36.一筋縄ではいかないのは分かってる
窓の外を飛んでいる未知のマーキノイドたち。ポーンによく似ているけど、あいつら空は飛ばなかったはずだ。
鑑定の結果は『ポーン・シータ:ポーン種の飛行型』。見たまんまにもほどがある、もうちょっとまともな情報をよこしてほしい。いや、もしかして飛んでること以外は普通のポーンと何も変わらないということだろうか。
「突っ込んでくるぞ、下がれ!」
カイが号令をかける。相変わらず通信機の前で微笑んでいるシロカさん以外の全員が、入り口側の壁際に避難した。
次の瞬間、窓ガラスをぶち破りながらポーンたちが部屋に突撃してくる。割れたガラスがキラキラと輝きながら辺りに舞い散ったが、不思議とシロカさんは傷一つ負っていなかった。
室内に入り込んだポーンをみんなで迎え撃つ。空を飛んでいても所詮はポーン、私たちの敵ではない。
ただ数が多い上に室内が狭いせいで、かなり戦いにくかった。下手に銃を撃つと味方に当たりかねない。しかも飛んでいるせいで地味に戦いにくい。
「はあっ!」
ヨウが、自分の顔面目掛けて飛んできたポーン・シータを一刀両断にした。この狭い室内での奇襲ということもあって、さすがに首を落とす余裕はなかったらしい。
けれど、ポーンが上げる筈の断末魔の叫びは聞こえなかった。どうやら、このポーン・シータは、いつも戦ってるポーン・アルファとは異なり仲間を呼ぶ能力はないようだった。
何も考えずに一撃で倒してもいいというのは楽でいい。……もっとも、シロカさんが増援を呼んでるっぽいので、結局大量にわいてくることに違いはないんだけど。
それに気づいたカイとヨウが片っ端からポーン・シータをなぎ倒している。レイトとマサキは窓の外にいるポーン・シータを狙撃していた。
レンは後ろに下がり、ナイフを構えたヒマリがその横について護衛をしている。ミヅキは大ぶりの警棒のようなものでポーン・シータに殴りかかっていた。ヒットするたびにバチッという音がしてるし、電流が走るやつなのかな。
私も腰の刺突ナイフを抜いた。ポーン種の低い耐久力なら、非力な私でもなんとかなるだろう。
そうやってみんなでポーン・シータを叩きのめしている間、サクヤはまたシロカさんに近づこうともがいていた。私も邪魔者をぶちのめしながら彼に近づく。
「サクヤ、何も考えずに突撃しても、意味がないと思うんだけど」
「だからって、このまま放っておけるかよ」
「未完成の兵器二人分の力を合わせても、突破できなかったじゃない」
「それでも、まだ彼女を説得できるかもしれないだろ!」
そこまで言うとサクヤはまたシロカさんに立ち向かう。仕方ない、少し援護してやるか。私は彼に群がるポーン・シータを叩き落しながら、シロカさんに「鑑定」をもう一度使った。こまめに鑑定していれば、何かの変化があったとしてもすぐに分かるはず。
しかし、鑑定の結果は驚くべきものだった。この短い間に、シロカさんとマザーの同化率は42%になっていた。もう10%ちょっと上がってる。残された時間はあまりないのかもしれない。
いや、彼女がマザーと完全に同化してからでも、兵器を完成させればマザーは倒せるだろう。でもその場合、シロカさんの命の保証がない気がする。
考える時間が短すぎて、打てる手が少なすぎる。ここはサクヤに頑張ってもらうしかないのか。不安しかないけど。
私はわらわらと寄ってくるポーン・シータを叩きのめしながら、シロカさんの説得を試みるサクヤを見守った。
「シロカさん、こんなことは止めるんだ!」
「どうして止めるの? あなただって元の世界に帰りたいでしょう? 私がマザーになれば、きっとそれもかなうわ」
「そりゃあ、帰れるなら帰りたいけど……でも、だからってこの世界をめちゃくちゃにしていい訳がない」
「そう……あなたは優しいのね」
ため息といらだちと悲しみが入り混じったような、複雑な声音でシロカさんがつぶやいた。次の瞬間、彼女が目を細めてこちらをにらみつけてくる。
「私、あなたの……あなたたちのそういうところが大嫌いよ」
そう口にしたことでこらえていたものがあふれだしたのか、彼女はいつもの儚げな姿からは想像もつかないほど激しい口調で私たちをなじり始めた。
