34.嫌な予感ほどよく当たる
「どうしたの、ヒマリちゃん?」
「その、シロカさんが」
ヒマリは泣きそうになりながら、私たちの方をすがるような目で見ている。私は彼女の肩を抱いてなだめながら、どうにか話を聞き出そうとした。
声を震わせながら、切れ切れに彼女が語ったのはこういう内容だった。
具合が悪いシロカさんを居住区のコテージに運んで、そこにあったベッドに寝かせたところまでは何の問題もなかった。
しかし、しばらくして彼女が「声がするの……」とつぶやくと起き上がり、そのままコテージを出ていこうとした。
そして彼女は止めようとするみんなを振り払い、普段からは想像もつかない猛スピードで走り去ってしまった。
ヒマリは私たちへの連絡のためここに残り、サクヤたち三人がシロカさんを追いかけていった。けれどまだ彼らは戻ってきていない。
「その声というのは、もしかして」
「ああ。アイラ君が聞いたという声と同じものだろうね。サクヤ君も聞いたのかもしれないけど、今は確認がとれないね」
ヨウがつぶやいた疑問に、レンがすぐさま答えている。一人ぼっちから解放されたことでほっとしたのか少し落ち着いたヒマリに、レイトが優しい声で尋ねている。
「ヒマリちゃん、ミヅキさんと連絡を取ることはできるかな?」
物資が限られたこの世界では、トランシーバーのような高性能な携帯型通信機器はかなりのぜいたく品だ。だから、カイとレイトのように組んで行動する人たちは、自分たちだけに通じる独自の連絡手段を持っていることが多いらしい。
そう聞かれたヒマリはちょっと尻込みしながらも素直にうなずき、ポケットから小さな笛を出した。どうやらこれが、ヒマリとミヅキの連絡手段らしい。
「これ、ミヅキとおそろいで持ってるんです」
「そうか、だったら彼女と合流できないか試してくれ」
二人の会話にカイが割り込み、ヒマリが首をすくめて一歩後ろに下がる。男性が苦手な彼女は、いつも微笑んでいるレイトにはかなり慣れたようだが、比較的無表情のカイはまだ少し苦手らしい。
そしてヒマリは緊張した面持ちでみんなの顔を見渡した。みんな彼女を真剣な目で見つめている。彼女は戸惑いつつも笛をそっと吹いた。さっきまで静けさだけが満ちていた木々の間に、鋭い音が吸い込まれている。
私たちが固唾を飲んで待っていると、少し間があった後に同じ笛の音が向こうから聞こえてきた。レンが方角を確認し、素早くT1の地図と見比べている。
「うん、やっぱりT1の中心、マザーが封じられている建物がある方角だね」
私たちは顔を見合わせると、音がした方角に一斉に走り出した。さっきから嫌な予感しかしない。
それほど走らないうちに、林の中で立っているミヅキの姿を見つけることができた。彼女は私たちが来たのとは逆の方向をしきりに気にしている。
「ヒマリ、ちゃんとみんなと合流できたのね。よかったわ」
「ミヅキ、みんなは」
息を切らしながらヒマリが尋ねると、ミヅキは無言で林の向こうを指し示した。さっきから彼女が気にしていた方角だ。
「あっちに走って行っちゃったわ。足の速いサクヤがいるし、シロカを見失うことはないと思うけど。私は連絡要員としてここに残ったの」
「急ぎましょう、ミヅキさん」
彼女の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、私は彼女が指した方向に駆け出した。
さっきよりもマザーに近づいたせいなのか、マザーがどっちにいるのかがぼんやりと分かる。私の中の兵器が教えてくれている。それはミヅキが指した方角と同じだ。
急がないといけないような気がする。なんだってこんな時にシロカさんやサクヤと別行動してしまったんだろう。
こっちの世界に来てから鍛えられた足をフル回転させて、わき目も振らずにどんどん進み続けた。出遅れたみんなが後ろで騒いでいるけど、振り返っている余裕はない。
すぐに林は途切れて、まばらに木が生えた草原に出た。草原といっても私の腰くらいもある草がぼうぼうと生えていて、とても歩きにくい。
私は速度を落とさずに全身で草原に飛び込んで、草をなぎ倒しながら強引に押し通る。前の薄着だったらここの突破にかなり手こずるところだった。リカお姉さまに感謝。
草原の中に、一つだけぽつんと高い建物がある。長い年月の間に朽ちてきてはいるけれど、それでも十分に豪華で重厚な、高い建物。ほかのコテージとはつくりが大きく異なっている。きっとあれが管理棟だ。
そして見上げてみると、管理棟の最上階から嫌な気配がする。きっとあそこにマザーがいる。
