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第41話 それは菖蒲色の花

 

 ヴァイスが部屋から立ち去って数刻。

 白毛が仰向けに寝転がり、ただ天井を見つめていたところ、ガチャリとドアが開く音がした。

 白毛がドアの方へ眼を向けると、そこには菖蒲色あやめいろの二つの瞳が白毛へ向けて視線を送っている。


「………君か?」


「君、とか言うな。気色悪い」


 菖蒲色の瞳をしたエルフは、彼女らしいふざけた口調でそう嘯くが、その瞳には僅かな憂いが覗いている。

 どうやらヴァイスは自分の望み通り、エルフたちを解放してくれたらしい。

 白毛は心の奥でホッと一つ息を吐くと、エルフへ静かに問いかける。


「俺を………殺しにきたのか?」


「いや………どうせ、放っておいても勝手に死ぬでしょ。アンタは」


「違いない」


 エルフの言葉に、白毛は少しだけ笑みを浮かべる。

 思えば、この菖蒲色のエルフは、白毛がプリムラ以外に唯一会話を交わしたエルフであった。

 彼女の飾らない言葉は、今の白毛にとって些か心地いいものだ。


「俺を殺しにきたのではないのなら、何故ここへ来たんだ?」


「アンタはもうすぐ死ぬんだ。そのほえ面を最後に拝んでやろうと思ってね」


「まったく、エルフの癖にとことん品性に欠けた言動をするな、お前は」


「オーク風情にそんなこと言われる筋合いは無い。出来損ないの死にぞこないが」


「言いたい放題だな………」


 悪態をつきながら、菖蒲色のエルフはにやりと笑い、白毛もそれにつられて苦笑を浮かべる。

 菖蒲色のエルフはずかずかと部屋へ入り込むと、中をキョロキョロと見回し感嘆したように声を上げる。


「へぇ、やっぱりプリムラの部屋は違うね。私とは随分と待遇が違うようじゃないか、白毛?」


「お前………なぜ、母さんの名前を知っている?」


 白毛の言葉に、エルフは壁の一部分を指示してみせる。


「ほら、ここに穴が空いているでしょ。気付かなかった?」


「本当だ………いつの間に」


 エルフの言葉通り、壁には拳ほどの大きさの穴が開けられていた。


「ふふん、アンタって案外細かいところには目が回らないよね」


 エルフは悪戯っぽく笑うと、その場に座り込む。


「そこからね、プリムラとはよくおしゃべりしてたんだよ」


「母さんと、お前が?」


 意外なエルフの言葉に、白毛が驚いたような声を上げる。

 まさか母とこのエルフに接点があるとは思っていなかったのだ。


「そう。あの子、いつもアンタの話ばかりしててさ。

 何度辟易されたことか―――」


 エルフは気安い調子でプリムラとの思い出を白毛に語り続ける。


 プリムラが普段は割と無口であること。

 その癖、しゃべり始めるとなかなか止まらないこと。

 結構すぐに機嫌を悪くして、不貞腐れること。

 不貞腐れても、すぐに機嫌を戻して笑っていたこと。


 それらは、白毛の知らない母の話であった。


 どうやら、このエルフは白毛が考えていた以上に、自分たちのことを把握していたようだ。

 ヴァイスがなぜ自分たちのことを知っていたのだろうかと白毛は疑問に思っていたが、合点がいった。恐らくこのエルフが吹き込んだのだろう。

 

 しかし、何故このエルフはそんなことを自分に話しに来ているのだろう?

 ようやく、この地獄から解放されるのだ。

 一刻も早く、この場を離れるべきではないだろうか?


「それでさ、プリムラが―――」


「なあ」


 語り続けるエルフの言葉を白毛が遮る。


「お前、何をしているんだ? ヴァイス―――人間族の騎士によって部屋から解放されたんだろう? オークたちは倉庫に身を隠しているとはいえ、万が一ということもある。

 早く、この小屋から離れるんだ」


「……………」


 白毛の言葉に、エルフは少し黙り込む。

 そして、今までとは全く違う、寂しげな声音で口を開いた。


「だって………アンタ、死ぬ気なんでしょ?」


「まあ、そうだな」


「それなら、一緒に逃げようよ? あの女騎士ちゃんだって、きっと悪いようにしないよ。

 あの子単純そうだし、上手いことやれば、助けてくれるかもしれないよ?」


 エルフの提案に白毛は眼を丸くする。

 このエルフはいったい何を言っているんだ? 一緒に逃げる?

