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第38話 白いオークが望んだこと

 家畜小屋の中にある小さな一室。

 かっては白い色をしたエルフが監禁されていた部屋の中で、ヴァイスは呆けたように座り込んでいた。


 結局、この部屋にオークは来なかった。

 あの、白色オークは仲間たちを呼ばなかったのだ。


「母親から愛されたオーク………ですか」


 昨夜菖蒲色のエルフから聞いた、この部屋で生きていた白いエルフと、その子供であるオークの話。


 白色のエルフ―――プリムラという名前を持ったエルフは、この部屋でオークたちから陵辱を受け、一匹のオークを身篭った。

 そして、どんな奇跡が起こったのかは知らないが、プリムラはそのオークへ自分の子供として愛情を注いだらしい。

 彼女と同じ白い体毛を持ったオークもまた、自らの母を慕っていた。

 白いオークは、高い知能を誇るこのオークの群れにおいても、抜きん出て賢く、また好奇心が旺盛で、母であるプリムラから沢山のことを学んだという。

 しかし、彼はやはりオークであった。

 群れからどのような指示を受けたのかは知らないが、彼は自らの母親を殺し、喰らったのだという。


 ヴァイスの脳裏にその話を聞いた時の様子が浮かぶ。


『自らの母を!? やはりあの白オーク、外道では無いですか!』


『そうだよ。私がいつ、あいつを優しい奴だなんて言った?

 所詮あいつはオーク。私たちとは異なる化け物だ』


 憤るヴァイスに対し、菖蒲色の目をしたエルフは冷めた口調で言葉を続ける。


『あいつはプリムラを殺す前、私の部屋へやってきた。

 何を思ったのか私に『自分はどうすればいいのか?』なんて聞いてきたんだよ』


『貴女はなんと………?』


『当然、私は逃げろって言ったさ。プリムラを連れて、2人でこの群れから、世界から逃げろって………結構必死にそう言ったよ。

 だけどさ、駄目なんだよ。あいつは事もあろうにこの群れを………この薄汚いオークの仲間を見捨てられない、なんてのたまいやがった。

 あいつにとってここのオーク共は、母親と天秤にかけても釣り合うほどのかけがいのないものだったって訳さ。

 私には全く理解出来ないけどね』


『仲間………?』


 目を伏せ、そう呟くヴァイスに対し、今度はエルフの方が尋ねるように問いかける。


『人間族の騎士さん。あんたは奴の気持ちがわかるかい?

 私にはあいつの気持ちが理解出来ない。エルフ族っていうのは個人主義的で、群れとか、仲間とか、そういうものには割とドライだからさ。

 あいつが大切な人を犠牲にしてまで………壊れかけてまで、仲間たちと共に在りたいと望んだ感覚が理解できないんだ』


『………………』


 エルフの問いに対し、ヴァイスは無言で考え込む。

 かけがえのない仲間―――彼女にとってそれは『比類なき勇気の騎士団』である。

 考えたくもないことではあるが、もし騎士団から『父を打ち倒せ』などと指示されたら自分はどうするのであろうか?

 家族を取るか、仲間を取るか。どんなに考えても、結論は出せそうに無かった。


 無言となったヴァイスに対し、エルフは更に言葉を続ける。


『プリムラを殺してから、あいつは壊れたように人が変わってしまった。

 私自身はあいつと多くの言葉を交わした訳じゃないし、私の中のあいつ像は、プリムラの言葉を介して知ったものだけど………それでもあいつが豹変したことはわかる。

 まるで、悪魔にでも取り付かれたみたい』


『豹変………ですか』


 ヴァイスは白色オークのことを思い浮かべる。

 ギザ耳との真剣勝負との最中に部下を人質に取り、あろうことかその部下に自分の腕を折らせた。

 それに、この部屋へ監禁された時、彼から言われた下卑た言葉の数々。

 ヴァイスにとって白色のオークは、下衆と呼ぶに相応しい見下げ果てたオークであったのだ。

 だから、エルフの言う、豹変する前の白色オークの姿が想像出来ない。


 だけど―――


 ヴァイスは部屋の中を見回しながら、菖蒲色のエルフに問う。


『彼は………自分のお母さんを大切に思っていたのでしょうか?』


『うん。あいつの気持ちが分かる訳では無いけれど………あいつがプリムラを慕っていたのだけは、間違いないと思う。

 あいつは自分の母親を、愛していたよ』


 それからもヴァイスはエルフと沢山の会話を交わしたが、気になるのは白色オークの目的についてであった。

 昨夜から色々と考えたが、ヴァイスには彼が求めているものがわからない。

 彼は自分を捕縛した。彼自身は慰み者にするためと嘯いていたが、一晩が経過してもこの部屋に誰も訪れなかったことを省みると、それは偽りであったと思われる。

 それでは何故?

