第17話 栗毛の騎士と双剣の騎士
1人、また1人とギザ耳のオークによって、騎士たちが殺されていく。
強豪な、耳がギザギザに裂けたオーク。
間違いない。
奴こそ、ブルーが言っていた『ギザ耳のオーク』だ。
チェスナットはそう直感すると同時に、部下たちへと指示を飛ばす。
「そのギザ耳のオークから離れろ! そいつに手を出してはいけない!」
騎士団で随一の戦闘経験と、高い身体能力を誇る特攻隊長ブルー・アスール。
そのブルーさえ、敗れ去ったいうギザ耳のオーク。
とてもではないが、他の騎士団員が倒せる相手だとは思えず、彼と渡り合うことは、無駄な死傷者を増やす結果となってしまうだろう。
そう考えたチェスナットはギザ耳のオークから騎士団員たちを離すと、戦闘面で彼がもっとも信頼を寄せる部下の名を叫んだ。
「ロッセ!!」
「委細承知!」
ロッセはチェスナットの声と同時に跳躍。
双剣を構えると、ギザ耳の死角となる位置から斬りかかる。
「お?」
ギザ耳はそんなロッセの斬撃を剣で受けると、そのまま反撃に転じようと身を捻る。
そんなギザ耳の体を激しい衝撃と爆音が襲い掛かった。
「いってえ!?」
ギザ耳の右腹部に燃えるような熱さと、鞭で打たれたような痛みが走る。
突然の衝撃にギザ耳は困惑し、横っ飛びに飛んでロッセから距離を取ると、訝しげに衝撃を受けたわき腹の辺り撫でた。
その場所は体毛が焦げおち、皮膚に火傷を負っているようだ。
「な、何だってんだ?」
あの双剣の騎士の斬撃は確実に回避した筈―――それでは自分が受けた衝撃はいったい………?
ギザ耳はロッセに対して警戒しながらも、辺りを伺うと、栗毛の騎士―――チェスナットがギザ耳を凝視していることに気付く。
その手には黒紅色の玉が数粒、握られていた。
「くっ………」
チェスナットは剣さえも握っていないが、ギザ耳は本能的に彼から危険な匂いを感じ取る。
(なんだかわからねぇが、あいつはヤバイ。先に始末しておくべきだ!)
ギザ耳はチェスナットへ向けて、一気に間合いを詰めると、その首を取らんと剣を薙ごうとするが―――
「させん!」
再びロッセが跳躍し、ギザ耳の進行を妨げるように側面から双剣の二太刀を放つ。
「ちぃっ!」
ギザ耳はその一太刀目を剣の腹で受け、さらに手首を返して二太刀目も弾く。
その瞬間を見逃さず、チェスナットは握っていた玉をギザ耳へ目掛けて投げ放った。
「しゃらくせえ!!」
自分に向かって飛んでくる黒紅色の玉を、ギザ耳は空いている左手で振り払う。
しかし、玉に手が触れた瞬間、再び激しい爆音と衝撃が巻き起こった。
「お……おおおおおお!!?」
焼け付くような痛みにギザ耳は思わず唸り声を上げ、再び彼らから距離を取る。
左手には先程よりも激しい火傷が浮かんでいた。
炸裂弾。
衝撃を加えることで発火する、爆薬を詰めた玉である。
それはチェスナットが所有する、数多の武器の一つであった。
チェスナットはもともと、剣術に秀でた騎士ではない。
そもそもが商人の出身であり、騎士団に入団するのも比較的高齢となってからであったチェスナットは、剣術という面で他の騎士団員より遥かに劣っていた。
彼の得物は剣というより、手道具の類。
炸裂弾、煙幕などの火薬道具や、ナイフ、鋼線などの投擲武器が彼の主武器である。
そんな彼が騎士団の幹部に選ばれたのは、明晰な頭脳の他、仲間を援護する能力に長けていたからだ。
彼自身は凡百の騎士に過ぎないが、他の仲間と連携することで、その戦力は2倍にも3倍にも上昇するのである。
(しかし、驚きましたね………炸裂弾を2発食らって、なお屈せぬとは………。
流石はオークと言ったところでしょうか)
人間であれば、皮膚を焼き、骨を粉砕する威力を持った炸裂弾の直撃を2発も受けながら、なおも戦闘行動を続けるギザ耳の屈強さに、チェスナットは失望と感嘆を受ける。
何にしても、このまま戦闘が伸びるのは思わしい事態ではない。
閃光を浴びたオークたちも、視力を取り戻し始め、背後からは崖上にいたオークたちが迫ってきているのだ。
早々にこのギザ耳オークを始末しなければいけないのである。
「ロッセ!」
「応!」
チェスナットの要請に応え、ロッセが再び地を蹴って跳躍する。
ロッセは戦闘に特化した騎士ではないが、その俊敏性、身の軽さは騎士団でも随一であり、ブルーとは異なる意味で驚異的な身体能力を有していた。
(成るほど、こいつらは2人で一対の騎士ってことか)
ギザ耳はそんな2人と相対しながら、考えを巡らせる。
この双剣の騎士は、言わば目くらまし。
本命はあちらの、栗色の髪をした騎士の方なのだろう。
(だったら、こっちから仕掛けてやらぁ!)
