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彼女は3×8メートルの範囲をモップで磨いでいる。  作者: 和田好弘


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01_殺された彼女は町を往く


 彼女の恰好は、門番をしている彼にとって非常に奇妙なものにみえた。そしてその姿、いや状態は異常な状況にしか見えなかった。


 まず履物。まるで貴族の女性が履くような靴のようだ。ただ、ヒールは高くはない。


 濃紺のタイトなひざ丈のスカート。膝下とはいえ、足を露出する服装はこの辺りではかなりの少数派だ。


 そして上は、飾り気の無い白い薄手のシャツに袖ない紺色上衣という恰好。


 その服装は見慣れぬものだが、その雰囲気から制服、礼服のような雰囲気が感じられた。


 どこぞの大商会の会計方に務める女性だろうか?


 いや、だがこの門から続く先にあるのは、底知れぬ深さの大迷宮しかない。


 そもそも、その女性の状態。


 ズルズルと左足引き摺り、ほぼ右足だけで進んでいる姿は酷く痛ましい。まともに機能していない左足は折れているのだろう。足首が外側を向き、靴底は地を踏みしめていない。


 真っ白であったろうシャツも酷く血に汚れている。シャツを染め上げた血はもう乾いているらしく、袖の部分からさっするに柔らかであろう襟首の生地はゴワゴワと硬くなっているのがわかる。


 なによりもっとも目についたのは、スラリとした細身で黒髪の少女のその首。明らかに切り裂かれた跡があり、その傷跡はU字型のピンで無理矢理塞いであった。


 あまりにも彼女の姿は異常であった。むしろ、こうして呻き声すらも上げずに歩いていることが不思議でならない。


 察するに、それこそ我慢できぬほどの痛みであるだろうに。


 いや、これほどの大怪我をしているのだ。もう既に彼女は――


 新人門番である彼は、息をのみ、盾の取っ手をしっかりと握り、天に向けていた槍の穂先を彼女に向けようとした。


 彼女をダンジョンから這い出してきたゾンビと判断したのだ。


「やめろ。手を出すな」


 反対側の門柱のところに立つ先輩門番が、酷く恐ろしい形相で彼を睨んでいた、。


 彼女がズルズルと足を引き摺りながら歩いてくる。


「あー……人手は必要か?」


 彼女が町への門をくぐる際に彼が訊ねると、彼女は足を止め、先輩門番へとその濁った目を向けた。


 暫しじっと彼を見つめると、彼女はひとつ頷いた。


 そして再びズルズルと左足を引き摺り、広場を縦断すべく歩いていく。


 それを見送り、先輩門番は大きくため息をひとつついた。そんな彼を、新人門番は怪訝そうな顏で見つめていた。


「あの、先輩、彼女は?」

「覚えておけ。この町の最重要人物だ。害することは絶対にならん」

「え、でも、あの姿は……」

「やらかしたバカ野郎がいたんだろ。これが2度目だ。しばらく町が荒れるやも知れん。

 ちょっと警備隊の詰め所に行って、冒険者ギルドへ人を回して貰え。どうせやらかしたのは、最近流れてきた若造共の誰かだろ。……クソが!」


 あからさまに、これまでにないほどの怒りを見せ始めた先輩門番の姿に、新米門番は震えあがりつつも、慌てて警備隊の詰め所へと走った。


 北西門広場を進む彼女と違い、町を護る外壁沿いの道を行くことは多少なりとも彼にとっては救いであった。


 もし彼女を追い抜いて進むことになろうものなら、それはそれはなんとも嫌な気分に苛まれることになったであろうから。






 アデカーナ自治領区。別名ダンジョン特区。


 王国北西部に位置するこの自治領区は、王国に属してはいるが、実質独立国家となっている。


 自治領区となった理由は酷いものだ。単純にダンジョンの魔物溢れ、いわゆるスタンピードによって引き起こされた被害の際、その復興に王国は金を出したくないという理由からだ。


 故に王国に属してはいるが、税を王国に収める必要がない。代わりに一切の支援もないが。


 他国よりの干渉からは守られてはいるが、実際の所、ここを落とすとなると馬鹿げた戦力が必要となるため、どこの国も手を出そうとはしない。


 ダンジョンより得られる資源は得難いものだが、手を出したことにより受ける損害を考えれば、それは致命的なのだ。軍の弱体化は、他国が攻め込む機会となりかねないのだから。