 彼女にとって、自分は殺しても飽き足らない憎悪の対象である筈だ。

 なぜ、そんな優しい言葉を掛けるというのだ?


「悪いが―――それは出来ない相談だ。

 裏切り者ではあるが、それでも俺はオーク族の戦士だ―――オーク族の戦士で在りたいと思っているんだ。

 仲間を破滅させる俺が、自分だけ生き残るなど出来ないよ」


「またそれ!? いったい何なのアンタ!?

 事あるごとに仲間、仲間って。オークたちがしたことを知らないアンタではないでしょう!?

 何で、そんな奴らと一緒であろうとするの!?」


 白毛の言葉にエルフが激昂したように声を上げる。白毛はそんなエルフに対し、手をついた。


「すまない。俺たちがエルフたちにしたこと、何をしたって償うことなど出来ないだろう。

 もし、俺を殺すことで少しでも気が晴れるなら、今すぐに殺してくれて構わない」


「私が聞きたいのはそんな言葉じゃない!!」


 エルフは白毛を怒鳴りつける。それは怒りというより悲しみに満ちた叫びであった。


「白毛、違うんだ。

 私がアンタから聞きたいのはそんな言葉じゃない………。

 私は―――」


 エルフは昂ぶった心を抑えるように、息を吸うと菖蒲色の瞳で真っ直ぐに白毛を見つめる。


「白毛。私はアンタを許す。

 だから、一緒に行こう。アンタは生きてたっていいんだ」


 エルフは白毛に手を差し伸べる。その菖蒲色の瞳には涙が浮かんでいた。

 白毛は驚いた様子でそんなエルフを見つめる。


(このエルフはいま、何と言った? 俺を許すだと!?

 家族も故郷も尊厳も、全てを奪った。オーク族である、この俺を!?)


 白毛は差し伸べられたエルフの手に目を向ける。

 その細く、白い手は微かに震えながら、自分に向けられている。

 白毛は少しの間、その手と菖蒲色の瞳を見つめていたが、ふっと穏やかな微笑みを浮かべて、手を伸ばし―――エルフの頭にそっと被せる。


「ありがとう。君は本当に―――優しいエルフだな」


「白毛………」


 その言葉にエルフは全てを悟ったのだろうか。

 菖蒲色の瞳に悲しみを滲ませて、目を伏せ。空へ伸ばした腕を胸元へと戻す。


「たとえ、君が俺を許してくれたとしても………俺は俺が許せない。

 オーク族がしたことは、すなわち俺がしたことだ。

 それに、君にとっては虫唾が走るかもしれないが、彼らは俺の誇りなんだよ」


「その仲間を裏切っている癖に………」


「そう、裏切っている癖に、だ。

 全く持って矛盾しているな。俺は」


 仲間を裏切り、破滅に導いていながら、自分はその仲間たちを愛している。

 仲間たちの蛮行を憎みながら、その彼らを誇りに思っているのだ。

 だから、この優しいエルフの提案に乗ることは出来ない。

 

 白毛はエルフの小さな頭をそっと慈しむように撫でる。

 振り払われるかと思ったが、エルフは自分に撫でられるまま、その身を預けてくれていた。

 白毛はそんなエルフに一つ、尋ねてみたいことがあった。

 

「なあ………」


「………なに?」


「もし、良ければ………君の名前を教えてもらえるかい?」


 エルフはぎゅっと手を握り締めると、呟くようにその問いかけへと答える。


「アイリス」


「………アイリス?」


「そう、アイリス………それが、私の名前」


 エルフ族は伝統的に草木や花。植物の名称を名前につける。

 アイリス―――菖蒲色の花弁を持った、春から初夏にかけて咲く美しい花。

 その花言葉は「優しい心」


 白毛の顔に薄っすらとした笑みが浮かぶ。

 このエルフ―――アイリスに相応しい、なんと美しい名前なのだろう。


「アイリス………ありがとう。

 とても素敵な名前だと思う」


「なにそれ、ひょっとして口説いてる?」


「まさかっ」


 アイリスからの言葉に、白毛は思わず噴き出してしまう。

 エルフ族に対し、口説くことで求愛するオーク族なんてものがいるのなら、一度拝んでみたいものだ。


「ナニ笑ってんのよ、そんなんだからアンタは童貞なんだ!」


 いつまでも笑い続ける白毛に対し、アイリスが不貞腐れたようにそう嘯くと、不意に真剣な表情となって、静かな声で白毛へ言葉を告げる。 

 

