第84話 小悪魔後輩は遠慮しない
「――ねぇ、キミ一人?」
「え、めっちゃ可愛いじゃん!」
「水着似合ってるぅ~!」
「あ、えぇっと、友達と来てるのでぇ……」
それはウォータースライダーを楽しんだあとのことだった。涼太と姫奈が次はどこエリアを楽しもうかと歩いていると、楽しげな賑やかさの中に困った声が――危機馴染みのある少女の声が耳に入ってきた。
「……リョウ君、あれ」
「まーじか」
まず一つ、こんなところで会うとは思っていなかったことに対する多少の驚き。そしてもう一つ、どこか初めて出会ったときのことを彷彿とさせるような場面への呆れ。
涼太は隣に立つ姫奈と一度顔を合わせて頷き合ってから、見知った少女の方へ歩いていった。
「友達? 連れいんの?」
「え~、でも見当たんないよ?」
「あ、もしかしてはぐれちゃった? それなら俺達が一緒に――」
「――あ、結構です。その役は俺達がやるんで」
少女と男達の間に割って入る涼太。
姫奈は少女の隣に、涼太はそんな二人を背に庇うようにして立つ。
少女は赤みを帯びたその黒い瞳を丸く見開いた。
「えっ、涼太先輩……!? と、姫奈先輩も」
突然割り込んで現れた涼太に「何コイツ」と戸惑った様子だった男達も、その少女――彩香の言葉に知人であることを理解してバツが悪そうな表情をする。
涼太は表向きだけでも平和的に場を納めるように、にっこり笑みを浮かべた。
「心配してくださってありがとうございました」
あくまで目の前の男達は、一緒に来た友人とはぐれてしまっている彩香を心配して手を差し伸べようとした親切な人達――そういうことにしておく。
それが取ってつけただけのハリボテだとわかっていても、体裁というのは大切だ。それを壊さないように、ここで食い下がるようなことは出来ない。そんなことをすれば公衆の面前で本格的なトラブルに発展する。
それがわからないほど頭が弱いワケではなかったらしく、男達は気まずそうにしながらもしつこく粘着してくることなくこの場を去って行ってくれた。
ふぅ、と涼太は一息吐く。
振り返って肩を竦め、呆れた笑みを作った。
「なんかデジャブを覚えるんだが」
「えへへ。お世話をお掛けします~」
ショッピングモールで出逢った日の思い出を共有してから、彩香は一歩下がってぺこりと頭を下げた。
「助けてくれてありがとうございます! 涼太先輩、姫奈先輩!」
「お安い御用だな」
「私もあの手のことでよく困るからねぇ……」
可愛らしさを振り撒きながらも、きちんと礼儀も果たす。こういう細かいところでしっかりしている点も、彩香の愛嬌の一つ。
そして、ここで終わらないのがこの小悪魔で――――
「じゃあ、お二人のお邪魔をしても申し訳ないですしぃ、私は友達を探すのでこれで~」
絶妙な困り笑顔。
一体どれだけ表情筋を鍛えていればそこまで狙い通りの表情が出来るのか、彩香は遠慮を演出しながら自分が困っていることに変わりはない状況をさりげに伝えつつ、立ち去ろうとする。
この場でその狙いを見通しているのは姫奈だけで、
「うわぁ、あざといんですけどぉ……」
誰にも聞こえない声量で一人半目を作って呟いた。
「ちょ、待て待て彩香」
「はい、なんでしょう?」
「同じ轍を踏む気か? 俺達も一緒に探すって」
いいか? と涼太が姫奈に目配せすると、姫奈はこの展開はわかりきっていたように澄まし顔で肩を竦めて答える。
「そうだね。早く見付けてあげないとねー」
「わぁ、ホントですかぁ~!? ありがとうございます。プールは広いので時間は掛かると思いますが、お言葉に甘えさせてもらいますねっ!」
ジィ、と半開きな榛色の姫奈の瞳。
チラ、と上目遣いな黒い彩香の瞳。
ほんの数秒交わされるその視線の意味を瞬時に読み取るなどという芸当は涼太には出来ず、気に留めることもなくペタペタと歩き出す。
「んじゃ、探すかー」
姫奈はそんな涼太の左隣につき、彩香は反対に右側に並んで歩き出した――――
◇◆◇
「にしても、まさかこんなところで会うとはな」
「ですね~! 私の日頃の行いが良かったんでしょうか」
暗に涼太と会えて嬉しいというニュアンスを込めつつ、一緒に遊びに来た友人らを探しながらニコニコと笑顔を絶やさない彩香。
それには流石に涼太も少し照れ笑いを浮かべてしまい、左側から姫奈のじめっとした視線が密かに向けられる。
「折角こうして会えたわけですし、お約束をやってきましょうかね~!」
お約束? と頭上に疑問符を浮かべる涼太。
彩香は隣を歩きながら手を後ろ腰に組んで、上目遣いになるようにスッと上体をやや前のめりにして涼太の顔を覗き込んだ。
「私の水着姿にご感想、いただけますか?」
「え、えと……」
普段お決まりのハーフツインの黒髪は、今日は緩く三つ編みにしたおさげ。桃色のビキニは同世代と比較して成長著しい胸の膨らみをキュッと寄せ集めて強調しており、首の後ろで結び目がリボンのようになっている。腰からは短めのパレオが巻かれ、ひらひらとスカートのように揺れて可愛らしい。
自分をどういう風に着飾れば魅力的になるのか、熟知しているコーデと言える。
「これまたお約束の回答で申し訳ないが、似合ってるぞ」
褒める語彙のレパートリーの少なさに涼太は自分でも情けなく思いつつ、隣に姫奈という恋人がいる手前、必要以上に感想を言うのも不誠実かと考えて、当たり障りなく答えることになった。
しかし、彩香に気分を害した様子はなく、むしろ素直に嬉しそうに笑って目を細めた。
「あはは、ありがとうございます! 良いんですよ。どんな言葉でも、それを誰に言われたかが大切なんですっ!」
「おぉ、名言だ」
「名言出ましたねぇ~」
不意を突くように飛び出した心に響く考え方に、涼太と姫奈は揃って感嘆の声を漏らしたのだった――――




