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村へ行くなら地下迷路をどうぞ  作者: 月 影丸
第1章 はじまり
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8話 勝手だな

ライナは診療所の外まで走ってきた。

外では夕陽が傾き、山脈の奥に隠れようとしていた。



"まさか二人の仲がそこまで進んでいたとは!お花落としてきちゃった"

ライナは走るのをやめ、火照った頬を右手で扇いだ。

『ライナ!』

振り返るとそこにはコードがいた。全力で走ってきたらしく、肩で息をしていた。

『邪魔してしまってすみません!不粋なことを、、』

ライナは頭を下げる。

『誤解だ。勝手に進展させるんじゃない』

コードは息を整えながら言った。ライナは、え?と首を傾げた。

『アベル様の体を拭いてたときにバランスを崩しただけだよ』

『そうだったんですか。すみません、動転して逃げてきてしまいました』

ライナは自分の早とちりに赤面した。


いや、でもあの場面はどう考えても誤解するよね、などと考えていたりもした。


なんせコードもアベルも美形なのだ。

二人の年の差は3つか4つほど。そしてコードの話しぶりではよほどアベルという少年に入れ込んでいる。そんな二人があぁなっていたのだから。



『アベル様が目を覚ましたことをナディア様に伝えてくるよ。ライナは、ちょっとアベル様のところに居てくれないか?心配なんだ』

『はい、わかりました。あ、うちの場所、もうわかります?』

『牧場の赤レンガ屋根を目指して、一本楓の右の道を100m程進んで右に曲がって三軒目、だよね?』

『すごい。朝の一回で覚えてしまったんですね』

『覚えないとお世話しに行けないからね』

コードは爽やかに微笑んだ。

コードは今朝退院し、ナディアやエマとともにイーリス家で生活することとなったのだ。学校前にライナが診療所まで迎えに行き、少し案内しただけで覚えてしまったようだ。

『母から聞きましたけど、お昼からずっと診療所にいたんですよね?アベルさん、目を覚まして本当に良かったですね』

『ええ!もう嬉しくて嬉しくて!早くナディア様に教えないと!』

コードの笑顔に、ライナまで笑顔になる。

はっとしたようにコードがライナに声をかけた。

『あの、アベル様は、、』

『?』

ライナが首を傾げると、コードはやっぱり何でもないと首を横に振った。

『すまない。よろしくな』

そう申し訳無さそうに言うと、コードはライナの家の方へ向かっていった。



◇◇◇


ライナが病室に戻ると、アベルはベッドから窓の外を眺めていた。床に落ちてしまった花を拾い、ライナはアベルに声をかける。

『コードさんから聞きました。勝手に誤解しちゃってすみません』

アベルはライナの存在に気づき振り向く。

『いや、こちらこそすまない。その花もありがとう』

アベルは無表情のままライナの手元にある花に目を向けた。

『私、ライナといいます。アベルさん、ですよね?』

『あぁ。1つ聞きたいことがあるんだが』

アベルと目が合う。相変わらずの無表情に、ライナは少し表情を曇らせた。

『何でしょう?』

『なぜ俺を助けた?』

ターコイズブルーの瞳が鋭くライナを射抜く。

その言葉はライナの頭の中を巡っていく。




『なぜって。放っておいたら死んでしまいそうだったからです』

ライナは強い眼差しを向けた。

一点の曇りもない、深い青紫が夕陽に照らされていた。



『勝手だな』

アベルは無表情だった顔面を少し崩し、ライナを鼻で笑った。



『なんですって?』

ライナは思わずアベルを睨んでしまった。

まずい、と思いすぐに表情を取り繕う。

相手は怪我人で初対面なのだから、と自分に言い聞かせながら。



『俺は死んでもよかったんだ。いや、むしろ死んでしまいたかった。お前がいなければ死ねたんだ』



死んでしまいたかった



その言葉に動悸がした。

ドクドクと嫌な脈を打つ心臓の音が、ライナの中で響いていく。


