第21話 初恋幼馴染は離れない
「で、こんな時間に何か用か?」
涼太は窓から部屋に迎え入れたばかりの姫奈に視線を向けた。
ゆとりのあるサイズ感の、起毛した生地で作られている温かそうな長袖パジャマ。
下にはショートパンツを履いているようだが、トップスの裾ですっかり隠れてしまっていて、一見すると何も着用していないようでもある。
涼太にとって、姫奈の長くしなやかな生脚を目にすることなど、これまでの付き合いの中で何度もあり、見慣れているもの。
とはいえ、今は状況が状況だ。
夜の暗い部屋に二人きり。
それもただの夜ではなく、クリスマスの夜。
その特別感が拍車を掛けて、妙なことは考えるなと自分に言い聞かせる涼太の心拍数を、否応なしに上げていく。
それでも何とか平静を装っていると、姫奈が右手で自分の左腕を抱くようにしながら答えた。
「用っていうかさ……何か、今、気まずいじゃないですか」
「んまぁ……確かに。ちょっとな」
涼太は気恥ずかしさから、頬を指で掻いた。
涼太も姫奈も、これまで互いに遠慮なんて無用に関わり合ってきたため、いざこうしてぎこちない会話しか出来ない状況になると、戸惑わずにはいられなくなる。
「でしょ? ずっとこのままってのも、やだし」
「どうにかしよう、ってことか」
「そ」
目蓋を上下させて肯定した姫奈。
榛色の瞳をジッと涼太に向けている。
「えっと、それは俺がどうにかしろっていう目?」
「そうですねぇ」
「でも、こればっかりは俺だけがどうこうして解決する問題じゃないだろ」
涼太と姫奈の気まずさは、二人ともに要因があるからこそ引き起こされているもので、涼太一人で状況を変えるのは不可能だ。
「お互いに気にしない、って思うしか……」
「……それは無理だよ」
姫奈が斜め下に視線を逃がした。
暗がりの中で、その頬は仄かに色付いている。
「気に……なるよ……」
チラッ、と姫奈が遠慮がちに上目遣いで見詰めてきた。
些細なその仕草一つで、涼太の心臓は忙しくなる。
(くっそ……ホント可愛いなコイツ……)
涼太は悶えそうになるのを、表情をやや険しくしつつも必死に耐える。
「ま、まぁ、結局は慣れるしかないんだろ」
「慣れる?」
「そう、慣れる」
涼太はベッドに腰を下ろして続ける。
「今までは、俺が自分の気持ちを隠して、ヒメはヒメで他に目を向けていたから成り立っていた関係だった。仲の良い幼馴染っていう関係だな」
他に目を向けていた――というのは、直接口にするまでもなく、蓮のこと。
「でも今は、俺はヒメのことが好きっていうこの気持ちを隠してないし、ヒメもそんな俺の気持ちと向き合ってくれる……って、言ったよな?」
涼太は昨夜――イブの夜に伝えられた姫奈の言葉の意味の受け取り方に相違がないか、一応確認を取る。
姫奈は「うん……」と横に垂れる髪を指で弄りながら、小さく頷いた。
軽く安堵した涼太は、ホッと息を吐く。
「だから、当然今までの関係のままではいられない。ただ“仲の良い幼馴染”でいることは、もう出来ない」
恋して、破れた姫奈と蓮がそうであるように。
涼太と姫奈もまた、互いの想いを知った今、もう今まで通りではいられない。
「そんな……」
姫奈は瞳を大きく開いた。
榛色の虹彩が、小刻みに揺れている。
「私……リョウ君まで、なくしちゃうの? もう、一緒にいられないの……?」
よろっ、と姫奈が一歩後退った。
――が、すぐに涼太がその手を掴んだ。しっかりと。
「アホか。俺がどっか行くワケないだろ」
「リョウ君……」
涼太が真剣な眼差しで、真っ直ぐ姫奈を見詰める。
姫奈もまた、そんな涼太の視線を戸惑いがちに正面から受け止めていた。
「ったく、ヒメも蓮も何でそう悪いように考えるんだよ……関係性が変化するのなんて当たり前だし、そうしないと前にも進めない」
前に似たようなことを蓮にも言ったな、と涼太は思い出し、呆れてため息を吐く。
関係性が変化したからと言って、一緒にいられなくなるわけではない。ただ少し、関わり方を変えるだけ。
それしきのことで完全に関わり合いがなくなってしまうほど、涼太、姫奈、蓮の幼馴染三人が築き上げてきた絆は脆くない。
「それに、俺は……嬉しかった……」
「嬉しい……?」
「その……ヒメが、やっと俺のこと、見てくれるんだって……」
涼太は話しながら、どんどん顔に熱が溜まっていくのを感じていた。
「ずっと、好きだったからさ……」
「……っ!?」
既にバレている気持ち。
既に知っている気持ち。
それでも、改めて口にされたその想いに、姫奈は驚いたように瞳を大きく見開いた。
「確かに、今は気まずいかもしれないし気恥ずかしいかもしれないが、俺はそれが良いことだと思ってる。だって、俺の欲しいモノは……これの先にあると思うから」
自分がどんな顔をしているのか自分ではわからない。
それでも、真っ赤に紅潮していることを確信しながら、涼太は姫奈を見詰めた。
そして、そんな涼太の熱が伝播したかのように、じわぁと姫奈の顔にも赤みが広がる。
握り合っている手が異様に熱く感じられるのは、涼太も姫奈も同じだった。
「わ、わかったから……もぅ、リョウ君」
「いいや、言わせてもらう」
「だ、ダメです……」
居たたまれなくなった姫奈が涼太から離れようとするが、涼太は握った手を離さない。
姫奈も赤面した顔こそ背けるが、握られた手を強く振り解くことは決してしない。
「俺は、ヒメが欲しいから……取りに行くよ」
「わ、わかったって……!」
「ホントか?」
「もぉぅ……この人ほんとイジワルなんですけどぉ……」
不満げに唇を尖らせてそう言った姫奈だったが、最後は恥じらいを隠せずにはにかんで、息をするように呟いた。
「……私のこと好きすぎだよ…………」




