第1話 夜の廃校
2作目です。
1作目とは違い、ファンタジー要素はほとんどないです。
西島「中谷くん、今日もお疲れ様!」
中谷 涼「西島先輩、お疲れ様です。」
今日もいつも通り、朝から学校で授業を受け
夕方はコンビニで17時から22時までアルバイト。
これが平日のルーティンだ。
西島「中谷くん、毎日大変そうだよねぇ。学校終わって家に帰らず
直でここに来て平日5時間、土曜に8時間って。」
涼「…1人暮らしなんで、自分で稼いでいかないとなんです。」
西島「えーっ!?まだ高校1年生でしょ?
自立のためにここまで頑張るの、すごいと思う…!」
バイト終わり、いつものように裏の事務所で
コンビニの制服を脱ぎかけていたはずだった。
青いエプロンを畳んで、制服に袖を通したところで——
意識が途切れた。
暗い部屋の空気は、埃と古い木の匂いが混じっていた。
涼は、まず自分の息の音に気づいた。
次に目を開けたとき、そこは見知らぬ教室だった。
天井の蛍光灯は半分が割れ、残りはチカチカと痙攣するように光っている。
机と椅子は倒れ、黒板には白い文字が何重にも重なって読めない。
窓ガラスは全てベニヤ板で塞がれ、わずかな隙間から夜の闇が覗いていた。
涼は床に座ったまま、ゆっくりと体を起こした。後頭部が鈍く痛む。
涼「……ここ、どこだ?」
声は小さく、誰かに聞かせるためではなく、自分に言い聞かせるためだった。
彼は立ち上がりかけたが、すぐに止めた。
隣に、誰かがいた。
少女は、膝を抱えて縮こまっていた。
あの制服は超名門・聖条院学園のもの。
普通高校に通う涼でもわかる、とても有名な高校だ。
白いブラウスに青のブレザー、膝丈の真紅色プリーツスカート。
長い黒髪が肩に落ち、顔は真っ青だった。
目が合うと、少女の唇が小さく開いた——しかし、声は出なかった。
ただ息を吸う音だけが、震えるように響いた。
少女は覚えていた。
帰りの電車を待つホームで、疲労で瞼が重くなったこと。
ベンチに腰を下ろした瞬間、頭がグラリと傾いたこと。そして——
少女「………。」
言葉にならない。喉が締め付けられる。
家族以外の男性と目を合わせただけで、声が消える自分の体質。
今、目の前にいるのは明らかに同年代の男子生徒だった。
見覚えはない。聖条院の制服ではない。
少女はさらに体を小さくし、壁際まで後ずさった。
心臓の音が、自分の耳にうるさいほど鳴っていた。
涼は、彼女の反応を見てすぐに距離を取った。
1メートル以上離れて、床に腰を下ろし直す。
口数は少ない彼にとって、こういう状況は苦手だった。
だが、相手が怯えているとわかれば、余計に言葉を選ぶ。
涼「……俺も、さっきまでバイト終わりに着替えてた。気がついたらここ。」
彼はゆっくりと、なるべく低い声で言った。
涼「名前、中谷涼。高校1年。……キミも、拉致られたんだな。」
少女は小さく頷いた。
声はまだ出ない。でも、相手が「俺も同じ」と告げたことで
わずかに肩の力が抜けた。
彼女は震える指で、自分の胸ポケットから学生証を取り出し、指をさした。
——北條怜華。聖条院学園1年生。涼は頷き返した。
涼「怜華か。……とりあえず、ここがどこかはわからないけど
廃校みたいだな。窓も全部塞がれてるし
電気はギリギリついてる。外は真っ暗だ。」
二人はしばらく、沈黙した。
教室の隅に置かれた古い掃除用具入れの時計が
秒針の音だけをカチカチと刻んでいる。
外から、遠くで何かが軋むような音が聞こえた——床か、扉か、それとも……。
涼はポケットを探り、スマホを取り出した。
画面は真っ暗。電源を入れても反応しない。
涼「……電池、切れてないはずなんだがな。」
怜華も自分のスマホを握りしめていたが、同じように沈黙していた。
彼女は涼の顔を、ちらりと盗み見た。
大人しい、静かな目。怒っている様子もない。
それでも、喉はまだ固まったままだった。
涼はため息を一つ吐き、膝に肘をついた。
涼「動くのは、もう少し落ち着いてからにしよう。
……声、出せないんだろ?無理しなくていい。
俺もベラベラ喋るタイプじゃないから。」
怜華は、ほんのわずかに目を丸くした。
初めて、誰かに「声が出ないこと」を、指摘されたのに責められなかった。
彼女は小さく、こくりと頷いた。その仕草だけが、かすかな返事だった。
二人はまだ、教室の床に座ったままだった。
出口のドアは、すぐそこにあった。
しかし、今はまだ——動けない。
外の闇が、どんな顔をして待っているのか、わからないから。
怜華はそっと、涼の横顔をもう一度見た。
涼は、黙って天井のチカチカする明かりを見つめていた。
廃校の夜は、まだ始まったばかりだった。




