第12話 ハナカケという名のオーク
「裏切り者のオークだと………?」
「はい、本人はそう言っているのですが………」
騎士団員からの報告を受け、ブラウンは首を捻る。
裏切り………オークに裏切るなどという、社会的な行動が出来るのか?
まして、件のオークは白旗を掲げ、敵意が無いことを大声で話しながら、この拠点に近づいて来たという。
エルフと交配することによって、高い知能を得たオーク。
自分で言ったものの、半信半疑な考えであったが、あながち間違いでは無かったのかもしれない。
「まあいい、何にせよ俺が直接面会する。
お前たちは森の方を見張っていろ、どんな小さな動きも見逃すな」
「はっ!」
ブラウンは騎士団員たちに見張りを強化するように伝えると、裏切り者のオークの下へと向かった。
◇
「おいおい、だから俺は群れから逃げて来たんだって!
その、おっかない物はしまってくれよ!」
「うるさい! それと先程から動くなと言っているだろう!」
「体が揺れるのは仕方ねぇだろ!? 無茶言うな!」
鼻欠は焦っていた。
歓迎されることは無いだろうと思っていたが、鼻欠が騎士団の拠点に近づいた途端、大勢の騎士団員に囲まれ、身包みを剥がされた挙句、体を縄できつく縛り上げられてしまったのだ。
そして今、彼は多数の騎士団員に槍を突きつけられた状態で拠点の中央に立たされている。
騎士団員たちは皆、殺気立った表情で鼻欠に槍の穂先を向け、今にも自分を突き刺してしまいそうだ。
(白毛がやばくなったら逃げろって言ってたけど………これじゃ逃げようがねぇぞ)
鼻欠が早くも、作戦は頓挫してしまったかと危ぶんだとき、彼を囲んでいた騎士団員たちの目が不意に一点へと向けられる。
鼻欠もつられて同じ方向へ目を向けると、そこには3人の騎士が立っていた。
1人は栗毛の上品な顔立ちをした高貴な佇まいの騎士。
1人は青髪の燃えるような闘志を漲らせた精悍な騎士―――この騎士は傷を負っているのか体から血の匂いが漂わせ、杖をついていた。
そして―――
茶色の短髪を風に揺らし、瞳に鋼のような鈍い光を湛えながら、鼻欠を見下ろす1人の騎士。
鼻欠は直感する。
この男が、この群れ―――騎士団のボスであるのだろう、と。
「おい、とりあえず槍は下げてやれ。
彼も落ち着いて話が出来ないだろう?」
茶髪の騎士が、鼻欠のまわりにいる騎士団員たちへ声を掛ける。
その言葉を受けて、周囲の騎士団員たちは渋々といった様子で手に構えていた槍を下げる。
茶髪の騎士はそれを確認すると、ふわりと柔和な笑みを浮かべて鼻欠に口を開いた。
「それでオークさん。
貴方は群れから逃げてきた、と俺は聞いているのだが、それで間違いは無いのかな?」
騎士は笑顔を浮かべたまま、穏やかな声音でそう鼻欠に問いかけるが、目は相変わらず凍った鉛のようだ。
冷たい目だな―――と鼻欠は独りごちる。
「そ、そうだよ! 俺ぁもう、あの群れじゃやっていけねえと思って、あんたらに助けを求めに来たんだ!」
「ほう………どうして?」
「あの群れはおかしいんだよ! よりにもよって人間に手を出すなんて………俺はずっと反対してたんだ! 人間とだけは争そうなってさ!」
(確か、白毛が騎士団にこう話せって言ってたよな………)
「あの群れは一匹のオークが完全に支配している、誰もそいつに逆らえねぇんだ!
