クズがしゃがみ込む話
スウェット男がさも当たり前顔で言うので、クズはその事象の凄さが理解できなかった。
これは、砂漠の中に落ちたコンタクトレンズを拾うどころの話ではない。車でさえ電気で動くというこの時代、しかも、電波を探知するとて、携帯電話所持率が十割を超える日本において、どんなに特殊な電波とはいえ、たかだか一つのパソコンから発せられる微弱な電流の流れを読み取るというコトである。それを見つけ出すのに、どれほどの技術力と執念を要しただろうか。少なくともソレは、クズの内の尺では計れぬ程度には甚大なモノであった。
当然、タキシード男はスウェット男の底しれぬ能力の高さに気付いていた。それは、スウェット男が自身の功績を自慢する以前からであった。
「ハッハッハ、サラッと言ってるけど、これだけでも既にそこらの研究施設の長を卒倒させるレベルには大した話だよ」
タキシード男の言葉に、クズは少し首を傾げながら
「だけど、電波をどうのこうのなんてのは、一般人でも携帯電話ってのを持ってるほど、ありふれた時代だぜ?」
と、返す。それに対して、スウェット男はムッとした口調で
「じゃあ、貴公はその携帯電話とやらでワタシと同じモノが作れるのか?」
クズは少し黙ったが、反論する。
「いやいや、俺は無理だけども、携帯電話メーカーの開発系統の人々なら出来るんじゃないか?」
その発言に、スウェット男は
「なるほど。そうかそうか。無知とは、それだけで罪にもなり得るのか。貴公からはありがたい教訓を頂いたよ。ありがとう」
と、ブヨブヨの顔面を皺クチャに笑みを浮かべた。これが嫌味と理解できぬクズは、とりあえず御礼を言われたコトに対して
「ウム」
と、偉そうに答えた。結句、スウェット男はクズの質問には答えていないのだが、クズは御礼を言われてそれなりに満足したので、それ以上の言及はしなかった。
「ハッハッハ、お互いに天才的な技術に関する情報を分かち合う。後は何がどうであろうと干渉はしない。多少のリスクはあるにしろ、互いの不利益にはならない様にだけどね。手と手を取り合って、話を閉じる。何てことはない。当初の目的どおりじゃないか。無駄な労力を使わずに解決。これ程の正義がどこにあるのか」
既に、二人の人間が死んでいる時点で、無駄な労力は失われているのだが、それでも黒幕との激しい戦いに意気込んでいたクズの体力は思っていたよりも十分に余裕があった。
「だけど、俺を殺す過程をデータ化してズリネタにしようとしてた輩、一発も殴らずに帰るってのも、癪に触るな」
クズは、既に和解案を飲み込んでいた。言葉上の理論で納得したというよりは、スウェット男とタキシード男が発する場の空気にそうさせられてしまった。それにより、クズは無意識の内に自分自身でも納得し切れるようにと思いついたのが、敵アジトに乗り込むモチベーションとして抱いていた黒幕を殴る、という行動である。
クズのその言葉に対して、
「ホウホウ、じゃあ、これでどうだい?」
と、スウェット男は、右手で目を覆いながら呟く。
すると、クズの脳内には、クズが少女に殺されかけられた際の感情データの、クズがスウェット男に置換されたデータが送られてきた。つまり、主観としては少女の立場から、スウェット男をひたすらにボコボコにするデータである。
「これだったら、貴公の拳も痛まずに、ワタシも痛い思いをしない。それでも、貴公自身はワタシを殴ったことになる」
スウェット男はマゾヒストではあるのだが、何の危機も感じずにただ一発殴られるだけでは、何の興奮もせず、かえってストレスがたまるだけだと判断した。それならば、いっその事自らがボコボコに殺されかけているデータに見立てた方が、サイコキラーとしてもマゾヒストとしても楽しむことが出来るということで、データを少し弄っていた。それを、クズに送りつけたのである。
「ア、ア、アア」
他者を傷つける、殊更に喜々としながら殺意を抱くなんていった経験を積んだことの無いクズには、そのデータは過激すぎた。奇妙な呻き声を立てながらしゃがみ込んで頭を抱えた。
「ハッハッハ、念願かなってよかったじゃないか」
タキシード男が、全く面白くなさそうに笑い声を張る。続けて、
「じゃあ、全員が納得できたところで、解散しようか。本来だったら一旦私の研究施設に戻ってから解散するつもりではあったんだけど、ここで和解できたから、もう君は自由の身だ」
クズはタキシード男の言葉を聴いているのかいないのか分からぬ状態で、床にヘタレ込んだ。
「ハッハッハ、だけども、また何かあったら君に協力を仰ぐことになるかもしれないけどね(もちろん、情報処理装置を用いて強制的に参加させるけどね)それじゃあ、またね」
その言葉を残して、タキシード男は颯爽と去っていった。




