第35話 緑髪の魔術師
「それで、おめおめと帰ってきやがったってのか!?
てめぇら、ふざけんなぁ!!!」
ブルーは怒鳴り声と共に、騎士の胸倉を掴み上げ、壁へと叩きつける。
その騎士は遊撃部隊―――ヴァイスと共に追跡任務に当たっていた騎士であった。
「よせ、ブルー!!」
そんなブルーを、ブラウンが背後から羽交い絞めにして止める。
「自分たちの部隊長を見捨てて、何が騎士だ! 何が精鋭だ!!」
「やめろと言っている!!」
ヴァイスが白毛たちに捕まってから、幾許か後。
いつまでも帰還しない遊撃部隊の安否を求め、ロッセが森の入口周辺を検索したところ、彼らが束縛された状態で転がっているのを見つけた。
救出された騎士たちは、ヴァイスが自分たちを庇い、オークの集落へ連れ去られたと報告をしたのだった。
「ヴァイスに追跡任務を命じたのは俺だ。
今回のことの責は全て俺にある。ブルー、殴るのなら俺を殴ればいい」
なお、激昂するブルーに対し、ブラウンは静かな声音で告げる。
そんなブラウンはブルーは苦々しげに睨み付けると、苛々とした様子で掴んでいた騎士を投げ出す。
「………少し、頭を冷やす」
ブルーはそう嘯き、カツカツと杖をつきテントの外へと出て行った。
ブラウンはこの戦争が始まって以来、最も大きなため息を漏らす。
「す、すみませんでした………団長」
そんなブラウンへ、先程までブルーに掴み上げられていた騎士が苦しげに言葉を漏らす。
「仕方あるまい………ブルーにも言ったことだが、今回の任務、指示したのは俺だ。
お前たちに責はない。それよりセフィドの治療に専念しろ」
そう言葉を漏らし、ブラウンはその騎士をテントの外へと出す。
そして、ブラウンは1人になると、その場に座り込み額に手を当てた。
ヴァイスがオークたちに攫われた―――もし、これが他の騎士であれば攫うことなどせず、殺していただろう。
ヴァイスが女性だから―――雌だから誘拐したのだ………繁殖用として。
「くそっ!!」
ブラウンは腹立たしげに、自分の拳を壁へ叩きつける。
帰還した遊撃部隊員の話では、追跡する彼らの前に『白色のオーク』と『ギザ耳のオーク』が姿を現したらしい。
もしかしなくても、待ち伏せをしていたのだろう。自分の考えはオークたちに筒抜けであったということだ。
それに、白色のオークはヴァイスに対し、騎士団員を人質にして投降を要求した挙句、ご丁寧にも利き腕をへし折り、無力化までしたいう。
『自分は、白色のオークを最も警戒するべきだと考える。
あれからは他のオークと比べて異質なものを感じた』
そうだ、白色のオーク。ロッセが奴に警戒しろと言っていた筈ではないか。
ギザ耳のオークにばかり気を取られて、自分は奴の事を念頭に置いていなかった。
「団長」
ブラウンが慙愧の念に捕らわれていた時、ぼそりとした声が掛けられる。
目を向けると、いつの間に入ってきたのかロッセがテントの入り口に立ち、ブラウンへ目を向けていた。
「かねてから要請していた修道魔術師たちが、王都から到着した。
彼女らは団長との面会を希望しているようだ。
こんな時ではあるが、通していいだろうか?」
「修道魔術師たちが?」
「然り」
以前、ブルーたち特攻部隊が偵察任務に失敗し、重傷を負って帰還した際にブラウンはチェスナットに指示し、王都へ治癒魔術に特化した修道魔術師の要請を依頼していたのだ。
その後、鼻欠がやってきたことや、オーク集落への襲撃作戦などによって、その依頼は埋没していたのだが、チェスナットはしっかりと務めを果たしていたらしい。
何にしても、怪我人が多数いる現状、治癒魔術を用いる修道魔術師たちの到着は起死回生となるものである。
「通せ」
「承知」
ブラウンの言葉にロッセは小さく頷くと、テントの入り口から外へ招き入れるように手を振る。
すると、テントの中へ白いローブを身に纏った女性たちが数名ほど入り、ブラウンの前に立ち並んだ。
その先頭に立つ、緑髪の女性がブラウンに対し礼をする。
「王都魔術師結盟、修道医院所属、ヴェール・ヴェルトゥです。
国王陛下の要請により修道魔術師7名を連れ、馳せ参じました」
緑髪の女性―――ヴェールの言葉と同時に、背後に控えた魔術師たちも礼をする。
修道魔術師たちが羽織る白いローブの背には、彼女らが修道医院に所属する魔術師であることを示す、蛇の巻きついた杖の紋章が縫い付けられていた。
「8名か………」
そんな彼女らを前に、ブラウンは微かに失望の色を滲ませる。
512名の騎士団に対して、王都が向かわせた魔術師はわずか8名である。
元より無茶な要請だと理解はしていたが、この人数では傷を負った騎士団員たちを回復させるまでに多大な時間を要するだろう。
