第15話 初恋幼馴染は気になっているかもしれない
十二月二十一日、金曜日。
笠之峰高校では明日から冬期休暇に入るという今日の昼休み――――
「実は、結構前から音瀬のこと気になっててさ……」
「あ、あぁ……」
体育館裏の外階段の下。
姫奈は高二の先輩男子に呼び出されていた。
用件はもちろん――告白。
「だから、良かったら付き合って欲しいんだけど……どう?」
「えぇっと……」
姫奈はこの先輩のことを知っていた。
というのも、バスケ部に所属しているため、蓮の朝練の様子を見に行っていたときによく見掛けていたのだ。
挨拶程度であれば何度か交わしたこともある。
バスケ部なだけあって上背があり、身体も引き締まっている。
髪は短く切られていてスポーティーであり清潔感もある。
顔の作りも充分整っている部類に入る。
男性としての魅力は申し分ないはず。
しかし――――
「ごめんなさい。先輩とは、付き合えません」
姫奈は小さく頭を下げた。
あまりにいつもの光景すぎて危うく「先輩とも――」と口にしそうになったが、寸前のところで耐えた。
顔を上げると、姫奈の視界には先輩の少し残念そうな表情が映る。
「あぁ~、やっぱ無理か。流石の難攻不落っぷりだな、音瀬」
気まずさを和らげるためだろうか。
ははっ、と軽く笑って頭を掻く先輩。
(へぇ……私って、そんな風に思われてるんだ)
誰が告白しても首を縦に振らないせいか、『難攻不落』として知られているらしいことを、先輩の口振りから初めて知った姫奈。
それについては特に何とも思わないが、「やっぱ無理か」と言われたことだけは引っ掛かった。
(そんなダメ元みたいな感じで告白される側の気持ち、わからないんだろうなぁ……)
一言で表せば、誠意を感じない。
告白というのは一人では成立しないのだ。
想いを告げる側がいるとき、その気持ちの聞き手が存在する。
聞き手はその瞬間のためにわざわざ付き合う義理もないような相手のために時間を割くというのに、想いを告げる側がそんな調子では不愉快と言わざるを得ない。
加えて、告白する日が、どうして明日から冬期休暇に入る今日なのか。
ダメ元の告白。
それでもフラれれば多少なりともショックを受ける。
中にはそれを恥と感じる人もいるだろう。
しかし、明日から学校に来なくていいのであれば、誰が誰に告白してフラれたなどという噂も比較的広まりにくいだろうし、この場で恥を掻いても逃げることが出来る。
卑怯な魂胆が透けて見える。
重ねて心の不快指数が上昇する。
だが、これでも相手は先輩――上級生。
被る仮面は一級品。
取り繕うことに関してはプロフェッショナルな姫奈は、そんな本心を悟らせない状況に応じた微笑みを浮かべる。
「聞きたいんだけどさ、何で誰とも付き合わないの?」
「え?」
「いや、誰が告白してもオッケー出さないじゃん? 何でかなぁ~って思うのは自然でしょ?」
先輩の疑問に、姫奈は反射的にこれまで通り「好きな人がいるんで」と答えそうになったが、その言葉は胸につっかえた。
(あ、そっか……今は、好きな人いないんだ……)
姫奈は改めて今の自分の状況について考えさせられた。
これまではずっと蓮が好きだった。
だから、誰に告白されても迷わず『ノー』と答えていたし、前提として他の誰もが恋愛対象に入っていなかった。
でも、今は違う。
確かに先月上旬に失恋してからしばらくは、やはりまだ心のどこかで諦められない“好き”という気持ちが残っていた。
しかし、涼太の支えもあり、時間が経過するごとに気持ちを切り替え、前向きになれている。
今では蓮に振られたあの日の出来事も、自暴自棄になって涼太にとんでもないことを口走ったことも、青春の一ページとして思い出になるんだと受け入れるくらいの余裕は出来た。
だから、ここで「好きない人がいるんで」と答えるのは噓になる。
別に、先輩に嘘を吐くのは構わない。
大した交流もなく、仲良くもない。
嘘をついても何の罪悪感すら湧いてこないだろう。
しかし、「何で誰とも付き合わないの?」という先輩の質問ではなく、まったく同じ内容の自分自身への問い掛けに嘘を吐くのは……嫌だった。
だから、姫奈は――――
「そう、ですね……」
何でだろう、と考えた瞬間、何故か脳裏にいつも傍にいてくれる一人の男子の姿を過らせて――――
「気になってる……かもしれない人が、いるからですかね」
「……何だそりゃ?」
「私にもよくわかりません」
ではこれで――と、姫奈は最後に小さく一礼してから先輩の前をあとにした。
そして、体育館裏から角を曲がって本校舎の方へ向かおうとしたところで、見知った――どころではない男子が慌てて走ってきた。
「い、いたっ……! ったく、ヒメお前なぁ……!」
「あ、リョウ君だ」
はぁ、はぁ、はぁ……、と傍までやってきた涼太が、大きく肩を上下させながら口から白い煙を吐き出している。
そんな呼吸が整わぬまま、涼太は自分のスマホを突き出して、姫奈とのメッセージのやり取りが映し出された画面を見せる。
「何が『ちょっと告白されてくる。体育館裏外階段下』だよ……! 急なんだよ、マジで……!」
「だって急に呼び出されたんだもん」
「俺が行くまで待たせとけよ、危ないな……」
「もぅ~、この人過保護すぎるんですけどぉ。私が告白される度に駆け付けてたんじゃ、キリないよ? ホントに。あ、自慢じゃないよ? ホントに」
そうは言いながら微かに得意気な色が表情に滲む姫奈だったが、涼太は「わかってるって」と、ようやく自然な呼吸の調子を取り戻しながら答えた。
「まぁ、でも無事に済んだみたいで良かった」
戻るか、と安堵したように身を翻す涼太。
一歩、二歩三歩――と、さっき走ってきた本校舎の方へ歩いて戻っていくその背中を、姫奈は呆然と見詰める。
気付けば、自然と頬が緩んでしまっていた。
(ホント、馬鹿みたい。私のこと好きすぎだよ……)
「おい、ニヤニヤしてないで早く行くぞ。冷えるし」
「私、別にニヤニヤしてないんですけどぉ~」
「いや、今めっちゃしてたから。どうせロクでもないこと考えてたんだろうが」
一度立ち止まって振り返った涼太の隣まで小走りに駆け寄った姫奈は、そんな言われようにムッと頬を膨らませながら、二人並んで歩き出す。
「はいはい、そうですね。ロクでもないことですよ~」
「知ってるって」
「わぁ~、この人やっぱウザいわぁ~」
けらけら、と。
やはり姫奈は、自然と笑ってしまうのだった。
交わされる何気ない会話が、軽口が、手放せないほどに心地良くて――――




