27_【アン】
【アビス】を発ってから28日。アングーリヤ国境で無事四之助と合流した。
ここからはこれまで以上に行動に気を付けなくてはならない。幸い、やや特殊な迷彩システムを、私も、四之助たちも搭載されている。
音にさえ気を付けていれば、なんとかなるだろう。
さて、マスターの首を落とした愚か者は……随分とくたびれているな。ここまでの強行軍で、よほどひどい目にあったようだ。
短距離転移も封じられているのだ。川や崖を渡るのための回り道は面倒でああっただろう。
可哀そうに。馬がいまにも倒れそうだ。アレはまともに馬の世話をしているのか? あの馬の本来の持ち主が見たら、きっと泣くぞ。
「アン、これからの行動方針はなんだ?」
「マスターからの命は、もっとも目立つ場所で奪還し、これから我らが成すことを宣言しろと」
「きっとアレは成果を報告するはずだねぇ。まず第二王子。そして国王へと上げるだろうねぇ」
「なら、ヤるのなら王様の前でとなるな」
「丁度いい。なにせ国家を破壊するんだ。長である王に宣言するのは筋というもの。ふふ。戦争は何も、殴りあうだけのものではないと、思い知ってもらうとしようじゃないか」
私は2体、サビ、ハチワレのオートマトンを見る。
「了解した。では俺は、奴が行くであろう魔導士塔と王城を見てくる。メインは王城となるな」
「任せるわ。とびきり派手に奴らをこき下ろせるようにしたいもの」
「じゃ、おいらは王宮のほうへ行ってくるねぇ。まぁ、王宮が舞台になるとは思えないけど、一応。ついでに王様とかの為人も確認しておくねぇ」
「頼むわよ。私はこのまま、あのバカを尾行するわ」
「ここからなら王都まで5日程度だ。それと奴は魔法はまともに使えぬが、魔力を周囲に展開してレーダーのように索敵している。距離は凡そ200メートル程だ。魔力だけは超一流といえるな。尾行には気をつけろ」
「助言、助かるわ。あとは任せて」
途端にふたりが足元から消える。私は国境を守っている関所に目を向けた。
あのバカはやっと関所を通れたらしい。まぁ、さもありなんということだ。貴族が単身で行動することなどありえないのだ。
貴族を名乗る不審者とされたのだろう。
本来ならきっと、お得意の魔法でどうとでもできたはずだ。洗脳的なものが得意であるのかは知らないが、僅かのあいだ自失させることくらいはできるようであるし、その感に言い包めて関所を抜けてしまえばいいのだから。
さて、私も行くとしよう。
迷彩を起動し、姿を消す。使うのは魔法的迷彩だ。その原理を考えれば、迷彩とは少しばかり違うものだ。正確には、幻影魔法と幻惑魔法を複合したものとなる。
私を見た者は、私を周囲の景色として認識し、同時に視覚情報も周囲の景色で塗りつぶすというものだ。
マスターが説明したところ、人はたまに、目の前にあるのにソレを見つけられない、ということがままあるのだそうだ。
例えばハサミを探している時、そのハサミが机の真ん中に置かれているというのに、なぜか見つけられない、というものだ。
この迷彩はそれと同じような状況を魔法でよって引き起こしている。
まず、私を見つけた場合、それを異物、不審物と認識できなくなる。これを幻惑魔法のひとつである【軽度認識疎外】で引き起こす。
軽度の魔法を使うのには理由がある。魔法仕様を探知され難くするためだ。だがこれだと成功率が良くても6割程度にまで落ちてしまう。成功さえすれば、先のハサミの話のようなことになるのだが。
そのため、失敗時のフォローのために私の姿を周囲の景色でカムフラージュする。これは幻影魔法の基本である【幻影】を使う。
これにより、目撃者は私を完全に認識できなくなる。さらに後に催眠魔法にて記憶の洗い出しをしても、景色としての情報しか抜き取ることしかできない。
