第26話 初恋幼馴染は詣でたい
ピーンポーン…………
ピンポン、ピンポーン。
「わかったわかった、今出るって!」
今日は一月一日。
元日である。
時刻は午前十時前。
つい三十分程前に起床した涼太は、顔を洗い、服を着替え、軽くパンを摘まんで歯磨きしてから、外出の準備をパパッと整えて、今玄関で靴を履き替えた。
チャイムを鳴らして急かしてくる相手は、間違いなく姫奈。
というのも、昨日音瀬家で年越しを過ごした際に、例年通り今年も両家一緒に初詣に行こうという話になっていたのだ。
ただ、朝になって親達は少し遅れて向かうことになったらしく、涼太と姫奈で先に行くことになった。
靴を履き終えた涼太は、ガチャリ、と玄関扉を開けながら言った。
「はいはい、お待たせしましたよっと。ったく、別に初詣は逃げたりしないんだからそんな急かさなくてもいい……って、え……ヒ、ヒメ……?」
眩しい外の景色に一瞬目を細めた涼太だったが、すぐに鮮明になった視界の真ん中に映った姫奈の姿に、不覚にも呆然としてしまった。
「もぅ、遅いんですけど、リョウ君。着付けした私より遅れるってどういうことなんですかね~?」
「…………」
「えっと、リョウ君……?」
涼太が目を見開いたまま惚けているので、姫奈が不思議そうに小首を傾げると、涼太の口から感嘆の息が零れ出た。
「めっちゃ……綺麗…………」
「へっ……!?」
「え? あっ、しまっ……思わず……!」
はっ、と我に返った涼太が慌てて自分の口を手で押さえるが、時すでに遅し。
一度口を衝いて出た言葉は、姫奈の耳に届くことはあっても涼太の喉へ戻ってくることはない。
口にするつもりのなかった本音を呟いてしまった涼太も、ストレートな感想に不意を突かれた姫奈も、それぞれの顔をカァ、と紅潮させる。
しかし、涼太がそんなヘマをしでかしてもおかしくないほどに、姫奈の和装は美麗だった。
青を基調とした生地は裾に向かうにつれて桃色のグラデーションが掛かっており、至る所に桜の柄が描かれた小紋の着物。
胡桃色の髪は前髪と横髪を残して結い上げられており、花弁のような装飾が揺れるかんざしで留められている。
そのため、普段は下ろされた髪で隠れている白いうなじが惜しげもなく晒されていて、妙に色香を感じさせる。
「あ、あのさぁ……」
「は、はい、何でしょう……!?」
赤らんだ顔のまま半目を向けてくる姫奈に、涼太はビクッと身体を震わせる。
「不意打ちで褒めるの、やめてもらっていいですかね」
「す、すまん……つい……」
「……ふぅん、つい……ねぇ……?」
「な、何だよ……」
姫奈が意味ありげに口許を緩めたので、今度は涼太が半目を作る番だった。
訝し気な涼太の視線の先で、姫奈が「ぷっ」と吹き出してから、けらけら笑う。
「まぁ、許してあげる。元はと言えば、思わず見惚れて本音を溢しちゃうくらい、私が可愛いのが悪いんだし」
「い、いやいや、和装はズルだろ。あらかじめ言っといてもらったら……」
そう。
不意打ちを喰らったのは涼太の方だ。
何の心構えもなく姫奈の和装など見せられれば、それは驚きもするし、見惚れもしてしまう。
しかし、姫奈はそんな涼太の反応がお気に召した様子で、愉快そうに目を細める。
「いやぁ、それじゃサプライズにならないでしょ」
「そのためだけに着付けなんて面倒なことを……」
「失礼しちゃうなぁ。リョウ君のためなんだけど?」
「その心は?」
「着物姿の私を見れたら嬉しいかなって」
「まぁ、確かに眼福ではあるな」
「でしょ? 新年早々福を届けるなんて、私って良い幼馴染だね、リョウ君?」
姫奈がそう言って同意を求めてきたので、涼太は確かに幸せな気持ちになりながら微笑んで、肩を竦めた。
「ま、今のところ福は目にしか来てないけどな」
「良かったね、目が二つもあって」
「いっぺんに福が二つってことか?」
「そ」
「お得な福もあるんだなぁ~」
そろそろ出発しようかと、涼太は足を踏み出した。
姫奈も涼太が歩き出すのに合わせて、隣に並ぶ。
「それにしてもヒメって、何か青色似合うよな?」
「そうかな?」
「何だ? 『私、何色でも似合うけど?』って?」
「言わないからぁ」
「なるほど。思ってるのか」
「この人ホント、新年早々ムカつくんですけどぉ~」
そう口にする姫奈の草履が奏でるジャッ、ジャッ……という足音は、心なしか軽やかになったようだった。
「あ、そういや明けましておめでとうヒメ」
「いや、おっそいなぁ~」
「まぁ、昨日ヒメん家で年明けした瞬間にも言ったから、もういいかなぁと思ったんだけど……一応な?」
「そういうことならまぁ……あけおめ、リョウ君」
「……何か、変な感じだな」
「そりゃ、タイミングが変だからでしょ」
「そっか」
「そうだよ」
並んで歩く涼太と姫奈の肩は、上下に小刻みに揺れていた――――
◇◆◇
涼太と姫奈の住まいがある住宅街から、徒歩で二十分弱南下したところにある小さな山を登ったところに、地元の神社がある。
この辺りに住む人達は、よっぽど行きたい神社か寺がない限りは、大抵この神社にお参りに来る。
小さな山の小さな神社。
とはいえ、やはり元日なだけあって人口密度が半端じゃない。
「これは……お賽銭箱に辿り着くまでの道のりは険しそうだな……」
石で造られた階段を登り切った涼太は、鳥居から本殿までとそう離れていない距離の間に群がる人集りを目の当たりにして、息を飲む。
「ひょろいリョウ君には厳しそうだね」
「ヒメも大概華奢だろ」
「えぇ~、そうかなぁ? 私、意外とリョウ君より力あったり――きゃっ!?」
姫奈が着物の袖を捲って右腕を折り曲げて力こぶを作ろうとしたときに、行き交う人の誰かとぶつかった。
着物で動きづらいのが大きいか。
その場で踏ん張ることが叶わず、身体をよろめかせる姫奈。
「ヒメ……!」
「あっ……!?」
涼太は咄嗟に手を伸ばして姫奈の腕を掴むと、そのまま転ばないようにグッと自分の方へ引っ張った。
少し力が余ってしまったのか、姫奈の身体は涼太の胸に収まる距離まで引き寄せられる。
「ちゃんと周り見ないと危ないぞ」
「あ、えと……うん。ありがと……」
姫奈を助けることに意識が向いていたため涼太の様子に変化はないが、姫奈は突然のことに早まる鼓動を押さえられずにいた。
これは転びそうになったから心拍数が上がっているのか、それとも…………
「まぁ、着物だと動きにくいだろうし、はぐれても大変だ」
姫奈が自分の胸の奥の騒がしさに戸惑っているところに、涼太は普段の調子でその手を握った。
「人混み抜ける間は離すなよ?」
「ぁ……」
今更ながらに、姫奈は女の子である自分の手と、涼太の手が全然違うものであることを理解させられた。
迷わず自分の手を引いて、比較的進みやすい道を選別して歩いていく涼太の後ろ姿から、姫奈はどうしても目が離せずにいた。
「あぁ、もう……着物の帯、キツイなぁ…………」
姫奈は涼太の耳に届かない声量でそう呟いて、自分の胸に掛かる圧迫感に、言い訳をした――――