「サクヤ、あなたは元の世界でもたくさんのものを持っていたのに、こっちでも同じように生き生きと暮らしている! 全然違う世界に来てしまったのに、どうしてそんなに変わらずにいられるの! どうしてそこまで真っすぐに前向きでいられるの!」
その剣幕にサクヤが言葉を返せずに固まっていると、彼女は彼から視線を外し、今度は私の方に向き直った。目尻を怒りに釣り上げたシロカさんの顔は、こんな状況だというのにとても美しかった。
「アイラ、あなたもよ! 元の世界ではごく普通の子だったあなたが、こっちでは戦闘部隊として立派にやってて、しかも色々なものを手に入れている! どうして、どうしてあなたなの! どうして私じゃないの!」
そう言って彼女はまっすぐにこちらをにらみつけてくる。いつも目立たないように、ひっそりと地味に平和にのんびりと生きていこうぜをモットーにしていた私が、学校きっての高嶺の花に嫉妬をぶつけられることになるなんて、ちょっと前までは思いもしなかったなあ。
自分の言葉でさらに感情が高ぶったらしいシロカさんは、頭を抱えて髪を振り乱すと、腹の底から絞り出すようにして叫んだ。
「ああもう、二人とも私に近づかないで!」
それと同時に、私たちの前にあった空気の壁がいきなり大きく膨らんで、私とサクヤがまた後ろにはじかれた。
もう慣れたしちゃんと受け身もとれたけど、後ろのレンとヒマリのところまできれいに吹っ飛ばされてしまった。すぐに起き上がって体勢を立て直す。シロカさんの光る目は、まだ私たち二人をとらえ続けていた。
「あなたたちはせめて直接傷つけないようにしようと思っていたのだけど……そこまで私の邪魔をしたいというなら、私も手加減はしない。死にたくなければ早くここから立ち去りなさい」
ぎらぎらと異様な感じに目を光らせたシロカさんが冷たく言い放つ。窓の外に、別のマーキノイドがわらわらと現れた。今度はナイト・シータ。ポーン・シータと同じ飛行型のマーキノイド。
ポーン・シータがあらがた片付いた室内に、三体のナイト・シータが乱入してきた。こうなってはもうシロカさんの説得どころじゃない。
さすがにナイト種相手では刺突ナイフではつらいものがある。でもこいつらはポーン種より派手に動きまわるし、銃を撃つのはやっぱり危ない。
でもこういった大型相手なら、私がおとりになるいつもの戦法が使える。そう考えていつものように前に進み出たところ、またシロカさんの叫び声がした。声が上ずってほとんど悲鳴のようだ。
「ねえどうして!? どうしてあなたはためらいなく前に出られるの!? この前死にかかけたのでしょう!? 怖くないの!? 戦いたくないって思わないの!?」
黄緑色に光る目を見開きながら、必死の形相で叫ぶシロカさん。その姿を見ていると、なぜか心が落ち着いていくのが分かった。いつもと同じように注意深くナイト・シータの攻撃をかわしながら、私はシロカさんに言い放った。
「怖いよ。死にたくはない。でもそれ以上にみんなが傷つくのを見たくない。私が戦うことでみんなを守れるなら、ちょっとくらい怖いのなんて我慢できる」
「そんなにもこっちの世界の人に心を移してしまったの!? あなたにだって、元の世界に会いたい人がいるでしょう!? 家族とか、友達とか」
「いるよ。でもそれと同じくらい、こっちの世界にも大切な人たちができた」
それは掛け値のない本音だったのだけど、この言葉は余計にシロカさんの気持ちを逆なでしてしまったようだった。
「……あなただけは認めない」
低い声で彼女がつぶやくと、それを合図にしたかのように、三体のナイト・シータが左右と正面から同時に私に突進してきた。後ろにはレンとヒマリがいる。そちらには下がれない。
しまった、これどっちに避ければいいんだろう。銃を構えていたのなら、どれか一体を倒してそちらに動けばいいだけなのに。ナイト種の弱点は胸だし、ここからなら狙い放題なのに。けれど今から銃を抜いても間に合わない。今構えてる刺突ナイフでは威力が足りない。
……やばい、詰んだかも。
回避することをあきらめた私は、即死だけは免れようとその場で刺突ナイフを構え、腰を落として衝突の衝撃に備えることにした。生きてさえいれば、あの回復キットで何とかできるはずだし。
次の瞬間、押し寄せるナイト・シータが目の前いっぱいを埋め尽くし、そして衝撃と共に自分の体が吹っ飛ぶのを感じた。




