41.最後に笑うのは愛
胸を張って言い切った私を、シロカさんは鼻で笑った。声にもはっきりとあざけるような響きが含まれている。
「マザーを倒すって、あなたにできるの? あれだけ兵器からも愛からも逃げ回っていたあなたが?」
「うん、今でも私は逃げてる。できることなら、そういうかっこいい役目はサクヤあたりに譲りたい」
彼女をまっすぐ見返してそう言いながら、カイに触れている右腕に力を込めた。彼の体温がじんわりと伝わってくる。
仕方なくとはいえ、自分から男性に抱きついているなんて、今までの私ならどう考えてもあり得ない。けれど今は、この体温を感じているとほっとする。そう思えるくらいには、私も変わった。
だから私は、この体温をよすがにして兵器をぶっ放す。未完成? それがどうした。これが今の私にできる精いっぱいだ。これでかなわないなら、仕方がない。
ただ、一つだけ。
「カイさん、こうなったら兵器を使ってみようと思います。まだ未完成ですけど、二段階目までアンロックされていますから、マザーに対抗できる可能性はあると思うんです」
私がシロカさんの方を見たまま小声でカイに話しかけた。わずかに彼がうなずいたのが、触れている体を通して伝わってくる。
「一か八かの賭けになってしまいますけど……ごめんなさい、これでも今打てる一番いい手なんです」
できることなら、私一人でどうにかしたかった。一か八かの特攻にカイを巻き込みたくはなかった。だから先に謝ろうとしたのだけれど、カイは首だけをこちらに向けて答えてきた。
「謝らなくていい。君は持てる力の全てを出すんだろう? だったら俺はその君を支えるだけだ。さっきも君は、キングを倒すために命を懸けていた。そんな君が次に打つ手を、俺が信頼しない理由がどこにある」
そこまで言うと、カイは下がり気味の目尻をほころばせて、柔らかい微笑みをわずかに浮かべた。
「アイラ、俺は君を信じている」
最後の言葉を、彼は一言一言区切るようにゆっくりと発音した。その目は今まで見た中で最も優しい熱を帯びていた。肩を支えているカイの手に力がこもるのを感じた。
私たちは勝てる。この時私は確信した。
『世界を救う愛』が結局何を意味していたのか分からない。恋愛なのか、親愛なのか。でも私とカイの間には、何かの愛がある。この愛を『世界を救う愛』と呼んでも、別に間違ってはいないよね?
私は静かに高鳴る胸をそっと押さえながら、その中にあるはずの兵器に意識を集中した。
アムーレテルネル、ここがお前の晴れ舞台だ。一発でっかい花火、打ち上げてやれ!
そう心の中で叫んだと同時に、私の体を緑色の光が包みこんだ。次の瞬間、その光は爆発的に周囲に広がっていった。
その緑色の光が触れたところから、世界が消えていった。マザーの力で作られた偽りの世界が光の粒になってほどけていく。その後には緑と黄緑の小さな光がせわしなく飛び回るだけの、真っ暗な空間が広がっていった。
シロカさんが顔をゆがめると、彼女の体からまた黄緑色の光が放たれた。けれどその光も、緑の光に触れると数百数万の光の粒に変わって散っていく。
カイが体を支えていてくれているおかげで、私はただ兵器に意識を集中し続けることができた。一人っきりで戦っているのではないという安心感が、さらに兵器の力を高めているのかもしれない。
じきに、辺りは一面の暗闇に覆われた。緑と黄緑の光の粒が、その中できらきらと輝いている。
「……やってくれたわね。でもあなたの未完成の兵器では、それが限界でしょう? マザーを模倣した力をもって、マザーの力を抑え込む。でもマザー自体にとどめを刺すには足りない」
余裕を取り戻したらしいシロカさんが冷静に告げる。もう地面もなく、彼女は何もない宙に浮かんでいた。そのままふわふわと、私たちの前まで漂ってくる。カイが私を守るように、左腕一本でしっかりと抱き寄せてきた。
「……どうして、私じゃないの。私の方が、その子よりずっと優れているのに」
どこか悲しげな目で彼女は私たちを見つめていた。私が何も言えずに立ちすくんでいると、カイが静かに答えた。
