31.突撃! 大森林!
川辺にはごろごろとした大きな石がたくさん転がっていたけど、思ったより歩きにくくはなかった。拠点の近くのがれきだらけの道の方がよっぽど歩きにくいくらいだ。
おかげで結構さくさくと進むことができた。ありがたいことに、まだ滝とかの大きな段差には出くわしていない。
しばらく歩いたところで休憩になった。めいめい手ごろな岩に腰を下ろす。歩き続けて汗ばんだ体に、森を通るひんやりとした風とせせらぎの音が心地よい。こうしているとここが異世界だなんて忘れそうになる。
気配察知のスキルを持つレイトとシロカさんが、時々遠くを見るような仕草をし、少ししては肩の力を抜いている。どうやらこの辺りにはマーキノイドはいないらしい。
「平和だなあ……」
思わずもらしたそんなつぶやきに、サクヤがやはりのんびりと答えた。岩に腰かけたままぼーっと水面を見つめている。
「まるきり遠足だよなあ……あ、魚いるじゃん」
サクヤがそう言ったとたん、全員の目が川に集中した。サクヤのすぐ隣に座っていたヒマリがうっとりとした目でつぶやいた。
「本当だ……水槽じゃないところで泳いでるお魚って、初めて見ました」
T21の公園のように、各拠点にも多少は娯楽のための施設があったりするし、愛玩動物の類もほんのわずかながら飼われている。だからこっちの世界のみんなも、金魚くらいは見たことがあるようだ。でも自然の川を泳ぐ魚は見たことがなかったらしい。
「どうせなら捕れないかな……なあみんな、ちょっとやってみようぜ。こんだけ人数がいたら何とかなるだろ」
注目を浴びたことで調子に乗ったらしいサクヤが提案している。魚捕りかあ。上手くいけば食材ゲットできるよね。
一方のカイたちは思いっきりとまどっていた。そりゃそうだよね、川にいる魚を見るのも初めてなんだし、ましてや魚捕りなんて。
「魚なんて捕ってどうするの?」
ミヅキが首をかしげている。あ、もしかしてこっちの世界では魚を取って食べるっていう発想がなかったりするんだろうか。そういえばこっちに来てから合成肉とかいうのしか食べてないな。味が悪くないんで気にしてなかったけど。
「焼いて食べるとおいしいんだよ。その辺で焚き火をしてさ」
サクヤが答えると、みんな若干引いていた。尾頭付きの天然ものなんて、食べたことないだろうしなあ。ミヅキもちょっぴり顔が引きつっている。
しかしサクヤはみんなのそんな反応をまったく気にしていないようで、さらに話し続けた。
「あ、そっか。みんなやり方知らないよな。俺が教えるからさ。ほら靴脱いで、川入ろうぜ」
そう言いながら、サクヤはさっさと靴を脱いでズボンのすそをまくりあげている。ものすごくやる気だ。
私たちはこっちの世界に来てから、みんなに教わってばかりだ。この世界のこととか、戦闘のこととか。だから逆に教えられることがあるのが嬉しいっていうのは分かる。でもサクヤ、ちょっとはしゃぎすぎじゃないか。農民から漁師にクラスチェンジする気か。
などと本人にばれたら怒られそうなことを考えつつ、私も足の装備を外していく。リカお姉さまによる工夫がこらされたこの装備、太もものところでレギンス部分とソックス部分が簡単に分離できるようになっている優れものなのだ。でも生足をさらすのって久しぶりで落ち着かない。足がスースーする。
まだどうしようか決めかねてとまどっているみんなを尻目に、私もサクヤに続いて川に入った。冷たくてとても気持ちいい。ほらほらみんなおいでよ、楽しいよー。
そんな私の心の声が聞こえたかのように、ヒマリとマサキが恐る恐る動き始めた。こういうのって最初に一人が動き出すとつられてみんな動き出すっていうよね。何て言うんだっけ? レミング? あ、違うわそれって集団飛び込みするやばいやつだった、縁起でもない。
「こっちは通さないからね!」
「ナイスブロック、アイラ! そっち行ったぞ、マサキ!」
「逃げ道はふさいだぜ、ってああそっちに逃げたよヒマリちゃん」
「あ、えと、きゃあ!」
マーキノイドと戦ってる時と同じくらい、下手すればそれ以上に真剣に、私たちは魚を追い回していた。実戦で鍛えたチームプレーをいかんなく発揮している。
結局川に入ったのはサクヤと私、ヒマリとマサキ、それと意外なことにカイ。