「少ないと思われるのも無理はありませんが、医院はこれ以上の魔術師は派遣出来ないと拒否しました。どうかご理解下さい」
「いや、すまない。そんなつもりでは無いんだ。
俺は『比類なき勇気の騎士団』団長ブラウン・カスタード。
王都から遠路はるばるの来訪、痛み入る。
諸姉らの勇気と献身には、感謝の言葉もない」
ヴェールの言葉にブラウンが慌てて取り成すように伝える。
騎士団がいるとは言え、ここはオークたちの巣窟である。
女性である魔術師たちにとって、この場に訪れるということには多大な勇気が必要であっただろう。
「今は長旅で心身共に疲弊しているだろう。
本日は休まれるといい。明日から団員たちの治療に当たって頂けないだろうか?」
ブラウンは彼女らの心労を配慮しそう告げるが、ヴェールは首を振ってみせる。
「いえ………。一見した程度ですが、ここにおられる騎士様たちは、すでに多数の方が傷を負っているようです。
すぐにでも、治癒の術式を施しましょう」
ヴェールはそう言いながら、すでに魔術師たちへ魔術施行の準備を指示しはじめていた。
「よろしいのか?」
「そのために、我々は来たのですから」
「………かたじけない」
ブラウンはヴェールへ頭を下げると、ロッセに向かって指示を飛ばす。
「ロッセ! そうと決まれば、怪我人の治療順を決めるぞ。
まずは重傷のセフィド、次にブルーだ。
それから順々に重傷者から治療を施す」
「承知した。自分が彼らの順番を見繕おう」
ロッセが頷き、テントの外へ出ようとしたところで、ブラウンが彼を呼び止める。
「ちょっと待て。ロッセ、お前もだ。
お前、矢を受けた傷が膿んできているだろう? 先に治療に当たれ」
「ふむ………」
ロッセは少し逡巡するような動きを見せるも
「団長の言葉に甘えよう。自分としても右腕が腐り落ちる事態は、出来れば避けたい」
と言って、頷いてみせた。
「あの………」
俄かに活気付き始めた騎士たちに、ヴェールがおずおずといった様子で口を開く。
「何か?」
「ヴァイス・ゴルトー様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?
ゴルトー女史はこの『比類なき勇気の騎士団』に所属していると伺っていたのですが………」
◇
「何だよロッセ!? 俺はいま、物理的に頭を冷やしてんだ! 邪魔すんな!!」
「訳のわからないことをしている場合では無いぞ、ブルー隊長。
ヴァイス隊長さえもいなくなってしまったいま、頼みの綱は貴方だけなのだ」
ロッセは水桶に頭を突っ込んでいたブルーの襟首を乱暴に掴み上げる。
「痛ぇ! 怪我人はもっと丁重に扱え!」
ブルーの襟首を引きずりながら、ロッセは修道魔術師たちが待機しているテントを目指す。
ヴァイスと双璧をなすブルーの復活は、騎士団にとって起死回生の一手となるものだ。
「あなたはもう少し、理性を持って生きるべきだ」
「てめぇ、暗に俺を馬鹿だと言っているな!?」
ぎゃーぎゃーと賑やかな声を上げるブルーを手に、ロッセは小さくため息をつくのだった。
◇
「ヴェール様。私たちはこのテントに待機し、騎士たちの治癒に当たります」
「お願いね」
ヴェールは魔術師にそう伝えると、一人、夜の騎士団拠点を歩く。
彼女はセフィドという、喉を裂かれ生死が危ぶまれる騎士の治療を一任されたのだ。
セフィドが休んでいるというテントを目指しながら、ヴェールは夜空へ向かってため息を漏らす。
「ヴァイス・ゴルトー………か。まさかオークたちに攫われているなんてなあ。
せっかく、こんなところまで来たのに………」
さきほど、ブラウンと名乗る騎士団長に、ヴァイスのことを尋ねた時、まるで冷や水を打ったかのようにその場が静まりかえった。
そして、不思議そうな表情のヴェールへ、ブラウンがその顔に無念の色を滲ませながら、ヴァイスがオークたちに攫われた顛末を話したのだ。
ヴェールは年若いながらも、治癒魔術という分野で非凡な才能を持ち、魔術師血盟から近くに上級魔術師として認められるであろうと評される、未来を期待される才女であった。
今回、騎士団の救援に自ら赴くと告げた時は、「オークの巣窟のような場所へ貴女は行くべきではない」と様々な立場の人間から思いとどまるように勧告されたものだ。
それらを押し切って今回の救援部隊に参加したのはひとえに、ヴァイスに会いたいと彼女が望んだからである。
「しかし………オークに攫われた、か。
いまごろ、とんでもない目に合っているんだろうなあ………」
ヴァイスにとって知る由も無いが、ヴェールは彼女と浅からぬ因縁があった。
「まあ、因果応報ってことなのかしら?」
そして、それは決して好意的なものでは無かったのである。
◇
「ねえ」
「!!!」
不意に掛けられた声に、ヴァイスは体をびくんと震わせ、取り乱した様子で周囲をうかがう。とうとう、オークたちがやってきたかと思ったのだ。
