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第11話 鼻欠という名のオーク

  

「ブルーの容態はどうだ?」

「右腕、肋骨の骨折、それに全身に無数の外傷………芳しい物ではありませんね」 

「………偵察に当たった団員たちは?」

「ブルー配下の団員からの報告では、死者5名、重軽傷者19名………全員疲労困憊の様相です」

「そうか………」


 チェスナットからの報告を聞き、ブラウンは深いため息をつく。

 比類なき勇気の騎士団拠点内に設営された作戦本部。

 その中で、ブラウン、チェスナットの2人が暗い表情を浮かべ沈黙していた。


 ブルーへ託された偵察任務が失敗に終わり、彼らが満身創痍で敗走してきた翌日のことである。


 オークの潜む森への偵察。

 さほど難しい任務ではない筈だった。

 まして、指揮していたのは騎士団内で最も実戦経験が豊富なブルーである。


「それにしても、あのブルー殿がオーク如きに遅れを取るとは思えません。

 彼は騎士団内でも1、2を争う手練れですよ?」

「そうだな………。

 そうだ、ブルーはどうしている?」

「拠点前で昏倒してから、ずっと眠り続けているようです。

 彼の戦線復帰は難しいでしょうね」


 チェスナットがため息と共にそう伝えた時、作戦本部の側で騒ぎ声が聞こえてきた。


「だめです、ブルー! あなたはまだ歩けるような体では………」

「そうも言ってられねぇだろ」


 そんな声と同時に作戦本部の天幕がばさりと開かれる。


「よう、邪魔するぜ」

「ああ、もう。団長たちからも一言、言ってやって下さい!」


 そこには、ヴァイスに肩を支えられるようにして、全身を包帯でグルグル巻きにしたブルーが立っていた。


「よう、ブルー。何だその格好は、まるでミイラみたいじゃないか」

「だろ? 団員ども、とにかく包帯巻いとけばいいと思ってやがる。

 王都に帰ったら医療方法について指導しないとな」


 ブラウンの軽口に対して、ブルーが同じく軽口で返す。


「ブルー殿、傷は大丈夫なのですか? 一見したところでは寝ていた方がいいと思うのですが………」

「そうしたいのは山々だけどよ、失敗したとはいえ、一応偵察には行ったんだ。

 報告ぐらいはさせてくれ」


 ブルーはそう嘯くとドカリッと椅子に腰を落とし、真剣な眼差しでブラウンを見つめる。 そして、静かにそのこうべを垂れた。


「団長、すまない。

 任務は失敗しちまったよ………まして、仲間を5人も死なせてしまった」

「いや………それよりも報告を頼む。

 あの森で何があったんだ?」


 ブラウンの言葉にブルーはうなづくと、ぽつりぽつりと昨日の出来事を話はじめる。

 それはブラウンたちの想像を超える、オークたちの話であった。


 森の中は視界が悪く、悪路が続くため集団での行動が難しいこと。

 オークたちは組織立って動いており、自分たちは死角からの投石によって窮地に追い込まれたこと。

 強靭で武術に秀でたギザギザ耳のオークがおり、自分を含めた騎士団員が敗北したこと。


「俺もナメてかかったつもりはない。

 だが………あのオークたちは俺の予想を遥かに超える連中だった。

 手も足も出なかった、てぇのが正直なところだよ………」


 そう、報告を締めるブルーに対し、ブラウンたちは驚愕の表情を浮かべたまま、口を開く。  

 

