をさせようと思って、俺を魔人に変えたのかは知らないけれど………俺は君の望みに応えられないと思う」


「俺は俺。愚かな一匹のオークに過ぎなかったんだ。

 だから、俺というオークのお話はこれで終わりにしたいんだよ」


 とうとうと語り続ける白毛を、フェイトは実につまらなそうな目で見つめ続ける。

 そして、彼の瞳に迷いがないことを悟ると、ため息をついた。


『なるほど………君の望みはわかったよ。

 君にはなかなか見所があるかと思ったのだがね、所詮は知恵をつけた豚でしかなかったようだ。

 私と君の出会いは、偶然に過ぎないものであったようだな。

 実に無駄な時間を過ごしてしまった』


 フェイトは塵を見るような目で白毛を見下ろすと、吹雪の中へその姿を霧散させていく。


『さらばだ、豚もどき。

 せいぜい自己満足に包まれて、豚のように死ぬがいい』 




「くそっ、何が起こってるってんだ!」


 ギザ耳は吹雪の中、一陣の疾風のように森の中を駆け抜けていく。

 彼は昨夜白毛と別れたあと、元のとおり逃げ出したオークの見張りを行っていたのだが、早朝になって、騎士団が強襲してきたとの報せを受け、ただ一人、森へ出撃したのだった。


「いた! いたぞ! ギザギザ耳のオークだ!

 止めろぉ!!」


 そんなギザ耳を目に捉え、侵入してきた騎士団員たちが襲い掛かかってくる。


「おせぇんだよ!!」


 しかし、ギザ耳は彼らを歯牙にもかけず、一刀の元に団員たちを切り裂いていく。

 それはさながら、一匹の鬼人の如き気迫であった。


(もうこんなところまで騎士団が入ってきているのか!?

 先行した奴らはどうなっている!?)


 駆け続けるギザ耳の額を汗が伝う。

 集落の外れで見張りをしていた自分は、他の仲間たちよりも一歩出遅れてしまった。

 騎士団を止めるために先行したオークの仲間たち、彼らの安否が気になるのだ。


(もっとも、先行したのは群れでも喧嘩自慢の偉丈夫共だ。

 そう易々とやられるってことは―――)


 ギザ耳がそんなことを考えていた矢先。

 彼の前方から一本の首が転がってくる。


「!?」


 それは、先だって森の防衛に向かっていたオークの仲間。

 ギザ耳も良く知る、豪傑のオークの物であった。


 ギザ耳は前方へ目を向ける。

 視線の先では、先んじて防衛に向かっていた仲間たちが一人の騎士によって次々と殺されていく姿が映る。


「あいつは………!」


 ギザ耳の瞳に、まず映ったのは、猛り狂う蒼狼の刺青。

 青い髪を振り乱し、掘り込んだ刺青と同じく猛り狂ったように剣を振るう半裸の騎士の姿。

 それは騎士と呼ぶにはあまりに荒々しく、一匹の獣と呼んだ方がふさわしいほどの猛者であった。


「ちぃ!!」


 ギザ耳は騎士へ向かって突進。剛剣を振り下ろすが、半ば奇襲のように振るわれた筈の一太刀を、騎士は獣染みた反射神経で回避し、距離を取る。

 そして、ギザ耳の姿を目に納めると、獰猛な笑みを浮かべてみせた。


「お前か、ギザギザ」


「………青髪」


 それはかって、ギザ耳が戦い、谷底へ蹴り落とした筈の強豪な騎士。

 『比類なき勇気の騎士団』特攻隊長ブルー・アスール。

 騎士団にてヴァイスと双璧をなす、燃えるような闘志を持った騎士である。


「たしか………ギザ耳って言うんだっけか?

