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第19話 チェスナット・マロン

 

 白毛の騎士団誘引作戦が成功に終わっての翌日。

 オークの集落の中央広場。

 そこにまた、群れのオークたちが集合していた。

 集まった彼らの中央には、4人の人間が体を縄で縛られ、座らされている。

 彼らはチェスナットを始めとする、強襲作戦の際に生け捕りにされた騎士団員たちであった。


 そんな彼らの前に頬傷が仁王立ちになり、怒鳴るように詰問する。


「おい! いいかげんに人間の集落の場所を吐け!

 黙っていると殺すぞ!?」


 頬傷が、威嚇するかのように、1人の騎士団員へ顔を近づける。

 だが、その騎士団員は頬傷に唾を吐きつけ、頑とした口調で口を開いた。


「誰がそんなことを教えるか。

 殺すなら殺せばいい。

 お前らのような下衆に、『比類なき勇気の騎士団』は決して屈しない!」


「ああ?」


 頬傷は顔についた唾を手で拭いながら、怒りに声を震わせる。


「なめんじゃねえぞ! 人間!!」 


 頬傷は怒りのままに、その団員の顔面を激しく殴打する。

 屈強なオークの一撃を食らったその団員は首の骨が折れ、そのまま絶命してしまった。


「ば、馬鹿! せっかく生け捕りにした人間なのに、殺しちゃ駄目じゃないか!

 人間の集落の位置を吐かせるのが目的なんだぞ!?」


「何だお前、偉そうに。

 だってこいつら、全然言うことを聞かねえじゃねーか!」


 興奮した様子の頬傷を白毛は慌てて静止する。

 短気な頬傷に任せてしまったら、この人間たちはすぐにみんな殺されてしまうだろう。


「ほらほら頬傷、興奮しない。

 とりあえず、頬傷は休んでいてよ。

 尋問は俺たちでやっておくからさ」


「ちっ」


 頬傷は忌々しそうに舌打ちをすると、不貞腐れた様子でその場を離れていく。

 ふうっ、と白毛は安堵の息をつくと、他に尋問に適した者はいないかと思案する。


「あ、そうだ、ギザ耳!」

「んあ?」

「お前に尋問を任せるよ、何とか人間から集落の場所を聞き出してくれ」

「ああ、わかった」


 白毛に尋問を依頼されたギザ耳は広場の中央へと移動する。

 多少頭が足りない部分はあるものの、おおらかなギザ耳なら頬傷のように感情に任せるようなことは無いだろう。そう思っての抜擢であった。


 ギザ耳は、騎士団員たちへ声を掛ける。


「なあ、あんたら。

 俺らはさ、人間の集落を探しているんだ。

 良くわからねぇんだけど、人間の雌が欲しいらしいんだよ」


「ギザ耳、余計なことは言わなくていい!」


「何だよ、うるせーな。

 まあ、そんな訳なんだけどさ、人間の集落知らない?」


 ギザ耳は自然な様子で、そう騎士団員に問いかけるが、他の騎士団員も決して怯むような様子を見せずに答える。


「俺も、いま殺された彼と同じ気持ちだ。

 俺たちは決してお前らに屈したりしないし、守るべき臣民を裏切るような真似はしない」


「だってさ、どうする白毛?」


「どうする、じゃないよ!?

 前に言った筈だろ、拷問でも何でもして、彼らの口を割らせるんだ!」


「ごーもん? 何だそりゃ?」


「前に説明しただろう!? 体を痛めつけてでも、口を割らせるんだよ!」


「マジか……? 抵抗できない相手を痛めつけるのは、あんま趣味じゃ無いんだけどなあ」


 ギザ耳は罰が悪そうに頭をぽりぽりと掻きながら、騎士団員へ声かける。


「聞いた通りだ、言ってみる気にならない?」

「くどいぞ、騎士に二言は無い!」

「うーん………仕方ねーな」


 ギザ耳は側に落ちていた木の枝を手に取り、再び口を開く。


「悪いがよ………こっちも必死なんだ。

 あんたが口を割るまで、この枝で打たせてもらう」

「好きにしろ」

「ようし、いくぞー」


 ギザ耳は木の枝で、団員の背中を思いきり打ち付ける。

 その一撃は彼の背骨をへし折り、一瞬でその命を奪ってしまった。


「あ、死んじまった………」

「ああもう! 何をやってるんだよ!」


 白毛は思わず頭を抱えてしまう。


 そんなオークたちの様子を、チェスナットは呆れた様子で眺めていた。


(まったく、趣味の悪い喜劇のようですね。

 こんな死に様では仲間たちも浮かばれません………)