 四方を山に囲まれた盆地であるアデカーナは、その四方の山それぞれに存在する巨大なダンジョンより得られる物資の恩恵と、不定期的にダンジョンが原因で起こる大規模魔物災害を受けている地。


 手に入れたところで、得られる利益は不定期ではあるが確実に起こる災害で相殺される。否、下手をすれば損失ばかりとなるだろう。


 まさしくアデカーナは色々な意味でハイリスク、ハイリターンの土地であるのだ。


 東にデプス。


 西にカズム。


 南にナラカ。


 北にアビス。


 この4つのダンジョンは、今日もその口を大きく開き、多くの冒険者たちを呑み込んでいる。






 冒険者ギルド・【アビス】担当事務所。


 アデカーナ北門広場に面する一等地に、その事務所は開かれている。それも当然だ。成果物を担いだ冒険者たちは、できるかぎり早く大荷物を下ろしたいし、なにより血なまぐさい魔物を荷車に載せて町中を進むことは褒められたものじゃない。


 故に事務所と解体場はまとめて門のすぐ近くに置かれている。


 現在、事務所内は仕事を求めに来た冒険者たちを送り出し終え、それらの契約書のまとめも終わり一息ついたところ。


 事務作業を黙々と行っていた職員たちは、凝り固まった体を解すように伸びをしたり、準備しておきながら飲みそこなった、冷えたお茶で喉を潤していた。


 食堂を兼ねているホールでは、幾人かの冒険者たちが遅い朝食を口に運んでいる。町の食堂よりも安価で量の多い冒険者ギルドの食堂は、貧乏冒険者たちの味方だ。


 安くて量が多いというのは正義だ。味はお察しだが、不味いというわけではない。美味しくもないが。


 尚、微妙な味付けであるのは、あえてそうしてあるからだ。冒険者稼業で一番の問題は、担いでいく荷物だ。必須のモノは多いが、軽いことには越したことがない。結果、携帯食量も干し肉などの乾物が基本となるわけだが、これらは有体にいって不味いのである。


 美味い食事は、生き残って帰るという原動力にもなるだろう。だが美味い食事は次なる仕事に於いて不味い携帯食料を食す苦痛を倍増させる。


 それこそ、仕事をしたくないと思わせるほどに。


 故に微妙な味としているのだ! と、冒険者ギルドは云い張っている。


 実際の所は定かではない。


 日もすっかり中天差し掛かり、ギルドも忙しい時間を過ぎ越しのんびりとした時刻。妙にゆっくりと軋む音を立てて扉が開いた。


 扉が開いたことを報せるベルも、あまりにゆっくりとした開いたためにその役をほとんどはたしていない。


 扉を開け、入って来たのはひとりの女。


 それも、どこからどうみても生きていると思えない有様だ。


 彼女は難儀そうに左足を引き摺りながら、真っすぐに受付カウンターに向かって歩んでいく。


 その姿を確認した若い冒険者のひとりが抜剣した。だが、すぐに近くにいたベテランの冒険者に殴りつけられ、俯せに倒れたところを容赦なく踏みつけられた。


 背中をしっかりと踏まれているため、ジタバタとあがくも起き上がることなどできない。


 その姿を確認した受付嬢は、視線でベテラン冒険者に感謝を伝えた。


 だがそんな状況をしっかりと認識しながらも、彼女は無表情のまま足を引き摺りつつ進んでいく。


 そして遂に目の前にまで来た彼女に、受付歴2年となるコーリーは口元を引き攣らせた。


「お、お久しぶりです、モリィさん。そ、その、どうされましたか」


 モリィと呼ばれた彼女は口を開き、そして顔を顰めた。


 そして下げていた簡素なバッグをカウンターに載せると、首の傷口を止めていたU字のピンを一本ずつ引き抜いていく。


「も、モリィさん!?」


 驚くコーリーと周囲の冒険者たちを無視してすべてのピンを抜きとり、彼女は両手で頭部を抑えるように掴み、首をずらすように回し始めた。


 ぐちぐちと嫌な音がする中、彼女は口を開き、息を吐き出そうとしているようだ。


 やがて、くぐもった酷い声が彼女の口から吐き出されはじめた。


「――ア……あ……。失礼。少しばかり首がズレていました。とりあえず頭を載せて、落ちないようにピン止めしただけでしたから。運よく声帯は破壊されなかったので、特に修復していなかったのが悪かったようです」


 どう答えるのが正解であるのか。コーリーは途方に暮れた。だが彼女はそんなコーリーの心境など知ったことではない。


「さて。私のこの様を見て理解しているでしょうが、契約が破られました。結果、私が死亡してより復活するまでの3時間の間に起きた被害について報告します。よろしいですか?」