「しかし、死角からの投石ですか? 仮にもオークが、ですよ?」

「多分、待ち伏せされていたんだろうな………あの位置取りはこちらの動きに気付いてなきゃ、出来ねえものだった」

「待ち伏せ………ってことは、こちらの動きが連中に知られているということか。

 奴ら、俺達の動きをどっかから見張っているな」


 知能が低く、野生生物に分類されることさえあるオーク族が、組織的な戦闘を行っている。

 その事実は、俄かには信じられないものである。

 しかし、百戦錬磨のブルーがなす術もなく敗走したという事実が、それは嘘ではないということを物語っていた。


「壊滅した、エルフ族の集落か………」

「団長? 突然どうかしたのですか?」


 出し抜けに、そういい始めたブラウンに対し、ヴァイスが不思議そうな表情を浮かべる。


「いや………エルフ族の集落のことを思い出してな。

 ヴァイス、前に話したことだがオークってのは他種族の雌と交配する。

 馬でも豚でも哺乳類であれば、オークは交配が可能なんだが、交配相手によって生まれてくるオークの質が変化するっていう説があるんだよ」


「交配相手によって………ですか?」


「ああ、馬と交配すれば持久力に優れ、牛と交配すれば筋力に優れるって具合でな。

 要するに母体の特徴を多少なりとも受け継ぐって説だ。

 聞いた時は眉唾モンだと思ったが………」


「つまり団長は、この森のオークはエルフと何世代も交配を続けたことにより、高い知能を有していると………そう仰りたいのですか?」


 まさか、という表情でそう問いかけるヴァイスへ、ブラウンは静かに頷いて見せた。


「ああ、俺も信じられない気持ちはあるが、ブルーの報告を聞く限り、あり得ない話って訳でも無いだろ?」


「高知能のオーク………ですか」


 ブラウンの言葉に、騎士団の3幹部が首を傾げ考え込む。


「何にしても、対策を練らなければいけないでしょうね。

 どんなオークであれ、付近に村がある以上、野放しにすることは出来ません」

「そうだな……」


 チェスナットの言葉に対し、ブラウンは腕組みをして思索に耽る。

 そしてしばらく黙りこんでいた後、ぽつりと口を開いた。


「チェスナット、騎士団員内で弁の立つ者を見繕ってくれ」

「弁の立つ者………ですか?」


 突然の言葉にチェスナットが訝しげな目を向けるが、ブラウンは真剣な表情で言葉を続ける。


「ああ、王都に増援を要請しようと思うんだ」

「増援要請………? 他の騎士団も呼び寄せるのですか?」


 チェスナットの言葉に、ブラウンは静かに首を振ると、何かを決意したように言葉を告げる。


「いや、違う。要請対象は騎士団連合ではなく、魔術師結盟だ。

 奴らへ修道魔術師の派遣を要請する」


「な………!?」


 ブラウンの言葉に、その場の3人が言葉を失った。


 王都には、その手足となって働く二つの組織が存在する。

 一つは、武器を手に取り、王都のために戦う騎士団を統括する騎士団連合。

 そしてもう一つは、魔術を用い、様々な奇跡を起こす魔術師を統括する魔術師結盟である。

 ブラウンが要請を求める修道魔術師。彼女らは治癒魔術に長けた魔術師の集団で、その魔術があれば重傷のブルーさえも短期間に治癒することが出来るだろう。

 しかし―――


「わ、私は反対です! 仮にも騎士団である我々が魔術師風情の力を借りるなど、王都に顔向け出来ません!」

「私もヴァイス殿の意見に賛同です。そもそもそのような要請を騎士団連合が受け入れるとも思えません」


 騎士団連合と魔術師結盟。この二つは水と油のように反目しあう立場にあった。

 騎士たちは魔術師を、怪しげな力を持つ胡散臭い者たちであると危険視し、

 魔術師たちは騎士を、粗野で野蛮な思考を持った者たちであると見下しているのだ。

 まして、王都を代表する精鋭騎士団である『比類なき勇気の騎士団』が魔術師の要請を行うなど、騎士団連合に対する裏切り行為に等しいものだった。


 それを理解した上でなお、ブラウンは修道魔術士の要請を固く決意していた。


「だが、下らない意地やプライドに縛られている場合では無いだろう?

