第25話 初恋幼馴染は心臓に悪い
「君は、あまり気分が良くなさそうだな。何か、悩んでいるようだ」
「……っ!?」
優香の言葉に、蓮は目を見開いた。
まさか初対面の相手に。
それもまだ顔を合わせて五分と経っていない相手に、心の奥を見透かされるとは思っていなかったから。
蓮は本心を隠して取り繕うのが得意なタイプだと自覚している。
もちろん交友関係は広い。
誰とでも分け隔てなく接している。
それでも、自分の内側の一定の場所までしか踏み込ませない。そして、それを悟らせないようなコミュニケーション方法を取っている。
しかし、この優香はそんな心の扉など児戯に等しいとでも言わんばかりに、容易く解錠して奥深くを覗いてきた。
「凄い、ですね。橘先輩」
「そうか? まぁ、洞察力にはそれなりに自信があるかな」
優香は微塵も誇るような表情は見せず、ただ淡々と語る。
「君は恐らく相談することが苦手だろう。大抵のことは自分一人で解決出来る能力を持った人に割と多い傾向だ。いざ困ったとき、人にどう頼れば良いのかわからない……違うか?」
「い、いえ……多分、合ってます」
「加えて言うなら、君は友達は多いが心から信用している相手は限られているような……交友関係は広く浅いタイプだな」
「……実は先輩、占い師だったりします?」
的中しすぎていて少し怖くなった蓮。
半端な占い師よりよっぽど相手の本質を見抜いている優香に、苦笑交じりで言う。
「なに、簡単なコールドリーディングだ。私は君のおおよその特性を見ただけで、実際のところ君が何に悩んでいてどうしたいのかは、一切わからない」
君が語らない限りはね、と付け加えて、優香は一度体育館の方を見やってから、目の前の蓮へ視線を戻した。
「まぁ、話はこれくらいに。まだ練習があるんだろう?」
「あっ、そ、そうですね」
最初はボールを取りに行くだけのつもりだった蓮だが、妙に『橘優香』という少女が纏う不思議な雰囲気に引き込まれていた。
それこそ、本当はもっと話したいくらいに…………
――と、そんな蓮の名残惜しさを察したのか、優香がスケッチブックの端に何かを書き込んで、その部分を破って手渡してきた。
「私は基本暇だ。もし私の話し相手になってくれる気があったら、連絡してくれ。もちろん、話題は何でも構わない」
受け取ったそれは、優香の連絡先だった。
これまで何度異性と連絡先交換をしてきたか。
そして、それを何度億劫だと感じてきたことか。
でも、この瞬間だけは違った。
ブワァアアア、と胸の奥底から何かの感情が込み上げてくるのがわかる。
正体はわからないが、負の感情でないことだけは確かだった。
「あ、ありがとうございます!」
「……ふふっ、君はおかしなことを言う。連絡してくれとお願いしたのは、私だというのに」
もちろん蓮は、優香のそんな言葉が建前であることは理解していた。
優香は“良ければいつでも相談に乗る”というつもりで、蓮に連絡先を渡してくれたのだ。
そのことを、蓮が申し訳なく思ったり、借りと思ったりしないようにするための、方便に過ぎない。
だから、蓮は――――
「いえ、それでもです。是非、連絡させてください」
「ああ。いつでも」
最後に深くお辞儀をしてから、蓮はボールを持って体育館の方へと駆けて行った――――
◇◆◇
十二月三十一日。大晦日。
涼太は音瀬家にやってきていた。
というのも、今日は涼太の母親と姫奈の母親が一緒に正月のお節料理を準備するために、昼間から音瀬家のキッチンに立っているのだ。
クリスマス夕食会は清水家でやったので、正月は音瀬家で祝おうという流れ。
涼太はそんな母親に同行して、特に何をするわけでもなく、姫奈と共にリビングに置かれているこたつでぬくぬくしていた。
ちなみに、涼太の父親は一人で寂しく自宅のリビングで過ごしていることだろう。
「リョウ君は手伝わないの? 料理得意じゃん」
「リョウ君も、の間違いだろ?」
「もぅ、細かいなぁ~」
姫奈は長方形のこたつの辺の短いところに腹から下を突っ込んで足を長く伸ばし、仰向けに寝転がっている。
涼太は辺の長いところに胡坐をかいて座り、スマホを横向きにしてソシャゲを嗜んでいた。
「細かい男は嫌われるよ?」
「今更だろ」
「……あと、片手間に話す男も嫌われるよ」
「…………」
ピタリ、とスマホを操作していた涼太の手が止まる。
ゆっくりと視線を向ければ、姫奈が拗ねたように頬を膨らませてこちらを睨んできているのが見えた。
「人の好意を人質に取るな……」
少し離れたところにあるキッチンに立って、談笑しながら調理している母親達に聞こえないよう配慮した声量で、そう呟く涼太。
スマホをこたつの上に手放した涼太に、姫奈はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「悪い女だからね、私」
「というより、面倒臭い女だな」
「あぁ~、それ傷付くんですけどぉ~」
姫奈が頬を膨らませて見せる。
涼太はその頬の風船を人差し指で突いて、萎ませた。
「自覚してるくせに」
「ん~、バレてた?」
「バレバレだな」
二人の視線が重なり、ぷっ、と堪えられなかった笑いを吹き出すタイミングも重なった。
「でも、リョウ君はさ」
「ん?」
姫奈は寝かせていた上体を起こした。
こたつの上に腕枕をして頭を置き、涼太の顔を見上げる。
「(そんな私が好きなんですよねぇ~?)」
「……っ!?」
間違っても親に聞かれないような囁き声。
同時に、こたつの中の秘匿された空間内で、姫奈がつま先で涼太の足にツンと触れた。
ドキッ、と跳ね上がる涼太の心臓。
こたつで温まったせいか、気恥ずかしさのせいか……微かに頬を色付かせてはにかみ、こちらを見詰めてくる姫奈。
胡桃色の髪がいつものように手間の掛かるハーフアップではなく、後頭部の低い位置で緩く一つ結びにされているため、どことなくラフな雰囲気を纏っているのも相まって、涼太の鼓動は落ち着く気配を見せない。
「……訂正。心臓に悪い女だよ、ヒメは」
「リョウ君は胃袋に良い男だけどね」
「胃薬か、俺は」
姫奈はくつくつと笑っていた――――