 まあ、オークの名前なんざどうでもいい」


 ブルーは、荒々しく長剣を振りかぶると、ギザ耳へ挑みかかる。


「ギザギザぁ! この間の借りを返させてもらうぜ!!」


「ぐっ!」


 ブルーの一太刀をギザ耳が己の剣で受け止める。

 その剣筋は、以前交わした時よりも力に溢れ、鋭さを増している。


「ギザ耳!」


 そんなギザ耳をかばうように、オークの生き残りたちがブルーへ襲い掛かる。


「雑魚はすっこんでろ!!」


 そんな咆哮と共に、ブルーはオークの心臓を剣で貫き、更に返す刀でもう一匹のオークの首を切り払う。

 瞬く間に2匹のオークを屠ったブルーは、改めてギザ耳に目を向けると、にやりとした笑みを浮かべてみせた。

 まるで、「邪魔者は片付いたから、早く続きをしようぜ」とでも言うように………。


「青髪ぃぃぃぃ!!!」


 ギザ耳が渾身の力と怒りを込めて、剣を薙ぎ払うが、ブルーは飛び上がるように跳躍しそれをかわす。

 更に続けるギザ耳の連激をブルーは飛び跳ねるように木々の中を跳躍しかわしつづける。

 その姿はさながら、一匹の敏捷な獣のようだ。


(くそ! なんて出鱈目な奴だ! 剣術というものがわかっていないのか!?)


 ブルーの無茶苦茶な動きにギザ耳が舌打ちをする。

 独学にしろ、人間の剣術を学んだギザ耳にとって、奔放なブルーの動きは訳がわからないものであった。


 だが、どちらにしろブルーがギザ耳の剣撃をかわしているだけだ。

 隙をついて攻勢に転じなければ、ブルーに勝機は無い。


(そんな隙を与えてやるつもりはねぇがな!!)


 オーク族の体力は、人間を遥かに凌駕する。

 かわしているだけとはいえ、先に体力が尽きるのは激しい動きを続けるブルーの方だろう。


 ギザ耳がそんな考えに捕われた時、剣戟を縫うかのようにブルーが何かを振りかぶる。

 次の瞬間、ギザ耳の右眼窩が燃えるような熱さと激しい衝撃に襲われた。

 

「がぁ………?」


 思わず後退したギザ耳は、自分の視界が半分に狭まっていることに気付く。

 頭の奥がドクドクと脈打っている。

 そして、右目が燃えるように熱くなり、血が頬を伝ってダラダラと流れていた。

 


「悪ぃな、ギザギザ。

 少しばかり、小物を使わせてもらった」


 どこか申し訳なさそうに、ブルーがそう告げる。

 その手には黒紅色の玉が数粒、握られていた。


 炸裂弾。


 衝撃を加えることで発火する、爆薬を詰めた玉。

 栗毛の騎士が、ギザ耳に振るった恐るべき破壊武器である。 


「ぐうう………」


 想像を絶する痛みに、ギザ耳は思わず膝をつき、顔を伏せる。

 炸裂弾の衝撃によって、ぐちゃぐちゃに焼け爛れた右目は肉が削がれ、骨が外気に晒されている。

 砕けた眼窩は眼球を留めることが出来ず、真っ黒に焼けた眼球がぽとりと地面に落ちた。


 そして、ブルーはその隙を逃すような男では無い。

 ギザ耳が膝とつくと同時に、彼の首目掛けて長剣を振り下ろしていた。


「お………おおおぉぉぉ!!」


 ギザ耳が背中を丸めるようにして、背面でブルーの斬撃を受け止める。

 皮膚が裂け、肉まで切り裂かれるも、強靭なオーク族の背中は致命傷には至らない。


「つ………!」


 流石にブルーが虚をつかれたように、ギザ耳から距離を取る。

 ギザ耳は気の狂うような痛みに襲われながらも、残った左目を凝らし、取り落とした剣を拾い上げる。

 そして、地面に落ちた己の右眼球を踏み潰すと、口元をにやりと歪ませ笑って見せた。


「どうした、青髪?

 勝負はまだまだこれからだぜ?」


「マジかよ………ははっ、すげーなお前」


 相対するブルーの額に冷たい汗が流れる。

 眼球を焼かれ、眼窩を砕かれ、背に激しい裂傷を刻みこまれてもなお、この戦士の闘志に陰りが見られない。


(なるほど………確かにオークじゃなけりゃあ、騎士団に勧誘したくなる逸材だ。

 だがな、お前はオークで俺は人間。

 俺はここでどんな手を使ってでも、お前を殺す!)