 責任は全て俺が負う。王都へ使者を派遣しろ」


「しかし―――!」

「くどい!」


 なお言い縋るヴァイスの言葉を、やや苛立った様子でブラウンが突っぱねる。


「なあ、団長。あんたが魔術師まで要請しようとするのは………やっぱ俺のせいか?」


 そんな中、ずっと黙っていたブルーが、静かに口を開く。


「そうだよな? 俺は今回の偵察任務で死人まで出しちまった。

 だから、修道魔術師を要請したいんだろ? これ以上の死人を出さないために………」


「勝手な勘違いをするな、ブルー。俺はただ、この討伐任務を楽にこなしたいだけだ。

 魔術師共が信用ならないのは確かだが、彼女らの力は絶大だからな。

 要請できるものなら、要請した方がいいだろう?」


 ブラウンは少しおどけた態度で、そう嘯くが、ブルーは真剣な表情で再び頭を下げる。


「面目ねぇ。アンタに余計な責めを与えてしまって、申し訳ないと思っている」


 ブルーの言葉を聞き、ヴァイスはブラウンの決断が決して思いつきによるものでないことを悟る。

 反目する魔術師結盟への増援要請。それは騎士団連合への裏切り行為と言っても過言ではないものである。

 要請者であるブラウンには、騎士団連合からその責を問われることになるだろう。

 場合によっては、何らかの処分が下る可能性もある。


「とにかく! 王都へ修道魔術士を要請するぞ! ブルーがどうしたとか、そういうことじゃない。この森のオーク共は、とにかく他のオーク族とは違っているようだ。

 出来ることは、全てやっておきたい」


「団長がそこまで仰るのであれば、私は何も言いません。

 王都への増援要請については、私が責任を持って進めておきましょう」


 最終的に、ブラウンに押し切られるような形で、修道魔術師の派遣要請を行うことが決定し、要請者の派遣についてはチェスナットが進めることとなったのである。


 チェスナットがやれやれと言った様子で、作戦本部のテントを出ようとしたところ、血相を変えた騎士団員によって作戦本部の天幕をばさりと開かれた。


「ブラウン団長! 大変です! オーク、オークが森から出てきました!」

「何だと!?」


 ブラウンは立ち上がると、騎士団員に確認する。


「それで、オークの規模はどれくらいだ!?」


 ブラウンの言葉に、騎士団員は困惑した調子で返答する。


「それが………その一匹で、しかも白旗を掲げています」

「なに………?」


 あまりに予想を超える騎士団員の言葉に、その場にいた全員が再び言葉を失うのだった。




 騎士団の拠点にオークがやって来る、前日。

 騎士団の偵察隊を退け、集落の中央でささやかな宴が開かれた時のことである。


「何度言っても駄目だ、その作戦は許可出来ない」

「何でだよ!? 片目!」


 そこで白毛と片目が押し問答を繰り広げていた。

 白毛が提案した「作戦」は片目によってにべもなく断られたのである。


「俺の作戦のどこが気に食わないんだよ? 

 騎士団はもう、俺たちを警戒しているんだ!

 叩ける内に叩かなければいけないんだよ!」


 普段おとなしい白毛が珍しく、荒い口調でまくしたてるのを、片目は厳しい目で見つめる。


 白毛の作戦はこうだ。

 まず、オーク族の一匹が騎士団拠点へ向かい「自分はオークの仲間を裏切った。自分達の集落の位置を教えるから助けて欲しい」と騎士団へ向けて訴える。


 無論、それは騎士団を誘い出す為の罠である。

 森の東側、集落から大分離れた位置に、以前壊滅させたエルフの集落跡がある。

 森を要塞化した際、ダミーの集落として改修したその集落跡へ、騎士団たちを誘い出すのだ。


 集落跡は一本道の先にあり、周囲を切り立った崖に囲まれている。

 あらかじめ、崖の上に多数のオークを配置し、戦闘で圧倒的な有利を得られるようにしておく。

 そして裏切りオークはそこへ騎士団を誘導、それを群れの総力を挙げて撃滅する。

 その際に何人かの騎士を生け捕りにすることも出来るだろう。

  

 これは、この戦争で勝利するための白毛の渾身の策であった。

 しかし―――


「お前の作戦はわかった、確かに理にもかなっているだろう。

 だがな、その裏切る―――囮になるオークはどうする?