ずっと反対してた俺は、そいつに殺されそうになって必死で逃げて来たんだよ!」
「一匹のオークが? 他のオークはどう考えているんだ?」
「群れの大部分はそいつの考え方に反対している………だけど、誰も怖くて言えないんだよ。
そいつは一部のオークを兵隊にして、反対意見の奴を片っ端から殺していくからさ。
なあ、頼むよ人間さん。
あんたらの力で、奴とその取り巻きを退治してやってくれ。
俺たちの集落がある場所、教えてやるからさ!」
鼻欠は白毛に教えられた通りに、必死で訴える。
『いいかい、鼻欠。
騎士団の目的は俺たちを皆殺しにすることだけど、あえて群れを助けて欲しいって感じで話すんだ。
彼らは俺たちを愚か者だと思ってる。きっと、ちょうどいい馬鹿が来たと考えて、利用しようとしてくる筈だ』
昨夜、白毛から言われた言葉を何度も反芻し、鼻欠は言葉を続ける。
「奴らを退治してくれたら、俺たちは人間に二度と手を出さないよ、約束する!
もともと俺たちは、森の中でひっそりと生きていきたいって考えているんだ!
ほら、この地図を見てくれ!
集落の位置が書いてある、奴らは集落の場所がばれるなんて夢にも考えていないから、ここを攻めれば一発だ!」
「ふうむ………」
茶髪の騎士は頭を掻くと、少し困った顔で答える。
「あなたの話はわかったよオークさん。
しかし疑っている訳では無いが………我々も安易にあなたの言葉を信じる訳にもいかないんだ。
申し訳ないが、少し考える時間を頂けないかな?」
「ああ、それは構わない。色よい返事を期待してるぜ」
「―――おい、ちょっと待て」
茶髪の騎士の言葉に、鼻欠が頷いた時。
ずっと黙り込んでいた青髪の騎士が、鼻欠に迫るように前へ出てきた。
その青い瞳には殺気が篭っており、眼差しだけで鼻欠を殺してしまいそうなほどである。
鼻欠はその視線に気圧され、少し怯んだ声で返事をする。
「な、なんだよ?」
「昨日、森の中で何人か騎士が殺された筈だ………あいつらの死体はどうなっている?」
死体………?
ああ、ギザ耳が殺した5匹の人間のことか。
「ああ、昨日の人間か。
あれなら、喰っちまったが………?」
鼻欠がそう、屈託の無い様子で答えると、青髪の騎士はギリッと歯を食いしばり、体を震わせながら、詰め寄るように鼻欠へ歩を進める。
「てめえ………」
「お、おいおい、おっかねぇ顔してどうしたんだよ?
俺………何か気に食わないこと言っちまったか?」
「黙れ、オークが………!」
騎士の青い瞳が怒りに燃えている。
今にも剣を抜き放ちそうな、その姿は殺意に満ちていた。
「やめろ、ブルー」
茶髪の騎士が一言、冷静な声でそう言葉を放つ。
その声を受けて、青髪の騎士はピタリと動きを止めると、額に手を当て唸るような声音で返事した。
「わかってる、ああわかってるさ。大丈夫だ団長、悪かったよ」
青髪の騎士は剣の柄から手を離し、忌々しそうな様子で鼻欠の前から離れる。
茶髪の騎士は、青髪が鼻欠から離れたのを確認すると、苦笑を浮かべ取り成すように告げた。
「いや、すまないねオークさん。
彼は少しばかり気が立っているんだ、無礼を許して欲しい」
「お、おう」
そういって茶髪の騎士は謝罪するが、その瞳は青髪の騎士以上に剣呑な光を帯びていた。
人間を食った………鼻欠がそう言った途端、騎士団内の空気が更に張り詰めたものになったことに鼻欠は気付いていた。
何で人間はそんなことに怒っているんだ?
死んだ仲間を食われたことが気にくわないのだろうか?
