第82話 初恋幼馴染は殺したい!?
「寒くないか?」
「うん。むしろ冷たくて気持ちいいですねぇ~」
取り敢えず腰下くらいの低い水位のプールエリアに足を入れた涼太と姫奈。それなりに利用客で賑わっているので、ぶつかったりしないよう気を付けながら、比較的人口密度の低い方を目指してちゃぷちゃぷと歩いていく。
その間、チラリ……チラリ……と、涼太は並んで歩く姫奈の姿を横目に盗み見る。
(見てほしいとは言われたけど……くっ、可愛すぎて直視出来ない……!)
そんなことを考える涼太の表情は、無意識のうちに強張っていたのだろう。眉間にシワの寄っているのを見た姫奈が、くすくすと潜めて笑う。
「ヒメ?」
「ん~、えいっ!」
「んちょ……!?」
ひたと姫奈が立ち止まるので不思議に思って涼太が振り返ると、姫奈が少し膝を折って両手の皿に掬ったプールの水をパシャッ! と掛けてきた。
咄嗟に目蓋を閉じて、顔の前に両手をかざし防御姿勢を取る。それでも水が隙だらけの構えを縫って、涼太の顔を濡らした。
「おい、ヒメ……」
「隙だらけだったから」
目元についた水を手で拭ってから半目を向ける涼太。視線の先で、姫奈は可笑しそうに肩を揺らしている。
「あと、チラチラ見てるのバレてるんですけどぉ?」
悪戯っぽく目を細めて覗き込んでくる姫奈に、涼太は「うっ」と声を漏らして羞恥の色を顔に滲ませる。そんな涼太の様子を見て、更に姫奈が口角を持ち上げた。
「でも、やっとちゃんと見たね」
「そりゃ、急に水掛けてくるからな……」
「こっちを向かせるためにはしょうがなかったのです」
そう言いながら、姫奈はもう一度器の形にした両手で水を掬い――――
「えい」
バシャッ、と今度は目を閉じるだけで躱すも守るもしなかった涼太の顔で、姫奈の掛けた水が弾けた。
「俺を振り向かせる目的はもう達成したんじゃなかったのか……」
ポタポタと濡れた髪の先端から雫を落とす涼太が呆れながら確認すると、姫奈は「うぅ~ん」と後付けの言い訳を探すように唸る。
しかし、考えても良い感じの理由が見付からなかったのだろう。開き直ったように笑顔を見せてきた。
「こういうの、恋人っぽいかなって」
「水の掛け合いとか、マジでするんかな?」
「してるじゃん、今」
「掛け合ってない。一方的に掛けられた」
「じゃあ、掛けたら?」
「なんか恥ずいな……」
「リョウ君がしてこないなら、私は遠慮なく――」
バシャッ! と姫奈がプールの水面をそのまま削り取るようにして水を掛けてくる。二度は受けた涼太だが、三度はない。姫奈の予備動作を見切って、身を捻って直撃を避けた。
「フッ、甘い甘い」
「おっ、やりますなぁ~」
挑発的に笑う涼太に、姫奈も口角を吊り上げる。
互いに見合って、見合って、見合って…………
「ほっ!」
バシャッ、と涼太が素早く掬い取った水を掛ける。姫奈は身体の前に腕を持ってきて受ける。弾けた水が、初めて姫奈のフリルがあしらわれたオフショルダーの水着を濡らした。
「はっはっは、掛かってこいや」
「あははっ、やったなぁ~?」
姫奈が両手で水面を掬って振り上げる。
水の軌跡が描く放物線。
それらの水玉は照明をキラキラと反射する。
両者の間を何度も何度も互い違いに水飛沫が行き交い――――
「リョウ君」
「どうした」
「……疲れた」
「……奇遇だな。俺もだ」
涼太、インドア派。
姫奈、インドア派。
両者とも出来れば一日中家でゴロゴロのんびりしていたい人間だ。
確かにこうやって水を掛け合っていると絵に描いたような恋人っぽさがあるが、残念ながらそれを続けるだけの気力も体力も二人には足りていなかった。
とはいえ、折角のプールだ。
見渡せば興味のあるものがいくつもある。
姫奈はじゃぷじゃぷと浅いプールの水を掻き分けて涼太に近付くと、その手を掴んで指を絡めた。ビクッと一瞬身体を強張らせた涼太に身を寄せ、空いている方の手で隣のプールを指差す。
「リョウ君、あれやってみない?」
自分の耳が熱くなるのを感じながら、涼太は平静を装って姫奈の指が向く先を見やる。すると、人がすっぽり入れる大きさの鮮やかな色のチューブがグルグルと渦巻いているのが確認出来た。
「なるほど。ウォータースライダーね」
「一緒に滑れそうだし」
そう語る妃菜と並んで様子を見ていると、恐らくカップルであろう若い男女が二人でスライダーを滑っている姿が見えた。
「密着してイチャイチャと羨まけしからん」
「リョウ君もやろうと思えば出来るんだけど?」
「か、簡単に言ってくれるけどな……」
涼太はぎこちなく視線を隣へやる。
身長差的にやや姫奈を見下ろしてしまうため、オフショルダーの水着ゆえにこれでもかと晒された華奢な肩や鎖骨、キュッと中央に寄せられた双丘が生み出す谷が普通に目に入る。
「……ハードルが」
「さっきまで普通に見てたのに?」
「ようやく見れるようになったばっかで、そっから密着してイチャイチャとか難易度高すぎだろ。死ぬわ」
「ふぅーん?」
姫奈は涼太を半目で見つめてから、クスッと悪戯っぽく笑って手を引いた。
「じゃあ、殺してあげるね」
「物騒すぎんか」
浅いプールから上がって、滑らないように気を付けながら涼太の手を引っ張って歩いていく姫奈。
「ふふ、殺すは殺すでも……悩殺?」
チラリと振り返って上手いこと言ってくる姫奈に、涼太は少し顔を赤くしながらも肩を竦めてみせた。
「それは、もうされてる」
「っ、そ……そう、なんだ……」
いつもお決まりのハーフアップにされている胡桃色の髪は、水着に合わせて後頭部で緩いお団子にされて束ねられている。そのため、後ろ姿からでも両耳がじわりと赤くなるのがよく見えた。
「まぁ、それが目的みたいなものですからねぇ」
「おい、俺を悩殺してどうする気だ」
「さぁ~?」
「コイツ……」
ペタペタと湿った足音を鳴らしながら、涼太と姫奈はウォータースライダーへと向かっていった――――