 チェスナットはそう思い、1人ため息をつく。


(しかし、このオーク共。拷問のごの字も知らないと見える。

 目が覚めた時はどうなるかと思いましたが、割と楽に死ぬことが出来そうです)


 チェスナットは昨日の戦いの後、目を覚ますとオークの集落へと連れ込まれていた。

 一体、何のつもりかと思ったが、まさか人間の集落の場所を吐かせるために拷問までしようとしているとは………。


 エルフと交配することによって、高い知能を得たオーク。


 昨日の誘引作戦。

 そしてこの社会性。

 人間に比べると、些か抜けているところがあるものの、チェスナットもブラウンの言葉を信じざるを得ないと感じていた。


「う……ううっ」


 その時、チェスナットは隣の団員が声を押し殺して泣いていることに気付く。

 生け捕りにされた4人のうち、2人がすでに殺され自分を除けば最後の生き残りである。

 目を向けると、団員は最近、騎士団へ入団したばかりの14歳の少年であった。


 仲間たちが次々と目の前で殺されていったのだ。

 少年にとって、それは正に悪夢のような光景なのだろう。

 チェスナットは複雑な面持ちで、そんな少年を見つめる。


(幼い貴方にとって、この光景は恐ろしいものでしょう。

 ですが、耐えてください。

 恐怖に打ち勝ち、誇りを守ってこその騎士道。

 貴方も騎士団に籍を置く以上、1人の騎士なのです)

 


「おい、俺たちに拷問なんて繊細な真似、土台無理な話だったんだ。

 白毛、お前がやってくれないか?」

「え………?」


 いつまでたっても進展しない尋問に、業を煮やした片目がそう白毛に声かける。


「そうだ、てめえ、さっきから偉そうなことばかり言いやがって。

 そんなに言うんなら、自分でやってみろってんだ」


 頬傷もそう言って、白毛を睨みつける。


「わ、わかったよ………」


 そう答えるものの、白毛は正直、気乗りのしないものであった。

 拷問、拷問と白毛は人間たちの書物から得た尋問手段を使用する心づもりであったのだが、実際に無抵抗な相手を痛ぶるとなると、少し気後れしてしまうものがあったのだった。

 

(だけどまあ、俺がやってみるしかないか………)


 頬傷、ギザ耳の例もあるように、元来粗暴なオークにとって、拷問により情報を聞き出すなどという、繊細な行動は難しいものであるようだ。


「おい、お前」

「は、はい」


 白毛は務めて厳しい声で、少年騎士に詰問すると、彼は体をびくりと震わせ、怯えたような声を挙げる。

 そんな少年騎士の表情仕草は、白毛に一つの疑念を与えた。


(うん? この若い騎士はどうも、今の2人と様子が違うな………。

 ちょっとカマをかけてみるか)