鼻欠は不思議に思う。
鼻欠がまだ幼体であったころ、虫などであっても無闇に殺せば、片目に拳骨を張られたものだ。
『食いもしないモノを殺すな』
片目は説教をするたびにそう言っていた。
オーク族である鼻欠には、仲間を殺されたことはともかく、仲間の死体を食われたことで腹を立てる、騎士団の感覚が理解出来ない。
「団長! 何故私はオークと面会してはいけないのですか!?」
そんな中、その場に凛とした声が響き渡る。
その声に茶髪の騎士は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「おい、ヴァイスはここに近寄らせるなと言っただろう?」
「無理矢理来たのでしょうね、彼女はああいう人ですから………」
栗毛の騎士がやれやれ、といった調子で答える。
そんな2人をお構い無しに、テントの影から争う二つの声が聞こえてきた。
「ヴァイス隊長は、オークに近づけるなと団長からの指示が………」
「離しなさい! 私から直に団長へ掛け合います!」
そんな声と共に、必死の様子でしがみつく騎士団員をひきずりながら女騎士がドスドスと足音を響かせ、鼻欠の前に姿を現した。
そんな彼女の姿に茶髪の騎士が深々とため息をつく。
女騎士は仁王立ちで茶髪の騎士の前に立つと、真っ直ぐな澄んだ声を響かせた。
「団長、戦とは敵を知ることから始めるべきではないですか!?
私だけを蚊帳の外に置くなんて、納得できません!」
「まったくお前って奴は………」
茶髪の騎士が頭を抱えながら呆れ果てたような声を上げるが、鼻欠の方へ顎を向けると女騎士へあきめらめたように告げる。
「まあ………仕方無い。ほれ、そこにいるのが俺たちの敵―――を裏切ったオークさんだ」
「むぅ?」
そこまで話して、女騎士はようやく鼻欠の存在に気付いたようだ。
彼女は訝しげな顔つきで鼻欠を見つめると、厳しい顔つきを崩さずに問いかける。
「あなたが、群れを裏切ったというオーク殿ですか!?」
「あ、ああ、そうだが………」
「それは英断でした、群れから決別するなど、多大な勇気が必要だったでしょう。
それで貴方のお名前は?」
「な、名前だあ?」
鼻欠は困惑する。
まさか、自分の名前など聞かれると思っていなかったのだ。
そんな鼻欠の様子を見て、女騎士はハッとしたような表情を浮かべる。
「これは失礼、名前を尋ねる時は、まず自ら名乗るのが礼儀でしたね。
私はヴァイス・ゴルトーと申します。
オーク殿、貴方のお名前も教えて頂きたい」
「お、俺は鼻欠っていうんだけどよ」
「ハナカケ殿ですか………たしかに鼻が欠けていらっしゃるようだ。
その怪我はどうして?」
「おいヴァイス、もういいだろ。いつまでたっても話が進まねぇじゃねーか」
「む………むぅ」
ため息をつくように青髪の騎士が女騎士を止める。
話の腰を折られた女騎士―――ヴァイスは憮然とした表情を浮かべつつも、口を閉じた。
「なんだ、騎士団ってのは雌の騎士もいるのか?」
鼻欠が驚いた表情で独り言のように呟くと、青髪の騎士が再び剣の柄に手を掛け鼻欠を睨みつける。
「おい、糞オーク。
そいつを下衆な目で見てみろ、この場でたたっ斬るぞ」
「ひぃ、ま、待ってくれよ! 俺はそんなつもりは無い!」
再び剣呑な雰囲気を纏った青髪の騎士の頭を、女騎士はぽかりと小突く。
「こらブルー、彼はあくまでも客人なのですよ? 失礼な言動は控えるべきです」
「……………」
「ブルー?」
「………まったく、お前は本当に暢気な奴だよ」
「な!? 言うにことかいて暢気とは失礼な!?」
「あー、もううるせえ! お前がしゃべると、ややこしくなるから黙ってろ!」
「な、なにを!」
「2人とも落ち着いて下さい! ぎゃーぎゃー騒いでみっともない!」
女騎士と青髪の騎士がもめ始め、それを呆れた様子で栗毛の騎士が仲裁する。
突然騒がしくなった騎士たちを尻目に、ブラウンが焦った顔を隠すように無理やりな笑顔を浮かべつつ、鼻欠へ告げる。
「あー、いやそのオークさん。すまないが部屋を用意しておくから待っていて頂けないか?
