第11話 初恋幼馴染は知りたい
「ねぇ、リョウ君」
「ん~?」
風邪が治り、明日には学校に行けることになった涼太。
放課後いつもの如くその自室にやって来た姫奈が、気負うことなく我が物顔でベッドに腰を下ろす。
「私は元々笠之峰に入学出来る頭じゃなかったワケですよ」
「今更どうした」
「なので、ギリギリで入学した私は日々の授業に付いて行くのが精一杯なワケですよ」
一体何が言いたいんだと怪訝に目を細める涼太は、学習机の前の椅子に座ったままクルリと振り返る。
「そして、そんな私の前に迫ってきている期末テスト」
「…………」
おおよそ何が言いたいのか理解した涼太が、呆れたように半目を作ったが、姫奈は構わず話を続ける。
「私を笠之峰に入学させたのはリョウ君ですよね?」
「受験勉強の面倒は見たが、入学を決めたのはヒメだ」
「でも、リョウ君も乗り気だった」
「ま、まぁ、それはそうだが……」
「つまり、リョウ君には少なからず私を笠之峰に入れた責任があるワケですよ」
酷い理屈だ、と涼太は思ったが、まったくの見当違いということでもないのもまた事実。
このまま姫奈が笠之峰の学習ペースに付いて行けず、どんどん落ちこぼれていく姿は涼太としても見たくないし、そうなるとやはり受験の手助けをしたことに罪悪感を感じてしまうことになるだろう。
「はぁ、回りくどいなぁ。もうハッキリ言ってくれ」
「私のテスト勉強見てくれますよね?」
「見てください、だろ? ったく、最初から素直にそう言えよ……」
姫奈の勉強を見るなんて今に始まったことではない。
普通にお願いされれば断る気もない。
それなのに、わざわざ理屈を引っ張り出して退路を断ってから頼みごとをしてくるあたり、やはり姫奈は素直な性格をしていのだとわかる。
「で、何の教科?」
「ん~っとね。国総、数ⅠA、コミュ英、英表、現社、化学基礎、物理基礎、生物基礎……それから――」
「んあぁ~、わかったわかった。全部な? けど、せめて家庭科とかそこらの副教科は自分で頑張れ」
「えぇ~、ケチだなぁ」
「どこがっ!? 出血大サービスだろこの野郎!?」
「野郎じゃなくて女郎ですぅ」
「そんなことは知ってんのな……」
大きくため息を吐いた涼太は立ち上がり、畳んであった円形の座卓を取り出す。
「ったく、つい昨日まで風邪だった人を扱き使いやがって……」
そう文句を呟きつつも、涼太は「まずはどこが理解出来てないのかを明確にするところから始めるぞ」と言って姫奈のテスト勉強に付き合う準備を始めるのだった――――
◇◆◇
「ふぅ……ちょっと休憩」
「早い早い。まだ初めて三十分しか経ってないぞ?」
もう少し頑張れ、という涼太の励ましも虚しく、姫奈は床に座ったまま上体を捻り、体重を預けるようにベッドに顔を埋めた。
それを見た涼太は、微かに顔に熱が溜まるのを感じながら、ため息混じりに言う。
「ヒメお前なぁ……いつか言おうと思ってたけど、そうやって気安く他人のベッドに寝たりもたれたりしない方が良いぞ……?」
「えぇ、なんで?」
「何でってそりゃ……」
口籠る涼太を尻目に、姫奈はベッドの上に置いてあるクッションを胸に抱き、真っ直ぐ涼太の方へ向き直る。
そんな姫奈の姿を直視出来ず、涼太は視線を斜め下へ逃がした。
そのクッションは、涼太がうつ伏せで寝る際によく片腕に抱いて、抱き枕代わりにしているモノ。
それをこうやって遠慮なく抱き締められると、クッションに姫奈の妙に甘い匂いが染み込むので、涼太は夜、その残り香に悶々とさせられることになってしまう。
だが、それを理由として口にするのは少々はばかられるので、涼太がどう説明しようかと頭を捻っていると――――
「あ、凄くリョウ君の匂いがしますねぇ……」
「……っ!?」
ドキッ、と涼太の心臓が大きく跳ねた。
(コイツ、わざと言って――るわけじゃないから質が悪いっ……!!)