 オークの群れを守ろうとするなら、あの時自分たちを殺してしまえば良かった筈だ。

 何故、彼は自分を生け捕りになどしたのだろうか。


 ヴァイスはそっと白い花の鉢植えを持ち上げてみる。

 ヴァイスは花という物に対する見識があまりなく、この花の名前もわからない。

 しかし、その花は雪のように白く、儚げで、どこか話に聞いた白色のエルフを彷彿とさせるものだった。

 

「白色のオーク。貴方はいったい、何を望んでいるのですか?」


 ヴァイスは白い花を見つめながら、白い息と共にそう呟く。

 その時、鉢植えを持つ手に微かな違和感を感じた。


「………?」


 訝しく思ったヴァイスは鉢植えに目を映す。その底部はザラザラとしていて、何かが掘り込まれているようだ。

 ヴァイスが鉢植えの底を覗き込むと、そこには文字が掘られていた。


「………………」


 ヴァイスはそれを読み取ると、微かに目を揺らす。


 ヴァイスはプリムラという名のエルフが、どんな人物であったのか知らない。

 しかし、確かにプリムラは自分の息子を愛していたのだろう。

 

 白い花の鉢植えを見つめながら、ヴァイスはそんなことを思うのだった。



「よし、みんな避難は終了したな?」


「ああ、確認も終わった。この群れのオークたちはいま、一匹残らずこの小屋の中にいるぜ」


 白毛の言葉に顎割が頷く。

 集落の外れにある大きな小屋。普段は群れの倉庫として使用している、この集落で一番大きな建物である。

 その中にいま、幼体、老年問わず、全てのオークが身を寄せ合っていた。

 倉庫であるがゆえ、決して居心地のいいものでは無いが、贅沢はいっていられない。


「例の8匹は?」


「奴らは別の小屋に隔離して、ギザ耳に見張りをさせている。

 正直、いまは奴らの処遇なんざ決めている場合じゃないからな」


「ありがとう、完璧だ」


 顎割の返事に白毛は目を細める。

 逃走してきた8匹のことはどうでもいいが、問題はギザ耳のことだ。

 いま、この場にギザ耳がいると、何かと厄介なことになる。


「おい、白毛ぇ。こんなところにみんなを詰め込んで、いったいどうしたってんだ?」


 戻ってきた白毛に対し、牙折が疑問を投げかける。

 顎割たちは、仲間を倉庫に連れ込んだものの、詳しい理由についてはまだ説明していない状況であった。


 白毛は仲間たちへ向けて声を上げる。


「聞いてくれ! どうやらこの集落の近辺に騎士団が隠れ潜んでいるようなんだ!

