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第37話 片目

 オークの集落の中心。

 そこには、頬傷に恭順し、騎士団拠点へ襲撃を行ったオークの生き残り8匹の処遇を決めるべく、群れのオークたちが集まっていた。

 広場の中心に、生き残り8匹が一列に立たされ、その周りを群れのオークたちが囲むようにして集っている。

 その中の一匹、顎割が白毛へと問いかける。 


「おう白毛! 片目はどうした!?」


「いや、いなかった。集落中を探したんだが、姿が見えないんだ」


「くそ、こんな時に、どこに行ってやがるんだ!」


 顎割が困惑した様子で、頭を抱える。

 形的には、群れに反目するようにして、騎士団拠点へ攻め込んだオークたち。

 彼らをどうすればいいのか、顎割は決めかねていた。

 彼らに対する憎しみや恨みの感情は無い。むしろ副頭目であった頬傷が戦死したことを、嘆いている面の方が大きい程である。

 何にしても、頭目である片目の指示を仰ぎたいところであったのだ。


 白毛はそんな群れの面々を見回し、ギザ耳の姿が無いことを確認すると大声を上げた。


「みんな、聞いてくれ! 俺たちはいま、危機に直面しているかもしれない!」


「な………なんだ? 突然………」


 突然、大声を上げた白毛に驚いたように、群れのオークたちが彼に注目する。

 白毛は皆が自分に目を向けたことを確認すると、一度咳払いをしつつ更に声を張り上げた。


「この集落の位置が騎士団に知られているかもしれない!

 奴らはすでに、この付近に潜入し身を潜めている可能性があるんだ!」


「騎士団だと? 何を言っているんだ白毛」


 白毛のあまりに唐突な言葉に、群れがざわつき、顎割が困惑した表情で白毛に問いかける。


「気付かないのか?」


 白毛はそんな顎割に目を向けると、集落全体を示すように両手を広げる。


「よく、集落の様子を見てみろ。

 昨日と何か様子が違わないか? 桶や籠はこんなところに置いてあったか?

 小屋の様子は? 森の景色に違和感を感じないか?」


「………………?」


「僅かではあるが、昨日と比べて集落の様子が変わっているんだ。

 それは物の配置であったり、木々が踏みつけられた跡であったりと些細なものであるのだけれど、確かに変化している」


 白毛の言葉に、オークたちは考え込むような表情を浮かべる。

 言われてみれば………確かに、集落の様子が変わっているような気がする………?


 もっとも、実際のところ集落は何も変化などしていない。

 しかし、物の配置や木々の様子など、いちいちつぶさに観察している者などいないし、記憶している者もいない。

 白毛から自信に溢れた様子で「変わっている」と言われれば、はっきりと否定することが出来ないというのが本音である。


 白毛はそんなオークたちへ、畳み掛けるように言葉を続ける。


「これは、集落に騎士団が侵入してきたという証拠だ。

 おそらく、騎士団はとうとうこの集落に侵入し、俺たちの動きを伺っているに違いない」


「ちょっと待て、何で騎士団がこの集落の位置を知っているんだよ?」


 白毛の言葉に対し、顎割が訝しげに問いかける。

 それに対し、白毛は立たされている生き残りのオーク8匹を指差して答えた。


「彼らのせいさ」


「お、俺たちの………?」


 蚊帳の外だと思っていた自分たちが、突然話題の中心へと戻され、オークたちが困惑の声を上げる。


「お前たちは昨日、騎士団の拠点からこの集落まで逃げ帰ってきたのだったな?

 おそらく、その後を騎士団につけられたのだろう。

 そして騎士たちは、この集落の側に潜み、俺たちを一匹ずつじわじわと殺していくつもりなんだ」


「そ、そうか? いくらなんでも荒唐無稽すぎるだろう。

 俺はいまいち信じられないのだが………」


 顎割が頭を掻きながら訝しげ嘯くが、白毛はそんな彼に目を向けると少し声をひそめ口を開く。


「顎割、それに隻腕、口裂、太鼓腹。

 ちょっと俺についてきてくれないか?」


 この群れで第3位の地位にいる顎割、そして発言力のある順位の高いオーク数匹に声を掛けると、白毛は無人の小屋へと彼らを招き入れる。

 そして、彼らを小屋の中に座らせると、申し開きをするように口を開いた。


「すまない、ここから先の話はあまり皆に言いたくないんだ。

 これから話すことは、この場にいる者たちだけの内密にしてもらいたい」


「いや、それはいいんだが………一体全体どういうことだ?

