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クズが目を覚ます話

 目が覚めると、クズは同じ部屋の布団の上に横たわっていた。

 こういった圧倒的にピンチな状況で、最初に確認すべき事項が思いつく人間は、大概世渡りが巧い。しかし、残念ながらそのスキルが内蔵されていないクズは、目を覚まして真っ先に

(何か飲みたい。炭酸系がいい)

 と、まるで真夏の朝方のような感想を抱いた。

 そしてそのまま備え付けの冷蔵庫の中身を探り、何種類か置いてある飲料水の中からキンキンに冷えた発泡酒を一本取り出し、プシッと開けると、ツマミも無しにそのまま一気に飲み干した。

 すると、クズはあることに気付く。

(あれ、この発泡酒、味がしない)

 極限に喉が渇き、カスカスに干からびた様な状況に陥った際、舌で分かる様な口内の感覚よりも、先ず喉が潤いを求める為、味よりも喉越しが優先されることがある。しかし、それでも喉の奥の方から伝わってくる干からびに潤いを与えられた時の独特の臭みと、後発的な発泡酒の苦みは少なからず感じるものである。

 それすら、無いのだ。

 そこで初めて、クズは自らの心身的な異常について考えた。

 先ず、味覚。先の通り、発泡酒の味すら分からなかった。

「うわぁ、この発泡酒、ビールっつって言われても気付かないな」

 とか言いながら百円カルパスで一杯やっていた頃を懐かしみつつも、缶の底に残ったものを少量、口内に垂らしてみる。

 やはり味がしない。

 普通ならば、一本飲み終えた後に底の方に残った少量の発泡酒は、デロデロに炭酸が抜け、独特の苦みだけを残し、むしろ味に気付きやすくなっているのだが、それでも感ぜられない。

 ならば、と、クズはもっと味が濃そうな食品で味覚を確かめた。

 濃いクチのソースを小さじに取ると、それをペロリと舐める。それでもやはり、味を感じることはできなかった。

(そう言えば小学生の時、夏休みの課題で作った味噌汁、母さん飲んでくれたな。あれ、味噌の分量間違えて、ほとんど味がしなかったんだっけ。それでも文句の一つも言わずに。むしろ笑ってくれてたような。てか思い返してみれば、味なし味噌汁とか、あれは拷問だったよな。まあ、調味料のミスとかじゃなくて味の分からない今の俺の方が辛いから、結果的にはトントンかそれ以上ってところだけど)

 クズは、思わずニヤけてしまった。恐らくは百人に問えば九割以上が悲観を示すようなこの場面で、クズは自らの母親を思い出してニヤけた。

 一先ず、味覚が絶したことが分かったクズは、他に自身に何らかの異常が起こっていないか考察してみた。

 朝起きてから、以前と同じ部屋に居ることが確認することが出来たので、視覚には問題はなさそうだ。それと、プシッという音は聞えたので、聴覚にも異常はないだろう。後は発泡酒が冷たいことは分かったので、温度感覚は損なわれていないようだ。

「あーあーあー。童貞万歳。パンツ一丁」

 発声能力にも問題はなさそうだ。濁点や半濁点にも対応できた。

 他の器官が何らかの異常を来している可能性は否めないが、とりあえず現状、器官の内で問題があるのは味覚だけだと分かり、クズは次にどうすべきか考えた。

 しかし、悩んだところで味蕾が回復する術を思いつく訳もなく、仕方がないのでクズは教育テレビの児童向け番組を観て精神を落ち着けることにした。

 視聴を開始して一時間ほど経ったころだろうか、電話が鳴り始めた。テレビ画面の右上に表記された時刻を観ると、意識が無くなる前に確認した時間と同時刻であった。

 クズは前回、受話器を取ってから深呼吸をしたところ、欠伸をしたと誤解されたことを思い出し、今回は鼻で少し深めの呼吸をしてから受話器を取った。

「……ハイ」

「どうも、組織です。っと、今回は欠伸をしないのか。ビールに含まれるアルコール度数くらいは期待していたから、少しだけ残念」

 この、変声機を通した声での飄々とした冗談というものは、どこか業務的なユーモアな様な気がして、それこそ五パーセントくらいではあるが、クズの癪に障った。

「で、調子はどうですか? 何か、調子が悪い部分はありますか?」

 そしてこの白々しい質問である。クズは思わず舌を打ってしまった。

「ふむ、舌を打つということは、やはりどこかに異常をきたしていたという解釈で?」

 すかさず追い打ちを掛ける。

「でも、舌を打つことによる感情の表し方はよろしくないかと思うよ。後学の為に一言」

「……俺に何をしたんだ?」

 クズは、今までの人生の内でも最も迫力のある、それでいて落ち着いた口調で問うた。

「ハッハッハ、何てことはない。俗に言うあれ。『体で払ってもらう』ってやつ。元々は大した額じゃなかったんだけど。まあ半年も滞らせちゃ、仕方がないってものですな」

「体で、払う?」

 クズの脳内では、先日の「君を造る」という言葉が連続再生される。

「うむ、まあ、君の体にそれほどの価値があるとも思えないんだけどね。まあ、詳しいことはこの後説明するから。ハッハッハ、初対面ってやつで説明するから、楽しみにしていてくれ」

「はあ? 初対面? え? お前は俺を捕えた人間じゃないのか?」

 クズが質問すると、変声機の声は

「フム……」

 と、一言呟いた後、そのまま電話を切ってしまった。

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