第72話 初恋幼馴染はやはり“負けヒロイン”?
祭りの喧騒が音の壁となって自分を閉じ込めようとしてくるように感じられ、姫奈の足は自然と屋台が並ぶ会場から離れて、川岸に向かっていた。
楽しそうなざわめきを遠巻きにし、下流特有の穏やかな川の流れを静かに見詰める。
離れた会場からうっすら届く提灯と、黒塗りにされた天蓋に浮かぶ中途半端に欠けた月のみが、かろうじて姫奈の視界を淡く照らし出している。
道中スマホで連絡を試みようとしたが、電波が混線していて繋がらなかった。
「……大丈夫、大丈夫。別に、ちょっとはぐれただけだし。二度と会えなくなったワケじゃないし」
そう。
冷静に考えれば別にそこまで悲観するようなことではない。
勉強は不得意でとても賢い方とは言えないが、姫奈も高校二年生。
この場所から一人で公共交通機関を利用して自宅まで帰ることだって出来る。
明日になればどうせ「リョウ君見付からないから帰りました~」とでも言って、それに対して涼太は無自覚に「次からは俺の傍から離れんなよ?」なんてことを言ってきて、少しドキッとさせられて…………
明日からはいつも通り。
冗談交じりの何てことのない会話を繰り返し、互いに互いのことをどう思ってるのかを不器用に探り合う。
めでたしめでたし。
「……っ」
――駄目だった。
冷静になろうとして、平静を取り繕おうとして、いくら自分にこの程度のハプニングは大したことじゃないと言い聞かせても、感情は素直に叫んでくる。
「今日っ……そのいつも通りを変えようと、思ってたんだけどなぁっ……!」
七夕の夜、短冊に願った――否、誓った。
“リョウ君に気持ちを伝えます”と。
自分の中での、覚悟だった。
あの日、あのとき――蓮と幼馴染以上の関係を望んで想いを告げたが、叶わなかった。
以降、しばらく蓮とは幼馴染はおろか一友人としてすら危うい溝が出来てしまった。
確かに、涼太がいつも傍に居て寄り添ってくれたり、蓮との間を取り持ってくれたりしてくれたお陰で、今では純粋に幼馴染として仲の良い関係を取り戻した。
だが、それでも一度経験した関係性の崩壊というものは、繰り返したくない体験、恐怖として拭えず残り続けている。
今以上の関係を望み、叶えようとしたとき、同時に今の関係を壊してしまうリスクを伴う。
しかし、そのリスクを前に尻込みしていてもまた、関係性の進展はあり得ないのも真実。
だから姫奈は決めたのだ。
今日この日の夏祭りで、涼太に想いを伝えると。
そう短冊に誓い、逃げ道も絶ったのだ。
だが、その矢先にこれだ――――
まるで何者かが運命というシナリオでそう導いているかのように、姫奈が勇気を振り絞り覚悟を決めて一歩踏み出そうとすれば、望まぬ道へと向かってしまう。
姫奈はモテる。
無自覚に周囲の視線を集め、好意を抱かせてしまう。
これまで何度も告白され、断ってきた。
ゆえに、一見恋人など作ろうと思えばいつでも作れるようにも思える。
しかし、いざ自分が恋をして成就させようとしても、その想いは空を切る。
他人に叶わぬ恋心を抱かせてしまう代償に、自分の恋も叶わない――まるでそう定められた運命の上を歩かされているかのような感覚。
ぶわり、と涙が溢れてくる。
目元に溜まり、視界を歪める。
心が、挫けそうになる。
今日がダメでも明日。
明日が無理でも明後日、更にその翌日想いを伝えれば良い。
いくら理屈でそう前を向こうとしても、弱った心がそれを許さない。
一歩踏み出そうと決めた今日ここで機会を逃してしまうなら、もう――――
「……私、もう勇気出せないよっ……!」
「ん、何の勇気だ~?」
「……っ!?」
突然背後から聞こえた声に、姫奈はビクッと身体を震わせた。
ドクッ、ドクッ、ドクッ……と、心臓が強く、そして温かく脈動する。
振り向いて確認するまでもなく聞き馴染んだ声。
姫奈の胸中など知らないかのように、いつも通りのどこか飄々とした口調。
しかし、それはデリカシーがないからではない。
こんなときだからこそ普段と同じように接することで、安心感を与えて姫奈の気持ちを落ち着かせようとしているのだ。
もちろん、その程度のこと、長い付き合いの姫奈はわかっている。
姫奈が振り向くことなく目元に浮かんだ涙を手で拭っていると、スタスタと後ろから足音が近付いてきて、隣に並ぶ。
「なんで、私がここにいるって……?」
「んまぁ、ヒメって昔から何かあると決まって一人になりたがるからな。祭りの最中に人気のない場所なんて限られてるだろ?」
「…………」
そう語る涼太の横顔をチラリと盗み見る姫奈。
額には汗が伝い、隠そうとしているが肩が微かに上下していることから呼吸が荒いことがわかる。
ついさっきまで必死に駆け回っていたことが容易に想像出来た。
だというのに、平然を取り繕おうと強がっている姿が何だか可笑しくて――――
「……っふふ、その割にはお疲れみたいですけど?」
「いやいや、余裕だから」
「あはは」
――自然と笑いが零れ出てしまった。
あれだけ寂しかった気持ちが嘘のよう。
胸の奥の天気は、雨上がりの空模様。
「すまん、ヒメ……一人にした」
「ホントだよもぉ~。私、凄く寂しかったんですけどぉ」
姫奈はそう不満を口にすると、涼太の肩に身体を寄り掛からせて、垂れるその片手をギュッと握り込んだ。
傍からいなくならないで。
いつも隣にいて。
離さないで。
離したくない。
そんな気持ちを込めて握った手。
すぐに握り返されて嬉しくなる。
鼓動が早まる。
身体の芯から熱がじわりと込み上げてくる。
気付けば、素直な想いが口を衝いて出ていた――――
「……リョウ君」
「ん?」
「……好き……大好き……」
ビックリしたのだろう。
握った涼太の手が強張って一瞬離れようとした。
しかし、姫奈は更にギュッと握り締めて、刹那の間すら離すことを許さなかった――――