「は、はい」

「では、お手数を掛けますが、そちらの鞄より書面を取り出してください。いま手を離すと首が落ちてしまいますので」


 コーリーは慌てて鞄から、やたらと綺麗な植物紙の書面をとりだした。


「被害を報告をします。

 本日未明、契約パーティの修復中に襲撃され、私は殺害されました。結果、復活までの3時間の間に全滅した2パーティ、並びに修復中のパーティに被害がでました。


 パーティ:竜鱗。6名。装備品、盗難によりロスト。


 パーティ:ブルーノ冒険団。7名。回収できず全員ロスト。


 パーティ:牛の頭に鉄槌を! 5名。回収できず全員ロスト。


 以上となります。


 個人名等の詳細はそちらの書面に。復活可能状態で保存してある、竜鱗のメンバーの引き取りをおねがいします」


 彼女の言葉に、事務所内がわずかにざわめいた。


 いま上げられた3パーティのひとつ、【竜鱗】は名うての高レベルパーティだ。それも大公家子飼いの、いわゆる首輪付きのエリートだ。


 そも、彼らが全滅するということ自体が異常だろう。実力があることは確かだが、大公家に属したことで、これまで以上に堅実なダンジョン探索をしていたのだ。


 コーリーは慌てて書面を読み進めた。


 そこにはもちろん、彼らがなぜ全滅したかが記されていた。


 なんてことはない、戦闘中に、別の冒険者たちが多数のモンスターを引き連れ彼らに押し付けたのだ。


 恐らくは意図的に。


 これは重大な違反案件である。


 さらに読み進め、コーリーはまたしても顔を引き攣らせた。


 この事件を引き起こした連中が、彼女、モリィを殺害したとある。それどころか――


「私を殺害後、彼らは【竜鱗】の装備もろもろを強奪しています。ダンジョン外でのスカベンジャー行為が違法であるのか、私は存じませんので、それらの対処はそちらでしてください。

 尚、彼ら【天命騎士団】とかいうふざけた名前のパーティは、今後は私との敵対対象として扱います。私は私を殺した相手に対し寛容ではありません。報復を行います」

「は、はい。それに関しては、問題ありません」


 コーリーは慌てて答えた。そしてこの状況に頭を抱えたくなった。


 【天命騎士団】、こいつらはなんてことをしてくれたのかと。


 事の次第を大公家に報せないわけにはいかない。そして大公家の命を以て【アビス】に潜っていたであろう【竜鱗】の面々は、なにかしらの物品の回収に臨んでいたハズだ。それが成功していたか否かは置くとして、そのために大公家よりなにかしらの装備を支援として貸与されていた可能性が高い。


 だがそれらは【天命騎士団】が奪って行ったと思われる。


 貴族の面子の棄損、ギルドの面子の棄損、そしてなにより、彼女、モリィとギルドが敵対しかねない状況となっているのだ。


 これからこの町が暫く荒れるのは間違いない。彼女自身が動くことはないが、彼女の配下が街中を闊歩することになるだろう。


「発見したとして、連中の命を取ることはありませんのでご安心を。報復を加えた後に、そちらに引き渡します。大丈夫。きちんと労役に耐えうる状態でお渡ししますよ。

 では最後に。契約の通り、私の遺体の埋葬を願います。前回同様、無縁墓地に埋葬して頂ければ問題ありません。

 ですが、ぞんざいに扱われることは望みませんので」


 よろしいですか? と訊くモリィに、コーリーはただただコクコク頷くことしかできなかった。


 なにしろこの目の前の彼女は、国をひとつ傾けているのだ。もっともその国はそうされれても仕方のないことをやらかしたからなのだが。


 国内ダンジョンをすべて潰されたあの国は、そう遠くない未来、地図上から消えることになるだろう。なにしろ、ダンジョン資源のみで生きていた国が、その資源を得ることができなくなってしまったのだから。


 彼女はその国に対し、直接的になにかをしたわけでもない。ただ、彼女は自身が作り出した冒険者を彼の国のダンジョンに送り込み、そして攻略しただけだ。


 誰だってその事実を知っていれば、虎の尾を踏むような真似はしない。正しく契約に基づいて付き合ってさえいれば、彼女は多大な恩恵をもたらしてくれるのだから。


 彼女はニコリとした笑みを浮かべた。


「契約の履行をよろしく願います」


 そう云った途端、彼女の死体はその場に頽れた。



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