第23話 初恋幼馴染は眠れない?
「ま、まぁ、仕方ない……取り敢えず寝るか……」
涼太が姫奈と並んでベッドの横に立つ。
見慣れたベッド。
一番リラックス出来る場所と言っても過言ではないはずなのに、今このときばかりはまったく落ち着ける気がしない。
「俺が奥の方が良いよな?」
「どっちもあんまり変わらないけどね」
姫奈はそう言うが、涼太は万が一……億が一でも自分が間違いへ走りそうになったときに、姫奈が逃げやすい方に寝かせるつもりでいた。
ベッドは壁際に置かれているため、奥側に寝ると逃げ場がない。
(いやっ、何もしないけどさ……!?)
涼太は再度自分に固く誓ってから、先にベッドへ身体を入れる。
普段ならベッドの真ん中にうつ伏せになって寝るが、それではとてもではないがスペースが足りない。
壁の方を向いて身体を横向きにし、なるべく端に詰めて寝そべった。
「えっと……じゃあ、失礼します……」
「お、おう……」
涼太はひたすらに壁を睨んでいるため、今姫奈がどんな顔をしているのかはわからない。
それでも、ありありと伝わってくる。
掛け布団が捲られる感覚が。
ギィ……、と微かにベッドを軋ませて、姫奈が身体を滑り込ませてくる気配が。
普通のシングルベッド。
当然一人で寝ることを想定した造り。
いくら涼太が端に詰めていても、少し動くだけで脚同士が触れ合うし、背中にも姫奈の身体が当たる。
「あはは……やっぱ、ちょっと狭いね」
「だな……」
「まぁ、あったかいから良いけど」
「冷たっ……って、おいヒメ、脚……!」
仕方なく触れ合ったという感じではなかった。
どう考えても意図的に姫奈が脚をくっつけてきたので、涼太は振り返りたくなる衝動を抑えて、壁に向かって文句を言う。
しかし、背中越しにもわかる。
姫奈は笑いを堪えるように肩を震わせていた。
「ね、冷えてるでしょ?」
「わかったから、くっつけるなよ……」
「えぇ、あっためてよぉ~」
「っ、お前なぁ……!」
どうやら姫奈は自分がどんな状況に置かれているかを正しく理解出来ていない――そう思った涼太は、たまらず身体を振り返らせた。
そこには、こちらに背中を向けた状態で横たわっている姫奈の姿……では、なく…………
「「――っ!?」」
涼太の黒い瞳と、姫奈の榛色の瞳が出逢った。
丸く見開かれた姫奈の瞳には、涼太の驚き顔が反射している。
「な、何でこっち向いてんだよ……」
「リョウ君だって、今こっち見てるじゃん……」
「そりゃ、ヒメが変なことしてくるから文句をだな……!」
涼太は至近距離で見詰め合っているこの状況に顔が熱くなっていくのを感じながらも、諭すように半目を向けた。
「ヒメはもうちょっと警戒心を持たなきゃダメだ。確かに隣に寝てるのは気心の知れた幼馴染かもしれないが、同時に、その……お前のことが好きな一人の男子なんだからな……!」
その言葉を受けて、姫奈は一瞬ビクッと身体を振るわせてから、恥じらったように目線を下げた。
「わかってるんですけど……」
「わかってるんだったら、頼むから大人しく寝てくれ……俺の理性が持たないから……」
「……持たなかったら、どう……なるの……?」
「……襲いたくなる」
「襲うの?」
「……多分、襲わない」
涼太は再び壁の方に身体を向けた。
「前に言っただろ。ヒメがその口で『俺が良い』って言うまで、絶対に手は出さないって」
姫奈が失恋した日。
秋雨と涙に濡れた日。
姫奈が自暴自棄になったあのときに、涼太は知ったのだ。
リョウ君なら良い、と言われる虚しさに。
リョウ君が良い、と言われたい願望に。
もしかすると、姫奈は頼めばそれなりのことをしてくれるのかもしれない。