 不適な笑みを浮かべるギザ耳に対し、ブルーもまた獰猛な笑みで答える。

 

「上等じゃねぇか、害獣! お前はこの俺が駆除してやらぁ!!」



「おい! 騎士団が30人くらいそっちに行ったぞ! 対処してくれ!」


 牙折が見張り台の上からそう大声を上げる。

 彼は、森の入口にある見張り台から集落へ騎士団襲撃の報せを伝えたあと、とんぼ帰りで森へと戻り、防衛に当たる仲間たちを援護するために見張り台から偵察を行っていたのだ。

 森へ侵入する騎士団たちの動きを仲間たちへ伝えるものの、騎士団の人数はどんどんと膨れ上がり、逆に仲間たちの人数はどんどんと減っていく。

 そして、騎士団はみな一様に、集落へ向けて真っ直ぐに進んでいるようだ。


(白毛が言っていた、騎士団に集落の位置が漏れたって情報。

 聞いた時は半信半疑だったが、真実だったようだな………)


 牙折は仲間たちへ更に騎士団の侵入状況を伝えながら、そう独りごちる。

 見張り台は木陰に隠れるように設置されているとはいえ、その中で大声を上げるのは自殺行為であるが、最早そんなことに頓着していられる状況では無かった。

 現に目の前で次々と仲間たちが殺されていっているのだ。

 このままでは集落に騎士団が到着するのも時間の問題だろう。


 牙折が下方に目を向け、他に気を配ることが出来ないでいたところ、上方でガサガサと物音がする。

 

「あ―――?」


 不審に思った牙折が上に目を向けた瞬間、顔面に痛烈な蹴りが叩き込まれた。


「がはっ!!」


 衝撃で見張り台の縁に背中を打ちつけられながらも、牙折が何とか前に目を向けると、そこには鷹のように鋭い目をした騎士が立っている。


「いつの間に―――」


 牙折が驚愕の声を上げようとするが、それを遮るように騎士は二刀の剣を手に構え、牙折の首筋目掛けて双剣をふるう。


「ちぃ!!」


 牙折は間一髪でその一撃を避けると、もんどりうって見張り台から飛び降りる。

 不安定な態勢で高所から飛び降りたことにより、牙折は体を地面に叩きつけられ、全身に気の遠くなるような衝撃が走る。

 それでも、牙折は気をふりしぼって立ち上がり、よろよろと見張り台から離れていった。


「こ………こんなところで、死んでたまるかよ………!」


 そんな牙折の目の前に、さきほどの双剣の騎士が音も無く飛び降りてくる。

 その身のこなしは、さながら1片の羽のようだ。


「……………」


「どうやら、逃がしてくれる気はないみてぇだな………」


 双剣の騎士は牙折の言葉を無視し、無言で彼に向かって剣を構える。

 牙折はそんな騎士にフッと皮肉っぽい笑みを浮かべてみせた。


「喧嘩は得意じゃねぇが………逃げ惑いながら殺されるってのは、流石にダセェな。

 ここは一つ、勝負と行くかい!!」


 牙折は気怠い気性と捻くれた性格を持ったオークである。

 性格、という面で見れば、彼は白毛以上にオークらしくないオークであった。

 そんな彼であるが、その身に流れる血潮はやはりオークのそれであったのだろう。

 牙折は最後の最後、その瞬間。剣を取ることを選んだのだ。


「おらぁ!!」


 それは牙折にとって渾身の一撃であったが、騎士にとっては軽易な一撃であった。

 双剣の騎士は牙折の斬撃を右の一刀で難なく流すと、ほぼ同時に左の一刀で牙折の胸を刺し貫く。

 

「がはっ…………!」


 胸を剣で貫かれ、牙折の体から盛大に血が噴出していく。どうやら心臓を一突きにやられたらしい。


「ま、こうなるわな………」


 それでも牙折は口角を歪め、自嘲するようにそう嘯くと、地面に倒れ付し息を引き取っていく。


「…………」


 双剣の騎士が、そんな牙折の遺体に目を向けると、彼はいつもの皮肉気な笑みを浮かべたまま事切れていた。 



「くそっ、どうなってやがるんだ、これは!?」


 オークの集落の中、顎割は焦った様子で戦況を確認する。

 先ほど、牙折からもたらされた騎士団襲撃の報。

 その報せを聞き、顎割は急遽、防御態勢を取ったのであるが、一手遅く、戦況は混乱状態に陥っていた。

 

(白毛がいないと、何も出来ないっていうのか!? 俺は!!)


