第20初恋幼馴染は居たたまれない
十二月二十五日、クリスマス当日の夜。
涼太の家のダイニングはやけに賑わっていた。
それもそのはずで、今この場所には涼太とその父親、母親だけでなく、姫奈とその母親の姿もあるのだ。
普段このダイニングテーブルで夕食を囲うのは、大抵二人か三人。
組み合わせのパターンは様々。
シンプルに涼太ら清水家三人で食べるときもあるし、両親どちらかもしくは両方ともが仕事で遅くなるため欠けるときもある。
母子家庭で母親が忙しい姫奈が夕食を共にすることも珍しくない。
だから、単純に人数がいつもより多いというのも賑やかさの一因だろうが、やはり清水家と音瀬家は家族ぐるみで仲が良いという理由が一番大きいだろう。
ただ、仲が良すぎるというのも考え物で…………
「――もうねぇ、うちの子ったらいっつもヒメちゃんに甘えてるから、いつか鬱陶しがられて嫌われないか心配でぇ~」
「ちょ、母さん……」
半分冗談だろうが、涼太の母親が本人からすれば気恥ずかしくてたまらないことを楽しそうに話すので、涼太は勘弁してくれという視線を向けている。
また、それは姫奈の母親も似たようなもので――――
「いやいやぁ。姫奈の方こそ昔っから何でもかんでも涼太君頼りで、愛想尽かされたらどうしようってドキドキでぇ~」
「もぅ、ママってばぁ……」
姫奈も自身の母親へ呆れたような半目を向けていた。
そんなとき、かつては自分も思春期を経験しただろうに、一切その辺りに配慮されていない爆弾発言を、涼太の父親が愉快に笑いながら投下した。
「ははっ、それにしても本当に涼太と姫奈ちゃんは仲が良いなぁ。もしかして、付き合ってたり? はははははっ!」
「「――っ!?」」
ビクッ、と涼太と姫奈の肩が同時に固まった。
親達は三人とも「ははっ、ありえないか!」「うちの子じゃ釣り合わないわよぉ」「でもそれも良いかもねぇ~」などと楽しげに笑っているので、二人の様子には気付いていない。
そんな騒がしさの中で、涼太は茶碗を左手に持ったまま一旦食事の手を止めて、正面に座る姫奈をチラリと見る。
同じタイミングで姫奈も涼太のことを上目で見てきており、二人の視線がぶつかり合う。
「「……っ!?」」
パッ、と不自然なまでに慌てて互いに視線を逃がした。
涼太はご飯を口に書き込み、姫奈は横を向いてお茶を飲む。
『一人で勝手に私のこと好きになってないで、私もちゃんと好きにさせてよ……リョウ君のこと』
昨晩――クリスマスイブの夜。
金色に燦然と輝くイルミネーションの世界の中で姫奈が告げてきたその言葉が、涼太の頭の中に固く根付いて離れない。
そして、それは姫奈も同様。
自分の伝えた言葉に、面映ゆさを感じている。
そのため、昨晩イルミネーションから帰ってきてからというもの、涼太と姫奈はずっとこんな調子で、互いに居たたまれなくなってしまっている。
だが、こんな思春期特有の繊細な感情が、関係が親に勘付かれてしまったら、涼太は軽く死ねる自信があった。
(……っと、お茶お茶……)
平静を装いながら、涼太はダイニングテーブルの上のどこかにあるであろうティーポットを探す。
(っ、こんなときに限ってヒメの近くに……)
ティーポットは対面に腰掛ける姫奈の手元。
今の二人の状況では「取ってくれ」と一声掛けるだけでもハードルが高い。
ダイニングテーブルはそこそこの大きさがあるが、身を乗り出せば対面まで届かない距離ではない。
涼太は椅子から少し腰を浮かせて、上体と腕を伸ばした。
しかし、あと少しでポットを掴めるというところで、丁度同じタイミングで手を伸ばしていた姫奈の指先と涼太の手が触れ合ってしまった。