本末転倒な状況のような気もするが、この景色に溶け込む迷彩も、注意深く観察すれば、簡単に露見してしまうのだ。まさに急場凌ぎのための魔法でしかない。
だがこの程度であっても、同様のことを人間が行うのは恐らく不可能だ。
なにせ魔法を発動する際の、周辺状況に関する情報処理が膨大過ぎて、処理しきれないからだ。立ち止まっているだけならともかく、移動しながらだと景色の情報をそれに合わせ最低でも平面的に周囲360度展開しなくてはならない。できるなら球状に全体となると考えると、まず無理だ。どうしてもわずかながらに歪む。
それをマスターは私たち自身の中枢とは別に、それ専用のシステムを外付けでつけることで成しているのだ。とはいえ負荷が高いため、こちらは時間制限がつく。最大でも1分程度が限界だ。
この間に物陰に隠れるなり、人波にまぎれるなりすればいい。
注意深く、どうでもいいような場所一点を観察する者などいない。実用としては十分な性能だ。
これでほぼ完璧な隠蔽術が完成した。
あの方の頭の中はどうなっているのか? と思いつつも、さすがはマスターと尊敬し、誇らしく思うだけだ。
関所を通る隊商の車列に紛れ、関所を抜ける。馬が少しばかり警戒するようなそぶりをみせたが、私の存在を確信できたわけではなさそうだ。
街道から外れ、認識疎外だけを発動させてヤツをつける。まばらとはいえ、街道沿いに林があるのは助かる。もともとはこの辺りは森だったのだろう。
なんでこの様な歯抜けみたいな状態になったのだろう? 山火事のようなことでも起きたのだろうか?
夕刻、かろうじて村と呼べる集落へとついた。迷彩を発動し、門衛に気付かれないように村内に侵入する。
……隠れる場所が少ないな。
暗くなるのを待ち、迷彩を解く。
念のため、骨格を男性に見えるように可変させる。若干装甲各部に隙間ができるが、きちんと服を着ているから問題はない。羽織っているフート付きの外套を目深に被り、口元をマフラーで覆う。
念のため、ゴーグル部分に男性の目元の映像を周囲の灯りに合わせて投影しておく。
おっと、声も変えなくてはならないな。
……マスターが云っておられた。私のモデルとなったオリジナルの自動人形は、要人暗殺用の機体であると。確かにこの仕様の自動人形を相手にするのは厄介だろう。
声、体格が変わるだけでなく、歩き方や言葉使いも変わるのだ。例え一度でも姿を見られたとしても、服装さえ変えてしまえば逃れるのは簡単だろう。そして再度接触することも。
ヤツが泊まるのはこの村唯一の宿屋だ。……私がそこに泊まらないというのは怪しまれる一件だが、村人が私が泊まっていないことを調べることなどないだろう。ウロウロしているところを目撃されなければ問題あるまい。
さて……潜むことの出来そうなのは、教会の鐘楼くらいか。ひとまず移動しよう。暗くなったとはいえ、人家の物陰にいつまでもいるものではない。
翌朝、ヤツは伝令として冒険者をふたり雇ったようだ。このような国のはずれにも冒険者ギルドの出張所があるということは、この近隣にもダンジョンがあるのだろう。
もしかしたら、あの歯抜けの森は、ダンジョンのスタンピードが原因だったのかもしれない。
伝令ふたりは酷く生真面目な顔でギルドに併設されている厩に飛び込み、ややあって馬に乗って西へと向かっていった。あの急ぎようからして、それなりの報酬が約束されているのだろう。と同時に、期限に遅れた場合の賠償金も。
一応、ヤツが伝令……早馬をふたり出したことを、四之助たちに伝えておこう。
ふむ。早馬を手配したということは、自身ではそれだけ早く向かえないということか。つまり、路銀がもう尽き欠けているわけだ。早馬は雇えるが、馬が買えるほどの路銀は残っていないということだ。
