第38話 初恋幼馴染と燈火の余熱
使いすぎるとすぐなくなってしまうから、という理由で二十分程度経った頃にアロマキャンドルの火を消した。
涼太は自室の入り口付近の壁にあるスイッチを押しに行き、部屋の照明を点け直す。
しばらくの間、薄闇の中で淡い光を眺めていたせいで、部屋の明かりが妙に眩しく感じられた。
「ありがと、リョウ君。コレ大切に使うね」
「あぁ、そうしてくれ」
熱いというほどではないだろうが、しばらく灯していた火のお陰で熱の籠っているであろうアロマキャンドルのガラス容器の底の方を包むように持った姫奈が、涼太に柔らかく微笑んだ。
溶けた蝋が固まってから小箱に戻すつもりなのだろう。
姫奈は一旦火の消えたアロマキャンドルを涼太の学習机の上に置いてから、いつものようにベッドに腰を下ろした。
涼太は自分の部屋であるにもかかわらず、居場所に困った様子で佇んでいた。
訪れる沈黙の中、二人の考えていることは同じ。
淡い燈火に照らし出されて知った、初めての唇の味。
震える手を身体の横でギュッと握った涼太が、先に沈黙を破る。
「ひ、ヒメ……その、さっきのって……」
「初キス?」
「っ、そう改めて口にされると恥ずいんだが……」
涼太は口許を手で覆った。
唇から意識を遠ざけるためでもあり、赤らんだ顔を隠すためでもある。
姫奈はそんな涼太を目尻の少し垂れた瞳でジッと見詰めて、はにかんだ。
「ドキドキしたね」
「そりゃするだろ……!」
「なんか良い雰囲気だったし。ちょっといけないコトしてるみたいで」
そのときのことを思い返しているのか、姫奈が赤みの冷めやぬ顔で白い天井を仰ぎ見る。
「楽しいね……」
「た、楽しい……?」
意味がよくわからず首を傾げる涼太に、姫奈が「うん」と答える。
「正直、雰囲気に流されたと思う。興味本位……でもあったと思う。私だって年頃の女の子だし、そういうコトに興味だってありますとも」
でも……、と姫奈は呟くように否定した。
「ドキドキしたのも確かだし、『あ、この人とキスしてみたい』って気持ちになったのも間違いないからさ……」
姫奈は天井に向けていた視線を涼太に移す。
まだアロマキャンドルの余熱を残したような榛色の瞳を、嬉しそうに細めて言った。
「あの数秒で自分の中に色んな感情があるんだって知れて楽しかったし、少なくとも私は『キスしたい』って思うくらいにはリョウ君のことを想えるようになってるんだって気付けて嬉しかったかな」
あの日――クリスマスイブの夜。
イルミネーションに囲まれる中、姫奈は言った。
『一人で勝手に私のこと好きになってないで、私もちゃんと好きにさせてよ』――と。
そんな姫奈の言葉から二ヶ月。
涼太は少しずつでも姫奈の心を変化させられているんだと実感し、ブワァッと込み上げてくるものがあった。
「って、リョウ君? え、なになに泣いてる? もしかして、もしかしなくても泣いちゃってるんですか?」
「う、うっせ! 別に泣いてねぇし」
熱くなった目元を押さえながらそっぽを向く涼太を見て、姫奈は「可愛いなぁ」とけらけら笑う。
「でも、良かった? あのとき私、勝手にリョウ君の唇……奪っちゃったけど。初めてだったんでしょ?」
姫奈が小首を傾げて確認を取ってくる。
涼太は少し赤くなった目を半開きにして向けた。
「初めてなのはヒメもだろ」
「まぁ、そうですけど」
「俺は別に良いんだよ。というか、俺にとってヒメ以上の相手なんかいないんだから……」
「うわぁ、この人私のこと好きすぎるわぁ~」
楽しそうに、嬉しそうに笑って肩を上下させる姫奈。
からかうなよ、と気恥ずかしそうに後ろ首を撫でる涼太も、満更ではない表情で。
このあと二人はしばらく、部屋に花を咲かせるユーカリとラベンダーの香りと一緒に充満したくすぐったい空気を味わった――――
◇◆◇
「ふわぁ……そろそろ寝よ……」
午後十一時半。
既に照明を落とした暗い部屋の中、ベッドに横たわってスマホを弄っていた涼太は、睡魔の気配を感じた。
スマホを頭上のベッドボードに置き、うつぶせ寝になって掛け布団を顔下半分が隠れるくらいの位置まで引っ張り上げる。
あとは、目を閉じて訪れた睡魔の手引きに身を委ねるだけ……だったのだが…………
ヴゥー、ヴゥー。
ベッドボードに置いたばかりのスマホに着信が入ったようで、バイブする。
「絶対ヒメだろ……」
人が寝静まるような時間にメッセージを送ってくるような非常識――というより遠慮のない奴に心当たりを覚えながら、涼太が手を伸ばしてスマホを取って確認すると、案の定だった。
「ほらな。一体何の用だ……?」
涼太は眠気と戦うように眉を寄せながらメッセージ画面を開く。
すると――――
「――っ!?」
ドキッ、と心臓が大きく跳ねる。
睡魔は蜘蛛の子散らして逃げ惑い、眠気は一気に掻き消された。
涼太の目に移り込んできたのは――――
――おやすみ、リョウ君。
そんな一言と共に、水色のワンピース型の寝間着に身を包んだ姫奈が、姿見に向かってうつ伏せに寝そべり肘を立て、顔の前に涼太のプレゼントしたアロマキャンドルを置いて鏡越しに自撮りした写真。
普段ハーフアップにされている髪は緩く一つに束ねられており、細い首筋を辿って見ると、寝間着の襟口から双丘の膨らみ始めとでも表現すべき曲線が、キャンドルの火に照らされ露わになっていた。
そんな際どい部分が映ってしまっていることに、姫奈本人が気付いているのかいないのか……それは涼太の知る由のないこと。
しかし、どちらにせよ姫奈は、これくらいにはラフな格好でも涼太になら見られても良いと思っていることには間違いなかった。
『おやすみ』
涼太はそう返信し、スマホの画面をブラックアウトさせる。
「っ、はぁ~~……!」
真っ暗な部屋の中に、涼太の大きなため息が響いた。
「こんなん見せられて、どう『おやすみ』しろって言うんだよぉ……!?」




