第39話 初恋幼馴染と夢中の逢瀬①
……トス……トス……トス…………
カーペットを踏む、静かな足音。
ギ、ギィィィ…………
ベッドに新たな重みが加わって、軋んだ音を鳴らす。
「ん、うぅん……」
深いところで眠りについていた涼太だったが、迫り来る何かの気配を感じて、意識が徐々に引っ張り起こされていた。
だが、重たい目蓋を持ち上げて確認するほどのことではない。
どうせ変な時間に目が覚めた愛猫のおこめが、部屋に侵入してきただけ。
そう結論付けて、迫る何かを無視して再び意識を沈めようとしていると、その気配はより近くまで寄ってきた。
それどころか、仰向けに寝ていた涼太の身体にドサッ……と確かな重みを預けてきた。
「んおぃ……おこめ、重い……」
……いや、違う。
明らかに猫の質量感ではないし、身体に跨がられる具合からもっと大きなものだ。
「な、何だぁ……?」
まだどこか胡乱とした意識の中で、涼太はゆっくりと目蓋を持ち上げた。
真っ暗な部屋の中。
しかし、目は闇に慣れているようで、不思議と視界は開けていた。
そして、その視界のど真ん中に映ったのは――――
「ヒメ……?」
水色のワンピース型の寝間着を纏った姫奈が、涼太の身体の上に跨がっていた。
胡桃色のセミロングの髪は結われておらず、緩く一つ束ねにされており、肩口から身体の前に持ってこられている。
そして、目尻の下がり気味なその榛色の瞳が、高みからジッと見下ろしてきていた。
「え……え、ちょちょちょちょちょ……!?」
寝起きで不鮮明だった意識の輪郭が鮮明になる。
目の前の状況を理解するに従って、鼓動が痛いくらいに急加速し、身体がブワッと熱くなる。
「お、おい、お姫様や。一体全体、これはどういう状況で……?」
涼太は必死に平静を装いながらも、隠し切れない動揺から引き攣った笑みを浮かべて尋ねた。
しかし、対する姫奈はピクリとも表情を動かさず。
それどころか不気味なほどに冷静で、凪いだ視線を向けてきていた。
暗闇の中で、その形の良い薄桜色の唇が動く。
「どういう状況って……わからないんだ?」
「わかるワケないだろ……!? 真夜中に目が覚めたら幼馴染がベッドの上にいましたとか、初見でこの状況に適応出来る奴がいたら是非とも紹介してくれ……!」
加速する鼓動が、大きく膨らむ動揺が、自然と早口という形で滲み出てしまう。
そんな涼太の余裕のない態度が面白かったのか、姫奈はクスッと口角を持ち上げた。
「リョウ君がわからないのは、まだお子様だからだよ」
姫奈はそう言うと、涼太の身体の上に跨ったまま、その場に雑に広がったワンピースの裾を両手で掴んだ。
「ヒメ、何して――」
涼太の疑問はそこで途切れた。
返答が得られたからだ――言葉ではなく、行動で。
バサッ!! と姫奈は掴んだ裾を頭上まで引っ張り上げて、そのまま万歳をするようにワンピース型の寝間着を脱ぎ捨てた。
白くて細く、されど女性的な凹凸が充分に得られた艶めかしい肢体が、夜闇の中に惜しげもなく晒し出される。
上下ともに黒いランジェリーに飾られており、その内側に神聖不可侵の部位が秘匿されているのだという事実が、なお一層煽情的に映る。
「ちょ、馬鹿っ……!!」
「しっ」
「――ッ!?」
声を大きくしかけた涼太の唇に、姫奈が人差し指を宛がう。
「大きな声出すと、下で寝てるリョウ君パパとママにバレちゃうよ……?」
そんなことを言われれば黙るしかない。
姫奈は自分の言うことに従順な様子を見せる涼太に満足したのか、色っぽく笑って涼太の顔の横に両手をつき、身体を倒れ込ませる。
涼太の目と鼻の先に、妖艶な姫奈の笑み。
少し目線を下にやれば、程よい大きさの膨らみが、黒いブラジャーに形良く持ち上げられ寄せられているのが窺える。
「良い子、リョウ君。でも……もう、お子様を卒業する時間だよ?」
バク、バク、バク、バク、バク…………!!
「一緒に大人になろう、リョウ君? ほら――」
姫奈が片方の手で涼太の手を掴んで、誘導するように自分の胸元へと運んでいく。
涼太はそれに抗おうとするも、何故か身体は金縛りにあったかのようで、自分の意思が伝達されない。
ただただ、フルスロットルに稼働する自分の心臓の爆音を聞いていることしか出来ない。
「――触って?」
「~~~~っ!?」
………………。
…………。
……。
「ヒメまっ――て……!?」
涼太は目を覚ました。
チュン……チュン、チュン…………
感覚的には二度目の目覚め。
数秒の間、涼太は状況が理解出来なかったが、怖いくらいに増大していた心拍数が落ち着き始めてから、今まで見ていたものが夢であったことを理解する。
夢に姫奈が出てきた。
想いを寄せる相手が出てきた。
それも、甘い甘い夢。
気分は――――
「最悪だっ……!!」
顔を顰めた涼太は、頭をガシガシと掻きながら上体を起こす。
すると、掛け布団の上に白い毛玉を見付けた。
まぁまぁの重量感のある、大きな毛玉。
愛猫のおこめである。
やはり、涼太が寝ている隙に部屋に侵入してきていたのだ。
「おこめぇ……お前のせいかよぉ……」
身体に加わる重み。
昨日交わした姫奈とのキス。
そして、寝る前に送られてきた姫奈の寝間着姿の写真。
恐らくそれらの情報が潜在意識に働き掛け、涼太にあのような夢を見せたのだ。
涼太はため息を吐きながらも、優しくおこめの背中を撫でてやる。
「いや、違うな。ヒメが悪い。それと……心のどこかでああいう展開を望んでる俺が一番悪いな……」
そんな涼太の言葉を聞き取ってか、おこめが「んなぁ~」と鳴き声を返す。
果たしてそれは肯定なのか否定なのか……残念ながら学校で習わない猫語を習得していない涼太にはわかりかねるが、どちらにせよ涼太の気分は沈んでいた。
今日は土曜日。
恐らく昼か……気分次第ではその前から、姫奈がこの部屋にやってくるだろう。
夢の中であんなことをしておいて――させておいて、一体どんな顔をして会えば良いのやら…………
「んあぁ……軽く死ねる…………」
そう吐き出すように呟いて、涼太は取り敢えず掛布団を捲った。
不幸中の幸いか。
特に隠れて何かを洗濯しなければいけない状況にはなっていなかった――――




