39.最終決戦は懐かしの地で
まだ何か言いたげなカイをあえて無視して、私は屋上のフェンスに張り付き、辺りを見渡した。
兵器・アムーレテルネルのロックがさらに外れたおかげなのか、マザーの居場所がより正確に分かる。
校舎の中じゃない。誰もいないグラウンドの向こう、あそこだ。テニスコート。そう確信しつつも、あんなところに機械ってあったっけと少し悩む。
まだマザーはシロカさんと同化しきってなかったし、マザーがいるとしたらやっぱりどっかの機械の中だと思うんだけどなあ。
そしてこうして上から見ると、人っ子一人いないのがよくわかる。それでいて、人がいる気配だけがするのが奇妙だ。ちょっと現実離れしているというか。
その時ふと思いついた。私は元の世界に戻ってきたはずなのに、何故かステータスウィンドウを開くことができる。そして兵器も順調に育っている。だったら、スキルも同じように使うことができるのではないだろうか。
そう考えて、「鑑定」を使ってみた。目の前の光景全体に、ぼんやりと。何かが鑑定に引っかかってくれれば、この不思議な状況について知るヒントが得られるかもしれない。
そんな風に軽く考えていたのに、返ってきた答えはとんでもないものだった。
『情報空間:マザーの力により構築された仮想空間』
私の鑑定スキルが嘘をついているのでなければ、この空間全部が仮想空間ということになる。ならばなぜ、この空間は私の世界に似ているのか。私の記憶を読み取ったのか、あるいは既にマザーと同化しつつあるシロカさんの記憶に基づいたのか。
それは大した問題じゃない。そんなことより、どうにかしてこの空間から出ないといけない。
私はあわててカイの方を振り返り、今見たことを全部説明した。話すうちに、カイの顔がどんどん険しくなっていく。
「……つまり俺たちは、マザーが生み出した仮想空間に取り込まれているのか。どうやらマザーを倒さないと出られそうにないな」
「はい。……あの、それでもうひとつ聞いてほしいことがあるんですが」
私は目が泳ぎそうになるのを必死にこらえながら、少しうつむいて切り出した。この状況で、いつまでも隠しておくべきじゃない。
「……私の兵器は、少しずつ育ってきています。さっき誰も近づけなかったシロカさんに私が近付けたのも、たぶんそのせいです」
カイがおや、という顔で軽く目を見張った。目線は私に向けられたままだ。そう凝視されると話しづらくて困る。
私はつとめて彼を意識しないようにしながら、勇気を振り絞って最後の一言を口にした。
「……そして、兵器が育ったのは、たぶんカイさんのおかげです」
ああー言っちゃった、ついに言っちゃった。告白とはちょっと違うけど、十分に恥ずかしい。
うつむいたままそろそろと目線を上げて彼の様子をうかがうと、なんと彼はとても優しげな笑みを浮かべていた。こ、この状況でその笑顔は反則だ。
「そうか。……行こう、アイラ。俺たちでマザーを倒し、みんなのところに戻ろう」
そう言った彼の声も、今までで一番柔らかく優しかった。
誰もいないと分かってからは気楽なもので、私たちは堂々と廊下を歩いていた。遠くからはやはり誰かの声が聞こえてきているので、まるで放課後にのんびりしているような錯覚を覚える。
「これが全部、現実ではないとは……マザーの力は恐ろしいな」
そう言いながらも、カイの目はなぜかまだ優しげだ。
「それでも、君の世界がどんなところが知ることができてよかった。本来の君も見ることができた。妙な話だが、その点についてはマザーに感謝するべきなのかもな」
この空間に来てから、カイはいつもよりよく喋っている。全く知らない場所にいるという非現実感がそうさせるのか、それともよく喋る他のメンバーがいないからなのか。
私の方も、他の人の目がないおかげで伸び伸びと話せる。サクヤとかマサキとかがいたら、間違いなく冷やかしてくるだろうし、カイと二人きりなのは良かった。
ちょっと待て、改めてカイと二人きりだって意識したらまたちょっと恥ずかしくなってきたぞ。放課後の廊下で二人っきり……。
暴走しそうな妄想にあわててブレーキをかけて、私はまたカイとの会話に意識を集中することにした。マザーがいるはずのテニスコートに着くまで、今はこの穏やかな時間を楽しんでいたいと思う。