ギザ耳は、己が方向へ跳躍するロッセに対し自らも突進、上段に剣を構え疾風のように振り下ろす。
「!!」
ロッセはその一撃を、体を捻ることでかろうじてかわすと、己の隊長が仕掛けるであろう攻撃に合わせるため態勢を整える。
「そこだ!」
剣を地面に振り下ろし、一瞬硬直したギザ耳へと、チェスナットが再び炸裂弾を投げつける。
「そう何度も同じ手を食うかよ!」
しかし、ギザ耳は体を大きく反転させて、その炸裂弾を避けると、その勢いを消さないままロッセに対して、横薙ぎに剣を斬りつけた。
「―――っ!!」
ロッセはその斬撃を双剣で受け、さらに後方へ跳躍することで衝撃を拡散させる。
このオークの攻撃をまともに受ければ、剣ごと体を断ち切られてしまうだろう。
「まだまだ!」
後方に飛んだロッセを追いかけるように、ギザ耳が前へと突進していく。
距離を詰められれば、ロッセにはギザ耳を止める手立てが無い。
「―――ちぃ!」
ロッセは自分へ迫ってくるオークを、その鷹のような目で捉えると、迷いすらみせないままに双剣のうち、一本を投げつけた。
「おわっ!?」
予想していなかったロッセの反撃に、ギザ耳は思わず足を止め、投擲された剣を弾く。
(あのギザ耳オークが足を止めた、今が好機だ!)
そう判断したチェスナットは、懐から棒状の筒のようなものを取り出した。
「ロッセ! 合わせて下さい!」
「承知!」
チェスナットは素早くロッセへそう呼びかけると、ギザ耳に向かって棒状の筒を投げつける。
それはポトリと、ギザ耳の足元へ転がった。
「あ?」
なんだ、これは? とギザ耳が困惑の表情を浮かべた、その瞬間―――
筒からは激しく煙が噴出し、ギザ耳の周囲を白煙によって包み込んでいく。
噴煙筒
噴出す煙によって相手の視界を奪う、チェスナットの武器の一つである。
「げほっ、次から次へと―――くっ!」
ギザ耳は煙に咳き込みながらも、自らの右上方から殺意を感じ剣を構える。
白煙を切り裂くように、銀色の光が一条。
それは、ロッセの放つ斬撃であった。
ガキンッと火花を散らし、かろうじてギザ耳はその斬撃を弾く―――しかし、同時に剣を握っている右手甲に燃えるような激痛を走りぬけていく。
「ぐうううぅ!!」
皮膚が裂け、動脈を切り裂かれたギザ耳の右手甲から、激しくが血が噴き出し、ギザ耳は思わず、剣をカランと取り落とした。
煙によって燻煙された瞳には、血の付着した抜き身の剣を手に、冷静な様子で自分を見つめる栗毛の騎士の姿が映っていた。
「腐っても私も騎士。
剣術の心得くらいはあるのですよ?」
ギザ耳が白煙に包まれた瞬間、ロッセの攻撃に合わせ、チェスナットもまた斬撃を加えていたのだ。
ギザ耳の右手甲から血が噴出し続ける。
この状態で、もう剣を握ることは出来ないだろう。
「しかし、白色オークといい、このギザ耳オークといい、つくづく人材に恵まれた群れですね。
オークでなければ騎士団に勧誘したい所でしたが………」
「隊長、脅威は去っていない。
奴はまだやる気らしい」
チェスナットの軽口に、ロッセは油断無く応える。
ギザ耳は取り落とした剣を火傷の残る左手で掴み、なお愉快そうな表情を浮かべていた。
「へへへ、2匹で連携しての攻撃か………やっぱ人間族は面白ぇな!
どいつもこいつも、一筋縄ではいかないらしい!」
ギザ耳は、全く戦意の衰えた様子もなく、笑顔さえ浮かべ左手で剣を構える。
「さあ、まだまだ行くぜ!? 栗毛と双剣!
この程度じゃあ、俺は止まらないぜ!!」
右腕から出血しながら、全く闘志の衰えないギザ耳の不屈ぶりに、チェスナットとロッセは感嘆を禁じえなかった。
「利き腕を封じられてもなお、衰えない不屈の闘志。
たしかに惜しい人材かもしれん」
「ええ、しかしそうも言ってられませんね。
ロッセ、次の一手で奴を仕留めますよ」
すでに、視力を取り戻したオークたちと、団員たちの戦いが始まっている。
一秒の遅れも許されないほど、事態は切迫を極めていた。
チェスナットは剣を手に、ギザ耳へ向かって駆け出す。
ギザ耳はそんな彼に向かって剣を構えるが、チェスナットは走りながら声を挙げた。
「ロッセ! 跳べ!」
「応!」
チェスナットの肩を蹴って、ロッセが上空高く跳躍する。
その高さは約3メートル。
巨躯を誇るオークさえも越えた、高みからの斬撃。
実戦経験の豊富なギザ耳でも、そんな位置からの攻撃はこれまで受けたことが無かった
月を背後に双剣を構える、ロッセの影を目に映しながら、ギザ耳は独りごちる。
地上を走る栗毛の騎士と、上から来る双剣の騎士。
利き腕が使えない今、この攻撃を避けることは出来ないだろう。
騎士団、あんたらはすげえよ。
青髪もそうだったが、その矮躯でよくそこまで戦えるものだ。
だけどな、騎士さん―――
相棒がいるのは、あんたらだけじゃないんだぜ?