 そう考えた白毛、今度はなるべく温和な表情を浮かべ、優しげな口調で少年騎士に声を掛ける。


「騎士さん、そんな怯えなくても大丈夫だよ。

 あなたの名前を教えてくれないかな?」

「ぼ、僕の名前ですか?」

「うん!」


 にっこりと、まるで幼子に声掛けるように、白毛が少年騎士を覗き込んで笑顔を浮かべる。

 突然、穏やかな表情となった白色のオークに対し、少年騎士は困惑した表情を浮かべるが、現在の絶望的な状況が、彼の判断力を狂わせていた。


「ぼ、僕の名前はブラン………ブランといいます」

「ブランか………わかったよ、ありがとうブラン。

 俺の名前は白毛っていうんだ」


 少年騎士―――ブランの視線が、白毛に対し縋るような物へと変わったことに気付き、白毛は心の中で密かにほくそ笑む。


「それでさ、ブラン。

 他の仲間たちも言ってたと思うけど、俺たちはこの側に人間の集落が無いか聞きたくて、君たちを攫ったりしたんだ。

 どうだろう、教えてくれないかな?」


「そ、それは………」


 ブランが白毛から視線を反らすように、目線を下げる。

 そんな彼に対し、白毛はより一層の笑顔を浮かべて、目線を合わせるように覗き込んだ。


「君たちは誇り高い騎士様だからね、言いたくない気持ちはわかるよ。

 だけどさ、この状況を考えてみなよ。

 君にはどうしようも無い事態だろう?

 ここで、秘密を話してしまったとしても、誰も君を責めたりしないさ」


「だ、だけど―――!」


 なお逡巡するブランに対し、白毛の後方から焦れたように頬傷が怒鳴り声を挙げる。


「まどろっこしいぞ、糞ガキ!!

 さっさと吐けって言ってんだろ! ぶっ殺すぞ!!」


「ひ、ひぃ!!」


 頬傷の言葉に、ブランはとうとう泣き出してしまう。

 白毛は目線をブランに合わせたまま、厳しい口調で言葉を放つ。


「頬傷、黙れ。ブランを恐がらせるな」

「あぁ?」


 白毛の言葉に、頬傷は怒気を滾らせるが、そんな彼の方を片目がぽんと叩き首を振る。


「片目………?」

「落ち着け頬傷。

 白毛のことだ、何か考えがあるんだろう」

「………………」


 群れの頭目である片目の言葉に、頬傷は黙り込む。

 そんな彼らのやり取りを背に受けながら、白毛はもう一押しだと感じていた。


 今の頬傷の乱入、厳しい口調で咎めたフリをしたものの、実は最高の援護であった。

 ブランは完全に萎縮し、涙を浮かべながら白毛を見つめる目は、親に助けを求める子供のそれだ。


「ごめんね、ブラン。

 俺たちオークはどうも気が短いんだ。

 だけどさ、君が俺に人間の集落の位置を教えてくれたら、君に傷一つつけさせない。

 元気なまま、騎士団の拠点を返してあげるよ」


「ほ、本当ですか?」


「本当だよ、約束する!

 なあ、お願いだよブラン、俺はこれ以上君に恐い思いをさせたくないんだ。

 人間の集落、教えてくれないかな?」


「………………」


 それでも、ブランは黙りこんでいたが、しばらくすると、ぽつりと口を開き始める。


「………この森に面した街道、そこを北東へ10キロくらい進むと村があります。

 シルバー村、という小さな村です」

「へえ………もっと詳しく教えてくれないかな?」


 白毛は地図をブランの前に開くと、この森の近辺にあるという人間の村―――シルバー村の詳細を聞き出す。

 ブランの言葉に偽りがある可能性を考慮し、彼の説明に矛盾が無いかを確認したかったのだ。


 初めこそ言い渋っていたものの、一度言葉にしてしまえばブランは饒舌であった。

 シルバー村の規模、防衛状況、女の数に至るまで事細かに話し続ける。


 ブランの説明を受け、彼の言葉に偽りは無いと白毛は確信する。


「それで、シルバー村は名産品として―――」

「もういいよブラン、ありがとう」


 ブランの言葉を遮って、白毛は彼に礼を言う。

 ブランは一瞬戸惑った表情を浮かべていたが、必死な様子で白毛に対し問いかける。


「そ、それでは、僕を騎士団に帰してもらえるんですか!?」

「約束しただろ?