 顎割はそんな自分の不甲斐なさを叱咤していたところ、遠くから一匹のオークがこちらへと走りながら、大声で報告を行う。


「顎割、騎士団だ! 騎士団が森を突破しやがった!

 奴ら、もうじき集落にまでやってくるぞ!!」


「なんだと!?」


 群れのオークたちで戦える者は全て森に送ってしまっている。

 いま集落に残っているのは、戦闘に参加出来ない年寄りと幼体のみなのだ。

 焦燥感に苛まされ、顎割は頭を掻き毟る。


「くそっ! どうすりゃいいんだ!?」


「追い込まれているようじゃな、顎割」


 そんな彼に一つ、しわがれた声が掛けられる。

 

「歯抜の爺さん………?」


 顎割が声の方向に目を向けると、そこには歯抜を始めとする、群れの老体オークたちが集まっていた。


「顎割………お主は幼体たちを連れて、集落から逃げるんじゃ」


「この集落を捨てろってのか?」


「その通りじゃ。集落の替えなぞいくらでも効くが、命はそうもいかん。

 お主はガキ共を連れて、またどこか別の場所で再起を図れ」


「どうやって逃げろと言うんだ? 騎士団はもう、目前まで迫っているんだぞ!?」


 顎割の唸るような問いかけに、歯抜は涼しい顔で答える。


「なに、それはわしらに任せろ。

 くたばりぞこないの爺共じゃが、時間稼ぎぐらいはしてやれる」


「歯抜………?」


 歯抜の言葉に、周囲の老体オークたちがカラカラと笑い声を上げる。

 つまり、彼らは自分たちの身を投げ打って、騎士団の足止めをすると言っているのだ。


「子供たちは群れにとっての宝。それに比べてわしら年寄りはただの足手纏いじゃ。

 そんなわしらが少しでも未来への礎になれるというのなら、この齢まで生きてきた甲斐があるというもの。

 さあ、顎割。時間が無い、幼体たちを連れて早くこの場を去るんじゃ」


「しかし!」


 うろたえる顎割に対し、歯抜が断固とした口調で言い放つ。


「顎割、二度は言わんぞ?

 時間が無いんじゃ。早く行け!」


「―――!!」


 顎割は黙り込むと、歯抜たち老体のオークに一つだけ礼をして倉庫の中へと入っていく。

 きっと、幼体のオークたちを連れ、この集落を離れるのだろう。


 歯抜たちはその姿を確認すると、よぼよぼと騎士団たちの方向へと歩を進めていった。


「歯抜め、格好つけおって。年寄りの冷や水というやつか?」


 歯抜の隣を歩く、老体のオークが歯抜をからかうように声を上げる。


「喧しいわ。なに、わしらはこれまでオークとして好き勝手に生きてきたんじゃ。

 最期はオークらしく、好き勝手に死ぬわい!」


「おうおう、勇ましいことじゃ。

 まあ、老いさばらえてくたばるより、群れの力になって死ぬほうが悪くないかもしれん。

 それに―――」


 老体のオークは少しだけ、寂しげな光を目に宿して言葉を続ける。


「わしらという種族にとって、これは報いかもしれんしな………」


「やめぃ、わしらはオークとして産まれ、オークとして生き、そしてオークとして死ぬんじゃ。何の報いを受ける必要がある?

 ジジイの分際で妙な感傷に浸るんじゃない」


「くく………違いない」


 老体のオークは少しだけ笑うと、集まった老体たちに向かって声掛ける。


「では歴戦のジジイ方、わしらの最期の戦いといきますかの。

 こんなに心が高揚するのは久しぶりじゃわい」


「ふん、せいぜい興奮しすぎて、敵と戦う前にポックリいかんよう注意しとけ!」


 騎士団たちは、最早彼らの前方10数メートルの所まで迫っている。

 歯抜はその目に覚悟の光を宿すと、騎士団たちに向かって名乗りを上げる。


「おうおう、人間族の戦士共!!