しかし、部屋の中に誰かが入ってきた様子はなく、ドアは閉じたままとなっている。
(それに、今のは女性の声であったような………)
ヴァイスが胸中にそんな疑問を抱いたとき、再びどこからか声が彼女の下へと届く。
「私はオークじゃないよ。恐がらなくても大丈夫」
「わ、私は恐がってなどいない!」
声の正体はわからないが、とりあえずヴァイスは騎士として恥ずかしい所は見せられぬと、懸命に声を張ってみせる。
特に泣いていたことは絶対に内緒だ。
しかし、声はそんなヴァイスの答えに対し、悪戯っぽい調子を含ませる。
「よく言うよ。たった今まで、「父上、父上」とか言いながら、メソメソ泣いてた癖に。
鼻水、垂れてるよ?」
「ご、誤解です!」
何が誤解なのかヴァイス自身にもよくわからないが、彼女は顔を真っ赤に染めると、ごしごしと左腕で顔を擦る。
「ああ、いけない、いけない。こんなことを言う為に声を掛けたんじゃなかった。
悪い癖だね、つい相手をからかってしまう」
「貴女はいったい………?」
声は、その声音に少し反省の色合いを混ぜた調子で言葉を続ける。ヴァイスはそんな声に対して不思議そうな表情を浮かべた。
「ああ。ほら、ここだよ。あんたから見て右側の壁を見てごらん。小さな穴があるでしょう?」
ヴァイスは声に促されるまま、右側の壁へ目を向けると、確かにそこには小さな穴が開いており、そこから菖蒲色の瞳が覗いていた。
「声」の正体は菖蒲色の瞳をしたエルフだったのだ。
「こんばんは、人間族の騎士さん。
私はエルフ。あんたの隣の部屋に捕まっているんだ。隣同士、仲良くしよう?」
「エルフ………?」
そうだ。このオークたちは、周辺に散在していたエルフの里を壊滅させていた筈だ。
とすれば、彼女はその生き残りということだろうか?
「貴女の他にも、この小屋にエルフは監禁されているのですか?」
「さあねえ? 私が捕まった時、里の仲間も一緒に沢山捕まっていたから、相当な数はいると思うんだけどね。如何せん、この部屋に閉じ込められているから、他のエルフの様子がわからないんだよ。まだ、どれくらいの数が生きているものか………」
「そうですか………」
「私はここに閉じ込められて、10年くらいになるかなぁ?
何度か他のエルフが捕まえられてきたような気配もあったけど、具体的な数はわからないよ。それに、オークに陵辱されたことで、気が狂った人や自殺した人だって結構な数がいるんじゃない?」
何気ない調子で、エルフは壮絶なことを話し続ける。
ヴァイスにとって、エルフが語る小屋の実情は、悪い夢のように感じるものだった。
「それは………大変な思いをされてきたのですね」
「なに他人事みたいに言ってるの? あんただってもうすぐ、私たちの仲間入りするんだよ? この小屋をオークたちは『家畜小屋』って呼んでる。
ここにいるのはみんな、オークが交尾するために捕らえられた『繁殖用の家畜』だけなんだから」
「うぅ………」
そうだった。期せずして行われたエルフとの接触により、一時頭から離れていたが、ヴァイスは現在、絶体絶命とも言える状況に陥っているのだ。
再び、自分の心を満たしていく絶望に、ヴァイスはまた涙を滲ませる。
そんなヴァイスに対し、エルフは慌てたような調子で言葉を続ける。
「ああ、ごめんごめん。また意地悪言っちゃった。
悪かったから、泣かないで」
「な、泣いてなどおりません、私は泣きません!」
ヴァイスがゴシゴシと目元を擦りながら声を上げると、エルフは彼女を安心させるような調子で言葉を放つ。
「多分だけど………あんたの部屋に、オークたちは来ないと思う。
あいつは、そういうことを好むオークじゃない」
「あいつ?」
「あんたも会ったでしょ? あの白い体毛を持ったオーク」
その言葉から、ヴァイスはエルフが言っているのは、あの白色オークのことであると理解する。
しかし、「そういうことを好むオークじゃない」とは、どういうことだろう?
ヴァイスの知る限り、あの白色オークは卑怯で下賤な見下げ果てたオークである。
ハナカケにしろ、ギザミミにしろ、敵ではあっても、ヴァイスは憎しみを抱いていないが、白色オークだけは話が別だ。
「貴女は、あの白色オークの事を何か知っているのですか?」
ヴァイスが怪訝な表情でそう問いかけると、エルフは暫し無言を守った後、口を開く。
「知っている、ていうか………まあ、あいつやあいつの母親とは色々あってね」
「母親?」
「うん。あんたがいま閉じ込められているのは、白毛の―――白色オークの母親が閉じ込められていた部屋なんだよ」
エルフはそう嘯くと、ヴァイスに対し、以前この部屋で生きていた、白いエルフの話を語り始めた。