 そもそも片目はどうしたんだよ?」


 突然のことに顎割が訝しげな様子で口を開くと、白毛は些か逡巡するような素振りを見せ、重々しげに口を開く。


「片目は………殺された」


「何だと!?」


 白毛の予想外の言葉に、顎割をはじめとするオークたちが思わず立ち上がる。


「順を追って説明しよう。俺はさっき、あの8匹のオークたちの処遇を求めるため、片目の小屋へ行ったのだが、彼の小屋は空だった。

 そこで辺りを探していたら、片目の死体を見つけたんだ」


「死体………」


「そう、顎割も知っているだろう? 集落から少し北に行ったところにある泉だ。

 そこに片目は倒れ、その胸には騎士団の剣が突き刺されていたんだ」


 驚愕の表情を浮かべるオークたちに対し、白毛は真剣な表情で苦々しく伝える。


「これは俺の推測だが………騎士団は昨晩の敗走者たちの跡を付け、この集落を見つけたと考えられる。

 そして、片目がこの群れの頭目であることに気付き、彼が一人になったところを狙って暗殺したんだ」


「……………」


「群れがザワついている現状で片目の死を知られるのはまずい。

 そこで顎割たち、群れの上位者たちだけに来てもらったんだ。

 片目の死体は見つけたままの状態にしてある、とりあえず一緒に来てもらえないか?」


 白毛はそう伝えると、唖然とした様子で黙り込んでいる顎割たちを連れ、さきほど片目を殺した泉へと案内していったのだった。



 片目の死体は朝と寸分変わらぬ体勢で倒れており、その胸にはヴァイスの剣が突き刺さっている。


「うそ………だろ?」


 顎割は片目の死体を目の当たりにすると、力が抜けたようにその場に座り込む。

 他のオークたちも同様で、一様にショックを受けている様子であった。


「顎割、見てくれ。片目の胸に剣が刺さっている。

 こんな意匠の剣は見たことがない。騎士団の物と考えて間違い無いだろう」


 白毛は座り込む顎割の顔を覗きこむようにしてそう伝えるが、当の顎割は心ここにあらずといった様相でひざまづいた自分の手を見つめ、呆然と呟く。


「頬傷だけじゃなく………片目まで? この群れはこれから、どうすればいいんだ………?」

「顎割、動転するのはわかるが気をしっかり持ってくれ。

 さっき俺が話した、騎士団が隠れ潜んでいるという仮説。どうやら当たっていたようだ。

 落ち込んでいる暇はないぞ。俺たちがしっかりしなければ、他の仲間たちにまで被害が

及ぶ可能性がある」


「あ、ああ。わかっている」


白毛の言葉に、顎割が歯を噛み締めつつ、どうにかして頷く。白毛は他の仲間にも同様の言葉を掛け、気をしっかりと持つように伝えると、更に言葉を続ける。


「俺たち以外に、片目が死んでいることを知っている者はいない。

 片目は俺たちの頭目だ。彼が死んだとなれば、この群れには少なからず動揺が走るだろう。騎士団との戦争が終局に近い今、出来ればそれは避けたい」


「どういうことだ?」


 顎割の問いかけに、白毛は毅然とした調子で答える。


「ここにいる仲間以外、片目の死について口外しないようにしよう。

 いいかい? ここにいる5匹だけの秘密にするんだ」


「片目が死んだことを、皆には黙っていろというのか?」


「そうだ。無駄な動揺は俺たちの結束を弱め、引いては破滅に繋がるものだ。

 なに、この戦争が終わるまでの間だけさ。

 顎割、分かってくれるね?」


 白毛の言葉に顎割たちが、黙ったまま頷く。


 顎割を始めとする、白毛がこの場に連れて来た4匹のオークたち。

 彼らは群れで発言力を持ち、なおかつ分別を持った、信頼に足るオークたちで自ら秘密を晒すような性質たちでは無い。

 片目の死は、秘密の内に葬られるだろう。


 白毛は心の中で密かにほくそ笑む。全ては自分の望み通りに事が進んでいる。

 