返答は近いうちに必ずしよう」
「お、おう………」
先程とは打って変わった早口で茶髪の騎士はそう嘯くと、騒いでいる騎士たちに「黙れ、馬鹿共!」等と怒鳴りながら背中を向けた。
◇
白旗を掲げたオーク、鼻欠が騎士団の拠点を訪れてから半日ほど。
陽が沈み暗闇に包まれた騎士団の作戦本部の中で、ブラウン、ブルー、チェスナットの3人が議論を続けていた。
議題は、「あのオークの言葉を信じるか」である。
オーク―――鼻欠の言葉が全て真実であるのなら、それは吉報。
オークの集落の位置。
それは彼らが、喉から手を伸ばすほど欲していた情報なのだ。
「どうするかな………あのオーク」
「俺は信じねぇぞ。奴らの言葉なんざ信用できるか」
「そうは言ってもブルー殿。我々は現在、不用意に森に入るわけにもいかず、手をこまねいているのが現状ですよ」
「それは………わかっているんだけどよ」
先程から議論は堂々巡りで進展が見られない。
ブラウンはため息をつくと、気分を変えるかのように嘯く。
「しかし、えらく饒舌なオークだったな」
「確かにな。俺は今まで随分な数のオークを狩ってきたが、あんなにベラベラしゃべる奴は初めてだぜ」
「ああ、それにこの地図だ」
ブラウンはテーブルに広げられた、一枚の地図を指差す。
これは昼間、鼻欠から渡された地図だ。
地図は動物の皮で出来ており、それに染料によってこの森の図面が描かれている。
そして図面上、森の中心から東側に行ったところ。そこに朱色で丸印が印されていた。
「縮尺が合っているのかは知らんが、なかなか詳細に出来ている。
オークってのは、こんな器用な生き物だったか?」
「団長が言っていた高度な知能を持つオーク………あり得ない話ではないかもしれませんね」
チェスナットもまた興味深げに、地図を眺める。
「で、どうするんだ団長。
あのオークの言葉を鵜呑みにするのか?」
「チェスナット、お前はどう思う?」
ブラウンの問いかけに対し、チェスナットはゆっくりと思案するように答える。
「あのオークの言葉を全て信じる訳ではありませんが………群れから逃げて来た、というのは本当でしょう。
仲間を売って、あわよくば自分だけは助かりたい………そんな所ではないですか?」
「まあ、それが一番もっともな考えだな」
チェスナットの答えを受けて、ブラウンは決意したかのように手を叩く。
「よし! 明日、騎士団の総力を持って、奴らの集落―――あのオークが言っていた場所へ強襲をかける」
「率いるのは俺とチェスナットの2人だ、騎士団員512名の内300名を連れて行く。
ヴァイスたち、残った者に拠点の防衛を任せる。
チェスナット、団員たちへ出陣の準備をさせろ」
「承知しました!」
ブラウンとて、オークの言葉を鵜呑みにするわけではない。
しかし、偵察するにしても、安易に森へ入る訳にいかず、かといってこの拠点に停滞している訳にもいかないのが現状だ。
もし、オークの集落の位置がこの地図に記されているとおりなら、手をこまねいている理由がない。
「おい、俺は?」
「お前は寝てろ!」
重傷者であるブルーに対し、ブラウンはピシャリと言い捨てると、ふと女騎士のことを思い出した。
「そういえば………ヴァイスはどうした? 姿が見えないようだが………?」
「ああ、そういえばいないな。
あいつのことだ、剣の鍛錬でもしてんじゃねーの?」