「君は感情に従ってサクヤの説得を拒み、あの世界を作り上げた。俺も感情に従う。理屈の上では、ここで君を説得し、君を受け入れるのが近道なのだろうと分かってはいるが」
カイはまっすぐに彼女を見つめたまま、空いた右腕でさらに私をしっかりと抱きしめてきた。
「俺は愛についてはよく分からない。けれど、もし今誰か一人を選べと言われたら、俺はアイラを選ぶ。君を選ぶことはできない。俺は、君を愛せない」
彼が告げた決定的な拒絶の言葉、その言葉にショックを受けた様子の彼女は、うつろな顔をしたままふわふわと浮いたままでいた。
その彼女の体から、猛烈な勢いで黄緑色の光が湧き出て、私たちを包み込んだ。
視界が黄緑色に染まり、何も見えなくなった。けれど私は怖くなかった。私を守ろうとしているカイの腕の感触は、変わらずそこにあったから。
そっと目を閉じて、私たちを飲み込もうとしている黄緑色を視界の外に追いやった。もう一度、自分の中の兵器に意識を集中する。
『アムーレテルネル、最終段階ロックを解除します。兵器の完成を確認しました』
そのアナウンスを当然だという気持ちで聞き流し、私は自分のうちから湧き出る緑色の光を力いっぱい周囲に解き放った。
私たちを包んでいた黄緑色の光が膨らみ、はじけて消える。そしてその内側からあふれ出てきた緑色の光が、私たち三人を包み込んだ。
緑色の光の中で、シロカさんは静かに涙を流していた。私はカイの元を離れ、彼女のもとに近づいていく。
「……何をしにきたの? 負け犬の私を笑いにきたの?」
「そんな訳ないじゃない。シロカさんが負け犬だなんて」
「でも、私はあなたに負けたのよ。カイさんは手に入れられなかった。マザーは倒された」
そう言ってまたさめざめと泣く彼女を見ながら、私はかつてレンが指摘していたことを思い出していた。彼女には得られなかったものなどなかった。きっとそうなのだろう。今回の敗北が、彼女にとって初めての敗北だったんだろう。
私は恐る恐る手を伸ばし、泣く彼女の肩に触れた。彼女は一瞬びくりと体を震わせたが、抵抗はしなかった。私はそのまま、可能な限り優しく呼びかける。
「あのさ、普通の人間って、負けることばかりなんだよ。私なんて、普段は負けてばかりだし。小学生の時の初恋の子は、クラスで一番可愛い子にとられちゃった。あの時は悲しかったな。考えてみたら、私が恋愛に臆病になっちゃったのって、あの時のトラウマがまだ残ってたせいなのかも」
私の突然の告白に驚いたのか、シロカさんが泣き止んでこちらを見る。私はそんな彼女に笑いかけた。
「みんなそうやって負けていくことを覚えながら大きくなるんだよ。シロカさんは今までずっと勝ち続けてきたみたいだけど」
「……そうね、ずっと勝ち続ける人生なんて、あり得ないものね……」
呆然とした顔で彼女がつぶやく。どこか晴れ晴れとした表情をしているように見えたのは、私の気のせいだろうか。
「だからさ、手に入らなかったものを嘆くんじゃなくて、今ここにあるものに目を向けていこうよ」
「アイラ……」
「私もいるし、みんなもいる。あなたは一人じゃないから、一緒にやり直していこうよ。もう兵器もマザーも関係ないんだし、私たちは自由だよ」
彼女を励まそうとしてそう言うと、彼女は少し驚いたように目を見張り、気まずそうにまた目を伏せた。
「……私……あなたにひどいことをしてしまったのに、それでも一緒にって言ってくれるの……?」
「もちろん。だって私たち友達でしょ、シロカ」
そう、彼女は私たちにキングをけしかけたし、一歩間違えれば殺されていたかもしれない。でも、私は彼女を責める気にはなれなかった。彼女はただ、一人きりで苦しんでいて、その苦しみに耐えかねただけなのだから。
私はシロカに手を差し伸べた。さっきカイが私を助け起こしてくれた時のように。彼女は憑き物が落ちたような顔でにっこりと笑うと、私の手を取った。
私たちを包んでいた緑色の光がどんどん縮んでいき、私たちごと消えていった。