そもそもの話、この村では馬は販売されていないが。
それから1時間ほど経ってから、ヤツは村を出た。
のんびりと食事をしてから、くたびれた馬に乗って。馬丁の非難するような目も気にしていないあたり、アレは本当に人として欠けている。
四之助から連絡が来た。魔導士塔にヤツの早馬が到着したらしい。その結果、異常な状況となっているようだ。なにしろ、魔導士塔の最高責任者である前宮廷魔術師がほぼ監禁といいほどの軟禁状態になっているらしい。
どうやら派閥同士の内乱が起きたらしく、正統派が革新派によって牢に放り込まれているとのことだ。革新派は第二王子派閥であるとのこと。
「やれやれ。収監人数が少ないからと、廃棄された監獄塔を再利用しているとはいえ、いまだ牢としての機能が健在のままとは」
『仕事さぼる輩がいない素敵な職場だそうだぞ』
「それは素晴らしい」
皮肉の効いた四之助の言葉。それに対する私の応えに、四之助がクックと笑っている。
『残った人数で仕事を回しているから、連中、一応優秀ではあるようだ。魔法使いらしくないがな。おかげで魔導士塔の状況は王城には知られていない。
連中、なにか慌てて製作しているみたいだな。今朝方来た配達人に対して「この魔石炉じゃない! 一番小さいやつ!」って、下っ端の若い奴が喚いてたぞ』
「どうにも不穏ですね。王城は八兵衛に任せて、四之助はそのまま監視を」
『了解。その方がよさそうだ。それと王城内の地図を共有しておく。隠し通路までは探せなかったが、それ以外は網羅してある』
「さすが仕事がはやい。こちらは早ければ明日の夕時に到着する。遅くとも朝には王都に入れるはずだ」
『王都では八兵衛に監視を代われ。門から正面侵入は無理だ。適当な街壁から侵入しろ。南側が比較的兵の配置が甘く、兵の練度がひくい。全員怠け者だ』
「ありがとう。助かる」
予想していた通り魔導士塔へと連絡していた。そしてもう片方の早馬は、当然のように第二王子のご学友のひとりの元へと着いていた。こちらは単に帰還の報告だろう。
第二王子のご学友は、まさに絵にかいた通りの面子だ。近衛副隊長の次男。王都政務官長の三男。そして宮廷魔導士長補の三男という面子だ。
側妃の子とあってか、第一王子や第三王子と比べると、家格に差がつけられているんがよくわかる。
まぁ、第二王子の性格事態に難があるのだ。それに簡単に乗る浅はかな連中で十分であったのだろう。ただ問題なのは、実力だけは一流であったということだ。
「確実に躾の失敗だな。愚かなことだ」
王城外苑にある兵士詰所の屋上に隠れ潜み、待機していると八兵衛から連絡がはいった。
連中がことを起こすのは、明日の王太子選定会議の場とのことだ。場所は王城の軍略室。戦時下ではない現状ではただの会議室として使われている部屋だ。
軍略室は小ホールのようなつくりとなっている。中央に戦場となる場の大地図をひろげ、そこに敵と味方を示す駒をおいて戦略を練るため、広く作られている。
――ということだが、6代前の王が面白がって、宴会場のひとつを潰し、軍略の名のもとに戦争ごっこ、いわゆるシミュレーションゲームをして遊ぶため改装した場所だ。
なるほど。主だった貴族当主が集まるのだろう。場としては丁度いいだろう。
そして四之助からも連絡が入っ――何事だ? とんでもなく激怒しているじゃないか。
「四之助?」
「畜生! あの野郎、マスターを無理やり蘇らせやがった!」
「は?」
「クソが! マスターの首を、そこらの木偶人形を寄せ集めた継ぎ接ぎマネキンにくっつけやがって!!」
「……あ?」
この日。私は【怒り】という感情を理解した。




