第36話 初恋幼馴染と本命候補
涼太は胸に押し付けられたシンプルながら可愛らしいラッピングの小袋に視線を落としながら、確認する。
「クッキー、か……?」
「そ」
気恥ずかしいからか、素っ気なく頷く姫奈。
涼太は呆然とした様子でその手に袋を受け取り、ジッと視線を注ぐ。
形の不揃いなクッキー。
バレンタインらしくチョコレートクッキーなのだろうが、茶色なのは焼きすぎているという理由もありそうだ。
そして、お世辞にも上手に出来ていると言えない完成度なことは姫奈も自覚しているようで、横顔に垂れる髪を指で巻き取りながら呟くように言う。
「まぁ……見ての通りの出来映えなので、味の保証も出来ないですけど……」
「今回は友達に教えてもらわなかったのか?」
涼太は前に姫奈が作ってくれた誕生日ケーキのことを思い出しながら聞いた。
あれもやや形が不恰好ではあったが、友達――恐らく三嶋結愛――に教えられながら何度も練習した甲斐あってか、味に問題はなかった。
むしろ嬉さや幸せといったスパイスのお陰で、これまで食べたどんなケーキよりも美味しく感じられたくらい。
「うん。だって結愛に――その友達にバレンタインの相談なんかしたら、絶対からかわれるもん」
「からかわれる……?」
「リョウ君は知らなくていいでーす」
姫奈はじわりと赤らんだ顔をプイッと背けてしまう。
「でも、何でわざわざ手作り……?」
「なに? 不満ってことですかぁ?」
唇を尖らせて半目で睨んでくる姫奈。
涼太は慌てて首を横に振った。
「い、いやいや! そんなワケないだろ。好きな人の手作りだぞ、嬉しいに決まってる。でも……好きな人のだからこそ、理由を知りたいって思うのは……おかしいか?」
オイルヒーターで暖まってきたのだろうか。
いや、まだだ。
身体が温かく感じるのは、気恥ずかしさと照れ臭さ……そして、ドキドキと心臓が張り切って全身に送り出す血液の循環のせい。
涼太は最初、姫奈が自分と蓮に同じタイミングでチョコを渡すことにこだわったのは、どちらに渡すチョコも同じもので、対等――言い換えれば、まだ姫奈の中で涼太は別に特別ではないということを暗に示唆するためだと思っていた。
しかし、こうして改めて手作りお菓子を渡し直された以上、その解釈は違ってくる。
では、なぜ?
その理由が知りたくて、涼太は姫奈を見詰める。
姫奈はそんな涼太の視線から逃れるように、右へ左へ目を彷徨わせたあと、チラリと恥ずかしそうに上目を向けて確認してきた。
「えっと、言わなきゃダメ……?」
「駄目」
「言わなくてもわかるじゃん」
「鈍さならヒメといい勝負かも」
「もぅ……この人ホント意地悪なんだからぁ……」
姫奈は観念したようにため息一つ、口を開く。
「特別、だからでしょ」
「特別……?」
「そう、特別。幼馴染だからとか親友だからとか関係なくて……やっぱり、今私の中でリョウ君は他の人とは違う、特別な存在になってるんだと思う」
姫奈は自分の感情の正体を探るように、胸の上にそっと手を添える。
「リョウ君に好きって言われて、何度も言われて、どれだけ好かれてるかって知って……『じゃあ私は?』って考えたときに、正直まだ私は自信を持って『好き』とは言えない。でも、他の人達と同じなのかと言われれば、それも違う……」
だから――と、姫奈は涼太が手に持つ自分の手作りクッキーを指差して言う。
「――特別。本命ではないけど、来年は本命にさせてくださいっていう意味の籠った、本命候補な《《特別》》だよ」
自分で言ってて恥ずかしくなったのか、姫奈は顔をカァと真っ赤に染め上げから手をひらひらさせた。
「ほ、ほら。わかったらさっさと食べてよ」
「お、おう……!」
涼太は珍しく姫奈が素直に思いを伝えてきてくれたことに少しの驚きと沢山の嬉しさを感じながら、赤いリボンを解いて小袋の中から一枚クッキーを取り出した。
型抜きの存在を知らないのだろう。
フリーハンドで丸型を作ろうとして、何型とも言い難いふにゃふにゃな輪郭。
「いただきます」
「う、うん」
一口大にしては大きく、割って食べるにしては小さかったので、涼太は思い切って一口に放り込む。
サクッサクッ……という咀嚼音を期待して、バリッバリッ……!
チョコレートクッキー特有のビターな甘さは、焼きすぎた焦げによる苦みで掻き消されていた。
(苦げぇな、おい……)
なんだか可笑しくて、涼太は表情を綻ばせる。
それに期待したのか、姫奈が興味深そうな瞳を向けてきた。
「ど、どうだった……?」
「うん。苦い」
涼太はバッサリと期待を斬り捨てた。
しかし――――
「でも、めっちゃ嬉しい」
「そっか。でも、次は美味しいって言わせてみせるから」
「あぁ、期待してる」
涼太は二枚目を――今度は分厚いせいで生焼け――飲み込んでから、実は気になっていたことを口にする。
「そういえば、ヒメ」
「なに?」
「バレンタインに送るお菓子にそれぞれ意味があるの知ってるか?」
えっ、と姫奈が声を漏らした。
もうその反応が答えだった。
「俺も全部は知らんが、マカロンは『特別な人』、ドーナツとかキャンディーは『好き』、マシュマロやグミは『嫌い』みたいなのがあるらしい」
「え、じゃあ……クッキーは……?」
「確か……『友達でいよう』だった気が」
「ま、待って待ってストップ! じゃあダメじゃん!」
慌てた姫奈が手を伸ばし、涼太が持っているクッキーを奪い取ろうとする。
「リョウ君回収します!」
「良いって別に。俺、気にしないし」
「私が気にするんですぅ!」
ヒュッ、ヒュッ、と諦めず手を伸ばしてくる姫奈と、ひょいっとそれを見事に躱していく涼太。
「もう、返してよリョウ君。美味しくないし、意味も全然違う!」
涼太はその場をグルグル回って姫奈の手から逃れながら、
「コレはもう俺のクッキーで~す」
「ほっ! んっ! えいっ!!」
「ちょ、ヒメ危な――って、うおわっ!?」
ドタッ……!!
足を絡ませたタイミングで姫奈が無理に制服を引っ張ってきたので、涼太は体勢が立て直せず呆気なく床に倒れ込んでしまう。
手に持っていたクッキーの入った袋を落とさないようにするのに精一杯で、受け身も取れずに仰向けになる。
「……ってて。おい、ヒメ……」
涼太は一度ギュッと閉じていた目蓋を開く。
すると、入り込んできた光景に思わず呼吸が止まった。
「――っ!?」
「あっ……」
静まり返った部屋に、姫奈の声が漏れる。
仰向けになった涼太の視界の両脇には、目移りを許さないかのように、姫奈の胡桃色の髪がサラリと垂れ下がり、カーテンとなっている。
そして、真っ直ぐ見上げた先には、丸く見開いた榛色の瞳を揺らす姫奈の顔。
互いの吐息すら感じられるその距離感で、仰向けになる涼太に姫奈が跨るような状態で両腕をついている。
ドクッ……ドクッ……ドクッ…………
オイルヒーターが部屋を暖めるより先に、二人の体感温度は充分に高まっていた――――