根っからのインドア派らしいレンはきっぱりと断っていたし、ヨウは休息の時はちゃんと休みたいと主張して木陰でうとうとしていた。ミヅキとレイトは交代で周囲を警戒し続けることにしたらしい。いつもの拠点の辺りと環境が違いすぎるせいで、少し落ち着かないのかもしれない。
そしてシロカさんは生魚が触れないのでやむなく辞退した。「あのぬめっとしていてそのくせ固くて、むやみにびちびち動くのが全部駄目なの……」と恨めしそうな顔で川の方を見ていた。
長い間人の手が入っていなかったせいなのか、川にいる魚の数は思っていたよりかなり多かった。
最初は魚に触れるたびに驚いていたカイたちも、少しずつ慣れてきたらしく遠慮なく魚をわしづかみにし始めた。彼らは普段から戦闘をこなしていて運動能力が高いだけあって、どんどん動きが洗練されていく。もうこれって職人芸の域に達してるような気さえする。魚捕り職人って何なんだって感じだけど。
「はっ!」
カイが短い掛け声とともにナイフで魚を仕留めている。水から引き揚げた刀身には丸々と太った魚が刺さっていた。普段からナイフの扱いに慣れている彼にとっては、手づかみよりこちらの方が楽らしい。
そうやって機敏にナイフを振り回しているカイの顔は、いつもより精悍でかっこよかった。身のこなし一つ一つもとても様になっていて、思わず見とれてしまいそうだった。
思えばマーキノイドと戦ってる時は、こうしてのんびり仲間の顔を見ている暇なんてないもんなあ。私は最前線でおとりをやってることが多いし、そうすると戦闘中ずっと目がマーキノイドにくぎ付けだ。当たり所が悪ければ死ぬ恐怖のドッジボール状態で、ちょっとでもよそ見をできるやつがいたらお目にかかりたい。
考え事をしているうちに、ついカイの方を見たまま止まっていたらしい。カイが無言のまま私を見つめて小さく首を傾げた。さっきまでの精悍な表情は消え、逆に少しあどけなさを感じるような柔らかな表情になっている。
私がなんでもない、と軽く首を横に振って答えると、ほんの少しだけ微笑んでまた魚を追い始めた。
な、なに今の。さっきからカイが普段見せない表情のバーゲンセールを始めてる。森で魚捕りなんていう非日常がそうさせているのか。
とにかく心臓に悪いことは確か……いつも通りに『発動中:世界を救う愛』ウィンドウが出てるし……あれ? ウィンドウの色がいつもと違うぞ?
確かいつものウィンドウは枠も文字も緑色だ。でも今出たウィンドウは真っ赤っか。もしかしてなにかやばいことが起きてない? 緊急事態?
とりあえず自分のステータスをチェックしてみた。何か起こったのなら、きっとここに変化があるはずだ。
するとそこに表示されていたのは『世界を救う愛 Lv.MAX』の文字。そしておそるおそる確認したLOVE度は、カイもレイトも99/100。
やばい、リーチかかってるし! これあともう一押しで兵器完成しちゃうよ! というか99ってなんだ、ぎりっぎりだな!
動揺が顔に出ないように気をつけながら、こっそりサクヤとシロカさんを鑑定する。またもやのぞき見をすることに罪悪感を覚えなくもないが、今は緊急事態なのでセーフということにしておこう。
しかしその鑑定の結果、妙なことが判明した。まずサクヤの「世界を救う愛」がLv.2になっていた。たぶんヒマリの力押しが効果を奏してるんだろう。あのウィンドウ、基本的にはほんの一瞬しか出ないから、発動に気づかないことも十分あり得るし。
そして問題のLOVE度。サクヤのところではヒマリが99/100、シロカさんのところではサクヤとマサキが99/100になっていた。なんだこのぎりぎり集団。
もしかして、LOVE度が100になるには何かハードルがあるのかもしれない。そうでないとここまで見事に99が並ぶ理由が思いつかない。
この考えについてサクヤたちと話したいけど、そうすると私がこっそり鑑定してたのがばれてしまう。私はしばらく考えて、もうしばらく黙っていることにした。
ここまで来てしまったのなら、ああだこうだ言っても始まらないだろう。なるようにしかならない。
そう腹をくくって、私は魚捕りを再開した。現実逃避って楽しいね。