姫奈が抱いたクッションに顔の下半分を埋めている。
可笑しそうに、それでいてどことなく心地良さそうに細められる榛色の瞳。
居たたまれなくなった涼太は、二歩半ほど四足歩行で姫奈に近付いて、そのクッションを奪い取ろうと手を伸ばす。
「あ、明日洗濯しとくから……」
「ん~?」
しかし、姫奈はそんな涼太の手から逃れるように身体を捻ると、顔下半分を埋めたまま言った。
「別に臭くないよ? 汚れてないし」
「っ、お、お前、ホントそういうことをさぁ……」
涼太は文句を言ってやろうとしたが、姫奈が素でわかってなさそうに瞳を瞬かせるので、暖簾に腕押しだと思って後ろ頭を掻き諦める。
もう勝手にしてくれという具合に、涼太が元の場所に戻ろうと姫奈から離れようとしたとき、姫奈が話を切り出した。
「……そういえばさ、リョウ君」
「ん?」
涼太は動かしかけていた身体を止めて、姫奈に向き直る。
すると、先程までのやり取りからは想像も出来ない、妙に恥じらったように目を伏せる姫奈の姿があった。
「聞きたいことが、あったんですけど……」
「何だよ」
クッションを胸に抱く腕にギュッと力が入り、クッションにシワが浮かぶ。
「リョウ君ってさ、その……どうして自分の好きな人の恋を応援してたの……?」
スッ、と恥じらい混じりの上目と共に投げ掛けられた問いに、涼太は一度目を丸くした。
言うまでもなく、涼太の意中の相手は姫奈だ。
そして、姫奈もそれを知っているからこそ、当然思い至る疑問。
涼太は数秒の間を置いてから、気恥ずかしさを誤魔化すように人差し指で頬を掻きながら答えた。
「そりゃ、好きな人には幸せになってもらいたいだろ?」
「幸せに……?」
「あぁ」
頷く涼太に、姫奈は若干前のめりになりながら疑問を重ねる。
「でも、好きな人だったら誰かに取られるのって嫌じゃないの? 私だったら……嫌なんですけど……」
再び伏目になる姫奈。
私だったら――というのは、やはり蓮のことだろう。
少なくとも姫奈自身が抱いていた、抱いている蓮への好意はそういうもので、だからこそ涼太のしていたことが理解出来ない。
涼太が姫奈の恋を応援する行為は、イコール好きな人を自分から遠ざけることに他ならないのだから。
それでも、涼太は姫奈の疑問に迷わず答えた。
「ああ、俺も嫌だ」
「えっ?」
姫奈は呆然とした。
まさか同意が返ってくるとは思わなかったのだ。
涼太はその反応が可笑しかったのか、小さく笑いながら肩を竦めた。
「そりゃ嫌に決まってるだろ。好きな人は自分の傍に置いておきたいし、自分だけを見ていて欲しい。いくら親友とはいえ他の男とくっつくなんて、考えるだけで心臓が潰れそうになるよ」
「え、じゃあ何でリョウ君は――」
「――それでも、ヒメの幸せが最優先事項だったから」
好きな人、と明言を控えていたのを、涼太はそれが姫奈であるとハッキリ口にして答えた。
姫奈を幸せにする役目は自分じゃなかった。
素直に悔しいし悲しいと、涼太だって思う。
しかし、自分以外の誰かが、姫奈を本当に幸せにすることが出来るなら、涼太は恋心を隠し続けたまま姫奈の幸せを願い続けるつもりだったのだ。
「……ゴメン、私……全然リョウ君の気持ち考えずに、ずっと蓮君ばっか……」
涼太のやってきたことがどれだけ痛みを伴うものか。
叶わない恋の味を知った今、それを理解した姫奈は顔をすべてクッションに埋めた。
「おいおい、勘違いするなよ? 全部俺が決めて、やりたくてやったことだ。ヒメが申し訳なく思う必要もないし、まして謝る必要なんて皆無だ」
それを言うなら、と涼太は曖昧な表情を見せる。
「俺だって、もっとちゃんと蓮の気持ちを確認しとけば、ヒメを傷付けるようなことせずに済んだんだからな」
「それは違うよ、リョウ君」
スッ、と姫奈の顔が持ち上げられた。
「私、リョウ君に感謝してる。結局フラれちゃいはしたけど、やれることはやり切って……後悔はしてないから」
まだ完全に失恋を乗り越えたとは言い難くも、真っ直ぐ涼太に向けられる瞳には、前に進もうとする意志が宿っていた。
「……そっか」
「ま、それに私、モテるし。蓮君なんかよりイイ男、捕まえるので」
「ははっ、それが良いな」
蓮は確かに魅力的な青年だ。
それでも、世界に蓮よりイイ男がいないなんてことはない。
蓮よりずっと魅力的な男を掴まえて、輝かしい幸せを勝ち取って、いずれ姫奈を振ったことを蓮に後悔させてやればいいのだ。
同じことを考える涼太と姫奈は、互いに笑みを向かい合わせた――――




