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村へ行くなら地下迷路をどうぞ  作者: 月 影丸
第1章 はじまり
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56話 知られざる犠牲者

ロドルフは落ち着いて話し始めた。開いていた窓からは絶えず柔らかい風が流れていた。


―――

――

これはいろいろな証言を合わせてたどり着いた話だ。


俺の妻ベティはその日の夕方、できたばかりの村役場の村長室で、いつものように俺とヘルムートの喧嘩を仲裁していた。村が発足して一年と少し経った頃だった。

『貴方たちが喧嘩したら他の人に示しがつかないでしょ?』

長い栗色の髪に金色の瞳をもつ彼女は、背中に赤ん坊を背負い、腕を組みながら二人を止めた。それに対して、俺もヘルムートも全く懲りていなかった。


『だいたい、ヘルムートが悪いんだ。村民の住居を勝手にリズニア式にしやがって。寒い土地なんだからイズール式のほうが暖かいんだよ。このあんぽんたん!』

『あぁ?レンガより木のほうが暖かく作れるんだよ!コスト面でもこっちのほうがいいしな。ロドルフはイズールイズールってそれしか言えないのか?』

若き日の俺とヘルムートはこうやってよくどうでもいいことで喧嘩をしていたのだった。

ベティはおんぶしている息子を椅子に降ろしてあやし始めた。

『可愛い子、今日も元気ね』

『うー。あー』

栗色でくるくるした髪に暗い琥珀色の瞳をした息子は、ニコニコと愛想を振りまいていた。

『お父さんたち、仲良くしなきゃよねー?』

『あー、あー』

『ほら、この子もそう言ってるわ』

『天使だな。お前の子どもとは思えない』

ヘルムートがまた減らず口をたたいた。

『正真正銘俺の子どもだ』

どうやっても俺たちは喧嘩しかできなかったのであった。それは世界の歴史を考えればごく当たり前のことであった。


『では、私は役所の皆さん用の買い出しに行ってきます。貴方、この子をお願いしますね』

『あぁ。いつも助かる。気をつけてな』

俺はベティをいつもどおりに送り出した。



ベティは村の西側の商店通りーといっても当時はまだ八百屋と肉屋くらいしかなかったがーで買い物を済ませると、二人の初等部低学年のこどもたちが喧嘩をしながら西の森へ進んでいくのを見た。

