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第16話 決死の逃走

「はっはっは、やってしまいました」


 チェスナットは無数の投石が降り注ぐ雑木林の中、力無く笑い声を挙げる。

 彼は、木にもたれかかるようにして、夜空に輝く赤い光を見つめていた。


「皆さん、もう本隊は来ません。

 たったいま私が、騎士団本隊を拠点へ帰還させました。

 恨んで下さって、構いませんよ?」


 自分の判断が間違っているつもりは無い。

 チェスナットが確認した限り、四方を囲む崖上には多数のオークが立ち、こちらへ向けて投石を放っている。

 現在は小さな雑木林に隠れているため、大きな被害は出ていないが、それも時間の問題だろう。

 周囲には、ほかに身を隠せる場所もない。

 例え、騎士団本隊が合流しても、この圧倒的不利な状況から挽回するのは不可能だ。


 あらゆる可能性を考え、合理的に判断したつもりであるが、彼の配下にとってそんなことは関係無いだろう。

 自分の判断によって、この部隊は全滅するのだ。

 彼らに殺されても、文句は言えまい。

 チェスナットはそう考えていた。


 しかし、彼の配下たちは全く違う答えを返す。


「隊長、何を言ってんですか!?

 この危機を乗り越えてこそ、騎士として箔がつくってもんです!」

「あの忌々しいオーク共を皆殺しにして、団長への手土産にしてやりましょう!」


 騎士たちは口々にそう言うと、自らを奮起するように剣を取る。

 そんな彼らの目に、絶望の光は無かった。


「みんな………」


 チェスナットは冷静な男であった。

 チェスナットは現実的な男であった。

 そして、彼は現状を解し、諦観を抱く潔い男でもあったのだ。


 しかし、そんな彼の部下たちは違う思いを抱いているらしい。

 彼らは決して目の前の絶望に屈するような者たちではない。

 生きようと足掻くこと、生に執着することを恥と捉えるような精神は持っていない。

 誇り高き騎士である彼らにとって、抵抗もせずに死を受け入れることの方が恥であったのだ。


 それは虚勢であるかもしれない、唯の強がりに過ぎないのかもしれない。

 彼らの言葉を虚威に感じるほど、状況は絶望的である。


 しかし、だから何だというのだ。

 この小さな雑木林の中で、1人ずつ死に絶えろというのか?

 冗談ではない。


(まったく、私はどこまでも騎士に成りきれない男ですね………)


 チェスナットは自らの両頬をパンッと力強く叩く。


「いいでしょう、我ら『比類なき勇気の騎士団』の恐ろしさ、下賤なオーク共に見せ付けてやりましょう!

 総員、決意と覚悟を固めなさい!」


 チェスナットは剣を手に取り、頭上に掲げる。

 おおおおおっ、と団員たちも彼に呼応するように剣を掲げ、雄叫びを挙げた


 例えどんな未来が待っていようと、我々は力の限り戦うのだ。

 チェスナットはそう決意を固める。


 そうと決まれば、まずは現状を把握することだ。

 オークの規模、戦闘方法、これらを把握し、この場にいる誰か1人でも生き残って騎士団に伝えることが出来れば、今後の戦いへ向けて大きな糧となる。


 チェスナットは投石に警戒しながらも、周囲の様子を伺う。

 この場に現れたオークは恐らく、この群れの大多数と見ていいだろう。

 規模は大体100から200程度。

 オークの群れとしては破格の人数である。


 そして、その中で明らかに目を引く、一匹のオークがいた。


「あれが、この群れの………さしずめ「指揮官」といったところですかね」


 崖の上、月光に照らされて、一匹の純白のオークがいる。

 鉄黒色のオークたちの中において、唯一の白いオークは、唯でさえ目を引くものであった。 

 その声がチェスナットのもとまで、辿りつくことは無かったが、その身振り手振りから仲間たちに指示を出していることが推察出来る。


 彼らがまんまとかかってしまった、鼻欠による誘い出し作戦も、あのオークが考え付いたことなのだろうか?

