22.オーバーテクノロジー万歳
クイーン・デルタの最後の一撃をくらってしまった私は、そのまま後ろに倒れこんだ。なんとか頭を打たないように受け身を取ることはできたけど、そのせいで足の傷が開いてさらに血が噴き出した。大きな血管でも切られたのか、驚くほどの出血量だ。
え、これまずくない? やだ、死にたくない。
突然のことに声も出ない。濡れた感触が足に広がっていく。けれどどうしていいか分からない。どうしよう、なんとかしなきゃ。そう思っても体が動かない。体ってどうやって動かすんだったっけ。
カイが、ミヅキが、駆け寄ってくるのがぼんやりと見えた。レイトの声もする。サクヤが叫んでいる。マサキの声も近づいてきた。ヒマリとヨウもいるんだろうけど、あの二人は声が小さいから聞こえないんだよね。
「……応急キットは……」
「……あるだけ使ったけど、血が……」
「……しっかりして、返事して!」
色んな声が聞こえてくるけど、妙にゆがんでいてどれが誰の声なのか分からない。音が痛みを伴いながら頭の中でぼやけてわんわんと鳴っている。そのまま眠気が襲ってきて、ゆっくりと目を閉じた。
ふと気づくと、足の痛みが消えていた。頭もすっきりしている。確かさっきまで私は死にかけていた気がするんだけど。何があったんだろう。
おそるおそる目を開けてみた。やっぱりどこも痛くない。どうやら私は仰向けに寝かされているらしく、こちらをのぞきこんでいるみんなの顔がそこにはあった。何人かは泣きそうな顔をしている。ヒマリにいたっては泣きじゃくっていた。
用心しながら身を起こしてみた。真っ赤に染まった私の右足には、応急手当の跡が残されていた。ガーゼに包帯、止血剤らしきもの。全部真っ赤に染まっていた。
そしてそれらとは別に、銀色をした湿布のようなものが傷のあったところに貼り付けられていた。どうやらこれが私の命をつなぎとめたらしい。
私がその銀色の湿布を見ているのに気づいたのか、サクヤが得意げに言った。
「どうやら死なずに済んだみたいだな。俺のおかげだぞ、感謝しろよ」
「……あんた、何をしたの?」
「『回復キット』だよ。お前もこの世界に来た時、いつの間にか持ってただろ? 駄目もとで使ってみたら、一発で傷がふさがった。すごいな、これ」
言われてみれば私の持ち物にも回復キットなるものがあった。一つ取り出して鑑定してみる。
『回復キット:ナノマシンと未分化細胞の技術を掛け合わせて作られたシート。部位欠損を含め、ほとんどの傷を治療することができる』
……今まで気づかなかっただけで、私たちはとんでもないものを持たされていたらしい。応急処置に使われていた道具は私にもなじみのあるものなのに、これだけ明らかに技術レベルが高すぎる。こんなもの、元の世界にもなかったぞ。
きっとこれの開発もパルフェット博士とかその辺の人がからんでるんだろうな。拠点に戻ったらレンに見せてみよう。
そんなことを考えながら回復キットをしまい、ゆっくりと立ち上がる。まだ泣きそうな顔をしたままのミヅキとレイトが用心深く助け起こしてくれた。やっぱり足は痛くない。どうやら傷は治っているようだった。
私が立ち上がっても誰も何も言わない。いつもにぎやかなマサキですら神妙な顔をしている。
「みんな、心配かけてごめんなさい。もう足は痛くないから大丈夫だと思います」
私がそう言うと、まだ私を支えているミヅキとレイトが同時に首を横に振った。
「サクヤのおかげで助かったみたいだけど、まだ無理しちゃ駄目よ。あなた……死ぬところだったん、だから」
「ミヅキさんの言うとおりだよ。生きてるのが不思議なくらいなんだから。拠点に戻ってちゃんと診てもらうまで、大人しくしていないと」
言いながら二人そろってまた涙ぐんでいる。その姿に、自分の油断がこれだけの大騒ぎを引き起こしたことをようやく実感した。そして今さら恐怖が襲ってきた。私は死ぬ寸前だった。それはもちろん怖い。けど、それでみんなを悲しませるのはもっと怖い。
「……はい」
心から反省した私がしおらしく答えると、サクヤがこの空気に耐え切れなくなったのか混ぜっ返してきた。
「な、なあ。お前が大人しくしてると調子狂うんだけど。結局助かったんだし気にしなくてもいいんじゃないか?」
「気にするわよ。私が油断しなければ、みんなに心配かけずに済んだんだから」
あ、まずい。はっきり言葉にしたら泣きそうになってきた。サクヤもそれに気づいたらしく、さらにあわてている。