 大丈夫、君は間違いなく帰してあげる」


 白毛の答えに、ブランはパッと安堵の表情を浮かべる。

 白毛は相変わらずの笑顔であるが、その紅い瞳には少しばかり憐憫の情が浮いていた。


「ブラン―――ごめんね?」


 そして、次の瞬間。

 白毛はブランの首を小刀で切り裂いていた。


「――――!?」


 ブランは訳がわからないといった表情のまま、少し口をパクパクと開かせたが、そのまま困惑の表情を浮かべて絶命する。


「ふう………」


 ブランが死んだことを確認し、白毛は深いため息をつく。

 これまで、狩りで、戦争で、いくつもの命を奪ってきたが、今回の殺人はそのどれとも勝手が違っていた。


(多少なりとも、言葉を交わした相手を殺すっていうのは………とんでもなくストレスがかかるんだな………疲れたよ)


 しかし、欲しかった情報を得ることは出来た。

 近辺にある人間の集落―――シルバー村といったか?

 この集落の位置を知ることは、群れの未来に直結する。

 これで、後は騎士団を撤退させることが出来れば、この戦争はオーク側の完勝という形で終えることが出来るのだ。 


「何だ、騎士団に帰してやるんじゃなかったのか?

 何で殺しちまったんだ?」


 ギザ耳が不思議そうな表情で白毛に尋ねる。


「おいおい、彼はこの集落の位置を知ってるんだぞ?

 騎士団に帰してやるわけが無いじゃないか」

「何だ、嘘だったのか、騙されちまったぜ」

「お前が騙されて、どうするんだよ………」


 白毛はギザ耳に対しそう漏らしながら、そっとブランの目を閉じてやる。

 最後まで、自身が漏らした言葉の意味も、白毛の嘘も、気付かないまま死んだのだろう。

 この少年は、騎士を名乗るには幼すぎたのだ。



(困りましたね、シルバー村の位置がオークの知るところとなってしまいました。

 もっとも、彼を責める気にはなれませんが………)


 チェスナットはブランの死体に目をやりながら、絶望したようにそう独りごちる。

 片目がそんなチェスナットを指差し、白毛に問う。


「ところで、この栗毛の騎士はどうするんだ?

 知りたいことは、もう知れたんだろう、ついでにトドメを刺しておくか?」

「ああ、彼はいいんだ。

 むしろ生きていてもらわないと困る」 


 片目の問いに対し、白毛は説明する。


「昨日の戦いで見た限り、その栗毛は立場の高い騎士だと思うんだ。

 あの部隊、指揮していたのは彼だったみたいだからね。

 だから、人質として生かしておく」


「人質だと?」


「………鼻欠さ」


 疑念の表情を浮かべる片目に対し、白毛は今も騎士団に捕らわれているであろう仲間の名前を挙げる。


「昨日の戦い、結局鼻欠は見つからなかった。

 恐らく、いまも騎士団に捕まっているんだろう。

 鼻欠の言葉が偽りだと知られた以上、彼の身が危ない。

 だからさ、この騎士に書面を書かせて、それを騎士団へ送ろうと思っているんだ。

『私はオークたちに捕まっています、どうか鼻欠を傷つけないで下さい』ってね」


「なるほどな………」


 チェスナットはそんな白毛と片目の会話を耳にし、驚愕の表情を浮かべる。


(このオークの群れ、確かに優れた知能を持っているとは思っていましたが………あの白オーク、あれは何なのですか!?

 知能が高いとか、物を知っているとかいう次元ではありません!)


 人間にとって、オーク族とは言わば、多少の言葉を解す類人猿程度の認識であったのだ。

 しかし―――

 

 昨日の誘引作戦。

 自分を幹部だと判断した洞察力。

 尋問の際に見せた話術と、人間社会に対する豊富な知識。

 そして、そんな書面は死んでも書く気は無いが、自分を人質として仲間の身を守ろうとする交渉力。


 これらはオークの枠を遥かに超えている。


 危険だ。


 この白オークを野放しにしておくのは、危険すぎる。

 もし、騎士団が撤退し、オークたちがシルバー村へ侵略して、更にその勢力を広げることになれば。

 もはやそれは、王都に関わる大異変にまで発展し得るだろう。


(しかし、このザマでは………私に出来ることは少ないですね。

 いいでしょう、知能のある者へは、それに合わせた戦略という物があるのですよ)