「あっ……」
「す、すまん……」
ドキッ、と心臓が跳ねるのに耐えられず、涼太はポットから手を離す。
「……普通に、言ってくれればいいのに」
「だ、だな……」
気恥ずかしくなって涼太が頬を指で掻いていると、ポットを持ち上げた姫奈がもう片方の手を差し出してきた。
「湯呑、ちょうだい」
「えっ? あぁ……」
入れてくれるということなのだろう。
涼太は自分の湯飲みを姫奈に手渡す。
その際、互いに再び手が触れ合わないよう、不器用に気を使っている様子。
「サンキュ」
「うん」
温かいお茶が注がれた自分の湯呑を受け取ると、涼太は短く感謝を伝え、姫奈も小さく頷いた。
この夕食の最後にクリスマスケーキが出てきたが、遂にそれを食べ終わるまで、涼太と姫奈の視線が一秒以上交わることはなかった――――
◇◆◇
清水家・音瀬家合同の賑やかなクリスマス夕食会が解散されてしばらく。
時刻は既に午後十一時を回り、クリスマスが終わるまでのカウントダウンが開始されていた。
風呂に入り寝る準備を整えた涼太は、自室のベッドで布団を被っており、あとは睡魔がやってくるのを待つばかりだったのだが…………
ピロン、という電子音が静かな部屋に響いた。
頭の上に置いていたスマホに着信があったらしい。
「こんな時間に誰だ……って、ヒメ……?」
スマホを確認してみれば、姫奈からメッセージが送られてきていた。
『窓開けて』
涼太はベッドから降りると、部屋の窓を隠していた遮光カーテンを開き、窓の鍵を外してからガラガラと横に開ける。
この窓の向かいは音瀬家。
より正確に言えば、音瀬家二階の一室――姫奈の部屋の窓がある。
「何か用か?」
同じように窓を開けてこちらに顔を出して姫奈に、涼太がそう尋ねると、姫奈はジッと涼太を見詰めながら言った。
「そっち、行って良い?」
「え?」
涼太は思わず疑問符を口にした。
何を言ってるのか聞こえなかったから聞き返したわけではなく、何故そんなことを言ってくるのかがわからなかったから声が零れたのだ。
しかし、姫奈は理由を語らない。
ただひたすらにジッと、目尻が少し垂れたその榛色の大きな瞳で見詰めてくるだけ。
「……まぁ、良いけど」
「ありがと」
涼太が許可を出すと、姫奈は自分の部屋の窓枠に足を掛け、身を乗り出した。
上は起毛した生地の長袖パジャマだが、脚を持ち上げたときに白い生脚が見えたので一瞬何も履いていないのかとドキッとした涼太だったが、どうやらショートパンツを履いているらしい。
だからと言って露出が多いことに変わりはなく、安心も出来ないし、一度加速した心拍数が元に戻るわけでもない。
目のやり場に困りながらも、補助として手を差し伸べる涼太。
「ほれ」
「うん」
その手をしっかりと握った姫奈が、自室の窓から飛び出した。
涼太の部屋の窓の下には一階部分の屋根があり、姫奈はそこを足場に一度着地してから、少し涼太に引っ張り上げられながら、窓から入ってきた。
小さい頃はよくこうして姫奈が涼太の部屋に遊びに来ていた。
流石に高校生にもなって人の部屋に窓から入るなんてことはないだろうと涼太は思っていたが、どうやら姫奈の中にはまだこのルートが残っていたらしい。
もう使うことはないだろうと部屋の隅に置いていた長い木の棒で、涼太はまず向かいの姫奈の部屋の窓を閉めてから、自室の窓も閉めた。
照明の点いていない暗い部屋。
パジャマ姿の姫奈と二人きり。
クリスマスの夜は、どうやらまだそう簡単には終わってくれないらしい――――