 昨日の頬傷たちの強襲から逃走してきた者たちが、後をつけられていたらしい」


 白毛の言葉を受け、どよどよとオークたちからざわめきが漏れる。


「みんな落ち着いてくれ! 不測の事態ではあるが、それぐらいで揺らぐほど俺たちの群れは脆弱なものじゃない。みんなで協力して、この困難を乗り切るんだ!」


「き、協力って………具体的にはどうするんだよ?」


 牙折が、流石に動揺を隠せない様子で問いかける。


「とりあえず、少数で行動しないこと。集落から離れないこと。出来ればこの倉庫からも出ない方がいい。状況が把握しきれていない今、動き回るのは得策じゃない」


「み、見張りはどーすんだ?」


「今日だけは見張りも無しだ。これから、片目や顎割たちでこの事態をどうするか検討する予定だ。

 方針が決定するまで、大人しくしていてくれ」


「わ、わかった」


 白毛が何気なく出した『片目』という名前に、顎割が目を伏せる。

 彼らには片目の死を内密にすると伝えているが、やはり思うところがあるのだろう。


「それじゃあ、俺たちはこれから片目と対策を講じてくる。

 少し時間がかかるかもしれないが、この倉庫の中で待っていてくれ。

 顎割、行こう!」


 白毛の声に、顎割たちが小さく頷き、彼の後へと続いていく。


 仲間たちへ背を向けながら、白毛は計画が問題なく進んだことに胸を撫で下ろしていた。

 群れのオークたち、彼らを倉庫の中に集合させ、今や集落はもぬけの空だ。

 懸念していたギザ耳は、別の小屋で見張りに当たり、余計なことを言われる心配もない。

 後は、例の女騎士を騎士団拠点へと帰し、騎士団をこの集落に攻め込ませればいい。


 白毛は大きくため息をつく。その顔には疲労が浮かび目に見えて憔悴している。


(おかしいな? 全て上手くことが進んでいるのに、この疲れはなんだ?

 胸をざわめくこの焦燥はなんなんだ?)


 白毛は自らの胸に手を当てる。

 その心臓はドクドクと激しく脈打ち、その鼓動に合わせるように彼の頭を打ち鳴らしている。

 白毛はそんな自分の体をいぶかしみながらも、顎割たちを引きつれ倉庫を後にした。



 倉庫の側に建てられた小さな小屋。

 そこに白毛と顎割、ほか数匹のオークたちが身を寄せ、会議を行っていた。


「みんな、さっきはありがとう。良く片目の死を内密にしてくれた。

 仕方ないとは言え、仲間たちを欺くのは心苦しかっただろう」


 白毛が労うようにそう顎割たちへ言葉を掛けながらも、同時に探るような視線を送る。

 片目の死に対して白毛が取った行動。これには些か不自然なところがあった。

 片目の死を隠したことや、仲間たちを倉庫に押し込むという行動。一応、言い訳じみた説明はしたが、彼らが自分に対して不信感を持っても何らおかしくはない。


 白毛は、顎割たちが自分に対して疑りの念を持っていないか警戒したのだ。

 そんな白毛に対し、顎割は厳しい表情を向けている。他のオークたちも同様だ。


 白毛の心に嫌な予感が去来する。


 ここにいるオークたちは、あまり疑うということをしないが、決して知能が低い訳ではない。

 むしろ、このわずかな時間で仲間たちを掻き集め、倉庫への避難を成功させたことを省みるに、優秀な知能を持っていると考えられる。

 

「白毛。お前に一つ言いたいことがある」


 白毛の予感に答えるように、顎割が低く、厳かな声音で口を開く。


「な………なんだい?」


 白毛は自分の額に冷や汗が滴るの感じながら、必死で平静を装って答える。

 しかし、続く顎割の言葉は、白毛の予想を裏切るものであった。



「今まで、すまなかった」

「え………?」


 顎割が頭を下げ、苦渋に満ちた声音でそう言葉を発する。


「頬傷が死に、片目もいなくなって、俺は初めて群れを導く立場になった。

 それでわかったんだよ。仲間たちを導くということは、とんでもなく心に重圧が掛かるんだな」


「顎割、頭を上げてくれ。いったいどうしたと言うんだ?」


 白毛は慌ててそう伝えるが、顎割は決して頭を上げようとしない。


「この戦争で俺たちはお前に頼りっきりだった。お前の言うとおりにだけ動いて、そして得た勝利を自分の物のように考えて浮かれていたんだ

 その勝利の為に、お前がどれほどの重圧を受けているか、考えもしなかった。

 俺は、そんな自分が許せない」


 顎割が白毛に伝えたかったのは謝罪である。

 彼は、片目の死によって、今回初めて群れを率いる立場となった。しかし、群れ責任を持つというその立場は、彼が想像していたよりずっと重圧感に満ちたものであったのだ。

 そんな重圧に満ちた役を、成人とはいえ、まだ若者である白毛に押し付けていたことを理解し、顎割はかってない罪悪感を感じていた。


「なあ、白毛。仲間たちを率いるってのは………本当に大変な物なんだな。

 これで良かったのか? こうすれば良かったんじゃないか? って具合で、何をやっても後から後から迷いや後悔が生まれてきちまう。

 お前はたった一匹でそんな重圧に耐えていたんだな………だから、すまない。悪かった。 俺はもっとお前を支えてやるべきだった」


「あ、顎割、やめてくれよ!」


 思わず、白毛は顎割の肩に手を当て、その顔を上げさせる。


「顎割はいつだって、俺を支えてくれていたじゃないか!

