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33.風光明媚なラストダンジョン

 私たちはそのまま湖の岸をつたって建物に近づくことにした。あそこがたぶんT1で、そこにマザーがいる。私はサクヤとシロカさんにそっと尋ねた。


「二人とも、何か感じたりする?」


「なんにも」


「私も特に異常は感じないわ」


 私たちの宿す兵器は情報体であるマザーの力を模倣したものだというし、私たちはいるだけでマザーの力をちょっとだけ抑え込めるらしい。だったら、マザーに近づくことで何か感じられるかなあと思っていたのだけど、どうやら当ては外れたようだ。もしくは、もっと近づく必要があるとか。


 まあ、近づいてみてやばいようなら即離れれば大丈夫だろう。私たちは警戒しながらT1とおぼしき建物に近づいていった。






 近づいてみるとその建物は大きなコテージのように見えた。古びてあちこち傷んではいるけれど、かなり豪華なのが今でも十分に見て取れる。仮拠点と森との間にあった住宅地よりもずっと建物がしっかりとしており、まだ十分に住めそうに見える。


 ここが無人になってからどれだけの時間が経っているのか、辺りは丈の高い雑草が一面に生い茂っていて道はもう分からなくなっているが、なるほどここは元々高級リゾートだったのだろう。


 一番近くにあるコテージに慎重に近づき、扉を開ける。鍵はかかっておらず、あっさりと開いた。


 中は想像とはずいぶんと違っていて、何かの資材がごちゃごちゃと乱雑に積み上げられ、部屋の隅には拠点の通信機と似たようなものが置かれていた。ちょうど拠点の資材置き場とよく似ている。部屋自体は豪華なつくりなので、無骨な機材と妙にミスマッチだ。


「待ってくれ、まずは私が確認するから」


 そういってレンが進み出る。マザーはネットワークを通じて移動できる情報体だというし、うかつに通信機を触るのは危険だろう。


 レンは通信機を起動させずに、注意深く周囲を調べ始めた。後ろ側に何本もぶら下がったケーブルを一つずつ確かめている。彼はケーブルのうち数本を引っこ抜くと、携帯型バッテリーを通信機につなぎ、さらに通信機の後ろのパネルを操作し始めた。


「旧型の通信機だから少し手こずったけど、これでオフラインで起動できるはずだよ。ただ、ここにマザーが潜んでいる可能性もある。全員、万が一に備えておいてくれ」


 言われた通りに私たちが武器を構えたのを見届けると、レンは慎重に通信機の電源を入れた。




 通信機からはいくつかの有益な情報が得られた。まず、ここは確かにT1であり、十五年前に放棄されたこと。その際、T1の中心である管理棟のネットワークにマザーを封じたこと。このコテージを含む他の建物はマザーのいるネットワークと切り離してあること。


 これらの情報のほかに、T1全体の地図も通信機に残されていた。レンがディスプレイを起動して地図を大写しにする。


 T1は三十ちょっとのコテージと、おそらくフロントとして使われていたらしい大きな管理棟、その他の倉庫などから構成されていた。ここは一番湖に近い端のコテージで、マザーがいるのは一番湖から遠いところにある管理棟だ。


 そして他のコテージの一つが物資管理に使われていて、長期保存が可能な食料や物資がそこに残されているらしい。


 またそのステージの近くにはエネルギー変換器が置かれていて、今はコテージの動力が切られているが、エネルギー晶石を入れることで全てのコテージの機能を回復できるということだった。




 そうやって周囲の情報を得た私たちは、ひとまずこのコテージを出てエネルギー変換器が置かれているコテージに向かうことにした。ここの施設が使えるのであれば、それに越したことはない。エネルギー晶石も、いくつか手持ちがある。


 地図には道も記されていたけど、その道があるはずの場所は雑草で埋もれている。いちいち切り開いて歩くのも面倒なので、歩きやすい湖のそばを歩くことにした。岸辺は小石が積もった浜になっていて、少なくとも草むらよりは歩きやすい。


 歩きながら辺りを見渡す。澄み切った湖にはごみ一つ浮いていない。この辺りには人間がいないから当たり前か。


 耳を澄ませると風の音と鳥の声だけが聞こえてくる。そして豪華なコテージは木々に埋もれ、それが逆に風情があるような気もする。ちょっと荒れてはいるけど、なかなかのんびりできそうないいところだ。