この子どもたちは一人がイズールから、もう一人はリズニアから来ており、いつも喧嘩していたのだ。心配になったベティは二人の跡を追った。

森の入り口では二人が激しく口論していた。

「お前、本当にムカつく!!魔族のくせに魔法もつかえないなんてさ!」

『それは言わない決まりだよ?お前だって人族のくせに魔法使って気色悪い!』

二人は各々の言語で応戦しているが互いの言葉は聞き取れているようだった。

ついに二人は取っ組み合いを始めてしまった。

ベティはすかさず止めに入る。

『あなたたち。やめなさい。それはお互いに言わない約束でしょう?』

「うるさい!魔族のベティさんにはわからないよ!だまってろよ!」

ヒートアップしたリズニアの子は大人であるベティに対しても汚い言葉を使ってしまう。

『いけないんだー!大人にはそういう言葉つかっちゃいけないんだー』

「お前が悪いんだ!くたばれ!」

『お前こそ!』

二人は掴み合いをやめようとしなかった。

ベティが助けを呼ぼうかと二人から離れようとした瞬間、リズニアの子の左手から炎の柱が上がった。


それは魔力の暴走であった。


まだ十分に訓練されていない子どもが怒りに身を任せると稀に起こる現象だった。イズールの子はとっさに離れた。その炎は2メートルを超え一向に収まろうとしない。

「ど、どうしよう!止まらない!熱いよ!」

『お前!』

ここは森の入り口、炎の魔法を使えば大変なことになる。

ベティはすかさずイズールの子供に告げた。

『村役場に行って村長と校長を呼んできなさい!急いで!』

イズールの子供は走って村役場の方へ走っていった。

ベティは息を整えると左手を天に掲げた。

『レーゲン』

するとその周囲だけ強い雨が振り始めた。

ベティはこれで収まるだろうと考えていたが、暴走した子供の力はそんなに甘いものではなかった。

炎は収まらず、彼の左手を焼き始めた。

「熱い!ベティさん、どうしよう!」

『まずいわ。こうなったら、』

ベティは覚悟を決め、少年をそっと立膝で抱擁した。その瞬間、炎が一気にベティを包みこんだ。

『ごめんね、少し苦しいけど我慢してね』

彼女はそういうと意識を集中させ、呪文を唱える。

『アイス』

その瞬間、周りの空気はどんどん冷えていき、雨は氷の粒となった。

徐々に炎は収まり、二人の周囲を黒く焦がし消えた。ベティはその場に倒れ込んだ。

「ベティさん、ごめん!大丈夫?!」

少年がベティの手を取る。

『大、丈夫?やけどは?』

「僕は平気。左手が痛いだけ。ごめん、本当にごめん」

少年は泣き始めた。

『しょうがないわ。でも、約束して。怒りに任せて力を使おうとしないでね。私ね、今魔力が弱ってて、いつもならこんなの全然、平気、だったん、だけどな』

ベティは息も絶え絶えに言った。

そこに俺が駆けつけた。

『ベティ!!ベティ!一体、どうして?!』

俺はベティを抱きかかえようとしたが、彼女は背中を中心にひどい火傷を負っていた。

『貴方。会えてよかったわ。ちょっと、私がヘマ、しちゃっただけなの。だから、叱らないで、あげて。ちゃんと、話はしといたから』

『ベティ。なんでこんな無茶を』

『だって、子供たちは宝物でしょ。失うわけ、には、いかないわ』

『ごめん、もうしゃべらなくていい。今ヘルムートがゲルデを連れてくる』

『あり、が、とう。あのね、私がどう、なったと、しても、子供たちを責めないで、ほしいの』

『だまってて。わかったから』

『悪いのは、大人たちよ。この、世界よ。だから、この村ではちゃんと、教育、してあげてほしいの』

『あぁ、あぁ、わかった。わかったよ』

俺の視界は涙でなにも見えなくなっていた。

『シュタイナー、が、生きやすい、世界を。どうか』

そういうとベティの力が抜けていくのがわかった。彼女は瞳を閉じ、深く深く眠っていった。



――

―――


「そんな、、」

二人は涙が止まらない状態になっていた。ハンカチで目を拭い、鼻水をすすっていた。

「彼女は残された子供たちが辛くならないようにと言い続けていた。だから、残された村人で彼女の意志を継ぎ、このことは表には出さず、暗黙の了解となっていった。俺とヘルムートの喧嘩もほとんどなくなった」

「その、子供たちは。。」

「成人するとすぐに二人揃って村を去っていった。今はどうしているのやら。彼らのことを思うと心がさけそうになる。十数年もこの狭い村の中で他と交わらずに生きてきたんだ。もちろんみんな事故だったってわかってるし、なるべく他の子どもたちと変わらないように接したつもりだった。でも二人はそんな村人たちの気遣いですら苦痛に感じてしまっていた」

「校長先生の息子さんがシュタイナーさんだったのは知ってたけど、あんな優しそうな人にそんな過去があったなんて」

「あの子にはも悪いことをした。母親のことは伝えてはある。けれど、俺との間もぎくしゃくしちまってて」

「そうなんですか?」

「俺が、うまく愛情を表現しきれなかったんだ。あいつは繊細だから、自分が生まれたせいで母親が死んだと思ってる」

「どういうことですか?」

ライナがロドルフに問う。

「彼女は出産前まで凄腕の魔法使いだったんだ。俺なんて目じゃないくらいに。だが、出産後にその力が落ちてしまったんだ。これはどのイズールの女性にも起こりうることなんだ。産後しばらくしてしっかり訓練すれば元に戻るんだがな。まだ訓練を始める時期ではなかったんだ」

「だから、シュタイナーさんは。。」

「彼も同級生たちとほとんど心を通わさず生きてきた。関わりが少なくても辛くないように、しばらく村長の補佐としてイズールとの行き来をして働いていたんだ。しばらくしたら突然、牧場で働きたいと言い出してな。動物たちも彼によくなついていたので引退させたんだ」

「だから、ソフィーさんがその後を継いだんですね」

ケリーが言った。

「ソフィーはシュタイナーによってイズールから助けられたんだ。その後俺の娘として育ててることもあったしな」

「この前、客人の馬を預けに久しぶりにシュタイナーを訪ねたが、元気そうにしていてよかったよ」

ロドルフは寂しそうに笑った。


「そう、だったんですね」

「なんか、すみません、辛いことを思い出させてしまって」

ライナとケリーが謝った。

「いやいや。ベティのことは、忘れちゃいけない。だから、そろそろ授業で扱おうと思うんだ。事件の当事者は息子以外もういなくなったからな」

「それがいいと思います。彼女の思いを忘れないためにも」

「もっと早く、そうすべきだったか今でも悩んでいるんだ。俺も、先に進まなくちゃいけない。逃げてちゃだめだな」

ロドルフは目を細めたが、どことなく寂しさを醸し出していた。




その様子を一匹のカラスが見ていた。その瞳は赤く、不気味に輝いていた。

カラスは一部始終を見届けると、空高く飛び上がった。



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