「ああー、泣くなよな、それこそお前らしくないだろ」
「泣いてないわよバーカ!!」
精一杯意地を張って言い返したけど、駄目だこれ、完全に涙声になってる。とっさにミヅキが肩を抱いてくれたので、そのまま彼女に抱きついてちょっとだけ泣いた。ヒマリも駆け寄ってきて一緒に泣いている。二人ともありがと、一人で泣くのってちょっと照れ臭いから。
「よし、それでは残骸を回収して拠点に戻ろうか。……君を危険にさらして済まなかった」
しばらくして私たちが泣き止んだころ、少し悲しそうに微笑んだカイが私の頭をなでながら言った。悪いのはカイではなく油断した私なんだけど、それを指摘しても彼は聞き入れないんだろうな。そう思ったから黙ってされるがままになっていた。
それから私は拠点に戻るまで、一歩たりとも歩かせてもらえなかった。うっかり傷が開いたら大変だと、サクヤ以外の意見が一致してしまったのだ。
しかも普通はおんぶとかで運ぶことになるんだろうけど、傷の位置的にそれはまずいと判断された。もう傷は塞がってるけど、すねから太ももまでばっさりやられたからなあ。おかげで靴下が駄目になってしまった。
で、結果として私はカイにお姫様抱っこで輸送されることになりました。めちゃめちゃ恥ずかしいです、はい。そして拠点で出迎えたシロカさんにすさまじい目つきでにらまれました。怖いです、はい。
拠点に戻ってからは割とあわただしかった。私は担がれたまま医務室に送られて診察を受けた。恐ろしいことに、足に貼られた回復キットの下にあるはずの傷は影も形もなかった。医者は血で染まった私の服を見て、「どう考えても失血死してるはずなんだがなあ」と物騒なことを言いながら首をかしげていた。
そして診察が終わった後、すぐに血で汚れた服の替えをもらいに行くことになった。血みどろのままで歩いてたらみんな何事かと思うしね。
それにしても、拠点に戻ってからずっとカイとレイトが付き添ってくれたのは嬉しいんだけど、シロカさんまで何だかんだと理由をつけつつ執念でついてきていたのがやっぱり怖かった。
しかも彼女は、こんな状況においてもどうにかしてカイの気を引こうと必死になっていた。カイはカイで、私の方を心配していて彼女のことは見てもいない。その結果として、私がシロカさんにこっそりとにらまれる。これの繰り返しだった。
一通りの用事が済んだところで、ようやっとレンを捕まえることができた。前置きもそこそこに回復キットを見せて、さっき起こったことを説明した。
「これで? それだけの傷がすぐに治ったんだって? 貼るだけで?」
レンが信じられないといった様子で回復キットを見つめている。
「これ、私とサクヤがこの世界に来た時に持っていたものなんです。特殊な技術が使われてるみたいですし、もしかしたらロシェ博士のデータベースに何か記載があるかもしれません」
「ああ、そうか。もしそうなら……アイラ君、よければこれを一つもらえないかな? これを分析してデータベースの情報と照らし合わせることで、同じようなものが作れないか試してみたい」
「はい。元からそのつもりでした。これがたくさん作れるようになれば便利ですもんね。……私もこれがなかったら危なかったですし」
私はレンに回復キットを渡すと、カイとレイトといったん別れ寝床にしている部屋に向かった。なぜかシロカさんがそのままこっちについてきている。
部屋に戻って二人きりになると、シロカさんが少し悔しそうに言った。
「やっぱり、時間をかけて積み上げた絆に割り込むのって難しいのね……でも私、まだあきらめていないから。ねえアイラさん、あなたカイさんのことが好きなの?」
「え、えーっと、嫌いじゃない、けど」
唐突に予想外のことを聞かれて、私は思いっきり動揺してしまった。
「……あなた、レイトさんとも親しいわよね。サクヤ君とも。今LOVE度はいくつなの?」
「さ、最近ステータス見てないから」
「そうやって目を背けていても、いつか必ずLOVE度は100になるわ。いつまでもどっちつかずのまま逃げ回ってはいられないのよ。いい加減、覚悟を決めなさい」
シロカさんはきっぱりとそう言い切ると、部屋を出て行ってしまった。いつまでも逃げ回ってはいられない、か。
恋愛感情がどんなものかすら分かっていない私には、どうやって覚悟を決めたらいいのかも分からなかった。




