42.ただいま、私の世界
目を開けると、どことなく豪華な天井が見えた。そのまま目線を動かすと、心配そうにこちらをのぞきこんでいるみんなの顔があった。そっと首を起こすと、戦いでめちゃくちゃになった室内が目に入った。
あ、ここってT1だ。戻ってきたんだ。
それに気づいて勢いよく起き上がり、辺りを見渡す。一緒に仮想空間から帰ってきたはずのカイとシロカは、ちゃんとそこにいた。二人とも私の横に倒れているけど、顔色は良いし怪我をしている様子もない。
「おい、大丈夫か……?」
私たちの様子をうかがっていたらしいサクヤが、恐る恐る声をかけてくる。私はそれには構わずに、カイとシロカを揺さぶった。すぐに二人とも薄く目を開けて、こちらを見返してきた。
シロカの目は、元のつややかな黒に戻っていた。こっそり鑑定すると、彼女のステータスも元通りだった。
二人を助け起こすと、私は状況が分かっていないみんなにあっさりと告げた。
「色々あって、マザーと戦って勝ちました。以上」
私の大雑把な説明を聞くと、みんな一様に固まってしまった。事情を知っているカイとシロカは穏やかな笑顔で、サクヤとマサキは口を大きくぽかんと開けて。
レイトとレン、それにミヅキは大体の事情を察したらしく、納得したような顔をしていた。ヨウはいつもの無表情だったけど、どこかほっとしているように見えた。ヒマリは訳が分かっていないようで、不安そうな顔でこちらを見ていた。
そうやってばらばらの反応を見せているみんなを見て、ああ、帰ってきたんだなあと今更ながらに実感がわき始めた。
それと同時にものすごい疲労が襲ってくる。そういえば仮想空間とはいえがっつり戦って、おまけに兵器までぶっ放してきたんだった。そりゃ疲れるわ。
疲労を自覚したとたん、ふらりと体がよろめいた。傍で立っていたカイが慣れた手つきで支えてくれる。その体温は、仮想空間で感じたものと何一つ変わっていなかった。
全員それなりに疲れていたこともあって、詳しい話は明日にすることになった。T1のコテージはまだ宿泊可能なレベルで設備が残っていたので、私たちは分かれてそこに泊まることにした。
私はシロカと二人でコテージを使うことになったけど、不思議と今までのような気まずさはなかった。ぽつりぽつりと雑談をしてから、私たちはゆっくりと眠りについた。
次の日、私たちは適当なコテージに全員集まり、昨日の報告をすることになった。どこまで話していいものか少し悩んだけど、シロカが「いいわ、全部話して」と言ってくれたので、私とカイとで何があったかを順に話していくことになった。
元の世界の街並みとか学校とかの話を、みんな興味深そうに聞いていた。特に私たちと年の近いヒマリは「学校ですか、楽しそう」と顔を輝かせていた。キング戦についてはヨウが珍しく興味を示していた。「できれば、一度戦ってみたい」と物騒なことを言っていたけど。
そして私が兵器を完成させたことを聞くと、サクヤが露骨にがっかりした顔をした。
「ええーっ、お前に先越されるとか、そんなのありかよ」
「勝手に完成しちゃったんだから、仕方ないでしょ」
「ちぇっ、いいなー。……どういうシチュエーションで完成したのか、後でこっそり教えてくれよな」
「もうマザーは倒したんだし、兵器を完成させる必要ないじゃない」
いつものように私たちがやりあっていると、レンが静かに口をはさんできた。
「確かにここにいたマザーは倒せたみたいだね。ただ、他のマーキノイドと同じように、マザーが複数存在する可能性は否定できない。だったら、使える兵器は多いに越したことはないよ」
それを聞いたサクヤとマサキ、それにヒマリが目を輝かせていた。どうやら兵器を巡る三角関係はまだ続くらしい。ひっそりとシロカがため息をついていた。私は高みの見物をさせてもらおう。ああ、恋愛をめぐるごたごたに巻き込まれないって、なんて素晴らしいんだ。
