クズが部屋を出る話
意味深な電話の切れ方にクズは一抹の不安を感じたが、それよりも先ずは自身の味覚の問題について問い正さねばと思った。
世の中に全く同じ人間は居ないが、人間として同様の思考回路に辿り着くことはよくある。クズの場合、それほど頭がキレる方ではないので、斬新な発想や論理的思考、また複雑に物事を捉えることは苦手である。が、逆に言えば、それは万人が持つ直感に頼った思考で、シンプルに物事を捉えることが出来るということである。この思考回路により、クズが何かを考える際に至極当然の優先事項を設定する、という、単純明快ではあるがとても効率的な判断をするに至った。
無論、クズは自分がそのルートを辿ったことに関しては、無自覚である。直感力のみ。
電話が切れてから、クズは再びテレビ画面を見始めた。だが、電源は付けず、真っ暗になった画面に自らの顔が反射するのを眺めるというものであった。傍から見れば気味が悪いが、クズは、具体的に待つ時間が決まっていない時はよく、意味の無いことをする自分を他者が見るとどう感じるだろうか、ということを妄想することによって時間を潰していたため、意味なく暗い画面を眺め続けた。
画面を見始めてから二十分くらいが経過した。クズが様々な変顔のバリエーションを画面に映し、そろそろ四順目くらいに差し掛かろうという頃合いで、突然、支給係の無口な老執事が部屋に入ってきた。鼻の穴を思い切り開くゾーンでの入室だったので、その顔を見られたクズと見てしまった老執事は互いに少しだけ硬直した。
老執事は、外見の限りでは顔の筋肉を全く動かさずに、少し荒めの鼻息でクズのユーモラスを評価した後、
「こちらへ、どうぞ」
と、クズをエスコートした。
「あ、はい、どうも」
老執事の声を初めて聞いた衝撃と変顔を見られた羞恥心により、クズの声は裏返ってしまったが、それに関しては老執事はユーモアとして評価することはなかった。
老執事に連れられ部屋を出て初めて、自分が居た部屋はホテルのような施設の一室ではなく、薄暗い建物の一室であったことを知る。それどころか、周りに部屋らしきモノがない。クズとしては、部屋の窓から見える景色からも、部屋の構造からも、自分は幾つか部屋のあるフロアの中の一室を宛がわれていると思っていたのだが、どうもクズが入れられていた部屋、更にいうならばフロアは、監禁の為に造られたようなモノであったのである。
プラスに捉えれば
(ワンフロアを貸し切っちゃったよ)
マイナスに捉えれば
(どうあがいても逃げ場の無かった状況だったのか……)
である。
しかし、少し頭の弱いクズは、
(ふむ、自由もある程度大きなものになってくると、どうにも身動きが取れなくなってしまうのか)
と、どこかズレた解釈をしてしまうのである。クズからしてみれば、ワンフロアに一人だけにされることを自由と位置付けてしまい、そもそも監禁によって不自由であったということまで考えられないのである。並の人間ならば悲観的な思考で頭の中が一杯になってしまう中、頭のネジが錆ついていたからこそ臆することが無かったと言えないこともない。
老執事に連れられ廊下を少し歩くと、かなり年季の入ったエレベーターに乗せられた。
「このエレベーター、一見すると普通のエレベーターなのですが、暗証番号を入れないと動かないシステムになっていたんですよ」
と、誰に聞かれるでもなく老執事は答えると、いきなり通話ボタンを長押ししてから、一階から二十階まである階数を選択するボタンをランダムに叩き始めた。
(まあ、監禁される前よりもいい暮らしが出来てたから逃げ出そうなんて思ったこともなかったんだけど、いざ目論んで実行していたとしても、ここで諦める羽目になっていたのか。無駄な労力の消費が無くて儲けたな)
クズが自らのふしだらな生活を自賛していると、
「では、動きます。恐らく、あなたが思っているよりも揺れますので、壁についている手すりに捕まってください」
と、老執事は壁を指す。その一言でクズは
(ああ、そう言えば、初めて連れてこられた時は目隠しされてて分かんなかったけど、確か部屋に入れられる前、すげえ揺れたな。あれ、これか)
と、思い出し、紳士に促されるままに手すりを掴んだ。
エレベーターの揺れが止まりドアが開くと、そこは美的センスが微塵も感じられない、見るからに良からぬ組織の怪しい研究室的な部屋であった。
テレビで、しかも実写版のフィクションではなくアニメでしか見たことの無い様な、コポコポと泡の立つ試験液で満たされた巨大な試験管。恐らく記憶の改ざんに使うのであろう、パーマプロセッサのような機械。最早、テレビ等ですら見たことの無い様な、ヌメリ成分でコーティングされた拳大の謎の物体。
クズは思わず
「え、俺を造ったって、こういうことだったの?」
と、実際にはそれほど理解はしていなかったが、他にその驚きを表現する言葉もなかったので、独り言にしては少し大きめの音量で呟いた。
すると、部屋の奥の方から
「まあ、そういうことだよ」
と、電話越しに話していた、変声機で作ったような甲高い声が返事をしてきた。