姫奈だって年頃の女子で、そういうことに興味がないわけではなだろうし、試してみるというだけであれば、やはり涼太は手近で信用のおける男子だ。
しかし、涼太はそれを望まない。
涼太が姫奈を欲するのは、決して身体が目当てだからではない。
その心が、欲しいのだ。
ずっと……ずっと、ずっとずっとずっと、姫奈が蓮を見ている間もずっと、涼太はそう想い続けてきた。
「まぁ、そういうことだから」
「…………」
涼太は最後に「おやすみ」と短く付け加えてから、目蓋を閉じた。
だから、涼太は知る由もない。
背中で姫奈がどんな顔を浮かべているのか。
暗闇の中でもわかるほどに、見開いた瞳を熱っぽく輝かせていることを。
見事に頬が朱に染まっていることを。
そして、どうしようもなく込み上げた嬉しさが、姫奈の口許を緩めていることを。
「……うん、おやすみ。リョウ君……」
こんな状況だというのに、姫奈は何故か温かな安心感に抱き締められて、妙に落ち着いた心地で、目蓋を閉じた…………
◇◆◇
チュン……チュンチュン…………
「ん……うぅん……」
朝の気配に、深いところへ沈んでいた涼太の意識がスゥと引き上げられる。
胡乱とした意識の中で、徐々に身体の感覚が目覚めていく。
温かい。
柔らかい。
良い匂い。
程よい大きさでベストな抱き心地。
そんな何かが腕の中にすっぽり収まっていて…………
「……って、何だコレ……?」
その謎の正体を知るべく、涼太が目蓋を持ち上げると――――
「……あ、やっと起きてくれた」
「え……ヒメ……?」
そこには、気恥ずかしさと呆れを半々に含んだようなジト目を向けてくる姫奈の顔があった。
あまりに衝撃的な目覚めに、涼太の頭の中は一瞬真っ白になるが、直ちに眠気を吹き飛ばして思考が高速回転し始め、昨晩の出来事を思い出す。
「っ、そういや俺達一緒に寝て……!?」
「ねぇ……もう十時なんですけどぉ。冬休みだからって起きるの遅くない?」
涼太の動揺など露知らず、姫奈は不満げに唇を尖らせた。
「えっ、十時? もう十時? この状況でよく熟睡出来たな俺……ってか、それならヒメもなんでまだここにいるんだよっ!?」
「そりゃあ、こうなってちゃ出られないよ」
「え……っ、あぁ!?」
入ってくる情報量があまりに多くて、真っ先に気付くべきことに意識が回っていなかった。
妙に抱き心地が良いモノが腕に収まっていると思っていたが、その正体は考えるまでもなく姫奈だ。
完全な密着状態。
涼太の右腕は姫奈の腰に回され、互いの脚は絡み合い、よくよく感じてみれば涼太の胸の下辺りにむにっ……、とけしからん弾力の感触があった。
「す、すまん……! ホントにすまん!」
涼太はバッ、と勢いよく手を離しながら謝る。
「いや、そんなに謝らなくても。私も、普通に二度寝しちゃったし……」
「……え、二度寝? この状況で?」
「まぁ……あったかかったし、リョウ君寝てるし良いかなぁ……と思いまして」
あはは、と小さく照れ笑いを浮かべる姫奈。
涼太は心臓を騒がしくしたまま、そんな姫奈の相変わらずのラフ加減にため息を吐いた。
「どこまで無防備なんだよ、ったく……」
このあと、姫奈が涼太の部屋にいた件については、『昼前になってもなかなかメッセージに既読のつかない涼太を姫奈が窓から起こしにきた』という具合で涼太の母親に説明することになった。
寝間着姿で?
窓の鍵は閉めてなかったのか?
……·と、多々理屈に合わない箇所もあるが、少なくともその点について涼太の母親が追及してくることはなかった。
バレているのかバレていないのか……説明中、意味深長にニヤニヤしていたのがその答えだろう……………