 だとすれば、オークとは信じられないほどの逸材である。

 純白のオークをその目に捉え、チェスナットは思考を巡らせていく。 


 チェスナットはそんな思索に耽っていたため、近くの脅威に気付かない。

 チェスナットの背後には、闇に紛れて一匹のオークが近づいていたのだ。

 偽の拠点にいた囮の一匹であったらしいオークはチェスナットに近づくと、音も無く棍棒を振りかぶった。


「隊長!」


 団員たちの呼び声によって、チェスナットは我に返る。

 同時に、背後のオークに気付くが………もう遅い。


「しまっ―――!!」


 虚をつかれたチェスナットが、剣を抜こうとした、その時―――


 銀色の2状の光が闇の中を煌き、オークの首筋を交差した。


「―――!?」


 声帯ごと首筋をかき切られたオークは、声を上げることも出来ず、大量に出血しながらうつ伏せに倒れて絶命する。

 その背に、1人の男が双剣を手に立っていた。


「隊長、偵察に思いのほか時間を食ってしまった。申し訳ない」

「ロッセ!?」


 それは、さきほどチェスナットが集落へ偵察に出した、ロッセという名の工兵であった。


「とりあえず結果を報告しても、いいだろうか?」


 この期に及んでもなお、ロッセは普段と変わらない表情と声でぼそりと言う。

 もともと、こういう男なのだ。


 ロッセが偵察した結果はこうだ。

 目の前にある、集落は偽物で間違いが無い。

 外装こそ改装してあるが、中身は廃墟のそれである。

 偽集落には20匹のオークがおり、それらは今、チェスナット隊を目指して雑木林の側まで近づいているが、仲間の投石に当たる可能性があるため待機している様子だ。

 さきほどのオークは、その中の血気盛んで短慮な者が入り込んできたのだろう、とのことだ。

 また、この窪地から出るための一本道には60匹のオークが隠れ潜んでいる。

 こちらは雑木林に近づかず、一本道の脇から動く気配が無い。


「それと白色のオークには警戒した方がいい。

 奴はなかなか良い目を持っている、何度か自分の動きを察知されてしまった。

 ………以上だ」


「一本道には60匹のオークですか………」 


 ロッセの報告を聞いたチェスナットは考え込む。


 一本道には60匹のオーク。

 こちらは、多少の負傷者がいるものの、約80人の騎士がいる。

 この雑木林を出れば、遮蔽物はもうなく、投石の的になるようなもの。

 一本道から窪地を出るまでの距離は約500メートル。


「よし!」


 考えのまとまったチェスナットはそう言い放つと、団員たちを集め、逃走計画について説明を始めた。




 囮の集落を囲む崖の上、チェスナットたちに投石を続けていたオークの群れの中で、片目が白毛に言葉を投げかける。


「何だか静かになったな、どうする白毛?」

「うん………」


 一向に雑木林から動く気配のない騎士団に対し、白毛は考えを巡らせる。


 先程の赤い光、あれは恐らく他の部隊へと信号だったのだろう。

 問題はどんな信号を送ったのかということだ。

 仲間を引き返させたのであれば、考える必要は無い、崖上のオークたちを含めた総員で雑木林に突撃をかければいい。

 しかし、後続の騎士団がまだ残っている以上、白毛は出来るだけ崖上のオークたちを地上に下ろしたくは無かった。

 せっかく手に入れた圧倒的有利な戦況なのだ、それを安易に崩すような真似はしたくない。


「白毛! 騎士団共が動いたぞ」

「!」


 雑木林の南側、偽集落とは反対側から、潜んでいたと思われる騎士団たちが3列に並んで走り出していた。

 彼らは、鎧具足を外し、兜と盾のみを身につけ、窪地に出口に向けて全力で向かっている。


 鎧具足を外して………防御よりも移動速度を優先したのか?

 出口に向けて移動しているということは、後続の騎士団は撤退したのか?