 わしは誇り高きオーク族の戦士、歯抜!

 命の惜しくない者はかかってこい!!」



「顎割、大丈夫?」


「ああ………心配すんな、ガキ共。

 お前らはこの小屋に隠れてろ」


「でも………」


「大丈夫だって! 俺が一度でもお前らに嘘をついたことがあったか?」


 小屋の中から心配そうな目を向ける幼体オークたちに、顎割は朗らかな笑顔を向ける。


 オークたちの集落の端に所在する小さな小屋。

 そこに顎割は幼体のオークたちを入れ、背中合わせにドアを閉める。


「くそ………俺って奴は、どこまでも不甲斐ないオークだな………」


 そう嘯く顎割の体に、ズキズキと激痛が走り回る。

 彼の体は最早、満身創痍の体をかもしていた。

 時間を稼ぐと言って、騎士団に突撃していた老体のオークたち。

 彼らはすでに騎士団によって皆殺しにされ、体をバラバラに切り裂かれていた。


 その後、騎士団は幼体オークたちを連れて集落を逃げていく顎割の姿を目に捉え、彼へ向かって矢を放ったのだ。

 顎割はその背中を盾として矢を受け、幼体オークたちをかばいつづけたが、この小屋の近くでとうとう力尽き、もはや一歩も走ることが出来なくなっていた。


(歯抜の爺さん………すまねぇ。あんたらが命をかけて託してくれたこの群れの未来。

 俺は守りきれないかもしれねぇ)


 視界さえも奪うほどの吹雪の中。

 顎割の視線の先には、彼を追いかけてきた騎士たちの影が浮かんでいる。


 ―――もし、幼体のオークたちを見捨てて、自分だけが逃げれば………この吹雪に紛れて逃げ去ることが出来るかもしれない。


 顎割は自分の頭に浮かんだそんな考えを、笑みと共に放棄する。

 

(そんなこと、出来るわけがねぇわな。

 俺は仲間を裏切って生きていけるほど、強い心を持ったオークじゃない)


「さて………行くか」


 顎割は衰弱した自分の体に喝を入れると、巨大な棍棒を片手に騎士団たちの影へと向かう。


 群れの未来を繋ぐ。

 それのみを考えるのなら、顎割一匹だけでもこの場を逃げ去るべきであったのかもしれない。

 しかし、顎割はただのオークではなかった。

 誇り高き、オーク族の戦士であったのだ。


(そもそも、未来を見据えた合理的な思考なんて持ってたら、オーク族なんざやってられねぇわな。

 俺はオーク族の顎割。馬鹿で無謀で短絡的な、イカしたオークの戦士だ!)


「行くぜぇ、騎士団!! ぶっ殺してやる!!」


 顎割はそう怒鳴り声を上げると、その巨体を震わせ騎士団へと無謀な突撃を仕掛けていくのであった。



「くそっ、手負いのオーク一匹だってのに、粘りやがる………!」


 騎士は目の前の光景に驚愕を隠せない。

 彼の目の前では、騎士たちとオークとの死闘が繰り広げられていた。


 森の中に現れたオークたち。

 その後、集落から現れた、老体と思われるオークの集団。

 そして、この一匹の巨漢のオーク。


 その闘い全てが、激戦であったのだ。

 『オーク族』とは、これほどに手強い種族であったのだろうか?