 誰が行くんだ?」

「そりゃあ、立案者である俺が………」

「それが駄目だというんだ」

「何でだよ!?」


 なお言いすがる白毛に対し、片目は厳しい眼差しで答える。


「白毛、今の自分の立場がわかっているか?」

「え………?」

「この戦争、俺はお前を指揮官に任命した。

 実際、お前はよくやっている、お前がいなくなれば俺たちの勝利は難しいだろう。

 でもな、だからこそ俺たちはお前を失う訳にはいかない、わかるだろう?」

「………ああ」

「確かにお前の作戦は魅力的だ、騎士団の数が俺たちより多いなら、削れるだけ削っておきたいとも思う。

 だが、それでお前が死んでしまったら元も子もなくなっちまうんだよ」


 片目は諭すように白毛へ語りかける。

 実際のところ、この作戦、裏切り役のオークには大きな危険が付きまとう。

 そもそも、騎士団がオークの言葉に耳を貸すかわからないし、こちらの提案を鵜呑みにするかも不明なのだ。

 なにしろ、オークたちはすでに騎士団員を5名殺害しているのだ。

 最悪、口を開く間もなく、斬って捨てられる可能性もあるだろう。

 もし、騎士団がオークの口車に乗ったとして、騎士団を誘導した後、裏切り役のオークが群れと合流出来るかもわからない、謀られたと知った騎士団が怒りのまま裏切り役のオークを殺すかもしれない。


 片目はそんな危険な役目を、すでにこの戦争の要である白毛に、やらせる訳にはいかない、と言っているのだ。


「わかったよ片目、この作戦は無しだ。

 今後も森に入ってきた騎士団を削る方向で戦争を続けよう」


 白毛はあきらめたように口を開く。

 白毛にも片目の言葉が正論であると、理解出来ていた。


「まあ、何か良くわからないけど、気を落とすなよ白毛」


 多分白毛の作戦を半分も理解出来なかったであろうギザ耳が、気楽な調子で白毛へ声を掛ける。


(この野朗、鼻に人間肉でも詰めてやろうか)


 白毛がそんな剣呑のことを考えていた時、3匹の前に一匹のオークが姿を現した。


「お、おう、お前ら」

「鼻欠か、どうしたんだ?」


 鼻欠が酒の入った瓶を持ったまま、白毛に声をかける。


「いや、今日の英雄共に酒でも注いでやろうかと思ったんだけどさ………偶然、今の白毛の作戦を聞いちまった」

「そっか………だけどこの作戦は中止だよ鼻欠、確かに危険すぎた」

「い、いや、それでさ………」


 鼻欠は酒瓶を抱えたまま、逡巡するかのように言葉を濁していたが、やがて決意を固めたように表情を引き締めると、白毛に問いかける。


「なあ白毛、その裏切り役っていうの………俺にやらせてくれないか」

「え!?」


 鼻欠の言葉に、白毛が驚きの声を挙げるが、鼻欠はそのまま片目に目を向けて言葉を続ける。


「なあ、片目もそれならいいだろ?

 白毛がいなくなったらこの群れは大変だけど、俺が死んだ所で大した損失じゃないだろう?」


 そんな事を言う鼻欠に、片目は憮然とした調子で答える。


「鼻欠。お前、自分が言っている言葉の意味が分かっているのか?」

「ああ、わかってる、でも俺にその役をやらせて欲しいんだ」

「ちょっと待てよ! 鼻欠!」


 言葉を続ける鼻欠を、白毛は慌てたように引き止めた。


「騎士団がそう安易に口車に乗るかわからないんだぞ!?