 荷馬車を襲った時、騎士団の偵察隊を撃退した時。いつだって真っ先に俺の所へ来て、俺を褒めてくれたじゃないか。

 それが俺にとって、どれほどうれしかったことか………!

 顎割はいつだって、俺を支えてくれていたんだよ。顎割やみんながいたから、俺は決して一匹じゃ無かった!」


 白毛は必死に言葉を紡ぐ。それは決して彼らを油断させる為の偽りなどではなく、心からの正直な言葉であった。

 そんな白毛に対し、顎割は固く引き締めていた表情を和らげ、少しだけ微笑む。


「俺が支えていたって………俺はただ、お前に絡んでいただけだぜ?

 でも、ありがとう。白毛。

 ………やっぱお前、いい奴だな」


 顎割から放たれる言葉に対し、白毛の心には苦痛が走る。

 胸がキリキリと切り裂かれるような感覚。

 心臓は更にバクバクと高鳴り、その鼓動に合わせてズキズキと頭が痛む。


「違う………俺は決していい奴なんかじゃない」


「うん?」


 白毛の押し潰したような声に、顎割が疑問の声を上げる。


「だって、そうだろ?

 俺は嘘や偽りの多いオークだ。今だって群れのみんなに片目の死を隠している」


「そんなことは気にするな。今の頭目は俺だ。

 もし、誰かがそのことを責めるようなことがあっても、その矛先はお前ではなく、俺に向けられるもんだ」


 顎割は胸を張ってみせる。


「正直、俺は頭目の器じゃねえ。本来はお前に頭目の立場を譲るべきなんだろうが………。 無能な俺でも責任を取ることくらいは出来る。

 だからお前は何も心配するな、考えたとおり、思ったとおりに行動してくれ。その責は全て俺が請け負う」


 顎割は力強くそう伝えると、少しだけ目を伏せる。


「俺はお前を信じる。だからお前も俺を信じてくれ。

 もう二度とあの時のような―――群れがお前を疑った時のような思いはさせない。

 それだけは誓って約束する!」


 片目の死が判明してからまだ短い時間しか経っていないが、顎割は一つの決意を固めていた。

 それはあの時、頬傷を始めとした群れの仲間たちが白毛を間者では無いかと疑った時のこと。

 あのような思いを二度と白毛にさせないということだった。

 顎割の言葉に、他のオークたちも次々と頷いてみせる。彼らも思いは一緒であったのだ。


 対して、白毛は絶句してしまう。

 顎割からの信頼に満ちた言葉、それらを受ければ受けるほど、白毛の胸と頭の痛みが大きく、鋭くなっていく。もう、耐えられないと思ってしまうほどに―――。


「あー、ちょっといいか?」 


 そんな中、小屋の外から気まずそうな声が届く。


「だ、誰だ!?」


 顎割が驚いた様子でそう怒鳴ると、小屋の扉がゆっくり開き、牙折たち10数匹のオークが苦笑を浮かべながら立っていた。


「な!? お前ら、何をやってんだ!?」

「いやー、俺たちにも何か出来ることはないかって聞こうと思ってここまで来たんだよ。

 だけどさ、悪ぃ。片目が死んだって話。聞いちまった」


 牙折がぼりぼりと頭を掻きながら、そう伝えると顎割が観念したようにため息をつく。


「そうか………まあ、聞かれちまったら仕方ねぇ。

 その通り。片目は騎士団によって殺された―――」


「牙折!」


 苦々しくそう伝える顎割の言葉を遮り、白毛が牙折の肩を掴み、泣き出しそうな表情で言葉を発する。


「俺が片目の死を隠したんだ! 顎割たちにも、秘密を漏らさないよう口止めさえしたんだ! だから―――」


「ああ、せっかく隠していたのに盗み聞きみたいなことをして悪かったな。

 何か手伝おうと思ったんだが、むしろ余計なことをしちまったみたいだ」


 その白毛を更に遮り、牙折が言葉を放つ。それはいつもの牙折と全く変わらない、友人と話す口調であった。


「俺はみんなを騙したんだぞ!?」

「そんなこと気にしてんのか? お前はみんなに片目の死を告げるべきではないと判断したんだろう? なら俺はそれに従うさ。

 別にお前が気にやむもんじゃねぇ」