「白毛。本当にここに残るんだね?」


「ああ、俺は生まれた時から仲間たちと共に在った。だから、最後まで彼らと共に在りたいんだ。

 …………すまない」


 アイリスの言葉に対し、白毛もまた静かな声でそう答える。

 その声は穏やかであるが、同時に強い意志も篭っており、彼の決意は変わらないということが感じられるものだった。


 ふっとアイリスが口角を歪め、皮肉るように笑顔を浮かべた。


「ふん、勝手にここで野垂れ死ねばいい。

 オークのアンタにゃ、お似合いの死に様だ」


 アイリスは嘲るようにそう嘯くが、その菖蒲色の瞳には哀しみの色が混じっている。

 

(君は本当に………優しいエルフだったんだな)


 白毛はそんな彼女へ頭を垂れた。


「ありがとう、アイリス。俺は最後に君と会えて良かった」


「うるさい、私はオークなんかと話す舌を持たない!」


 アイリスは白毛に背を向けると、吐き捨てるようにそう怒鳴ると、部屋の外へと出て行った。


 白毛はその背を見送りながら一人、静かに別れの言葉を呟く。


「さようなら………優しいエルフさん」

 

 

 家畜小屋の前に、多数のエルフが集まっていた。

 彼女らはたった今、ヴァイスによって救出された、繁殖用のエルフたちである。


「もう、残っている人はいませんね」


 ヴァイスはそんなエルフたちに目を向けながら、そう声掛ける。


 エルフたちの有様は彼女の想像を超えて酷いものだった。

 この過酷な監禁生活により、体の一部が壊死し、歩くことの出来ない者。

 心が壊れ、廃人となってしまっている者。

 そして、その両方を負っている者。


 5体満足でいる者の方が少数派と言っていいほどだ。

 ヴァイスはそんな彼女らへ真っ直ぐに目を向ける。


「歩くことの出来る方は、他の人に手を貸してあげてください」


 そう伝えながら、ヴァイス自身も体の欠損した2人のエルフを肩に背負う。

 彼女が背負った2人のうち、1人はブツブツとうわ言のように何かを呟くだけと成り果てていたが、もう1人はまだ心が生きていたようだ。


「私たち、助かるの………?」

 

 不安と恐怖、それに微かな期待を込めて、エルフがそうヴァイスに問いかける。


「貴女たちは助かります! 私が助けます! だからしっかりつかまって」


「………うん」


 エルフがヴァイスにしがみつく手に力を込める。

 正直、お世辞にも剛健とは言い難いヴァイスではあるが、2人のエルフを背負うと気力を込めて立ち上がる。

 利き腕の折れた状態で行うそれは、些か無謀とも思えたが


(私がやらねば、誰がやるのだ!)


 ヴァイスはそんな思いだけで、体を動かしていた。


「ほら、女騎士さん。無茶ばっかりしなさんな」


 そんなヴァイスの肩から、1人のエルフを受け取るような形で声が掛けられる。

 目を向けると、そこには菖蒲色の目をしたエルフ―――アイリスが呆れたような表情で立っていた。


「アイリスさん」

「野暮用は終わったよ。さあ、こんな陰気なところはさっさと出てしまおうか」


 アイリスはサバサバとした調子でそう言うと、ヴァイスの背負っていたエルフを自らの背に背負って見せる。

 彼女はヴァイスによって小屋から助け出された際、何としても白毛を連れてくると言い放ち、一時この場を離れていたのだ。


「アイリスさん………その、シロゲは………」

「ほら行くよ、アンタたちの騎士団拠点とかいう所まで行くんでしょ?

 案内してもらえる?」

「は、はい」


 ヴァイスの言葉を遮って、アイリスは歩き始める。

 彼女はエルフを一人背負ったまま、振り返ることなく森の中へと進んでいく。


「………………」


 ヴァイスはそんな彼女へ掛ける言葉が見当たらず、自らも森の中へと進んでいくのだった。


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