第35話 初恋幼馴染とバレンタイン
二月十四日、金曜日。
バレンタイン当日――――
「お、朝練終わったっぽいな」
「うぅ、寒いから早く出てきてぇ……」
涼太と姫奈は登校してきて一度各自教室に荷物を置いてきたあと、体育館の出入り口の横でバスケ部の朝練の様子を眺めていた。
しばらく待っていると、朝練を終えた部員らがぞろぞろと出てくる。
その中に――――
「蓮、お疲れ」
「やっと出てきた……」
首にスポーツタオルを掛けて汗で濡れた焦げ茶色の髪を掻き上げる蓮の姿を見付け、涼太と姫奈が声を掛ける。
すると、目を丸くした蓮が二人のもとへ駆け寄ってきた。
「あれ? 涼太とヒメちゃん、何でここに?」
「いや、な? ヒメが俺と蓮には一緒に渡したいんだと」
涼太がそう説明してる間に、姫奈が制服のブレザーのポケットに突っ込んでいたモノを取り出す。
「はい、コレ。二人に」
姫奈が涼太と蓮に差し出してきたのは、市販のチョコレート菓子――サクサクの生地の中にチョコが入っている有名なやつだ。
「今日はバレンタインだからね。例年通りこのお姫様が恵んであげましょう~」
涼太と蓮は一度互いに顔を見合わせて小さく笑い「ははぁ、ありがたき幸せ」「ありがとヒメちゃん」と感謝を伝えてから受け取った。
「とは言っても、蓮君はこのあと沢山貰うことになるだろうし、ちゃんと恵みになってるのはリョウ君だけだけどねぇ」
「蓮は毎年、この日は紙袋持ってきてるもんな」
今日も持ってきてるんだろ? と涼太が確認すると、蓮は曖昧な笑みで肩から掛けているエナメルバッグをポンと叩いた。
その中に用意してあるということだろう。
「いやぁ……こりゃ、蓮が一年で一番忙しい日はホワイトデーで決定だな」
モテる人を羨む人も少なくないだろう。
しかし、傍で二人もそんな人物を見てきた涼太は、とてもではないが羨ましがる気にはなれなかった。
別にモテたくないわけではない。
そこまで性格はひねくれてはいない。
ただ、涼太はたった一人にだけ振り向いてもらえれば、それで良いと考えているだけ。
「あはは。お返ししないわけにもいかないからね~」
「誰から貰ったとかいちいち覚えてんのか?」
「それはもちろん。というか、一回会った人のことは忘れないだろ?」
さも当然とばかりに聞き返してくる蓮に、今度は涼太と姫奈が顔を見合わせた。
「リョウ君どう?」
「絶対無理。クラスメイトも全員は覚えてない」
「だよね。私も担任の先生の名前も覚えてない」
「いや、ヒメ。それは覚えてあげてくれ……」
約三十人もいるクラスメイトとは違う。
各クラスに担任教師は一人なのだ。
そろそろ入学してから一年経ち、進級に伴ってクラス替えも見えてきているというのに、まだ名前も覚えられていないのは流石に担任教師が可哀想すぎる。
姫奈の他人への興味のなさは筋金入りだな、と涼太は改めて思い知らされた。
「じゃ、俺、着替えないとだから」
「おう。またな、蓮」
「またね~」
蓮は姫奈から貰ったチョコを掴んだ方の手を軽く持ち上げてから、最後に「ヒメちゃんありがと~」ともう一度礼を言ってから去っていった。
「ほら、リョウ君。私達も早く戻ろ。寒い」
「だな」
やや巻き肩気味になっていつもより早足で歩く姫奈のあとを追うようにして、涼太は本校舎に戻っていった。
やはりバレンタインを意識してなのか、いつもより校舎内の空気は浮足立ったように落ち着かない。
男子生徒達は近くを女子生徒が通り掛るたびに、自分が貰えるのか貰えないのか一喜一憂。
友チョコの一つで気恥ずかし気に感謝し、残念ながら貰えなかった者達は、気にしてませんよ風を装いながら、内心で確かに悔しがっている。
放課後になる頃には、やはりと言うべきか、貰ったチョコレートの数を競っている男子生徒もちらほら見受けられた。
そんな様子を尻目に、涼太は毎年の保証された一個である姫奈のチョコレートに視線を落とす。
(貰えるのは嬉しいが……やっぱわざわざ蓮と一緒に渡されたのって、同じチョコだってことを強調するためだよな……? 別に俺に渡したチョコに他意はない、って……)
別に期待していたワケではない。
……否。心のどこかでは期待していたから、変に寂しいような悔しいような気持ちになるのだろう。
涼太はフッと密かに口許を緩めた。
(まぁ、まだまだこれからってことだな。来年ヒメから“本命”を貰えるように頑張れば良い)
◇◆◇
学校が終わり、帰宅した涼太。
自室にはやはりと言うべきか、姫奈もついて入ってくる。
「リョウ君オイルヒーター」
「俺はオイルヒーターじゃありません」
「もぅ、そういうのいらないからぁ~」
涼太は見事に『先生トイレ~』からの『先生はトイレじゃありません』コンボを決めつつ、部屋にあるオイルヒーターのスイッチを入れた。
暖かくなるまでに少し時間は掛かるが、ストーブと違って局所的に熱くなったりせず部屋全体が均等に暖められる。
その間に、涼太は学習机の上にカバンを置き、中身を取り出して整理する。
手早く一分程度で済ませると、「ふぅ」と息を吐いて椅子に座った。
「あ、そういえばコレ食べとくか」
涼太は思い出したようにブレザーのポケットから姫奈に貰ったチョコを取り出すと、個包装を破るために袋の端を両手で持つ。
しかし――――
「隙ありっ」
「え、ちょ――」
今まさに個包装を破ろうとしていたところで、横から手を伸ばしてきた姫奈に奪われる。
戸惑う涼太の視線の先で、姫奈はピリッと袋を破いてそのままパクッと校内に放り込んだ。
「ちょっとお姫様っ……!?」
「ん~、美味しいですねぇ」
思わず椅子から立ち上がる涼太を他所に、姫奈はモグモグと咀嚼、咀嚼、咀嚼――ゴクン。
「お、おいヒメ。流石に泣くぞ、俺……」
「んもぅ、これくらいで情けないなぁ~」
確かに特別感のないチョコだった。
それでも、涼太にとっては好きな人から貰うという点で特別以外の何物でもないチョコレート。
涼太はしょんぼりと後ろ頭を力なく掻く。
それを見た姫奈は、小さく「はぁ」とため息を吐く。
まだ暖まりきらない静まり返った部屋の中で、ビュゥーとファスナーを開ける音が静かに響く。
しゃがんだ姫奈が、床に置いていた自分のカバンを開き、ゴソゴソと手を突っ込んでいた。
何かを取り出そうとして、その正体が見え隠れするような位置で一旦思い止まるように動きを止めて……それでも勇気を出すように少しキュッと唇に力を入れてから、取り出した。
「コレ……」
「……え?」
立ち上がった姫奈。
頬と髪の合間から覗く耳の先端は仄かに紅潮し、榛色の瞳は気恥ずかしそうに半開き。
どこか投げやりな調子で右手に掴んだモノを、涼太の胸に押し付けた。
それは、小袋。
半透明のビニールと赤いリボンのラッピング。
中に入っているのは、形が不揃いな――――
「クッキー、か……?」
「そ」