 白毛は目の前が真っ暗になるような錯覚を感じながらも、必死で言葉を紡ぐ。


「俺はまた、みんなに嘘をつくかもしれない。今だって、みんなに欺いていることがあるかもしれない。俺はそういう奴だ。

 お前はそんな俺を信じるというのか!?」

「ああ、信じるぞ?」

「何で!?」

「何でって………お前」


 叫ぶような白毛の訴えに、牙折はいつもの適当な表情のまま、事何気に言葉を発する。


「だって、仲間だろ?」


「―――っ!」


 いやだ。

 やめてくれ。

 そんな優しい言葉を掛けないでくれ。

 俺が仲間? 冗談じゃない!


 だって俺は―――みんなを、殺そうとしているのに。 


「白毛?」


 顎割が不思議そうな顔で、白毛に問いかける。

 彼は焦燥しきった表情で、ふらふらと夢遊病者のように小屋の外へと向かっていた。

 白毛の目の前は、もう真っ暗だ。何も見えないし、聞こえない。


 白毛はそのまま、小屋の扉を開けると。訳もわからぬままに、森の中へと駆け出した。

 


 なんだ!? 一体なんなんだ!?


 全力で森を当ても無く駈けずりながら、白毛は答えの無い問いを自らに繰り返す。


 俺はオークという種族から決別したのでは無かったのか!?

 彼らを皆殺しにすれば、俺は救われるのでは無かったのか!?

 なのに、この様は何だ!?


 白毛の胸は、もはや痛みを越えた苦しみに満たされていた。

 それは、あの日。

 プリムラを殺したあの日に感じた痛みと全く同じものだ。


 何故だ。

 何故だ、何故だ、何故だ。


 全てを拒絶し。

 自らの種族を捨て。

 魔人という異物に成り下がってまで、逃れようとした苦痛。


 なのに、その苦痛は再び、白毛の心を襲っていた。


『おやおや、随分と苦しんでいるようだね。魔人くん』


 そんな白毛の前に、黒い陽炎がゆらゆらと沸き起こる。

 黒い陽炎―――フェイトは恭しく礼をすると、滑稽な動作で頭を捻り白毛へ声掛ける。


『全ては順調に進んでいるではないか、何を苦しむ必要がある?

 オークたちの破滅は目前だ。

 ようやく、君は救われることが出来るのだよ』 


「俺は………俺は苦しんでなどいない!!」


『そうかい? それなら一向に構わないのだがね。

 ただ、一つだけ助言を与えよう』


 フェイトの赤い眼差しが、真っ直ぐに白毛をねめつける。それはまるで白毛の苦痛を楽しんでいるようでもあった。


『以前、君の母親の死は君が選んだ必然だと、私は言ったね?

 そのとおり、彼女の死は必然であったのだ。

 しかし、その必然はオーク族によってもたらされたものだ』


「何が言いたい?」


『いやいや、何やら君が捨て去った筈の、情に捕らわれているように見えたものでね。

 思い出すがいい。君の仲間たちは、君の母親へ何をした?』


「………彼らは、俺の母の家族を殺し。故郷を破壊した。

 何度も陵辱し、尊厳を踏みにじった。

 そして―――」  

 

『そう。そして君と言う獣を妊娠させたんだ。

 君はオークたちを許せるのかい。彼らは君の大切な人を汚し、その生を蹂躙したのだよ? 思い出せ白毛。彼らの蛮行を。

 噛み締めろ白毛。オークという種族の必滅を。

 君の苦しみは、君の仲間たちから始まったのだ』


「そうだ………だから、俺は―――」


『オーク族を滅ぼす。

 全てに復讐する。

 お前が奴らから受けた理不尽は、同様の理不尽で奴らへと返納しなければいけない。

 忘れるなよ、魔獣。

 オークであった頃の情などというものは、お前には不要だ。

 獣如きが、二度と下らないことに捕らわれるな』


 フェイトは塵を見るような目で白毛にそう言い放つと、その姿を霧散させ、夜の闇へと同化していく。


「オーク族を滅ぼす………理不尽を返納する」


 白毛は呆けた目に虚無を映し、虚空に向かってそんな言葉を呟いた。


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