第71話 初恋幼馴染は恋惑う
「し、清水君大変大変! 姫様とはぐれちゃった……!!」
「……は?」
それは涼太が花恋や幸太郎、智久の相手をしているときだった。
突然背中に結愛の慌てたような声が掛かり、振り返る涼太。
驚きもあって耳に入る言葉の意味が理解出来ないまま呆然としてしまうが、焦る結愛は構わず早足で駆け寄って来ながら早口で言う。
「ゴメン! チビ共の面倒見てくれてる間、私が姫様の傍に居るつもりだったんだけど目を離しちゃって……!」
「えぇ~!? お姉ちゃん消えた~!?」
「マジ? 迷子ぉ~?」
捲し立てるように事情と謝罪を口にする結愛。
中学生ながらにしっかり者の花恋は正しく状況を理解したようで、不安げな表情を浮かべてつつも静かにしているが、幸太郎と智久はそこまで深刻に捉えていないのか呑気な様子。
「ど、どうしよう清水君! スマホで連絡って思ったんだけど、実は私ここに来たとき親に連絡しようとして繋がらなくて、どうやら電波が混線してるみたいで……!」
「な、なるほど」
自分以上に焦っている結愛の姿を目の前で見続けたお陰か、涼太は次第に冷静を取り戻していき、頭も通常通り回り始める。
確認のためスマホを取り出してみるが、特に姫奈から『ごめん。迷子になった』などという連絡は入っていない。
視線をスマホ画面の右斜め上に向けてみるが、電波の入り具合は結愛が言った通りだ。
「わ、私探してくるよ……!」
「ちょ、待て待て待て」
今にも走り出しそうな勢いだった結愛を制止する涼太。
「コイツらどうするつもりだよ」
「そ、そうだった……」
探そうとしてくれるのはありがたいが、流石に中学生と小学生の妹と弟達を放ってまでしてもらうことではない。
そんなことをしても、新しく迷子が増えるだけだ。
焦っても状況が好転するわけでもないので、涼太は申し訳なさそうな顔をしている結愛を安心させるように小さく笑みを浮かべた。
「大丈夫、ヒメは俺が探しに行くから。美嶋は普通にコイツらと夏祭り楽しんでてくれ。まぁ、もし途中でそっちがヒメを見付けたら、そうだなぁ……」
スマホで連絡が取れる確証がない以上、結愛が姫奈を見付けたかどうかもわからない。
涼太は少し思考を巡らせてから、手っ取り早い手段を導き出す。
「会場入り口の門のところにいるように言っといてくれ」
涼太が先に姫奈を見付けられれば問題ないし、もし結愛が姫奈を先に見付けても、特定の場所に向かうよう言伝さえしてもらえれば、あとは涼太自身がその場所を意識しながら探せばいいだけ。
「う、うん。わかった……でも、清水君一人で姫様見付け――」
見付けられる? と紡がれるはずだった結愛の言葉は、涼太が浮かべた静かな微笑みの前に失われた。
思わず結愛もクスッ、と小さく笑いを溢してしまう。
「愚問、だったかなぁ?」
「じゃ、パパッと見付けてきますわ」
結愛の確認に答えることなく、涼太はひらりと手を挙げてから駆け出した。
人混みの隙間を縫いながら遠ざかっていくそんな背中に、結愛はニヤリと口許を歪めながら呟いた――――
「姫様は幸せ者ですなぁ~」
◇◆◇
「……あれ、リョウ君? 結愛……?」
夏祭りの楽しい雰囲気。
行き交う人々の笑顔。
美味しそうな匂い、面白そうな出し物。
涼太の隣にいる高揚感も相まって、浮かれて辺りの景色に夢中になっているうちに、ついさっきまでそこにいた人達の姿が見当たらなくなってしまった。
まずは辺りを見渡してみる。
右を見て、左を見て……それでも視界に映るのは見知らぬ人々。
濁流のように流れ込む聴覚情報。
耳に馴染んだ声が鮮明に届いていたはずなのに、今入ってくるのはどうしようもないほどの喧騒。
人混みの波が、雑音の壁が、押し寄せてくる。
広い夏祭り会場の中で、姫奈は自分の立っている世界がみるみる狭くなっていくのを感じた。
その感覚が掻き立てる不安は、鼓動を否応なしに加速させ、冷たい汗を滲ませる。
「あ、あはは。私、高校生にもなって迷子って、恥ずかしいんですけどぉ……」
別に誰かが見ているわけでもないのに平静を取り繕おうとして口角を持ち上げるが、やはりどこかぎこちなく、言葉にも微かな震えがある。
「ねぇ、リョウ君……おーい。おーい……リョウ、君……」
カラン……コロン……と、足を踏み出す。
一歩、また一歩と、その足取りは徐々に早まって、気付いたときには駆け足になっていた。
「はっ、はっ、はっ……!!」
カツカツと硬い足音を響かせて、息も切れ切れに人混みの波を荒々しく泳いでいく。
焦燥に駆られ、不安から逃げるように、いつもすぐ隣にいてくれる者の姿を探す。
もつれそうになる脚。
バクバクと強く脈動する心臓。
荒く伸縮する肺。
何度か行き交う人々と身体がぶつかりそうになる。
駆けて、駆けて、駆けて駆けて駆けて――――
はたと立ち止まる。
人混みの中で、孤独になる。
身体の奥底からじわりと込み上げてくる何かが、胸を通り喉を伝い鼻を突き抜け目に熱として溜まり、零れる。
「っ、うっ……!」
姫奈はポツポツと増える水玉模様の足元を見詰めながら、呟いた――――
「リョウ、君……!」