 チェスナットは覚悟を決める。

 『これ』をすることで、恐らく自分は命を失うだろう。

 それでも構わない。

 成功するかも不明だが、今の自分に出来る限りのことをしよう。


 ―――いまごろ、己を責め続けているであろう、団長のためにも。


「オークさんがた。

 一つ、私の話に耳を傾けてみませんか?」


 チェスナットは、オークたちに向けて口を開く。

 突然言葉を発したチェスナットに対し、白毛は訝しげな視線を向けた。


「何のつもりだ?」


「いえ、私から皆さんに、ちょっとしたお話がしたいのですよ。

 場合によっては、そこで死んでいるブランよりも、有意義なお話が出来ると思いますよ?」


 チェスナットは白毛に伝える。


「いやいや、このたびの戦いはお見事でした。

 采配はあなた………シロゲさん? が行ったのですか?

 おみそれしました」


「何が言いたい?」


「いえ、ただ賛辞を送っているだけですよ?

 我々の拠点へ、死なせてしまうのを覚悟でオーク……ハナカケさんを送ったのでしょう? それに、偽の拠点にも危険であると理解した上で、数十人のオークを配置していましたね。

 自分は、安全な崖上で仲間に身を守らせて………」


「……………」


「先程のブランへの調略もお見事でした。

 耳障りのいい言葉を吐きながら、腹の中では笑っていたのでしょうね。

 あなたは舌が回るようだ、周囲のオークたちも思いのままに動かせるのでしょう。

 いやいや羨ましいものです、ここのオークたちはあなたの言うがままだ」


 チェスナットは良く通る声で、そう語りかけながら、視線の中で頬に十字傷のあるオークを探す。

 あの頬傷のオークは彼が観察した限り、白毛に対して反発心を抱いているように感じたからだ。

 チェスナットは頬傷を見つけると、視線をちらりと向け、更に白毛へと語り続ける。 


「ハナカケさんを守るために、私を人質にすると仰っていましたが、悪賢い貴方のことです、他に目的があるのでしょう? 

 いったい貴方は何を企んでいるのですか?

 数多くの仲間たちを犠牲にして、何を得ようとしているのですか?」


 白毛は呆然としたまま、チェスナットの言葉を聞いていた。


 この栗毛の騎士は何を言っているのだろう………?

 俺が何を企んでいるのかだって?

 企むも何も……俺は群れの存続を願っているだけだ。

 それ以上の願望なんて、何も無い。


「もういい、黙れ」


 思わず、白毛はチェスナットへ向けて、その手を伸ばす。

 何だかよくわからないが、この騎士に言葉を続けさせるの良くない気がしたのだ。

 しかし、そんな白毛の肩を、背後から何者かが掴んで止める。


「おい、白毛。

 何をそんなに焦っているんだ?

 もうちょっと、その騎士の話を聞いてみようぜ?」

「頬傷………?」


 振り向くと、頬傷が蛇のような目で白毛を睨みつけていた。

 頬傷は、気安い態度でチェスナットへ口を開く。


「悪かったな、話を続けてくれ」


(のってきたな、馬鹿オークめ)


 チェスナットは咳払いを一つすると、言葉を続ける。


「ありがとうございます―――要するに私が何を言いたいのかと言うと、シロゲさんの腹の内が知りたいのですよ。

 シロゲさんはこの群れの実質的な支配者と言っていいでしょう。

 これだけ強力で強靭な群れです、向かうところ敵無しと言えます。

 なのに、シロゲさんはあえて仲間を危険に晒すような戦い方をする。

 不思議なのですよ、そんなシロゲさんも、それに素直に従うこの群れも!」


 チェスナットは声を張り上げる。

 最早、彼は白毛を見ていない。

 彼が語りかけるのは、その背後にいる200匹近いオークの群れである。


「その白いオークは本当に信用出来るのか!?

 体のいい駒として、利用されているだけではないのか!?

 耳触りのいい言葉で、騙されているのではないか!?

 考えろ、オークたち!

 シロゲに不審な動きは無いか!?

 奇異な行動は無いか!?

 疑わしい言動は無かったか!?

 その白い色をした異端のオークは………本当に信用に足りる、仲間なのか!!?」


(自分で言っといてなんですが、とんだ言いがかりですね)


 チェスナットの目的は、オークたちに白毛に対する猜疑の念を抱かせることだ。

 白毛が群れの中で信頼を失い、発言力を弱めれば、このオークの群れは一気に弱体化する。


「だ、黙れ、俺に他意は無い!