 マザーがいなくなれば、きっとここも人が戻ってもっと整備されるだろう。そうすればまたリゾート地みたいな扱いになったりして。




 そんなことを考えながら歩いていたら、目の前でシロカさんがふらりと体勢を崩した。彼女の両隣を歩いていたサクヤとマサキがあわてて抱き留める。


「シロカさん、大丈夫か!?」


「顔色が悪いね、どっかで少し休もうぜ」


 二人が両側でぎゃあぎゃあ言ってたら休むどころじゃなさそうだけど。回り込んでシロカさんの顔を見ると、確かに少し青ざめている。元から色が白いだけに、とても儚げに見える。みんなも順に彼女の顔をのぞきこみ、足を止めた。


「この近くのコテージが居住区として使われていたみたいだし、そこなら休める設備が残ってるんじゃないかな」


 通信機からコピーしたT1の資料を見ながらレンが言う。彼が指差す方を見ると、草むらの向こうにちらちらとコテージの影らしきものが見えた。


「だったら二手に分かれましょうか。レンを中心にエネルギー変換器に向かうチームと、シロカを守りながら休める場所まで連れていくチームに」


 ミヅキが提案する。誰からも異論は出なかったので、私たちは速やかに二チームに分かれた。各自の利害と能力がはっきりしているので、組分けにはそこまで手こずらなかった。


 まずはエネルギー変換器に向かうチーム。レン、カイ、レイト、私、ヨウ。こちらは万が一戦闘になってもレンを守って戦えるメンバーだし、レイトが気配察知のスキルを持っているから、マーキノイドが接近してきてもすぐに気づくことができる。


 そして居住区に向かうチーム。シロカさん、サクヤ、マサキ、ヒマリ、ミヅキ。いつものシロカさんにアピール組と、彼女の看病をする女性二人だ。


 そうやって話し合っている間にも、シロカさんの顔色はゆっくりと悪くなっている。私たちは彼女の看病を残りのメンバーに任せ、レンの先導でエネルギー変換器を目指すことにした。






 私たちは目的地まで、ひたすら湖の岸辺沿いを歩き続けた。レイトによれば周囲にはマーキノイドはいないとのことだったので、私たちはとにかく急ぐことにした。


 ほんの小さな違和感に気づいたのは、そんな時のことだった。


「今、誰か呼びました?」


 そんなはずはないのに、誰かが私を呼んだ気がした。無言で走る私たちの足音に交じってかすかに声がした気がした。


「どうしたの、アイラちゃん?」


「俺は呼んでいないが……君には何か聞こえたのか?」


「ああ、俺も呼んではいない」


「T1で謎の呼び声、か。君だけに聞こえたということは、マザーと何か関係があるかもしれないな。早く設備を起動して、シロカたちに合流しよう」


 みんなの表情が少しだけ険しくなる。しまった、ただの気のせいかもしれないのに、うっかり口にしたせいでみんなを緊張させてしまったかも。


「もしかしたら気のせいかもしれません。それに、もしマザーに関係のあるものだとしても、兵器を宿す私がいれば多少は抑え込めるんですよね」


「ロシェ博士のデータベースによればそうなっているね。でも、あくまで理論上は、ということだからね。実際にマザーと遭遇した時にどうなるかは未知数だ。ここからはさらに慎重に進んでいこう」


 私はつとめて明るくふるまいつつも、心の片隅にひとかけらの不安を感じずにはいられなかった。




 けれどもそれからは何事もなく、無事にエネルギー変換器のところにたどり着くことができた。いつも拠点でそうしているようにマーキノイドから採取したエネルギー晶石を放り込むと、装置が起動する音がして、辺りの機械が作動し始めた。これで周囲の設備も使えるようになったはずだ。


 それを見届けると、私たちは来た道を急いで引き返した。なんとなく胸騒ぎがする。サクヤはあれで生命力も高いし図太いから心配ないだろう。気になるのはシロカさんだ。さっきの突然の体調不良もマザーに関係あったらどうしよう。


 そうしてもう一つのチームが向かった居住区のコテージで私たちが見たものは、泣きそうな顔をして一人コテージの前でたたずむヒマリの姿だった。



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