 有無も言わせず切り殺される可能性だってある!」

「いや、俺だって口先だけなら結構な物なんだぜ?」

「そういう事を言ってるんじゃない!」


 いまいち噛み合わない会話に、白毛は困惑してしまう。

 彼の知る鼻欠は明るく、ひょうきんな性格であるが、オークらしい闘争心や蛮勇には欠け、争いごとは不得手な印象のオークであった。

 今回の戦争―――まして危険の伴う潜入任務などを、率先して請負たがるような性質たちでは無かった筈だ。


 困惑の表情を浮かべる白毛に対し、鼻欠は落ち着いた様子で夜空を見上げると、静かに言葉を紡ぐ。


「なあ白毛、俺さ………皆に比べるとガタイは悪いし、お前みたいに賢い訳でもない。

 何より俺って臆病者だからさ………いつもヘラヘラ笑っているだけで、群れの力になれることなんて無かったんだよ。

 俺はそんな自分が嫌で嫌で仕方がなかった」

「鼻欠………?」


 いつも軽薄な笑みを浮かべている鼻欠の見せた真剣な眼差しに、白毛は思わず困惑の表情を浮かべてしまう。


「だけどそんな俺が初めて群れの役に立てそうなんだ。

 なあ頼むよ白毛、その裏切り役っていうの、俺にやらせてくれよ」

「……………」


 鼻欠の思いを聞き、白毛は黙り込んでしまう。

 群れの力になりたい―――そう話す鼻欠の気持ちが白毛には痛いほどよくわかる。

 白毛自身、戦争が始まる前は体が弱いことで、群れに対して後ろめたい気持ちを持っていたのだ。


 白毛は無言のまま、片目に目配せする。

 片目はその視線に対して、ゆっくりと頷いてみせた。


「わかったよ………」

「白毛?」


 白毛は観念したように首を振ると、鼻欠に対してゆっくりと言葉を続ける。


「この作戦の裏切り役、鼻欠にお願いするよ。

 ただし、絶対に無理をしないこと。危ないと思ったら失敗しても構わないからすぐに逃げるんだ、いいね?」

「ああ、恩に切るぜ、白毛!」


 白毛の言葉に鼻欠が笑顔を浮かべ、おどけたようなポーズを取ってみせる。

 白毛はそんな鼻欠に微笑むと、更に言葉を続けた。


「それと鼻欠、群れの力になれることなんて無かったって言ってたけど、それは違う。

 鼻欠はいつも皆を笑わせてくれたじゃないか。

 皆を愉快な気持ちにさせてくれていたじゃないか。

 自分では気付いていなかったかもしれないけど、それってすごいことだったんだよ」


 白毛の言葉に偽りは無い、ひょうきんな鼻欠はいつも群れのムードメーカーとして笑いを振りまいていた。

 それはこの戦争が始まっても変わりなく、今なお群れの雰囲気が良いのは鼻欠の力に寄るところもあるだろう、と白毛は考えていた。


「ありがとう白毛………やっぱお前って、いい奴だな」


 鼻欠は白毛の言葉を聞いて、照れたようにへへへと笑いがながらそう呟く。


「ぐがっ………?

 んぁ、話は終わったのかー?」


 退屈だったのか、眠り込んでいたらしいギザ耳が寝ぼけた声を上げる。


「鼻欠………」

「なんだ?」

「俺はいま、こいつの鼻に人間肉を詰め込んでやりたくて仕方無いんだが………」

「奇遇だな、俺も同意見だ」


「何だ、お前らどうした?」


 座った目付きに人間肉を片手に詰め寄ってきた2匹に対し、ギザ耳は珍しく気圧されたような表情で後ずさる。


「「問答無用!」」

「な、なにをする、きさまらー」


 白毛と鼻欠がギザ耳の鼻へ人間肉を突っ込もうと躍起になっているのを―――


 片目が少し離れた所から、穏やかな笑みで眺めていた。






「ねえ、あんたさ………」

「!!?」

「ああ、こっちこっち。ほら、白い花の側」

「な、なに………?」


 誰もいない筈の部屋の中で突然掛けられた声に、プリムラは驚いて辺りをキョロキョロと伺う。

 白い花の側、という言葉に従ってプリムラ・シネンシスの鉢が置いてある方へ目をやると、花の側の壁に小さな穴が空いており、そこからちらりと菖蒲色の瞳が覗いてたいた。


「な………何なの? あなた………?」

「数年ぶりに合う同族に対して「何なの?」とはお言葉だねぇ。

 やっぱり少し、イカれているのかしら?」


 瞳はにやりと目じりを下げると、せせら笑うように言葉を発する。

 ここにきてようやくプリムラはこの瞳が隣の部屋に監禁されているエルフのモノだと合点がいった。

 そんなプリムラの様子を意に介せず、菖蒲色の瞳は言葉を続ける。


「しかし、あの白いオークが母親とか言ってた理由がわかったわ。

 なるほど、アルビノのエルフか………確かにあんたがあいつを産んだってのは本当みたいだね」

「白いオーク………? あなた、白毛を知っているの?」


 プリムラの問いかけに、菖蒲色は嬲るように瞳を光らせ、答える。


「そりゃあ、知っているさ、私が何度あの白いオークに犯されたと思っている?」

「な………?」


 菖蒲色の言葉に、プリムラは思わず青ざめる。


「し、白毛は………そんなこと、しない」

「はあ、何でそう思うの?

