第73話 初恋幼馴染は“勝ちヒロイン”!
「……リョウ君」
「ん?」
「……好き……大好き……」
夏祭りの屋台が並ぶ会場の明かりと、そこから賑わう喧騒を遠巻きにする、人気のない夜闇にしっとりと包まれた川岸。
はぐれた幼馴染の姿を求めて駆け回ったせいで、決して少なくない量の汗を掻いている涼太だが、そんなこと気にもしていないように右肩に寄っり掛かってくる姫奈。
そんな彼女の口から零れ出た告白に、涼太は思わず身体を震わせた。
「……っ!?」
「…………」
驚きのあまり無自覚に身体が距離を取ろうとしてしまうが、ギュッと姫奈に右手を握られていて離れることを許されなかった。
(えっ、ヒメ今なんてっ……す、好き? だい、すき……って、き、ききき聞き間違い、じゃない……よなっ……!?)
あまりに前触れなく言うものだから、心の準備が出来ておらず不意打ちを喰らった。
内心の動揺を隠せない涼太は、少々きょどりながら口をパクパクさせた驚き顔を右隣の姫奈に向ける。
姫奈は姫奈で涼太の顔をまともに見られないようで、顔だけ振り向かせて視線は涼太の肩辺りを見ていた。
「……気付くの、遅くなってごめん。言うの遅くなって、ごめんなさい。リョウ君、ずっと待っててくれたよね……私、ずっとそんなリョウ君に甘えてて、先延ばしにしてて……」
でも――と、姫奈は伏せていた視線を上目遣いで涼太の目に向けた。
「そんな自分は今日ここでさよなら。私はもう、私の気持ちから逃げないよ。だから――」
ぼふっ、と涼太の胸に姫奈の頭が飛び込んでくる。
「私を、これからもずっと……ずっとずぅっと、リョウ君の隣に居させてください……!」
浴衣を着ているせいもあるのだろうか。
普段にもましてどこか儚い姫奈の姿。
フリーズドライされた花のように、触れれば呆気なく散ってしまいそうなその華奢で柔らかい身体を、涼太は鼓動収まらぬままに優しく――しかし簡単に離れないようにしっかりと抱き締めた。
「当たり前だろ、ばか。今までも、今も、これからも……俺の隣にヒメがいてくれなきゃ困るっつうの……」
「……えへへ」
互いの想いが真実であることを確かめ合うように抱き締め合い、小さな笑いを溢していると――――
ヒピュゥ~~…………
パッ――――!!
ドッドォォオオオオオオオンッ――!!
――ラパラパラパラパラパラ…………
「あ……」
「花火、か」
夜闇を振り払うように視界が白熱し、轟く爆発音が胸の深い場所を穿つ。
抱き合っていた涼太と姫奈は、呆気にとられたように揃って夜空に咲く大輪を見上げた。
一つ大きいのが打ち上げられたのを皮切りに、次から次へと大小様々で色とりどりの花火が夜空を飾っていく。
「……ははっ、ラブコメなら夏祭りイベントのお約束だな」
「もぅ、こんなときまでオタクなこと言うぅ……」
「い、いやいや。だってこの構図がもうそれにしか見えなくて……」
涼太は自分達の姿を客観的に俯瞰してみる。
夏祭り。
想いを伝えあう二人。
恋の実りを象徴するかのように花開く夜空の大輪。
やり尽くされた展開というにはあまりにも価値ある――殿堂入りシチュエーションだ。
だが、姫奈はそうやって今の自分達を型枠に嵌まっているように捉えるのが不満だったのか、ムッとした表情で半目を作った。
「私達は私達でしょ?」
「あ、あぁ。そうだな、すまんすまん」
「もう……」
ぽふっ、と一発。
まったく痛くない姫奈の右拳が涼太の胸に繰り出された。
「……ちなみに、その……ラブコメ? の定番なら、こういうとき何するんですか……?」
テンプレートに見立てられるのは不満でも、それはそれとして気になるらしい。
もぞもぞと姫奈が聞いてくるので、涼太は「そうだなぁ」と脳内に保存されているラブコメ作品データ群を参照する。
「シンプルに並んで花火見上げたり、手を繋いでたり、視聴者に聞こえないように花火の音で掻き消される台詞を言ったり……キスしたり、とかかなぁ?」
もちろん他にもいくらかあるが、パッと思い浮かんだのはそんな感じだ。
「それがどうかしたか?」
「……へぇ、結構ロマンチックなんだね。今度、リョウ君にラブコメ作品教えてもらっても良いかも」
「おっ、マジか!? やったぁ……ついにあのヒメが興味を……!」
これまで何度かアニメや漫画、ラノベなどを勧めたことはあったが、姫奈はその手のものに一切興味がなく手をつけてはくれなかった。
だが、そんな姫奈の口からラブコメ作品に興味を持ち始めたような言葉が聞けて、涼太は一人のオタクとして込み上げてくるものがあった。
ゆえに、感動を噛み締めるように拳を握り固めていたのだが――――
「でもまぁ、今はそんなことより――」
「えっ――」
ふわっ、と姫奈の匂いが香ったと思った瞬間、首の後ろに両腕が回されたことで前傾した顔に、姫奈の顔が急接近していた。
「~~っ!?」
唇に暖かくて柔らかな弾力を感じられたのは、一瞬フリーズした思考が再び動き出してからだった。
秒数にすれば恐らく数秒。
ほんの短い時間。
一体その間に、何発の花火が打ち上げられただろうか。
戸惑い混じりに顔を紅潮させる涼太からパッ、と離れた姫奈は、チロリと舌先で舐めた自身の唇を片手で隠しながら、はにかんだ。
「定番も、思ったより悪くないね?」
この瞬間、涼太の目の前にいるのは“負けヒロイン”ではない。
間違いなく、王道シチュエーションを掻っ攫った“勝ちヒロイン”の姿そのものだった――――