「下がれ」


 そんな彼の傍らから、一人の騎士が現れる。


「団長………?」


「そいつはこの群れの………恐らく、頭目を務めるオーク。

 感傷だが………俺が仕留めるべきだと思うんだ」


 ブラウンは剣を引き抜くと、なおも激しく抵抗するオークの前へ歩を進めていく。


「!!!」


 オークの血走った目が、向かってくるブラウンを視界に納める。

 そんなオークに向かって、ブラウンは静かに口を開いた。


「オークさん。あんたの群れは本当に………本当に手強かったよ。

 俺は『比類なき勇気の騎士団』団長のブラウン・カスタードという。

 俺は、あんたを殺して、この戦争に終止符を打つつもりだ」


「……………」


 それまで、獣の如き気迫でその力を奮っていたオークがピタリと動きを止めると、静かにブラウンへと目を向けた。


「俺の名は顎割。あくまで代理の頭目だ。

 だが、比類なき勇気の騎士団………か。

 お前たちによって、この群れは壊滅してしまった。

 出来れば、お前を殺して仲間たちの敵を取りたいのだが、どうだろうか?」


「それは願っても無いことだ。 

 俺もあんたらによって、随分と仲間を殺されているんでね。

 あんたをこの手で殺せば、俺の気も幾分か晴れるというものさ」


 ブラウンの言葉に、顎割は剣呑な笑みを浮かべる。恐らくブラウンも似たような笑みを浮かべているのだろう。


「では………アゴワレ」


「ああ………」


 人間族の騎士と、オーク族の戦士は互いに得物を構え相対すると、静かににらみ合う。


「勝負!」


 それは一瞬の決着であった。


 顎割の放つ棍棒の一撃を、ブラウンはしゃがみ込んで紙一重でかわし、その心臓に剣を差し込んだのだ。


「ぐ………」


 胸に剣を刺し貫かれたまま、顎割はその場に崩れ落ちる。

 そもそも、今まで立っていられたのが異常であったのだ。


「なあ………」


 息が絶え絶えになりながらも、顎割は微かに喉から声を漏らす。


「この群れに残っているのは………もう、戦闘力が皆無なガキ共だけだ。

 あんたは………そいつらも殺すのかい?」


「当たり前だ。お前たちオークは害獣。

 一匹だって生かしておくわけにはいかない」


「そうかい………そいつは………無念、だな。

 ああ………本当に、無念だ」


「………許してくれ、とは言わんよ」


 ブラウンは無表情のまま、倒れ付したオークの喉にもう一振りの剣を差し込む。

 その一撃により、虫の息であったオークが完全に絶命する。


「顎割ぇ!」


 突然、側にあった小屋のドアが開き、中から小さなオークたちがオークの死骸に駆け寄っていく。

 彼が言っていた「ガキ共」というのは、この幼体のオークたちなのであろう。


「……………」


 幼体オークたちは脇目もふらず、オークの死骸に駆け寄っていくが、彼らが死骸に辿りつくことはなかった。

 ブラウンが近寄る子供たちを片端から斬り殺していったのだ。


 うわぁぁぁ、という金切り声を上げながら、子供たちは出てきた小屋の中へ逃げ帰っていく。

 そして、小屋の中からは絶望にすすり泣く、子供たちの声が響き渡る。


「団長………どうしたら」


 困惑する騎士に対し、ブラウンは静かに指示を出す。


「この小屋の扉が開かないよう、厳重に固定しろ。

 その後、火を放つ」


「火………ですか?」


「この小屋の中にいるのは、オーク族の幼体だ。

 奴らは数年で成体となり、また周囲へ悪意をばらまくことになる。

 いま、この場で、殲滅する」


「……………」


「早くしろ」


「り、了解!」


 騎士たちはブラウンの指示通り、小屋の扉と窓を固定すると、小屋に向かって火を放つ。

 燃え盛る炎の中、小屋からは子供たちの悲鳴とも慟哭ともつかない金切り声がキーキーと響き渡る。

 それは、騎士たちにとって目を背けたくなるような光景であった。

 

 ブラウンはそれを真っ直ぐに見つめる。

 その嘆きに耳をすます。

 まるで、自分がしたことを記憶するように、ブラウンは微動だにせず、その琥珀色の瞳を炎の橙色に染めるのだった。


 王都のはるか南西に所在する、大きな名も無き森。

 その森に発生した、特異的な知能と能力を持った巨大なオークの群れ。

 王都が誇る精鋭騎士団『比類なき勇気の騎士団』は、この時を持ってオークの討伐任務を完遂した。

 それは、騎士団が同任務を受けて50日後。

 初冬から仲冬に至る、冬の季節。

 猛然とした吹雪が吹きすさぶ、荒涼とした日のことであった。

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