 あいつはオークだよ、オークが捕まえた雌を強姦しない訳ないじゃない?」

「そ、それでも、白毛はそんなことしないの!」

「やっぱおめでたい頭をしているみたいねぇ。

 でもさ事実だよ。

 あいつ、ここ最近は毎日私の所へ来て、私を犯していくのよ。

 聞きたい? あいつの交尾の仕方」

「やめて!」


 思わず、プリムラは穴へ向けて、白毛からもらった毛布を投げつける。


 なんなんだ、このエルフは?

 そんなことを自分に話して、どうしようというのだろう?

 プリムラにはエルフの考えがわからない、しかしこのエルフが自分に対して悪意を持って接してきていることは理解できた。

 

 激昂するプリムラに対して、エルフの声は更に興にのったかのように言葉を続ける。


「おお、怒った怒った。

 そんな立派な毛布まで投げつけちゃって………それ、どうしたの?

 あの白い奴から貰ったの?」

「あ、あなたには、関係ないでしょう!?」

「まあ、そうなんだけどさ。

 ふうん、やっぱり白毛………だっけ? あいつにとってあんたは特別みたいだね」

「それは………白毛は、私の子供だから………」

「子供、子供ねえ…………」

「な、なに?」


 皮肉ったようなエルフの口調に、プリムラは困惑する。

 

「あんたさ、正気なの? あいつはオークだよ。

 あんたや、私とは全く違う生き物―――化け物なんだよ?

 本当に自分の子供だなんて、思っているの?」

「そ、そうだよ! 白毛は私が産んで、私が育てた大切な子供だもの!

 だから―――!」

「嘘吐け」


 プリムラの弁を遮って、ぴしゃりと言い放たれたその言葉に、プリムラは思わず言葉を失ってしまう。


「嘘を吐くな。

 ようやく、私にもあんたがどんなエルフか分かってきた気がするよ」


 エルフは合点がいったように嘯く。

 壁から覗く菖蒲色の瞳は、全てを見透かすようにプリムラを凝視していた。


「あんたさ、今まで誰からも愛されたことがないでしょう?

 好かれたことが無いのでしょう? そりゃそうだよねえ。

 『破滅を招く紅眼』さん」


「その呼び方はやめて………」


 プリムラは震える声でそう呟くが、その様子はむしろエルフの興を買ったようだ。

 せせら笑うように、エルフはプリムラを責め立てる。


「あら、図星だったのかしら?

 なるほどねえ、納得がいったよ。

 あなたさあ、あの白いオーク以外、何も無いんだ」


「やめて………」


「同族のエルフからは嫌悪され、

 攫われたオークからは家畜扱い。

 アンタにとって、仲間なんて1人もいない。

 世界の全てがアンタを呪ってる。

 そんな無為で陰鬱な人生の中で、唯一得ることが出来た慰みモノ。

 それが………あのオークだったんだ」


「……………」


「この閉じた粗末な部屋の中で、

 醜悪な化け物を息子と呼んで、奴が訪れるのをひたすら待っている。

 歪んでるねぇ、歪みすぎて滑稽だよ」


 そこまで話して、エルフは堪えきれなくなったように嘲笑する。

 狂気に満ちた笑い声は、聞く者に憎悪を放っているかのようだ。


「はっはっは、笑えるねぇ!

 私も大概悲惨な人生だったけど、流石にアンタほどじゃない!」


「それでも………」


「あ………?」


 黙りこんで、エルフに言わせるがままにしていたプリムラが静かに口を開く。

 その口調は、先程と違い毅然としたものだった。


「それでも、あなたがどんなことを言ったって、白毛は私の子供だから……。

 ………それは絶対だから」


「ふうん」


 プリムラは菖蒲色を真っ直ぐに見つめ、そう言い放つ。

 正直、心は激しく動揺しているが、それでも外面上は何とか冷静さを保つことが出来た。

 

「あー、わかったわかった。

 あんた、思ったよりつまんないね、苦労して穴まで空けて損したよ。

 もう寝る」


 興が削がれたような、無表情な声でエルフはそう呟いたのを最後に、菖蒲色の瞳は壁から姿を消し、後には黒い闇が覗くだけとなる。


 プリムラはそれを確認すると、1人、声を押し殺して静かに涙を流した。


 白毛はもう、何日も姿を見せていない。


「白毛………お母さんは苦しいよ。

 あなたに―――あなたに会いたいんだよ」


 人間との戦争?