 勝手なことを言うな! 頬傷、何をしているんだ、体を離せ!!」


「黙るのはお前だ白毛、何をそんなに動揺しているんだ?

 それとも、その騎士の言葉に、何か思うところでもあるのか?」 


 頬傷が白毛の体を掴んだまま、疑るように言葉を放つ。

 同時に、オークたちもざわざわとした声が漏れ初めていた。


(シロゲさん、貴方はおそらく、本当に群れのことを思いやっているのでしょう。

 しかし、突出した才能を持つものは、周囲から異端の念を持たれるものです。

 この群れのオークたちは、確かに他のオークに比べて高い知能を有しているようですが、中途半端な知能は、時に足かせとなるのですよ。

 そこの、彼のようにね)


「は、離せ頬傷! どういうつもりだ!?」


「いい加減にしろ白毛、あの騎士の言葉について、ちゃんと説明してみろ。

 頭だけは賢いお前なら、出来るだろう?」


 動揺する白毛に対し、嘲るように頬傷が言い放つ。

 頬傷に関しては、白毛を疑うというより、気に食わないという気持ちが強いのだろう。

 この戦争が始まってから、指揮官としてますます群れでの発言力を高めている白毛に、頬傷は納得出来ないと思う気持ちが高まっていた。


「いい加減にするのはお前だ! 頬傷!!」


 混乱する群れの中、片目の怒りに満ちた声が集落中に響きわたる。

 見れば、片目が肩を怒らせて、頬傷をその隻眼で睨みつけていた。


 一瞬で群れが静まり返る。

 そんな中で、片目は静かに告げる。


「おい、ギザ耳、その騎士を殺せ。

 これ以上、そいつに言葉をしゃべらせるな」

「おう」


 片目の指示を受け、ギザ耳がチェスナットの首へ目掛けて剣を振り落とす。

 チェスナットは自分へ向かってくる銀色の光を目に捉えながらも、一仕事を終えた満足感を味わっていた。


(やれやれ、ここまでですか。

 シロゲ以外にも、なかなか聡明なオークがいるようですね。

 まあ、いいでしょう、大体言うべきことは言えました。

 シロゲに対する猜疑の芽。

 それがうまく花開くかはわかりませんが)



 ―――それにしても、私は最後の最後まで騎士らしくなれない男でしたね。


 自分の陰湿なやり方を省みて、チェスナットの心に苦笑が浮かぶ。

 きっと、あの女騎士が自分のやり方を見たら、『卑怯者』と腹を立てるだろう。


 チェスナットの脳裏にブラウンやヴァイス、ブルーたちの姿が浮かぶ。


(後は任せましたよ皆さん、私はここでおさらばのようです。

 ―――貴方がたとの騎士団生活、なかなかに楽しかったですよ)



 ザンッという音と共に、チェスナットは首を落とされ、

 その体は微かな痙攣とともに体温を失っていく。


 比類なき勇気の騎士団 工兵部隊長 チェスナット・マロン


 知略に長け、参謀として騎士団に貢献し続けたその男は――― 


 王都からはるか南西に位置する名も無き森の中で、その生涯に幕を下ろしたのである。   






 チェスナットが命を落としたのと同時刻。

 騎士団拠点の中には、耳を覆いたくなるような悲痛な声が響きわたっていた。


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛! ! !」


 その叫び声は、拠点の奥。

 鼻欠が軟禁されているテントから響きわたっていた。


 白毛が考えていた、チェスナットを人質として鼻欠の無事を確保するという計画。

 これに関しては、的外れであったと言わざるを得ない。


 白毛は人間の持つ、残虐性を理解していなかったのだ。

 それはオークの持つ本能的な残酷さと異なる、理性的な残虐性。


 白毛は理解していなかったのだ。

 『比類なき勇気の騎士団』の団長を務めるブラウン・カスタードという騎士。

 彼の持つ、その酷薄な精神を………。

 

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