38.急転直下、ここはどこ
気がついたらいつもの通学路に立っていた。着慣れた学生服、いつものカバン。腰には愛用のハンドガンは下がっていないし、カバンの中にも入っていなかった。
もちろん建物も道も壊れてはいないし、人や車の気配があちこちからしている。
なにこれ。さっきまでT1で死闘を繰り広げていたはずなのに、まさかあっさりと元の世界に戻ってきたのか。なにがどうしてこうなったんだ。
理解を超える事態に一人首を傾げていると、いきなり声をかけられた。
「……アイラ?」
振り返ると、そこにはカイが立っていた。黒いレザーのおしゃれなジャケットにカットソー、下はダメージジーンズ。よく似合ってるけれど、今まで一度も見たことのない装いだ。
彼がいつも腰に下げているナイフも見当たらないし、どこからどう見てもごく普通の若者だ。いや、かなりかっこいいから普通とは言い難いかもしれない。
そんな彼のあまりの変わりように、ついおかしな質問が口をついて出た。
「……カイさん、ですよね」
「ああ。……一体何が起こったんだろうか」
「私にもよく分かりません。でもここは、私が元いた世界によく似ています」
「……そうか」
カイは何かまぶしいものを見るような目で辺りを見渡している。私があっちの世界に転移させられたように、今度は彼がこっちの世界に転移されてきたのだろうか。だとしたらここからどうしよう。戸籍とか仕事とか、こっちの世界は結構シビアだよ?
そうやってやや脱線気味に悩む私に、カイが遠くに目をやりながらもう一度声をかけてくる。
「アイラ、この世界については君の方が詳しい。これからどうするか、君が決めてくれないか」
「あ、はい。そうですね、まずは……」
そういえば今は何時くらいなんだろう。カバンからスマホを取り出す。そこに表示されていた日付と時間は、まさに私があっちの世界に転移される直前のものだった。今はまだ朝で、これからのんびり歩いても朝のホームルームに間に合う時間だ。
「……ひとまず学校に行ってみましょう。カイさんは中には入れないんで、近くで待っててもらうことになりますが……もしかしたらサクヤやシロカさんもこちらに戻ってるかもしれませんし、それなら学校に行けば会えるかなって」
「わかった、そうしよう。……こちらの世界の学校にも興味があるし、外から見てみたいんだが、それくらいは許されるだろうか?」
「大丈夫ですよ。校門まで一緒に行きましょう」
そうやって学校までの道のりを一緒に歩くことになったんだけど、……落ち着かない。あっちの世界にいる間はお互いしゃれっ気のない戦闘服だったし、辺りも廃墟だった。つまり私にとってはあっちの世界は非日常の世界でしかなかった。だから周囲がイケメンだらけになってしまっても、そこまで気にならなかった。
しかし今はどうだ。この風景も、今着てる服も、私にはなじみのある日常そのものだ。そんな平凡で穏やかな日常に、カイみたいなイケメンがぽんと放り込まれている。しかもそのイケメンは私と一緒に歩いている。これが平常心でいられようか。
隣を歩くカイの方を見ないようにして、世間話を続けながらてくてくと歩く。平静を装おうとすればするほど意識してしまう。
と、胸がまたひとつ、とくんと大きな音を立てた。この感覚には覚えがある。ついさっき兵器ことアムーレテルネルの第一段階ロックが外れた時の感触だ。この感触からすると、兵器はまだ私の中に宿ったままらしい。
ちょっと試してみたところ、ステータスウィンドウも普通に開くことができた。なぜだ。そう言えばロシェ博士が、あっちの世界に転移させる時に情報を書き換えて、とかなんとか言ってた気がする。
ということは、私は一生ステータスウィンドウと共に生きていくのか。そこまで邪魔にならないから別にいいか。
しかし、こっちにはマザーはいないのに、兵器だけがまだあるなんておかしな話だな。そう思った瞬間、言いようのない違和感が背筋を走り抜けた。私の中の兵器が、マザーと引き合って警告を発している。
顔を上げ、改めて周囲を探る。T1に入ってからうっすら感じていたのと同じようなマザーの気配を、先の方から強く感じる。
「……カイさん、こっちにマザーも来ているみたいです」
私がそう言うと、さっきまで穏やかな顔をしていたカイの顔に緊張が走った。
「丸腰ではマザーに対抗できないが……こちらでは武器はどうやって入手するんだ?」
「……武器はちょっと……こっちだと、銃とかナイフとかを持ってるだけで、犯罪になっちゃったりしますし」
そう伝えると、カイが目を真ん丸にした。彼にしては珍しく、驚きが隠せていない。
「……そうか、こちらは本当に平和なんだな。仕方ない、とりあえず近づいて様子を見てみよう。アイラ、マザーのところまで案内を頼めるか」
「任せてください」