一人感慨に浸っていたら、今度はレイトが声をかけてきた。
「ねえアイラちゃん、君はカイと一緒に兵器を完成させたんだよね。だったら、君とカイとの間には愛があるってことで合ってるかな。カイがこれだけ女の子と仲良くなるなんて今までなかったし、君たちの間にどんなやり取りがあったのか、僕も気になってるんだ」
全く予想外の方向から流れ弾が飛んできた。しかも言った本人は、あおったりはやしたてたりするつもりは毛頭なく、単に好奇心から質問しているらしいのが余計にたちが悪いかもしれない。
仮想空間であったこと、カイとのやり取り。うっかり思い出すと赤面しそうだ。そんな気持ちが隠しきれてなかったらしく、目ざとく気づいたマサキがノリノリで便乗してきた。
「はいはーい、俺もそこんとこ聞きたいなー、アイラちゃん?」
「……カイさんに聞いてください」
やっとのことでそれだけ返したけど、マサキはへらりと笑って首を横に振った。
「駄目だよ、カイは無口だから。それに君の方がいい反応するしさ」
ええい、私に恋バナをさせようとするんじゃない、このチャラ男め。
今度はどう言い返してやろうかと私が必死に考えていると、ミヅキが笑いながら助け船を出してくれた。
「マサキ、あまりからかわないであげて。どうせこれから嫌って程観察できるんだから」
ああ、ミヅキも面白がってたか。私に味方はいないのか。
「それよりも、今回の出来事をどう上に報告するの? アイラ、あなた目立ちたくないっていつも主張してたでしょう? 正直に話したら、あなたものすごく目立ってしまうわよ」
それは昨晩からずっと考えていた。マザーを倒したのは私だけど、世界を救った英雄扱いされてちやほやされるのは嫌だ。想像しただけで鳥肌が立つ。のんびり平穏に暮らしていたい小市民としては、全力で遠慮したい状況だ。
だから私は、一晩かけて考えた答えを口にした。
「私たち全員でマザーを倒したことにしましょう」
昨日に続き、また全員が固まった。私はお構いなしに説明を始めた。どうにかみんなを説得しないと。
「まず、みんながいなかったらマザーを追い詰めることはできませんでした。あの乱戦の中、たまたま仮想空間に引きずり込まれたのが私とカイさんだった、それだけのことです」
「で、でもそれは私がマザーと同化したせいだから」
「いいの、シロカ。そこは秘密にしておこうよ。話がややこしくなるから」
「私もアイラ君に同意するよ。上層部に余計な疑惑を抱かれかねないからね」
「シロカと同化していたマザーはもういないのだし、黙っていればばれないだろう」
うろたえながら口を挟むシロカを、レンとヨウがフォローしていた。
「それに、私が兵器を完成させられたのも、兵器を発動させられたのも、シロカが仮想空間に引きずり込んでくれたからです」
これは断言できる。私にとっての日常でカイにとっての非日常、そんな中で二人きりになれたからこそ、私は素直に振る舞えた。そうやって自分の心に素直になれたから、兵器を完成させられた。
「だから、ここにいる全員がマザー討伐の功労者です。……私だけ英雄にされるなんて冗談じゃないし、全員道連れになってもらいます」
異論は認めない。私は腰に手を当て胸を張ると、全員の顔を順に見ていった。笑顔に苦笑、戸惑った顔まで様々だったけれど、誰も反対はしていない。
「……じゃあ、これで決まりですね」
「君は時々、妙に強気になるんだな」
みんなの意見を代表するように、カイが苦笑しながらつぶやいた。
大騒ぎと悪戦苦闘の果てに、みんなと一緒に救った世界。元の世界が恋しくないっていったら嘘になるけど、今はここが私の世界だ。
顔を突き合わせて上層部への報告内容をまとめているみんなを見ながら、私はいつしか満足げな笑みを浮かべていた。
ここで完結です。
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