 頭目である片目が死に、何かと厄介な頬傷も戦死した。

 そうなれば、次に残っているのは第3位の立場であるこの顎割だ。

 しかし、顎割は他のオークと比較しても聞き分けが良く、それに白毛を信頼しているオークだ、操るのは容易いだろう。


「ギザ耳はどうする?」


「勿論、ギザ耳にも内緒にしてくれ。

 あいつは群れ1番の戦士であるが、同時に片目から目をかけられていたオークでもある。

 片目の死によって、ギザ耳が憂い、その剣が鈍るようになっては困るからね」


 そして、何より不味いのが、ギザ耳に片目の死が知られることである。

 ギザ耳は、騎士団の追跡が失敗したことを知っているし、何よりあの女騎士の存在を知っている。

 彼が余計なことを言ってしまえば、白毛の計画は瓦解するだろう。


(まあ、いざとなれば、ギザ耳を殺すまでのことだけど)


 フェイトから痛みと引き換えに受け取った、魔人の異能。

 それを使えば、いかにギザ耳と言えど、殺すことは容易いだろう。


「それで、今後の方針だけど………とりあえず、騎士団がまだ付近に隠れ潜んでいる可能性がある。

 だから仲間たちを小屋の中に集めておくべきだと思うんだ。

 顎割、確か集落の外れに倉庫代わりの大きな小屋があっただろう?」


「ああ」


「今日はその小屋に、仲間たちを避難させておこう。

 たとえ集落のまわりであっても、一匹で動き回るのは危険な状況だ」


「見張りはどうする?」


「今日だけは、見張りも無しだ。

 頬傷の失敗によって、群れの仲間たちも数が少なくなっている。

 今は一匹だって、仲間の命が惜しい。

 ………それから、逃げ出した8匹についてだが、現状で彼らの処遇を決めている余裕なんてない。他の仲間たちとは違う小屋で軟禁しておくことにしよう。

 見張り役にはギザ耳をつけてくれ」


「わかった」


 白毛の言葉に、顎割たちが頷く。


 今日の夜、白毛はヴァイスを解放し、騎士団拠点へ返すつもりであった。

 しかし、彼女が、他のオークにその姿が見つかれば不味いことになる。

 だからこそ白毛は、こんな三文芝居まで演じ、オークたちが小屋の外へ出ないように誘導したのだ。

 白毛は改めて、その場に並ぶオークたちへ目を向けると、表情を引き締めて口を開く。


「片目の死は不幸だったが、悲しむのも嘆くのも後だ。

 俺たちはこの事態に対し、冷静に対処しなければいけない。それが死んだ片目への手向けにもなるだろう」


「ああ、わかっている。とりあえず、仲間たちの避難は俺たちに任せてくれ。

 よし、お前ら行くぜ!」


 白毛の言葉に、顎割もまた表情を引き締め、仲間たちに声掛けると集落の方向へと立ち去っていく。

 どうやら彼は、白毛に対し一切の疑いを持っていないようだ。


(いいぞ、全て思い通りに事が運んでいる)


 口元に浮かびそうになる笑みを抑え、白毛は立ち去っていく顎割たちの背中を見送る。

 馬鹿で愚鈍なオーク共。奴らの破滅はもう目の前まで迫っている。


 顎割たちが去っていったあと、白毛は片目の死骸へと目を向ける。

 片目は激痛を伴う毒によって殺害されたにもかかわらず、その顔に歪みは見えない。

 ただ………どこか残念そうな、無念そうな表情のまま息絶えていた。


 片目―――18歳。オークとしては初老の年齢である。

 白毛は彼がどのような人生を歩み、この群れの頭目に相成ったのかは知らない。

 片目は、どちらかと言えば皆から恐がられるようなオークで、群れの掟を破った者には躊躇うことなく制裁する。

 それでも、いや………だからこそ、片目はこの群れをここまで大きくすることが出来たのだろう。


 片目はオークらしい猛々しい性格であるが、同時にオークらしくない合理的な思考を持った頭目であった。

 オークとしては異端である外見を持った白毛が、偏見なくこの群れに入れてもらえたのは、片目が頭目であったことも大きいだろう。

 そのことを、白毛は片目に感謝していた。実の父親のように尊敬さえしていた。


「………………」


 白毛は無言で片目へ手を伸ばし―――その見開かれた隻眼をそっと閉じる。


『俺はお前が生まれてきたことに感謝している』


「馬鹿だよ片目。あなたは本当に馬鹿だ。

 俺のような異分子、幼体の内に殺しておくべきだったんだ」


 微かな冬の陽射しが降り注ぐ森の中。白毛は消え入るような声でそう呟いた。



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