兵器・アムーレテルネルの第一段階がアンロックされたせいなのか、前よりもはっきりとマザーのいる方向が分かる。これなら道案内もできそうだ。
ようやくカイと二人きりという事実にも慣れてきて、周囲を落ち着いて見るだけの余裕が出てきた。
きれいに整備された道路、よく手入れされた庭や街路樹、多くの車が通ることを前提とした道路標識、平和極まりない色とりどりの看板。どれもこれも見慣れたものばかりだけど、とても懐かしかった。そしてカイが生まれ育った世界と、ここはあまりにも違っている。
なぜかちょっとだけ悲しくなりながら、私はマザーの居場所を探り続けた。そちらに近づくようにしてどんどん進むうち、学校の塀が見えてきた。
ここまで来た時、私はやっと周囲の異変に気がついた。見ると、カイも何かに気づいたようでわずかに眉をひそめている。
「アイラ、さっきから人の気配がするのに人に出会わない。こっちの世界はいつもこうなのか」
「いいえ、おかしいです。……この時間なら、もっと人が歩いているのに」
ここは校門に向かう大きな道の途中で、この時間は登校する生徒であふれているはずだ。それに交通量も多く、いつも何台もの車が行き交っているはず。
それなのに、周りには人っ子一人いない。そういえば、ここまで誰ともすれ違っていないし、車も見かけていない。それなのにどこからか、人の話し声や車のエンジン音が聞こえてくるのだ。これは一体どういうことなんだろう。
「やはり、この異常はマザーと何か関係があるんだろうか。……ここで考えていても始まらないな、もう少しマザーに近づいてみよう」
「はい、こっちです」
ここからだと細かい位置は分からないけど、マザーがいるのはここのすぐ近く、学校の中だ。それは間違いない。
大きな道をまっすぐに進み、校門に着いた。やはりここにも誰もいない。
「本来なら部外者であるカイさんは入れないんですけど……誰もいませんし、入ってみましょうか」
「もし誰かに見つかった場合、君に迷惑がかかってしまわないだろうか?」
「うーん、ちょっと怒られるくらいで済むと思います」
先生に見つかってもお説教で済むだろう。問題はクラスメイトに見つかった時だ。間違いなく冷やかされる。C組の部友がイケメン連れ込んだってよ、って絶対に学校中の噂になる。そんなのは絶対にごめんだ。でもマザーを相手にするにはカイの協力が必要だ。
……ええい、見つかったらその時はその時だ。でもできれば見つかりたくない。
意を決して踏み込んだ校内にも、人の姿はなかった。そしてマザーの気配が近すぎて、位置がはっきり分からない。どこかで落ち着いてじっくりと気配を探りたい。
できるだけ人が来ないところで、校内を広く見渡せそうなところ。となると屋上かな。あそこは基本的には立ち入り禁止だけど、職員室のキーボックスから鍵を盗れば入れる。実は前にも一度やったことがある。と言うか、割とそうやって屋上に侵入している生徒は多い。それにこの分なら、きっと職員室にも誰もいないはず。
一応カイに職員室から離れたところで待っててもらって、こそこそと職員室の扉を開ける。予想通りそこも無人だ。すぐさま鍵をゲットしてカイの元に戻る。
すぐさまダッシュで屋上に入り、外側から鍵を閉め直した。これでもし校内に誰かいたとしても、ここには入れない。
安全を確保したことにほっと一息つく。はて、私は何から逃げ回っているんだったか。とりあえず今は、マザーよりも他の人間に見つかる方が怖い。
「……こちらでの君は、自然体に見えるな」
そうやって胸をなでおろしている私を見ているカイは、少しだけ微笑んでいた。前に森で見せていたような、柔らかな笑みだった。
「えっ、そうですか?」
「ああ。なんというか……力んだところがない」
そんなに違うかなあ。あっちでもこっちでも、同じように振舞ってるつもりなんだけど。
「やはりこちらの世界が君の故郷なんだな。……この世界を、俺たちの世界のようにしてはいけない。マザーを、ここで倒そう。……そのために、俺に何ができる?」
真顔になったカイが迫ってくる。強さと熱を帯びた視線がまっすぐにこちらを貫いた。
彼には兵器がアンロックされたことはまだ言っていない。彼がそのトリガーとなったことも。
「兵器の完成には愛が必要なのだろう? 俺では駄目だろうか」
うん、だから彼はあくまでマザーを倒したいと思ってくれていて、純粋にそのためにできることを探しているだけなんだろう。でも、こんな風に真正面から迫られるとどうしていいか。
「アイラ? 聞いているか?」
「あ、はい、聞いています、大丈夫です。……と、とにかく、まずはマザーの居場所を見つけましょう」
私は熱くなった頬をごまかしながら明るくそう言った。
『アムーレテルネル、第二段階ロックを解除します』
そんなアナウンスを聞き流しながら。