「!!?」
ドスリという衝撃と共に、ロッセの肩に焼けるような痛みが走る。
目を向けると、そこには矢が一本、刺さっていた。
「ふ、不覚………」
ロッセは上空でバランスを崩し、そのまま地面へと転落する。
「ロッセ!?」
地面に叩きつけられるロッセへ、チェスナットは思わず目を向けてしまう。
その瞬間、チェスナットの鳩尾に巨大な拳が叩き込まれた。
「がっ………」
「残念だったな。流石に肝が冷えたぜ、栗毛の騎士さん」
ギザ耳によって、鳩尾を殴り挙げられたチェスナットは息が詰り、急速に意識を失っていく。
ただ、暗闇に包まれゆく視界の中で、あの純白のオークが弓を構えている様子が映っていたのだった。
◇
月が西に沈み、変わって太陽が東から顔を覗かせ始めた朝靄の中。
夜を徹して、激戦が繰り広げられた元エルフの集落跡。
今や、その場所には静けさが戻り、剣戟の音は聞こえない。
「怪我は大丈夫か、ギザ耳?」
「ああ、体中は痛ぇが、大事は無いぜ」
白毛がギザ耳の右手首を紐で縛り、止血を行っている。
最も猶予すべきは右手甲の切傷。
場合によっては、剣を握れなくなってしまう可能性もある。
心配そうな表情を浮かべる白毛に対し、ギザ耳はにかりと笑顔を浮かべ、あえて右手を開け閉めしてみせた。
「ほら、そんな顔すんな。
幸い腱はやられていない、ちゃんと動くぜ?」
「バカ、せっかく血が止まったのに、動かすんじゃない」
白毛はギザ耳へ乱暴にそう咎めるが、視線はやはり心配そうな表情のままだ。
白毛がギザ耳と合流した時、ギザ耳の体には痛々しい傷がいくつも刻まれていた。
まず目を引くのは、血が噴出している右手甲。
続いて、脇腹には炎で焼かれたように、体毛が焼け、皮膚には焼け爛れたような火傷跡が残っている。
そして、左手にも同様の火傷跡、これは脇腹のそれよりも大きく、深い傷となっていた。
「崖の切れ目に配置するオークを、もっと増やしておくべきだった。
すまない、今回のことは完全に俺の采配ミスだ」
「さいはい………?
相変わらず難しい言葉ばかり使うな、お前は」
暗然とした表情でそう呻く白毛に対し、ギザ耳はいつもの朗らかな顔で言う。
「それにしても、今日の人間も面白かったな。
あの栗毛も厄介だったが、双剣の方もなかなかすばしっこくてな。
最後の方はもう駄目かと思ったぜ」
ギザ耳の言葉に偽りは無い。
チェスナット、ロッセとの激闘、最後の一手。
利き腕を封じられた状況でのあの局面は、白毛の援護が無ければ突破出来なかったであろう。
ギザ耳は少し声の調子を落として、白毛に告げる。
「また、お前に助けられちまったな」
「また………? 何の事だ?」
きょとんとした表情の白毛に対し、ギザ耳は呆れたような声を挙げる。
「はあ!? 馬車を襲った時のこと、もう忘れちまったのか?
お前は時々、俺以上の馬鹿になるな!」
「な!? お前に馬鹿とだけは言われたくない!」
そんな風に、2匹のオークがじゃれていると、背後から頬傷が白毛へ声を掛ける。
「おい、白毛。騎士団は大体片付いたぜ。
ギザ耳が捕まえた栗毛や生け捕りにした3人以外、皆殺しにした」
「わかったよ、ありがとう頬傷。
それでさ―――」
白毛は頬傷に対し、やや躊躇うように尋ねる。
「やっぱり、鼻欠は見つからないのかい?」
「ああ、辺りは調べたし、騎士団共の兜をひっぺがしもしたが、鼻欠の野朗は見つからなかった」
白毛の問いかけに対し、頬傷はため息をつくように答える。
白毛もまた、悲痛な面持ちで
「そうか………」
と答えるのだった。
白毛の計略によって行われた、元エルフ集落跡における騎士団の誘引作戦。
オーク側の死者は8匹。
重軽傷者12匹。
対して、騎士団側は死者75名。
重軽傷者1名。
そして、生け捕りにされた者が4名。
総合的に考えれば、記録的な大勝利である。
それでもなお、白毛は友人である鼻欠のことが気になるのである。
どこかに隠れているのなら、それでいい。
だけど、もし今も騎士団の手の内にあるのであれば………
―――きっと、無事では済まされない。