 騎士団の様子から、白毛は状況を即座に判断し、仲間たちへ指示を飛ばす。


「みんな! 崖から降りて騎士団を追撃するぞ、1人も逃がすな!」


 そして同時に、手に持っていた大きな旗を全力で振り回す。

 これは一本道に配置したギザ耳たちに対する、攻撃許可の合図であった。


 この騎士団にまで逃げられては元も子も無くなってしまう。

 自分たちは生け捕りさえも、達成出来ていないのだ。


「うおおおお!! きたぜえ!!」


 白毛からの攻撃許可。

 心待ちにしていたその合図を確認し、ギザ耳は雄叫びを挙げる。


 敵はこちらへ近づいてくる80人ほどの騎士団。

 数の上では向こうに利があるが、こちらはこの地の勝手知ったるオークの精鋭60匹。

 遅れを取るつもりは無い。


 それに、騎士団の背後からは120匹を越える仲間のオークたちが挟み撃ちの体制でこちらへ向かってきている、騎士団に挽回は不可能な状況だ。


「お前ら、白毛の奴が攻撃してもいいとよ。

 騎士団共をひき肉にしてやろうぜ!」


 頬傷の掛け声と共に、60匹のオークたちが騎士団へと向かって駆け出した。




 前方、出口の影から60匹のオークが現れ、こちらに向かって怒涛の如く駆け寄ってくる。


「隊長、敵だ」

「ええ、わかっています」


 ロッセの言葉にチェスナットが応える、ここまでは予定どおりだ。

 鎧具足を放棄して、出口へ向けての全力疾走。

 投石に対する防御は落ちるものの、チェスナットは速さを優先した。


 すでに投石の直撃を受け、何名かの団員が倒れているが、それすらも想定内だ。

 もはや犠牲を恐れてはいられない、1人でも生きて拠点へ帰還出来れば、それがチェスナットにとっての勝利なのだ。


 しかし、問題となるのは出口に潜んでいた60匹のオーク。

 まともにやり合って、彼らを突破するのは困難を極める。

 潜んでいた陰から姿を現し、怒涛の如くこちらへ迫ってくるオークたちに対し、チェスナットは一歩前へ進み出た。


「総員、対閃光防御!」


 そう叫ぶと同時に、チェスナットは手に持っていた閃光弾をオークたちの前へ投げ放ち、眼前を己の右手で塞ぐ。


 同時に輝くまばゆい閃光。


 空に打ち上げても、辺り一帯を照らすほどの閃光弾である。

 眼前にその光を受けたオークたちは目を眩ませ、一時的に視力を失った。


「突撃せよ!!」


 オークたちが混乱しているのを確認し、チェスナットが騎士たちに指示を飛ばす。

 これがチェスナットの考えた、撤退計画である。


 逃走の邪魔になる鎧具足を外し、窪地の出口に至る500メートルほどの平野を、犠牲を覚悟の上で、全力疾走で越える。

 そして、出口付近で立ちふさがるであろうオークたちは閃光弾の光によって無力化。

 その隙をついて、この窪地から脱出するのだ。

 まさに捨て身の特攻、しかし自分たちが生き残るにはそれしか術がない。


 騎士たちも、チェスナットの叫びに合わせて、目を塞ぎ閃光を回避している。

 いま、この瞬間だけが、好機なのだ。


「うおおおおお!!」


 前方を走っていた騎士たちが、咆哮と共にオークたちへ突撃する。

 オークたちもそれに対して応戦を試みるが、視力が戻っておらず、まともに戦うことが出来ない。


「とどめは刺さなくていい、突破だ! 

 奴らを突破し、この窪地を脱出するのだ!!」


 騎士たちは、オークの壁をなで斬るように切り開き、突破口を開き始める。

 戦闘が専門ではない工兵部隊であるが、彼らとて精鋭『比類なき勇気の騎士団』に所属する騎士なのだ。オーク如きに遅れを取るつもりは無い。


(このまま………このまま行けば、この場を脱出できる………!)


 優勢に事を進める騎士たちの姿に、チェスナットが淡い期待を抱いた時―――


 一閃の光が真一文字に横へ流れ、同時に前方を走っていた団員たちの首が3つ、チェスナットの足元へ転がってきた。


(なに………? オークたちは視力を失っている筈………これはいったい?)


 チェスナットが唖然とした面持ちで団員たちがいた場所に目を向けると―――


 そこには、耳がギザギザに裂けたオークが一匹、剣を斬り薙いだ体勢で立っていた―――


「な、なんだ!? こいつ―――」


 自分のすぐ隣にいた仲間の首が一瞬で斬り飛ばされたのを目の当たりにし、団員がギザ耳を動揺の表情で見つめる。


 その次の瞬間、彼もまたギザギザ耳のオークによって胴体を断ち切られていた。


「おいおい、敵を目の前にして、固まるやつがあるか」


 オークは半ば同情するような声音でそう言い放つと、悠然と剣を構え騎士達へと相対してみせた。


「まさか………あれは、ブルー殿が言っていた、ギザギザに耳が裂けたオーク………!?」


 チェスナットの知るところでは無かったが、このオークは騎士達が目を塞いだ際、天性のカンと反射神経で己の目を拳で塞ぎ、閃光弾の光を回避していたのだ。


 緊張の面持ちで剣を構える騎士たちに向かって、ギザ耳のオークは愉快そうに大声を挙げる。 


「さあ、次はどいつだ!? あの青髪くらいには、俺を楽しませてくれよ!」


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