そうしてたどり着いたテニスコートは、不気味なほど静まりかえっていた。私とカイはいつ何が出てきてもいいように、油断なく構えながら周囲を警戒する。
と、私たちの目の前に、突然シロカさんが立っていた。今さっきまでそこには誰もいなかったのに、ずっとそこにいたような顔をして。彼女もまた、私と同じ制服に身を包んでいた。
「ようこそ、私の世界へ」
そう言って彼女は静かに微笑んだ。鑑定してみたら、マザーとの今の同化率は85%だった。それでもこんな世界を作り上げるだけの力がある。だったら同化が完了してしまえば、彼女はどれだけの力を手にするのだろうか。
思わず怖気づきそうになるのを踏みとどまりながら、彼女に話しかける。T1で、彼女は最後に何と言っていたか。
「……感情に従った結果が、この世界なの、シロカさん? あなたは何がしたいの」
「ここにいれば、別の世界に飛ばされたことなんて忘れていられるもの。それに、カイさんに私の世界を見せたかったのよ。あなたまでついてくるなんて、思いもしなかったけれど」
シロカさんは首をかしげながら、流し目で私を軽くにらみつける。そんな様も絵になっているのだから美少女は得だ。
「シロカ、俺たちを元の世界に戻してくれないか。そしてマザーとの同化を止めてくれ」
カイが静かにそう言った。ところがシロカさんは彼のその言葉を聞くと、急に目を吊り上げて叫び始めた。あまりの様子の変わりように、私とカイは思わず顔を見合わせた。
「私の思いは受け入れてくれなかったくせに、要求だけはしてくるのね、ひどい人!」
シロカさんの長い髪が、風もないのにゆらりと広がる。彼女はまた表情を変え、今度は不気味なほど艶やかな笑みを浮かべていた。
「元の世界。それは戦いとは無縁のこの世界、それともマーキノイドがさまようあの世界? あなたはどこに帰りたいの、アイラ?」
「……今は、カイさんたちが生まれ育ったあの世界に帰りたい。今、このまま自分の世界に帰ったらきっと後悔する」
私が迷いながらもそう答えると、シロカさんの笑みはさらに大きくなった。普段の彼女なら、絶対に見せないような顔だ。
「サクヤならともかく、あなたがそんな英雄気取りの発言をするとは思わなかったわ。不愉快よ。ええ、あなたたち二人とも、ここで終わりにしてあげるわ」
そう言った彼女の全身からふわりと黄緑色の光が立ち上って、空中に広がっていく。その中から、数体のマーキノイドが姿を現した。ポーンとナイト・アルファの混成部隊だ。
「ナイフも銃も持っていないあなたたちなら、この子たちでも十分ね」
シロカさんは残念そうに笑うと、一歩後ろに下がった。マーキノイドたちが私たちと彼女の間に立ちはだかった。
戦えないにせよ避けるだけなら、そう思ったけど甘かった。制服のローファーは今まで履いていたブーツよりずっと動きにくい。カイもそれは同じらしく、動きにいつものキレがない。
ああ、まずい。いつもならあっさり倒しているはずの雑魚相手に、二人とも手も足も出ない。こんなのにやられるなんて情けないし悔しい。それもこれも、マザーの力でこんなところに引きずり込まれたからで……。
待てよ、この状況がマザーのせいだというのなら、兵器の力でちょっとくらい状況を変えられるかもしれない。なにせこの兵器は、マザーの力を模倣したものなのだし。
私は胸に手を当て、おそらくそこにあるだろう兵器に意識を集中した。アムーレテルネル、第二段階までアンロックしてあげたんだし、ここでいっちょいいとこ見せてよね。
そんな私の言葉が届いたのか、私とカイの体が一瞬緑色に輝いた。次の瞬間、二人ともいつもの戦闘服姿に戻っている。魔法少女もびっくりの早着替えだ。
カイは訳が分からないながらもすぐに状況を把握したらしく、腰のナイフを抜いてマーキノイドを片付け始めた。その合間に、こちらを見てうなずいてくる。
私も愛用のハンドガンで行く手のマーキノイドを倒していった。しょせんは雑魚の群れ、あっという間に全て片付けることができた。
シロカさんの顔が怒りにゆがむ。彼女はそのまま片手をあげた。その手から黄緑色の光が広がり、大きなシルエットを形作っていく。
そしてそこには、私たちが見たことのないマーキノイドが立っていた。「キング」、その名を与えられたそれは、ゆっくりと私たちの方に進み出てきた。