 群れの存亡?


 そんなもの、どうだっていいじゃないか。


 この小さな部屋で2人っきり

 いつまでも、おしゃべりしよう。


 きっと楽しいよ、きっと幸せになれる。


 だって―――


 私には、あなたしかいないのだから。


 

 家畜小屋と呼ばれる粗末な小屋の中にある、小さな部屋。


 そのすみっこで、さめざめと涙を流すプリムラの思いは

 ―――決して白毛に届くことは無かった。





 オークの集落でささやかな宴が催された翌日。

 集落の入り口に、多数のオークが身を寄せていた。

 みんな、大きな作戦のため騎士団へ向かう勇気ある仲間を見送るために集まったのだ。


「よし………行ってくるぜ、お前ら」


 鼻欠が緊張した面持ちで、そんな仲間たちを見回しながら覚悟を決めたようにいう。


「鼻欠、絶対に無理はするなよ。

 危険だと思ったらすぐに逃げるんだ」

「わかってるって、俺は群れ一番の臆病者だぜ? 言われなくたってすぐに逃げるさ」


 白毛が相変わらず心配そうな表情で言う。

 群れで一番賢く、知識が豊富な頼れる奴―――それにとんだお人よしでもある。


「まあ、良くわかんねぇけど心配すんな。

 もしお前が騎士団に捕まっても、俺がすぐに助け出してやるさ」

「ああ、そん時は頼む。お前がいれば安心だな」


 ギザ耳が気楽そうな調子で笑う。


「おいおい、お前本当に大丈夫なのかよ?」

「心配すんな、骨は拾ってやる」

「騎士団を誘導するって言っても、俺が見張りの日は避けろよ?

 もう走り回るのは御免なんだ」


 頬傷、顎割、牙折の3匹が心配したり、軽口を叩いたりする。

 そんな仲間たちに、鼻欠は苦笑を浮かべつつ


「勝手なことばかり言いやがって、待ってろ。

 白毛の作戦は俺がばっちり成功させてやるからな!」


と大口を叩いて答えてみせる。


 最後に、片目がいつもの険しい顔つきで白い旗を鼻欠に差し出した。


「鼻欠、これを持っていけ。

 白毛が言うには、これを持っていれば人間は無碍に攻撃してこないらしい、森を抜けたらこれを掲げて進むんだ」

「ああ、ありがとう片目」


 片目は鼻欠に白旗を渡すと、少し低い声で呟くように言う。


「お前にこんな役目を押し付けて、すまないと思っている」

「な、何言ってんだよ片目………気色悪ぃな」


 そんな鼻欠の言葉に対して、片目は黄土色の隻眼に心配そうな光を湛えながら、鼻欠を見つめていた。

 鼻欠たち、群れの若いオークにとっては、年長者である片目は父親のようなものである。

 いつも厳しく、恐ろしい父親であるが、誰よりも群れの仲間を案じていることを鼻欠たちは知っていた。


「あと、鼻欠。これも渡しておくよ。

 騎士団に集落の位置を説明する時、これを渡すんだ」


 白毛が片目の前に割って入ると、皮で作った地図を一枚渡す。


「何だこれ? 俺らが持っている地図と同じものか?」

「ああ、ただその地図には、騎士団を誘い込む予定の偽の集落に印がつけてあるんだ。

 これを使って、奴らをうまく誘いこんでくれ」

「至れり尽くせりだな」


 鼻欠は白毛から偽の地図を受け取ると、白旗を抱え仲間たちに最後の言葉を掛ける。


「そんじゃ、行ってくるわ。

 お前ら、俺が帰ってくるまでに、俺を讃える宴の準備をしとけよ!」

「任せとけ!」


 そう嘯いて、鼻欠は仲間たちに背を向けると、もう振り返ることなく騎士団の拠点へと歩みを進めていく。


「鼻欠、気をつけて………」


 だんだんと小さくなっていく鼻欠の背中を、白毛はいつまでも見つめていた。

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