「あっ、アイラちゃんこっちこっち!」
私が立ち尽くしていると、前の方から声がした。管理棟のすぐそばにマサキが立っていて、私に手を振っている。
「マサキさん、シロカさんとサクヤはどっちに!?」
「中に入ってったよ! 階段を上がっていくとこまでは見た!」
草をかき分けながら彼に近づくと、彼は焦った様子で上を指さした。やっぱりそっちか。当たって欲しくない予想が、見事に的中してしまった。
私がマサキと合流した後、他のみんなも私の通ってきた後をたどって、次々と建物のそばにやってきた。
走り続けですこしばてているレンと、しんがりをつとめていたヨウも追いつき、これでシロカさんとサクヤ以外の全員がここに集まることになった。
「さて、シロカとサクヤ君はこの建物の中だという話だけど……この建物こそが、マザーが封じられた場所なんだ。アイラ君は何か感じたりしていないかい?」
まだ肩で息をしながらレンが尋ねてくる。みんなの視線が私に集まった。
「この建物の一番上から嫌な感じがします。たぶんマザーはそこです」
「やっぱりそうか。……マサキ、二人がいなくなってからどれくらい経っているのかな」
「もう十五分は経つよ。その間に二人を追いかけたいって何度思ったか。ただ待ってるのって俺の柄じゃないんだよね。サクヤが突進していっちゃったから、仕方なくここに残ったってだけで」
そう言っている間もマサキは建物の中に目をやっている。走り出したいのを必死でこらえているようだ。私も気持ちは同じだ。ぐずぐずしていると、取り返しのつかないことになるかもしれない。
「でしたら、今すぐ乗り込みましょう。マザーの気配が分かる私が先頭に立ちます」
目立つのも先頭に立つのも私のキャラじゃない。でも今は緊急事態なので仕方がない。こんなかっこいいことを言うのは、今回が最初で最後だからな。ヒーローやらヒロインみたいな主役は、サクヤやシロカさんの方がよっぽど向いている。
私の提案に誰も反対しなかったので、私はカイと並んで建物に突入した。さすがに一人で突出するのは危ないので、カイが援護についてくれたのだ。他のみんなもそれぞれの位置について、いつ戦闘になってもいいように身構えている。
恐る恐る踏み込んだそこは、やけにさっぱりとしていた。ホテルのロビーのような広い空間、なのに何かが物足りない。
「どうした、アイラ? 何かあったのか?」
思わず足を止めた私に、カイが呼びかける。彼もマザーを警戒しているのか、険しい顔だ。
「いえ、ここは何かおかしいような気がするんです。具体的に何かは分からないんですが……」
先を急ぐべきかここを調べるべきか悩みながら、辺りを見渡す。違和感を覚えているのは私だけらしい。そりゃそうか、ホテルのロビーなんてみんな知らないだろうし。
サクヤやシロカさんがいれば相談できたのに、ああもう何でこんな時に二人ともいないんだ。
幸い、違和感の正体にたどり着くまでそう時間はかからなかった。カウンターの中をのぞいてみると、そこには驚くくらい何もなかった。普通は事務処理用のパソコンとか客室に連絡する電話とか、そういうものが置いてあるはずだ。しかしそこにわずかに残されているのは朽ちた紙やボールペン、そういったものばかりだ。
あるはずの機械がない。他のコテージには機械がちゃんとあった。これが意味することは。
「……ここはもう、マザーの力の範囲内かもしれません」
ここにあった機械はマザーに利用されないように持ち去られたか、あるいは既にマザーの力でマーキノイドと化してしまったか。どちらか分からないけど、ここが危険なことだけは確かだ。
「今のところ、私が持っている機械類に目立った異常はないね。君の兵器がマザーの力を抑制するというのは本当だったようだ」
「だが、急いだ方がいいだろう。シロカの行動の謎がまだ解けていない」
感心するレンにヨウがそう言うと、手にした刀で階段を指した。早く行けということだろう。私はカイの方を見て、それから同時に階段に向かって駆け出した。早く二人を見つけないと。
私はひたすらに階段を上り続けた。二人は最上階にいる、そう確信していた。
延々と階段を上り続けた先、最上階はスイートルームになっているように見えた。廊下には古びて元の色も分からなくなったじゅうたんが敷かれていて、豪華な装飾がされた扉がいくつか並んでいた。迷うことなく一つの扉に近づき、開ける。
そこには私の予想を裏切ることなく、探していた二人が立っていた。