『あなたは、死にたかったのですか?』

確かめるように、ライナはボソリと呟いた。彼の言葉が嘘だと信じたかった。


『そうだ。生きていても迷惑しかかけない』



その後彼の口から語られたのは、ライナが想像もしていないことだった。


彼は魔族と人族の混血であり、魔法も使えず、自分のせいで身近な人たちが嫌がらせを受けてきたこと、ラヴィーネ山脈を越えることになったのも自分が原因であること。


ライナはアベルのことを魔族だと思っていた。瞳の色には気づいていたし、冷静に考えれば純粋な魔族ではないことは明らかであるが、村の特性上人種に寛大な環境に居たため気づかなかったのだった。


そして、

『俺が生まれなければ、みんな幸せになっていたはずなんだ。俺さえいなければ』


アベルはそう言うと、美しいターコイズブルーの瞳を伏せた。



ライナは少年の言葉にうまく返せないでいた。

言葉がうまく紡げないのだ。

それは普段使い慣れていない方の言語であることであることはもちろんであったけれど、それ以外の部分が大きく占めていた。


ドロドロとしたものが心を埋めていく。




『混血に生きる価値なんてない。なんの権利があって、お前は俺を助けた?!放っておけばよかったものを!』

アベルの強い口調に、心のドロドロが決壊した。

ライナは2、3歩前へ出た。

「ちょっと歯くいしばれ」

思わずライナはリズニア語で言ってしまう。そのことに気づかないくらいライナはイライラしていた。



ライナは右手で思いっきりアベルの頬をひっぱたいた。



『痛っ!!いきなり何すんだよ!』

まさかいきなりビンタが飛んでくるとは思っていなかったアベルは目を丸くした。

『あなたね、ナディアさんやコードさんエマさんがどれだけ心配してたか気づいてないんでしょ?!コードさんなんて私に刃物を突きつけたんですよ。人族にアベル様を任せられないって』

ライナのまくし立てにアベルはたじろいだ。

『それに、さっきの言葉でうちの妹のことも侮辱したんです!』

「あぁ、もっと汚いイズール語もちゃんと習っておくんだった。うまく伝えられない!」

ライナは頭を抱えた。ライナは一度深呼吸して話を続けた。

『たしかにあなたはイズールで辛い目にあったのかもしれない。それは私にはわからないです。理解しきれないと思います。それでも、軽々しく死にたいなんて言わないで!!』

『お前は何もわかってない』

『わかってないのはあなたです。生きたくても生きられない人がたくさんいるんです。私だって、もっと生きたかったのに』

『何を言っている?お前は今生きてるだろ?』

『それはこっちの話です。混血だろうが魔法が使えなかろうがあなたは生きているんです。傷が治ったら村の中をいっぱい見てください。きっとわかります』

『何が?』

『それはあなたが気づいてください。偉そうに色々すみません。あと、ビンタも、本当にごめんなさい』

『いや、その、俺も悪かった』



二人の間に長い沈黙が訪れた。空はすっかり暗くなり、 一番星が輝き始めていた。



沈黙を破ったのはドアをノックする音。

『アベル』


部屋に入ってきたのはナディアとエマとコードだった。

『ライナさん。今日もお見舞いに来てくれてたのね、ありがとう』

ナディアがライナを見つけるとお礼を言った。

『いえ、あ、では私はこれで』

ライナはそそくさと身支度を整え、病室を出ようとした。


その時、アベルがそれを遮った。

『あのさ、傷が治ったら、村を案内してくれるか?』

アベルの言葉にライナは彼の方を振り返った。

『私が?アベルさんを?他の方に頼んだらどうですか』

ライナは冷たくあしらったが、アベルは首を横に振った。

『アベルでいい。君に頼みたい』

『はぁ。わかりました。休暇日なら。平日は授業があるので。では、失礼します』

ライナは無表情のまま答え、部屋を後にした。



コードは頭を抱え、ナディアとエマは小さくため息をついたのだった。




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